『第五章 出発』
突然のエクトの襲撃から逃げ出した国王軍の団長リルドは暗い森の中で馬を走らせていた。
「俺さえ国に戻れば、俺さえ生き残ればどうとでもなる!この事を急いで国王に報告しなくては!」
フリム達部下をトカゲの尻尾切りにし、自分だけ助かろうとするリルド。
一心不乱に馬を走らせていると突然馬が興奮しだし暴れ始めた。
「おわっ⁉」
振り落とされ馬は走り去り、リルドは一人暗い森の中に取り残されてしまった。
「あ、あの駄馬め!俺をこんな所に落としていきやがって!見つけた際には肉にしてやる!」
そんなことを口走っていると突然周りの木々がガサガサと激しく揺れたと思ったら地面から無数の根っこが現れリルドを取り込むかのように動き回ったのだ。
「な、何だこれは⁉」
手足に巻き付き身動きを封じ、ずぶずぶと地面に引きずり込んでいく。
「や、やめろ!俺は団長なのだぞ⁉こんな、こんな終わり方は嫌だ!助けてくれ!誰か助けてくれーーー‼」
その叫びも空しく、リルドは地面へ引きずり込まれ、森の肥料とされるのだった。
「ふぅ・・・。」
洞窟に止まっていた無人鉄機からは無数の管が伸びており、天井に突き刺さっていた。
「僕の役目はここまで。後は君の覚悟次第だよ。エクト。」
エクトとフリム。
因縁の対決に決着がついた。
横たわるフリムの胸元にエクトの銃弾が貫通し、致命傷だ。
「クフッ・・・!」
「・・・・・。」
村の、妹の仇は、これで取れただろうか。
エクトはゆっくりとフリムに歩み寄る。
「・・・貴様の勝ちだ。殺せ・・・。」
「・・・・・。」
エクトは銃口を向ける。
「・・・どうした?早く殺せ。戦いに敗れた騎士など、騎士ではない・・・。」
それでもエクトは無言で銃口を突き付ける。
だが引き金は引こうとしなかった。
「・・・死んだら楽になる。お前等王国軍は何の罪もない人々を襲い、奪ってきた。それほどの非道をしてきた奴らに死はぬるすぎる。それじゃこれまで殺された人々が浮かばれない。だから・・・。」
エクトは引き金を引き、フリムを撃つ。
だがフリムは死ぬことはなく、変わりに激しい痛みに見舞われた。
「ぐぐ、ぐあぁあ⁉」
もだえ苦しむフリム。
「き、貴様・・・!何をした⁉」
「ただの激痛の麻薬弾だ。体内の破壊と再生を繰り返し、永久に苦しみ続ける。今までの行いに対したら安いものだ。」
冷徹な目で苦しむフリムを見下ろす。
そしてエクトは振り返りその場を離れる。
「ま、待て貴様!こんなこと、して・・・!我が王国が黙っては、いないぞ!」
「・・・じゃぁ今度はその王国を滅ぼしに行ってくるか。」
振り返ったエクトの顔は無情の笑みを浮かべており、フリムは恐怖で顔が青くなる。
そして恐怖で激痛も増し、更にもだえ苦しむのだった。
家族を奪った王国軍への復讐が終わったエクトは再び洞窟へ戻ってきた。
そして無人鉄機から少女が降りてきてエクトに駆け寄る。
「お帰り!」
笑顔で出迎えてくれた少女の隣に妹の姿が重なる。
エクトはフッと笑みを零し、
「あぁ、ただいま!」
それから数日後、軍の行方が途絶えた事に気づいた王国は酷く慌ただしかった。
どこから嗅ぎつけたのか、隣の帝国にまで情報が漏れてしまった。
そのため国は対応に追われ続け悪行を行う暇など毛頭なかった。
しばらくは王国も平和になるであろう。
だが問題が解決したわけではない。
いずれまた同じことを繰り返すであろう王国に更に正義の鉄槌を食らう事になるのだがそれはもう少し先の話である。
そして無人鉄機の車内では何やら作業音が響いていた。
「良し、完成だ!」
マスクを外したエクトの目の前の机にはもう一つの拳銃と小窓の付いた空の銃弾が数十個置かれたいた。
「何何?もう一丁の拳銃と・・・空の銃弾?」
横から少女がひょっこりと顔を出す。
「あぁ、実は材料箱の底にこの銃弾のレシピが見つかってな。それの通りに作ってみたら結構いけそうな代物だったんだ。」
銃弾を手に取って説明していると少女はエクトに対しての違和感に気が付いた。
「エクト?髪の色が・・・。」
「え?」
鏡を見てみると自分の髪色が左右対称で白と黒に別れていたのだ。
「どうなってんだ⁉左側が黒くなってる⁉」
元は白髪一色だったが突然髪の半分が黒く変色。
原因は全く心当たりがなかった。
「治るかな・・・?」
少女が心配そうに見るがエクトは少し笑った。
「いや、このままでいい。これはたぶん俺にとっての戒めだろう。家族を奪われ、復讐して多くの命を奪った。この事はこの髪色を見るたびに思い出せるように残しておくよ。」
エクトはそう決めたのだった。
「・・・ねぇ。」
「ん?」
少女がエクトの裾を引っ張った。
「君は、これからどうするの?」
「・・・そうだな。軍は倒しても王国自体が腐ってちゃまたあの悲劇が繰り返されるだろう。次の標的は王国だ。」
次の復讐対象を挙げるエクト。
だがすぐには行こうとはせず彼はこう言った。
「でもすぐには行かないよ。」
「どういうこと?」
「相手は王国だ。俺達だけじゃ到底敵わない。だから、力を付ける!いずれ王国と戦うために俺達が強くなる必要がある。」
今の戦力では王国へ攻めても返り討ちが目に見えてる。
だから強くなってから王国へ復讐しようという。
「妥当だね。僕も付き合うよ。」
「ありがとうな。・・・えっと、そういえば名前を聞いてなかったな。今更だけど教えてくれるか?」
そうエクトが言うと少女は少し難しい顔をした。
「僕・・・名前はないよ。」
「え?」
「僕は機関車だからね。無人鉄機が名前でもあるんだ。だから僕個人の名前はないよ。」
仕方ないと少女は言う。
だがいくら機関車のコアと言えど名前が無いのは不便だ。
ましてや少女に。
「・・・じゃぁ、俺が名前を付けてもいいか?」
「君が?」
エクトはどんな名前が相応しいか考えた。
(機関車のコアだから・・・コア?いや、まんますぎるか。コ、コ・・・ロ?)
「っ!決めた!お前の名前はロアだ!」
「ロア?・・・ロア、うん!僕はロア!」
少女は嬉しそうに笑った。
「ロア、これからもよろしくな。」
「うん!よろしく、エクト!」
二人は固い握手を交わしたのだった。
少女改め、ロアはエクトと共に機関室にやってきていた。
「・・・うん。修復個所は全部治ったみたい。」
「修復?この機関車は壊れていたのか?」
「うん、この世界へはただ落ちてきただけだからね。落下の衝撃であちこち壊れちゃってね。今まで自然治癒してたんだ。」
無機物が自然治癒とか普通に考えたらおかしい話だが無人鉄機なら何故かおかしくないと思えてしまう。
(無人鉄機はロア自身だもんな。)
「ねぇ、エクトは違う世界へ行ってみたい?」
突然の質問に少し戸惑ったが答えはすぐに出せた。
「あぁ、力を付けるためとは言うが・・・本音を言うと異世界にも興味はある。何だか面白そうだし!」
ニカッと笑うエクト。
「それじゃぁ行こう!」
そう言うとロアは火室へ潜りこんだ。
すると機関室にある機械が次々と起動し始め、無人鉄機は蒸気を吹き出した。
客車には明かりが灯り煙突から煙が立つ。
ボォ~~~ッと汽笛を鳴らし、力強く車輪が回り無人鉄機は走り出す。
洞窟から出ると同時に無人鉄機は宙に浮き始め空中を走り出した。
「飛んだ⁉」
窓から顔を出すエクトは驚いていた。
するとどこからかロアの声が聞こえてくる。
『無人鉄機は宙を走る列車でもあるんだ。車輪には半重力の力があってこれのおかげでどこでも走ることが出来るの。』
説明を聞いて改めて無人鉄機に驚いたエクト。
窓から外を覗くとかつて住んでいた村が見えてきた。
「・・・・・。」
エクトは妹と過ごしたかつての生活を思い返す。
「・・・行ってきます、シア・・・。」
二人で過ごした自宅の跡地にはシアが大切にしていたぬいぐるみともう一つ、彼女にプレゼントするつもりだった手作りの月の耳飾りを供えた墓が建っていたのだった。