103.気分が優れない話の後は美味しい食事で誤魔化す(1)
イワンコフさんは腕組みし、苦虫を噛み潰したような顔をして唸った。
「むぅ、そうか。チエが関わっとるのか」
「やはりチエを知っておられたんですか」
イワンコフさんが「ああ」と言って数回頷く。
「もう気づいとるだろうが、あれは渡り人だ」
チエ・ムラキ。二十八歳のクンルン。ウェズリーの街に入ったのは一年ほど前。イワンコフさんのところに衛兵から『ラグナス帝国から逃げてきた女がいて直接話したいと言っている』と連絡があり、保護を請われて引き受けたとのこと。
「冒険者になる気はないと言ってな、領主館で使用人をさせてくれと頼んできたが断った。流石にそんな不用心な真似はできんからな」
チエはわがままだったらしい。好条件を提示しても首を縦に振らない。
ようやく勤務先が見つかっても思い上がったような態度を取る。
同僚を急かしたり文句を言ったりと、嫌われて当然の問題行動を起こし続けてきたとのこと。
「チエの側におるというだけで心を病んだ者が大勢出た。考えられんことだが暴力沙汰もあったぞ。チエが同僚に罵声をぶつけて物を投げたりな。何度も厳重に注意はしたんだが『とろいのが悪い』だの『皆が迷惑する』などと言って一向に治まる気配がない。表向き謝ってはいるが、反省はまるでしとらん。裏では注意されたことに腹を立てて周りに当たり散らしとる。自分は悪くないの一点張りでな」
元の世界でもそういう者はいたが、この世界はそういった者に寛容ではない。すぐにつまはじきにされ、簡単に社会から抹殺されてしまう。それも、物理的に。
だが、チエは渡り人。イノリノミヤ神教の教えがあるので無碍にする訳にもいかず、どうしたものかと悩んでいたところ、たまたまウェズリーの街に足を運んでいたリンドウさんから冒険者ギルド職員になったミチルさんの話を訊いたらしい。
「ギルド職員もチエの提示したものの中にあったんだが、わしは冒険者たちの中に置くのは危険だと思って候補から外しとったんだ。気性にも問題があると知ってからは尚更な。だがリンドウ殿にチエのことを話すと『そんなことまで考えてやる必要はない』と言われてな。それもそうかと思い直して、勤めさせたんだ」
俺は背筋が凍りついた。スズランさんの手刀首落とし事件を思い出したからだ。イワンコフさんはかなり過保護で辛抱強い人なのだと思う。
もしチエがマモリ見習いとして拾われていたら、おそらく事故死で処理されていただろう。
あのとき、スズランさんは力の加減を誤ったと言ったが、俺の見解では嘘だ。ギーのことを聞かされてからそう思うようになった。
渡り人を危険な存在と認識しているが故に、悪意が見て取れた瞬間に殺しているのだと思う。
悪いようにはせん、という言葉も今となっては信用できない。
多分だが、俺とヤス君が結界を越えられなかった場合は、その場で殺されていた気がする。
「どうした? 顔色が悪いぞ?」
「ああ、いえ、お気になさらず。続きをお願いします」
イワンコフさんが「ああ、分かった」と言って両膝に手を叩き置く。
「半年ほど前に、冒険者ギルドのマスターをしておる者にチエを任せたんだが、不思議なことに、それからずっと問題があるという報告は受けとらん」
「露骨ですね。逆に怪しいですよそれ」
「そうなんだ。だから使用人に様子を見させに行ったりもしとったんだが、報告はいつも『問題なし』だ。わしも事前連絡なしに何度か足を運んどるんだが、それまでの気性の荒さが何だったのかと思うほどに鳴りを潜めとった」
どうにも気持ちは悪かったが、やっとチエから解放されるという思いの方が強かった。振り回されている間に溜め込んだ仕事もあったので、それからは定期的にチエの様子を報告させることでこの件は仕舞いにした。とイワンコフさんは言う。
「だが、こうなると怪しいところが浮き彫りになってくるな」
イワンコフさんが髭を揉みながら唸る。俺は顎に手を遣り「はい」と答えて首肯した。イワンコフさんの言うように、情報に繋がりが見えてきた。
チエがウェズリーに現れたのは約一年前。ドグマ組長の専属医に扮した工作員が魔物化の呪いを完成させたのもその時期。
呪いの情報は既にラグナス帝国に渡したと白状している。そこにドゴンが任されていた仕事を加えると……。
「ドゴンが騙されて行っていたのは、やはり人身売買と見て間違いないでしょうね。引取先はラグナス帝国で、目的は魔物化の呪いの研究の為ではないかと」
「うむ、或いは、既にその呪いが完成しとるのかもしれん。呪いを施した者をこちらに送り返しておるということも考えられる。行方知れずになっておった家族が帰ってきたという話がないかを調べんとな」
「あ、待ってください。嫌な話になりますが、工作員が紛れ込んでいる可能性が大いにあるように思われます。ここは信用のおける者に作業を任せるべきかと」
イワンコフさんがハッとした様子を見せた後で顔を顰める。
「そうか、領主館の使用人も工作員の可能性があるか。わしの耳に入っとった報告が虚偽であるとすれば、チエが急におとなしくなったことにも説明がつく」
「ええ、そういうことです。なので、チエ自身もラグナス帝国の工作員であると見るべきでしょう。或いは、問題行動を起こしていたのも、元々の気性というより、自身の要望を通させる為だったのではないでしょうか。何かしらの目的があって、どうあっても領主館や冒険者ギルドで勤めたかったとか」




