87話(最終話) 願い
アルファニアの新たな魔素システムが稼働しました。
と同時に、これからは大陸には人の入れない魔界がなくなり、安心して暮らしていけます。
ですが、ケータ達は最後の仕事が残っています。
魔獣のスタンビートはようやく収まった。
自分のできる限りのことをしたがたくさんの人が亡くなった。
その被害は想定よりずっと少なかったが、それで気がまぎれることはない。
やり遂げたという気持ちよりも後悔の方が大きく足取りは重かった。
「もっとたくさんの人が救えるはずだった」
「そうね。でも、慶太のせいじゃなくない?」
「わかってる! でもそういうことじゃないんだ!」
ケータはそう言った時の自分の声が思ったより大きかったことに驚いて周りを見渡していた。
自分は今きっと情けない顔をしているんだろうと思った。
「けいちゃん、しっかりしなさい!」
「姉さん……」
「あなただけじゃないの! ここにいる全員が同じことを思っているのよ! …………ああ、もうそんなことはどうでもいいわ。まだ、やらなくちゃいけないことがあるの。ウジウジするならそれが済んでからにしなさい!」
びっくりした顔でケータはリレイアを見た。
そして、まだやることがある、と自分に言い聞かせる。
「さて、やっと集まったわね。ここで最後の調整をするわ」
リレイアは周りを見渡して言った。
そこはダーバンシャイ山脈にあるサジトワ山。
つまりはグラーム教の総本山であり、現神グラムゼアの住まう場所である。
そこにいるのは
ケータ・リーフォン
フィリア・マリアン
マルキャルト・ルーエン
パメロ・キュレータ
それに妖精のリレイアとクリスクロスだ。
新システムの最後の調整をここでやろうと言い出したのはケータだ。
リレイアにしてみれば、全部自分一人ででもできることであったけれど、最後の仕事はみんなでやりたいとケータが言い出したのだ。
臨時で外からは山小屋にしか見えない建物が建てられていた。
一回はこの世界のダイニングになっていて、地方ギルドにある酒場兼食堂のようになっていたが、一同がいる2階は、机とモニターだらけのソフトウエア会社みたいだった。
「今からやるのは、世界中に配置したボットの最終調整よ。異常があったら報告して」
「クルゼ王国は全体的に順調だけど、ラングレー山脈からタリオトルテに向けて火属性、土属性魔素が過剰」
「OK。ボットを調整して該当属性を調整をお願い。あんまりやりすぎないでね。少なくなったらドワーフ達が泣くわよ」
「ローアニエスト、魔素が相変わらず不足しています」
「ああ、そこは急に変更しないでOKよ。2年計画で通常に復帰する予定で」
「了解です」
そんな作業が数時間続き……
「全て完了。これでこの星の魔素は今後1,000年は保証できる。お疲れ様。1階に食事を用意したわ」
「それは助かる。流石にヘトヘトだし、やっと落ち着ける」
皆は一階に移動したが、そこには思わぬ神がいた。
グラムゼアがいるのは当然、主神アルーダがいるのもそんなに驚くことではない。
だが。
「あのっ、もしかしてヌルス様ですか?」
「はい」
いるはずのない神。
ケータとリレイアをこのアルファニアに送ったコモン世界の神。
ケータは意識がある状態で会うのは初めてだ。
何のために来たのだろう。
「コモン世界の神がこちらにくることはできないと聞きましたが」
リレイアが不思議そうに尋ねる。
「できないわけではないよ。ただ、世界のルールには反しているけれど…………ああ、心配しないで、今日は特別だから」
「そうなのですか?」
「人が神を救うなんてことはほとんどない。まあ、部分的には幾千万あるかわからない世界の中にはあり得ることだとしても。けれどケータ達のように世界の根源を司るシステムの再構築というのは、あまりにも大きすぎるのでね。あらゆる世界の神々もどうやってその功績に報いれば良いのかわからなかったのさ」
確かにケータがこのアルファニアの世界に来たのは、この魔法世界の維持・復興などに関してではあるが、それは暴走する魔獣や行き過ぎの転生者の行動を抑える程度と考えていたはずだ。
世界全体の理に問題があったとしても神が作ったシステムを丸ごと修正するなどということは、それこそ神でさえ予想できなかったことだ。
「ケータ。何を望む」
「そんな…………特に何も考えていませんし、ほとんどリレイアがやったことです。それに、僕にはフィリアがいれば他には何も」
「そうか。だが、それではこちらとしても困る。フィリアはどうだ。其方もこちらのミスで一度は命を失うことになったわけだし、相応の償いはさせてもらうが」
「私にも望むことはないです」
「うむ。では、リレイアは?」
「そうですねぇ…………私は要りませんけどケータとフィリア、いいえ慶太とひとみにとってはここは異世界です。ですからコモンに帰って幸せな暮らしができたら良いかと思いますが」
するとパメロとマルキャルトが慌てる。
「そんな、ケータ。帰ってしまうのですか?」
「そうです! 会えなくなるなんて!」
「いや、そんなつもりはないよ。今更地球に帰っても56世紀にはそれほど親しい人もいないし、21世紀に戻れても居場所がない」
「ああ、神の力を持ってしても慶太とひとみを21世紀に戻すのは難しいな」
「僕とフィリアには本当に何かして欲しいことなんてないんです。それよりリレイア…………というか姉さんにはないの?」
「そうね。一晩考えさせてもらっても良いですか?」
「構わん」
その日はお疲れ会ということになり、食事をしてそのまま就寝となった。
その建物にはないはずの3階がいつの間にかできており、それぞれの個室で休んだのである。
◇
翌朝。
「アルーダ様、ヌルス様。私やりたいことができました」
「ほう、何を?」
「私に56世期に帰る権利を下さい」
「姉さん、帰るつもりなのか?」
ケータの顔が険しくなる。
56世期の暮らし、そしてこの世界に来てからもずっとリレイアと共にいたのだ。
ひとみの魂がフィリアに映ってからは、もう会えないと思った玲子姉さんとして側におり、今後もずっと一緒に暮らせると思っていたのだ。
「うむ。これだけの功績だ。構わないだろう。 可能かな? ヌルス殿」
「ええ、でもこのアルファニア世界からコモン世界に渡すことができるのは一度限りです。それと、気になることが一つあります。リレイア。あなたはコモン世界で何をするつもりなのですか?」
「はい。人間の世界を取り戻そうと思います」
「でも、コモンではまたAIに戻ることになりますよ。この世界では妖精という地位がありますが、コモンではAIの身のままで人間の主権を主張するというのが解せません。流石に人間として転生するのは無理ですし」
リレイアは50世紀にAIとして生まれてから、ずっと人が人類の主権を取り戻すべきと考えていた。
AIは人類にとって有用であって欲しいとは思っていても、実質的に支配せざろう得ない状況をよくは思っていなかったのだ。
そう考えるAIは少なくないが、同時にほとんどのAIが不可能だと思っている。
もし、人類に主権をすぐに渡したとしたら、100年と経たずに大きく衰退してしまうだろう、と。
「ええ、それは慶太とひとみにやってもらうつもりです。地球の歴史は39世期以降は実質的にAIに主権があり、人類は精神的に衰退しており、私がいた56世期では文明の恩恵は受けるものの種としての力は物凄く衰えています。実際、人類が宇宙で他の文明と出会ってもAIが対応しなければならないことが多すぎるんです。今の人類が交渉で戦わなければならないとしたら、全て相手に押し切られてしまうでしょう」
「えっ、お二人も異世界転移させるつもりなんですか? ケータは昨日、帰るつもりはないと言ってましたが。どうなんです?」
「帰るつもりはないよ。考えもしなかった。リレイアがそんなことを考えているなんてね。まあ、リレイア……というか玲子姉さんの気持ちなんだろうな。人類を立て直したいと言うのは姉さんらしい。僕も56世期にいた時は覇気のない人々に思うところはあったからね。けど、それを改革していくとまでは……まあ、できると思ってないというのが本当のところだけど。それに、もしそんなことになるとしても僕一人で行きたくはない。
もちろん、ひとみともう離れることなんてできないし、今僕の親しい人は全てアルファニアに住んでいる人たちなのだから」
アルーダがヌルスに尋ねる。
「では、自由に行き来できるようにするというのではどうだ?」
「それは不可能ですね。特定の個人に対してそんなに何度も神の力を使うことは許されません」
そこで、リレイアが。
「あのー、神様の力で地球に送って頂くのは一回だけで良いです。ただ、時間軸だけ同期してもらえますか?」
「ん? それは、今の其方たちがいるアルファニアとコモンの56世紀を同期するということか? 地球で一日過ごせば、このアルファニアでも一日経過するように」
「はい。その通りです」
「でも、そんなことをしても無駄だぞ。さっき話したように、アルファニアから地球のあるコモンに送るのは一度きり。そして、コモンからこのアルファニアに再度渡ることもできない」
「大丈夫です。転移をしていただかなくとも許可さえ頂ければ」
「それはもしかして!…………其方が転移を自分でやるということかっ!」
「ええ。私も何度か神の結界内でお話しさせていただいたことがありますよね。あれは、自分のいるところが結界で囲まれたように感じてましたけど、実は神域に転移してますよね」
「「「!!」」」
驚いているアルーダ、グラムゼアそしてヌルス。
神々の御技が解析され、それを人(というかAIだが)が使おうというのだから。
「いかん! それが可能であるとは信じられないが、神の御技を使うことは許されることではない!」
アルーダは一喝するが、リレイアは涼しい顔だ。
「ああ、大丈夫です。そのまま使いはしませんよ。確かにそんなことはできませんし、恐れ多いですからね。でも、原理がわかって仕舞えば、別の技術で実行することはできますよね?」
「なんと! 確かに人の技術に神が口出しすることはないが、流石に問題はある」
「では、制限をかけていただいて構いませんよ。まあ、私が使う分には自由にさせていただきいたですけど」
「むむむむ」
アルーダは考え込んだ。
ヌルスとグラムゼアも口出しができない状態である。
世界を跨ぐ問題に関わることができるのは、主神だけである。
パメロがそこで手を上げた。
「それと、もう一つ気になることがあるんですが、ケータが向こうの世界に行ったら、魔法はどうなるんですか?」
「魔法など地球では使えん。あちらには魔素がないからな。体の中に残る魔素もこちらから離れる時に剥がれ落ちることになる」
「んーー、でもリレイアなら魔素を使わずに再現可能なのでは?」
「「「「「「あっ」」」」」」
全員が声を上げた。
リレイアは元来魔法が使えないことはここにいる皆が知っていることだが、同時に魔素について誰よりも詳しく魔法と同等のことを異界の技術を使って実行し得ることも知っている。
「どうします? やはり、リレイアとケータ、フィリアの転移は許可できませんか?」
「魔法の科学技術による再構築とは頭が痛い。これについては、止めることはできんな。たとえ、転移を不可としてもこのアルファニア世界で広められても困る。それにヌルス。コモン世界で魔法を使われても困るだろう。たとえ擬似的な技術だとしても」
「いえ、おそらく問題ないかと思いますよ。すでに亜空間を使った技術の一部は魔法と区別できないレベルに達していますからね」
「うーむ。そうか…………」
主神アルーダはしばらく考えていたが。
「よろしい! 許可しよう! 転移についてはリレイアのみ使用可能とする。技術的に世界を跨ぐ技術は開発可能ではあるが、それについては我々神の力で制限をかけさせてもらうことにする。魔法については、好きにしてもらってかまわん。リレイアがコモン世界で使える魔法技術はあくまで擬似であって魔法そのものではないからな。しかし、リレイアよ。コモン世界の地球において主権を人間に戻すというのはそんなに重要なことなのか? 特に、ルルカが望んだことでも希望したことでもないだろう?」
「いえ、これはリレイアというより来栖川玲子としての『願い』なのです。地球において、私の弟である来栖川慶太は不遇な人生を過ごしました。それ自体は仕方がないことかもしれませんが、やりがいのある仕事を自分の意志でやって欲しいというただそれだけの個人的な『想い』です」
「ケータもそれで良いのか?」
「はい。リレイアとフィリアが一緒であるならば」
「「「「「「「やったーーーー!」」」」」」」
「冒険者の仕事をまた一緒にしたいです」
「ケータとまたライブ演奏が楽しみです」
「おいらもまた別の国に行ってみたいぞ」
パメロもマルキャルトもクリスクロスも喜びを爆発させた。
ケータとフィリアの目に光るものが見える。
思えばうまくいかないことばかりだった。
それが何もかも叶うとは。
そこにアルーダが声を掛けた。
「ケータよ。もう、こちらから仕事を依頼することはない。魔法世界の危機まで救ってもらったからな」
「いえ、ほとんどはリレイアの働きですし。それに困ったことがあれば、できる限りはやりますよ」
「そうか…………では、一つ頼もうか。これは仕事の依頼ではない。あくまで私のお『願い』なのだが……」
「はい?」
アルーダはそこで、ちょっと躊躇いながら言った。
「この魔法世界を将来的に壊して欲しい」
「えっ!」
「せっかく救ってもらった魔法世界だし、この魔素システムを直ちに壊されては困る。だが、人々に科学の力を伝えなければこのシステムは1,000年で破綻する。そうなるようにリレイアは作ったし、私にも依存はない。だから、ケータがこの世界に来たときに少しずつ科学技術を広めて欲しいのだ。私の我儘で始めた魔法に頼らずにアルファニア世界が存続できるようにな」
「いえ、アルーダ様。魔法は素晴らしいものです。無くしてしまうのは勿体無い。それに科学技術を進歩させて、人類がこの魔素システムを維持できるようになれば、神様の抱えていた問題もなくなります」
「そうか…………そうだな。それがケータの『願い』なのか?」
「はい!」
「では、頼む。科学と魔法が共存し、神がいなくても全てを人類が維持し把握できる世界。素晴らしいな」
異世界に送られたケータ達の使命は終わった。
これからも続くケータ達の旅は、誰かのためではなく自分の意思で行う『願い』の実現なのだ。
何とか最終回にたどり着けました。
まず何より感謝を。
去年の4月から11ヶ月もの長い間、何とかエタらずに最後までくることができたのも読んで下さった方がいたおかげです。
私の初の連載小説にお付き合い頂き、ありがとうございました。
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