102.レノアイザベラニーナエリーゼ(2)
それにしてもここまでの待遇で迎えられるとは。ソーサーに載せられたティーカップに良い香りの紅茶。マドレーヌのような菓子まで用意されている。
完全に貴族のおもてなしを受けているが、大丈夫なのかこれは。俺、推定詐欺師なのだが。
「ユーゴさんって、落ち着きがあって素敵ですわよねー」
「だよなー。なぁ、ユーゴ、アタイを妾にする気はねぇか?」
「イザベラ⁉ だ、駄目! それは駄目!」
「ケチくさいこと言うなよ。エリーゼだって妾でも良いって思ってんだろ?」
「そ、それは、その、そう、だけど」
「あらー。ならアタクシもお妾さんに立候補しますわー」
「じゃあ、私、も」
レノアがニッコリ笑み、ニーナが無表情のまま小さく挙手する。エリーゼは顔を真っ赤にして戦慄いて、イザベラは俺に向かって身を乗り出す。
「だってよ。四人まとめてもらってくんねーか?」
「は、はしたないわよ、イザベラ! ユーゴが困ってるでしょ!」
「んー、俺は平民だけど、仮に結婚した場合ってどうなるの? 問題ないの?」
イザベラが「ないない」と横にした手のひらを左右に振る。
「アタイたちが平民になるだけだし、ユーゴなら親も文句は言わねーよ。それどころか、むしろ喜ぶんじゃねーかな? 良くやったって褒められると思うぜ」
「それは、そうよね。シルバー階級冒険者だし、マクレーン公爵とも懇意にしているし。あ、でもそういうのがなくても、私は全然いいんだけど」
「もう、お二人とも、それでは説明になってませんわよ。ユーゴさん、心配なさらずとも、アタクシたちは上に兄や姉がいますから、特に問題はありませんの」
「私、四女、だから、空気」
空気はないだろ。と、心でツッコんだところで応接室の扉が三度ノックされた。続けて「領主様が到着されました」との男声が扉の向こうから届けられる。
皆が席を立ったので俺も倣い、ニーナからサブロを受け取り肩に乗せる。そこでエリーゼが扉を開けて「お待ちしておりました」と領主を中へ迎え入れた。
背広姿のやや大柄なドワーフが「おう」と答え、立派な髭を摘み撫でながら応接室の中へと入ってきた。女子全員がお辞儀をしたので、俺もそれに倣う。
レノアが茶の準備に向かい、イザベラとニーナは長椅子の後ろに素早く移動して姿勢正しく直立する。空いた長椅子にイワンコフさんが腰を下ろす。
「あぁー、よっこいしょ。おう、楽にしろ。座れ」
言いつつ、対面にいる俺とエリーゼに座るよう手振りで示す。俺たちが頷いて腰を下ろすと、イワンコフさんは髭を揉むように撫でながら低い声で唸った。
レノアがイワンコフさんに茶を出し、長椅子の後ろに立つ二人に並ぶ。そこで、俺を品定めするように見ていたイワンコフさんが口を開いた。
「お前がエドワードの客分だって名乗った男か」
「はい。ユーゴ・カガミと言います」
イワンコフさんが「ユーゴ?」と眉根を寄せる。俺は冒険者ギルドカードを机の上に置き、指で押さえて滑らせるようにイワンコフさんの前に運ぶ。
イワンコフさんはそれを手に取り確認した後で、哄笑しながら俺に返した。
「ウハハ、なるほど、そうか、お前がユーゴか。わしはこの街の領主をしとるイワンコフ・リーズリーだ。よくこの街に来た。歓迎する」
「あ、これはどうもご丁寧に」
俺は軽く頭を下げて答えた。自分のことを既に知られていたことに驚いたが、俺以上に女子たちは驚いていたようで、俺を見て目を丸くしていた。
「エドワードさんから既にお聞きでしたか?」
「ああ、手紙でな。だがそれだけじゃないぞ。リンドウ殿からも直接聞かされとる。王国軍の元筆頭術師をして『驚異的な才能の持ち主』と言わしめる逸材だからな、是非とも一度会ってみたいと思っとったんだ」
女子三人が二度びっくりといった様子を見せる。俺は頭を掻いて苦笑する。
「買い被りです。ゴブリンにも殺されかけるくらいですから」
「謙遜するな。一日でダンジョンの四十階層近くまで進んだパーティーがおると報告も入っとる。耳を疑ったが、謎が解けたわ。ユーゴのパーティーだろ?」
「ええまぁ、俺はほとんど何もしてないんですけど」
女子三人の顔が興奮気味になる。向かいばかり見ていたが、ふと気になって隣に目を遣るとエリーゼが頬を染めて羨望の眼差しを向けていた。
その変貌ぶりに少し驚いてビクリと肩が跳ねる。
「ウハハハ、英雄色を好むか!」
「か、勘弁してください」
「いやいや、冗談で言った訳じゃないぞ。何日か前に、カナン大平原東部の賊が消えたという報告があってな、時期的にユーゴたちが関わっとってもおかしくないと思ったんだ。それに、あそこの部族は初代様の予言を口伝で残しとったろ。そこに出てくる英雄が、確かユーゴ・カガミ。同姓同名、伝説の英雄様じゃないか」
「あー、そのことなんですが……丁度良いのでそれも含めてお話します」
俺はウェズリーに来た経緯についてをざっくりと話した。イワンコフさんは魔物化についての話をしたときはずっと顔を顰めていた。
だがローガ一味を捕縛し、魔物化に備える戦士として鍛えているという話をすると膝を叩いて大喜びした。
「面白い! これは痛快だ! やはり伝説の英雄だな! 古の逸話を聞いているようだ! おお、そうだ! 良ければだが、術を見せてもらえんか⁉ それとな、これもリンドウ殿から聞いたんだが、飯を食わせてもらえんだろうか⁉」
俺は一瞬、何を言われたのか分からず呆然としてしまった。が、理解すると笑いが込み上げてきた。まったくリンドウさんという人は。
「分かりました。それでは、まずは術から」
俺は《陰陽盾》を出し、吸い込んだままにしてあったエリーゼの長剣を危険がないように吐き出させた。そして術の説明を行った。
イワンコフさんは《陰盾》に手を突っ込んで《陽盾》から出てくることに驚愕し、女子たちも含めて興奮した様子を見せた。
次に《冷涼薄霧》と《殺菌光》を見せ、最後に《過冷却水球》を披露した。やはり《過冷却水球》は別格の術らしく、見せた瞬間に全員が絶句した。
「とまぁ、こんな感じです。まだ実際に試したことはありませんが、例えば《過冷却水球》を適当な場所に設置して、敵の物理攻撃を《陰盾》で吸い込み《陽盾》を《過冷却水球》の前で発動させれば、狙わずに氷結させることが可能です」
他にも《陰盾》に向かって《剛力砕波》を打ち込み、敵の死角に出した《陽盾》から放つことも可能などの説明をする。
別に手の内を明かしたとしても不利にはならないものなので、気兼ねなく話せた。
イワンコフさんは一度大きく息を吐いた後で、額に浮いた汗を手の甲で拭った。それから腕組みして唸り、俺の顔をじっと見て口を開いた。
「ユーゴ、わしはリンドウ殿から聞かされた話を理解しとらんかったようだ。まさかここまでの術師だとは思っておらなんだ。もはや神の域だ。正直に言うと、恐ろしい。それで、一つ聞くが、お前のパーティーには、カナンの遊牧部族の口伝にある白き貴人、青き賢人、黒き武人の三人もいるということか?」
「ええ、いますよ。ちなみにですが、ダンジョンの四十階層までは賢人に当たる者がほぼ一人で攻略しました。他三人は後について歩いていただけです」
「何だと⁉ ユーゴは手を出しておらんのか⁉」
「強すぎて手を出す暇もないんですよ」
そう返答すると、脳裏にダンジョン攻略時の光景が甦った。
あれは苦痛だったよなー。
自然と肩が落ちて溜め息が溢れた。
「貴人と武人も、やはり強いのか?」
そう問われたときに、今朝のドゴンたちとの戦いを思い出した。俺はルードの一件からチエとドゴン、戦乙女隊のことを含め、すべてをイワンコフさんに話した。




