『第十四章 救いの魔王』
アストラム王国が落ちて数日。
エクトたちは再びアスタロトの城跡に戻ってきた。
夜明け前の薄暗い部屋の中、アスタロトは一人デスクに座り本を開いていた。
「仲間の手記か?」
壁に寄り掛かるエクトが言う。
「向こうが戦争を仕掛ける前に皆で書き合っていた物だ。その日こんなことがあったとかを一日の終わりに皆で見せ合って笑っていた。」
席を立ち窓の外を向くアスタロトは寂しそうな眼をしていた。
いくら仇を討ったとしても、もう彼の仲間はこの世にはいない。
あの日の日常は二度と戻ってこない。
分かっていても心には大きな穴が開いたままだった。
「お前は、これからどうするんだ?」
「もう魔王でなくなった今、他の魔王の下に就いて生きようかと考えていた。だが、この地は仲間と共にゼロから築き上げた思い出の場所。滅んではいても、やはりどうしても割り切れないんだ・・・。」
まだアスタロトの心の整理が固まってないみたいだ。
このまま燻っていい奴ではない。
彼ほど人の上に立つ者はそうはいない。
エクトはどうにか彼の心を救えないか考える。
(仲間に誘うのもあるが、アイツの復讐は終わった。俺の復讐に付き合わせるのは流石に違うか。何か手を貸せればいいんだが・・・。)
正直魔獣の大軍を召喚できる彼が仲間になってくれたらエクトの王国軍への復讐が可能になる。
しかしアスタロトは和平を望む男。
そんな彼を再び殺し合いの復讐に付き合わせるのは違うと思った。
どうアスタロトの心を救うか頭を悩ませていると無人鉄機のロアから連絡が届いた。
スマホもどきを手に取り耳に当てる。
「ロア?どうした?」
『あ、エクト!無人鉄機の発進準備が出来たよ。少しだけど食材や服なども調達できたからいつでも出発できるよ。』
とのことだった。
もうこの世界に留まる理由はなくなった。
アスタロトの事は心残りだが彼ならこの先もうまくやって行けるだろう。
別れを言い出そうとした時、レイナがギターを持って口笛を吹きながら部屋に入ってきたのだ。
「レイナ・・・。」
「アイツは?」
目でアスタロトを指す。
彼は今も薄暗い外を見て寂しそうな背中を見せていた。
そんな彼を見てレイナはソファに腰を降ろしてギターを構える。
「スゥ~・・・ワン、ツー・・・。」
そしてギターを弾き始めた。
「♪~、♫~。」
その歌はとても心が清らかになる美しい音楽だった。
タクマもつい聴き入っていた。
アスタロトも振り返りレイナの歌に耳を傾ける。
「・・・・・この歌は・・・!」
彼女の歌に対してあることに気が付いた。
その時、夜が明け朝日が部屋に差し込むと同時にアスタロトの脳内に仲間との思い出がフラッシュバックする。
酒を飲みかわし、女性の弾く歌を聞き楽しく騒ぐ思い出を。
差し込む朝日を背後にアスタロトの頬に涙が滴る。
レイナの歌声は外の無人鉄機にまで聞こえ、ロアも聴き入っていた。
「この歌は、お前の仲間が唯一残したものだ。」
間奏の間にレイナは黄ばんだ楽譜をアスタロトに渡す。
裏面には彼に対しての手紙が書き残されていた。
しばらくその文章を読んだアスタロトは再び涙を流す。
「あぁ、そうか・・・。お前たちは、歌にいたんだな・・・。」
心のどこかで、開いた穴が暖かいもので埋められたような、そんな感覚がしたのだった。
日が昇り切った時刻。
無人鉄機から煙が上がっていた。
「アスタロトは?」
「なんか用事があるからと言って部屋に飛び込んだっきり。」
レイナも客車に飛び込み出発の準備が整った。
「レイナ、お手柄だったな。にしてもお前歌もうまかったんだな。」
「ニシシ!弟によく聞かせてたからな。」
レイナのおかげでアスタロトも救われた。
もうこの世界に心残りはない。
エクトも無人鉄機に乗り込もうとした。
その時、
「別れも言わずに行くつもりか?」
いつの間にか背後にアスタロトが突然現れたのだ。
「うわびっくりした⁉アスタロト⁉」
彼の手には手さげ鞄を持っていた。
「何だ?その荷物?」
「聞いたところによると君も復讐をしたい相手がいるのだろう?復讐に捕らわれた私を助けだしてくれた礼だ。私も君達と共に行こう。」
「えぇ⁉」
突然の申し出に驚くエクト。
「でもお前、この国を・・・。」
「いくら思い出の詰まった土地でも、いつまでも亡国にいるわけにはいかない。それに君達には恩がある。」
「アスタロト・・・。」
「話によると君の復讐相手も王国のようじゃないか?私の召喚魔法があれば軍隊相手にも侮らず戦えると思わないかい?」
ニヤリと笑うアスタロトにエクトは負けたように笑い返した。
「この魔族め!」
「フフッ!」
二人は互いの武器をガッとぶつけ合い握手を交わした。
こうしてエクトは三人目の仲間、魔王のアスタロトが加わったのだった。
『それじゃ行くよ!』
汽笛を鳴らし力強く走り出す無人鉄機。
半重力で宙に浮き高度を上げていく。
「空を走る列車か。この世界ではありえない技術だ。」
流石理系。
とても落ち着いている。
「列車での旅。実に楽しみだ!」
ずっと魔王として城にいたからなのか、少しワクワクしているようだ。
「お前と一緒だな。」
「ん?」
コーラを飲んでいるレイナを見るエクトだった。
そして速度を上げる無人鉄機は次元の扉に飛び込み世界を後にしたのだった。
アスタロトの世界を発って数日。
次元の狭間を走る無人鉄機。
「アスタロトの部屋はここでいいかな?」
ロアはアスタロトを個室に案内していた。
「うむ。十分すぎるくらいだ。例を言う。ロアよ。」
ちなみにレイナも個室を貰っており、エクトの個室は作業場である。
今もエクトは作業場に籠って何かを作っているのだ。
ロアとアスタロトは食堂車に向かっていた。
「車内の過ごし方は理解できた?」
「あぁ、君の説明のおかげで完璧だ。」
食堂車に着くと厨房でレイナが料理の仕込みをしていた。
「よし、こんなもんか。お、丁度いいタイミング!」
席に着く二人に料理を出す。
「美味しそうだ・・・。」
「あたしの世界の料理、チャーハンだ。遠慮なく食ってくれ!」
二人は共にレイナの料理を堪能しているとエクトも合流してきた。
「ふぅ、ちょっと休憩。」
「エクト。数日前から後ろの客車に籠ってるけど何作ってるんだ?」
「あー・・・内緒!」
「え~・・・。」
アスタロトの歓迎も済、各々が次の世界への支度をしていると、
「ロア、やっぱり俺の世界へ任意には行けないのか?」
アスタロトの大軍召喚を得たことでとうとう復讐の手筈が整ったのは良かったが、無人鉄機は任意で世界を渡ることが出来ない。
行きつく先は完全にランダムだ。
ロアはシステムをアップデート出来れば行きたい世界へ自由に行き来できると言っていたが。
「今のシステムじゃ無理かな。」
「やっぱりか・・・。悪い、忘れてくれ。もし着けたらその時さ。」
そう言い残し部屋に戻って行った。
「ランダム要素はそれはそれで楽しみだけど、やっぱり不便なんだな。」
話を聞いていたのかレイナが入ってきた。
「ごめんね。僕がもっと万能だったら・・・。」
「謝るなよ。アスタロトが加わったことでエクトもようやく復讐できるようになったんだ。少し焦ってるんだと思うぜ。」
エクトが部屋に籠りきりなのも恐らく不安を紛らわす意味もあるのだろう。
しばらくそっとしてあげることにした。
翌日、作業車にアスタロトが入ってきた。
机の上ではエクトがせっせと何かを作っている。
「何か用か?アスタロト。」
「・・・恐れているな?」
エクトはビクッとなる。
「らしくない。私に覚悟の何たるかを教えたお前はどこに行った?」
「他人の復讐と自分の復讐じゃ全然違うんだよ。」
作業をやめアスタロトに向き直る。
「俺も国を相手に復讐するが、アストラム王国よりは明らかに大きい国だと思う。王国軍の一部を壊滅させたとはいえ、ほんの一部だ。」
指を弾き一つの弾をアスタロトに渡す。
「これは、デバッハに撃った弾と同じ・・・。」
「妹の命を奪った男に同じ奴を打ち込んだ。体内の破壊と再生を繰り返し、永久に苦しみを与え続ける麻薬さ。」
「改めて聞くと本当恐ろしいな・・・。」
そう言い弾を返した。
「君は、今になって恐れているのかい?」
「・・・・・。」
どうやら図星のようだ。
「情けないよな。既に何人も人を殺めているのに、今更震えがおきる。何でだろうな?」
「恐らく武者震いだろう。大きな目的を後伸ばしにした後、いざその時が近づくと身体が過剰に反応してしまう。決しておかしなことじゃないさ。」
アスタロトの励ましの言葉を聞きエクトは少し気が楽になった。
「ありがとな。アスタロト。」
「さぁ、作業も良いが向こうで皆が待っているぞ。少しは顔を出してやれ。」
背中を叩き部屋を後にした。
「・・・そうだな。俺がヘタレてちゃアイツ等にも、シアにも笑われちまう。・・・やるか!」
エクトは再び机に戻り何かを作り続けたのだった。
次元の狭間を走り続けて長い時間が経った。
「何かいつもより狭間にいる時間が長いな。次の世界ってそんなに遠いのか?」
「狭間には時間の流れがないからそういう事はないと思うけど・・・。」
女子二人がそんな会話をしていると、
「出来たーーー‼」
突然ドアを開けて出てきたエクトに二人は心臓が飛び出るかと思うくらいびっくりした。
「な、何だよエクト・・・、急に大声出して入ってきやがって・・・。」
流石のレイナも腰を抜かしていた。
「悪い悪い。でもついに完成間近まできたんだ!」
エクトの手には機械のパーツのような物を持っていた。
しかし外枠のみで中に何かを埋め込むような形をしていた。
「これは?」
「無人鉄機の行きたい世界を自由に選べる装置だ!」
二人は驚きを隠せなかった。
「それ本当なのかエクト⁉」
「まだ未完成だけど。」
レイナは思いっきりズッコケた。
「何だよ・・・ぬか喜びさせやがって。」
でも行きたい世界を選べるようになるとかなり使い勝手がいい。
未完成とはいえそれを作れてしまうエクトの才能にも思うところはあるが。
「未完成・・・他に何が必要なの?」
「簡単に言うと足りないパーツとサンプルだな。列車にある材料じゃこれが限界だった。だから次の世界でいろいろと調達できればあるいは・・・。」
何はともあれ無人鉄機のアップデートは近かった。
そうこうしている内にようやく次の世界への出口が見えてきた。
「やっと見えてきた。とりあえず予定としては俺はパーツの調達をしたいからしばらく別行動になるけどいいか?」
「問題ない。私も異世界を見て回るつもりだ。」
「じゃぁ何かあったらさっき渡した通信端末で連絡するから二人とも気を付けてね。」
「あいよ。」
そして無人鉄機は光の扉に向かって走って行ったのだった。




