84話 非道な戦闘が必要ならば
ケータ達は人類を皆救いたい。それには全ての国の協力が必要。
けれども聞き入れてくれない国があります。
ケータ達が向かった国々については準備が順調に進んでいた。
だが、ただ一つ魔獣討伐の計画に含まれていながら、準備が進んでいない国がある。
タリアトルテ大帝国である。
「リレイア。どうするんだ?」
「そうねぇ。一応、警告文を全国家最高責任者の名前の連名で送ってはみたものの、言うことを聞く気はないみたい」
「ないみたい、って……そのままほっとくわけにもいかないだろ?」
「そうは言うけど話を聞かない相手なんだからしょうがないじゃない」
どうもケータには、リレイアが姉玲子の魂だけになってからは、ずぼらというか行き当たりばったりになったような気がしている。
「けいちゃん、なんか失礼なこと考えてない?」
「べっつにぃぃいー」
「…………わかったわよ。何にも考えていないわけじゃない。でも、これは綺麗事だけじゃ済まされない。これから話すことは非道な話よ。だからけいちゃんだけに話す」
「…………了解」
それからリレイアがケータに話したのは、タリオトルテに本気で魔獣に対応してもらうための作戦だった。
それは脅しであり、実力行使を含む。実行すれば被害は軍部だけでなくタリオトルテの市民も巻き込む可能性があるものだった。
魔界の魔獣の恐ろしさは知らなければわからない。
それはタリオトルテの兵士より遥かに勝るランシェルの戦士でもわからなかったことだ。
あのザーフェスト・オーが主導して進めなければ、ランシェルも準備が整わなかったに違いない。
そこで、リレイアが取った策は ”魔界の魔獣を身をもって体験させること” であった。
「リレイア。あまり賛成できないな。言いたいことはわかるけど」
「でも、これしかないの」
「………………わかった。でも犠牲は必要最小限にして欲しい」
「それじゃあ二人で作戦立てましょうか」
この作戦は、ケータとリレイアの二人だけで行うことになった。
その間、コルキニアの準備だけはフィリア一人で行うことになっている。
「じゃあ、始めるわ」
「ああ、まずは魔界の小型魔獣だけで試してみようか?」
そうケータはそう尋ねたが返事をしたのはリレイアではなかった。
「でも、植物型と中級魔獣も初めから混ぜたほうがいいと思うわ」
「えっ! フィリア! いつの間に!」
フィリアである。
コルキニアにいるはずの。
「だってコルキニアにいても仕方がないもの。あそこは外壁もないから守り方も他とは違うから準備がいらないし……それに、慶太。もう、一人で辛いことを背負い込まないで、っていう約束でしょ?」
「……ごめん。でも、こんなことになるなんて知らなかったんだよ。リレイアから聞かされてなかったし」
「わかってる。だから、こうして来たんだもの。実はリレイアから知らせを受けてたの」
「えっ! えーーー、なんで!」
するとリレイアは腰に両手を当てて。
「けいちゃん。ちゃんと結婚したら全てを分かち合うようにしないとダメ。今日のことは私がフィリア……というかひとみさんにあらかじめ言っておいたからここにいるわけだけど、もし事前にケータに打ち明けていたらひとみさんを伴ってけいちゃんはここに来た?」
「もっ! もちろん!!」
「「うそっ!」」
フィリアとリレイアにステレオで否定されてしまった。
「………………わかった。気をつけるよ。勘弁してくれよお」
「まあ、いいわ。ひとみさんもいい」
「うん」
話はタリオトルテ軍に嗾ける魔獣の話題に戻った。
「で、フィリアは中級魔獣と植物型を混ぜるべきだと言ったわね? でも、タリオトルテ軍はいきなり対処できるかな。そのまま突破されたら軍の基地だけでなく、町まで襲われる可能性があるかも」
「警告は出したんですよね」
「ええ。無駄だったけどね」
「じゃあ、戦争を仕掛けられると言われたら?」
「あー、なるほど」
リレイアは分かったようだがケータはまだだ。
「どこからさ」
「ランシェル神主国」
「えっ!…………あーーでもそれはいつものことだから、普通に軍を出してくるだけだろう。それだと魔獣に蹴散らされてしまうんじゃないかな」
「だから、名前を借りるのよ。ザーフェスト・オーの」
「!!」
それならケータにもわかる。
ザーフェスト・オーはランシェルの伝説的な戦士だ。
そして、その力を一番身をもって知っているのがタリオトルテである。
英雄オーが攻めてくると聞けば、タリオトルテもただで済むとは思わないだろう。
すべての最新兵器に、動員できる精鋭部隊をつぎ込むだろう。
魔獣をぶつける前にタリオトルテの万全の支度をさせる。
だが、実際に攻めてくるのは、英雄オーではなく、魔界の魔獣である。
この戦闘でタリオトルテは魔獣に対し、大砲や大型兵器で対抗しようするだろう。
しかし、それが通用しないと知れば、開発した新金属をフルに活用することになる。
それこそがケータ達の狙いだ。
唯一、対抗できるものが新素材だと身を持って知ることになる。
それが被害を最少にするための方策だ。
そして、もう一つ。
住民を安全な場所に避難させる事。
たとえ、新素材が重要だとわかり大量生産したとしても、タリオトルテの砦はいくつか破られてしまうだろう。
そうなれば、魔獣を止めるものは何もなく町が襲われることになる。
何としても一般市民を巻き込まないようにするには、英雄オーがタリオトルテの中心部まで攻めてくるというデマを飛ばして、何とか危険性の高いタリオトルテ北部の住民を避難させることが肝要だ。
翌日からケータ達は作戦を開始した。
「見つかった! 逃げろ!」
「ダメだ。退路は塞がれている。至急、増援を!」
「ダメです。騎馬隊、魔獣隊とも抑えられています」
ランシェル神主国を見張っているタリオトルテの斥候部隊を包囲して捕縛。
だが、部隊の兵達はそれなりに落ち着いている。
硬人族は戦闘においては苛烈だが、捕虜を虐待するようなことは今までなかったからである。
だが。
「タリオトルテに大規模作戦の兆候が見られる。さあ、話してもらおうか」
ただでさえ大柄な硬人族の尋問官がムチを持って捕虜を睨みつける。
「そ、そんな情報は知らん! 知っていたとしても、くっ、国の情報などしゃ、喋ったりするものか!」
「ほう、それではその体に聞いてやろう」
ビシィィィ、
「ウグッ……があぁぁ……捕虜に対する不当な扱いは……」
ガッ、バキッ
「ウッ、……ハァハァ、クッ、クソゥ」
容赦なくムチを打たれたタリオトルテの兵はうずくまっている。
その顔には恐怖が見える。
ランシェルでは捕虜に対する虐待や拷問しないと言うこれまでの常識が破られている。
それまで聞いた話とは違う。
すなわち拷問がどこまでエスカレートするかわからない。
だが、何も喋らない捕虜に業を煮やしたように尋問官は上官に意見を求める。
「なかなか口を割りませんな。やはり何か隠しているのでは?」
「そうだな、何かあると見て良いだろう。こちらも大事な作戦の前だ。なるべく情報を引き出したいのだが」
へたばっているように見える捕虜は、その言葉をしっかり聞いていた。
その後の尋問で捕虜は気を失う。
それを見て、尋問官とその上官は。
「結局何も新しい情報は得られませんでしたな」
「ああ、できれば我が国初の大規模軍。英雄オーの大攻勢部隊の進軍前に掴んでおきたかったのだがな」
「なるほど、それで規模は結局どれくらいに……」
その後も話は続き、大規模なタリオトルテへの進軍計画を一通り話し合った後、二人は尋問室を出ていった。
やがて、別の者が気絶している捕虜を留置場に戻して部屋を出ていく。
それを見て、他の捕虜達がかけ寄り、介抱する。
「大丈夫か?」
「ああ。痛みはあるが、問題ない。それより、気絶しているフリでこの硬人どもの話を聞いていたのだが、近々大攻勢を掛けるらしい」
「本当か!」
「しかもあのザーフェスト・オーが先陣を切るらしい。今回はただ大規模な戦闘を行うだけでなく、都市の壊滅を狙っていると言っていた」
「バカな! ランシェルの連中は市民だけは狙わないはずだろ? 今まで都市の陥落が可能な状態でも奴らは手を出さなかったじゃないか」
「それがな。前回の戦闘で硬人族の王族に被害が出たらしい。それで、王室が直々に英雄オーに報復を指示したと俺を尋問した奴が言っていた」
「ああ、それなら王族の恨みが、と兵士たちが言っているのを私も耳にした」
この内容はもちろん、嘘である。
複数の経路から得られる情報が一致したことで、信憑性が増しているように見せるための。
尋問官はこの捕虜が気を失ってなどいないことを知っていて欺瞞情報を流したのだ。
兵士たちも聞き耳を立てているタリオトルテの残党がいたことは織り込み済みだ。
一刻も早くこの情報を持ち帰ろうとするタリオトルテの兵たちは焦っていた。
逃げ出そうとした捕虜達の牢が老朽化していたことも不思議だとは思わなかった。
牢屋がボロいのも、文明の力では劣るランシェルだから、と。
滅多に捕虜など取らないから、碌な用意がないからだ、と。
それが、都合の良い解釈だと気が付かずに。
だが、脱出は楽ではなかった。
確かに鍵は錆びついて強度を失っており壁にはヒビが入っていてボロボロと崩れるが、すぐに抜け出せるようにはできていない。
手と木片で3時間以上かかってようやく人が通れるような穴を掘ることができた。
檻から抜け出すことがそう簡単ではないことが、ランシェルがわざと捕虜を逃すように取り計らっていることを糊塗していた。
やがて……
「捕虜が逃げたぞ! まずは民間施設の保護を優先しろ! タリオトルテ側の門に戦力を集中しろ! 一人も逃すな」
指示を飛ばし、逃げたタリオトルテの捕虜を追う硬人族。
まず脱走兵を追うよりも民間施設の保護に回る。
次いで、城壁の門を固めて脱走兵の突破に備える。
それは、脱走兵の知るところとなる。
知らぬまにケータ達の目論見通りに踊らされているとも知らずに。
散々探し回った挙句、城壁の傷んだところを何とか発見する捕虜たち。
どうやら、過去に脱走したタリオトルテ兵が残したもののようだ。
うまくカモフラージュされていて見つけるのが大変ではあったのだが、捕虜達はその綻びを見つけ出し、ほうほうの体で逃げ出すことに成功した。
◇
ケータとリレイアはオーの配下から、偽の情報を掴んだ捕虜がタリオトルテに逃げ帰ったと連絡をもらった。
「うまく行ったみたいだな。でも、信じて迎撃体制と市民の避難をすると思う?」
「心配性ね。相変わらず、けいちゃんは」
「でも、たった一人だろ? オーが都市破壊までする、って情報を漏らしたのは。他の連中も信用するかな?」
「大丈夫よ。オーの情報はその捕虜しか聞いてないけど、噂話も広がるようにしておいたし、その襲撃日付については、他の捕虜の探し出した資料と一致するようにしておいたから」
「偽の文書まで作ってたのか。まあ、そういう裏打ちもあるのなら、タリオトルテも本気になるかもな…………でも、備えたのなら魔獣を消しかけなくても良いんじゃないか?」
「ダメよ」
オーが大軍を率いて攻めるというのは欺瞞情報ではあるが、タリオトルテ軍が強力な力に対抗することになるというのは本当だ。
それは、魔獣による攻撃。
スタンビードの発生前に、魔獣を何匹かタリオトルテに送り込み暴れさせる。
『本当の魔獣の怖さ』を身をもって知ってもらうのだ。
大きな被害が出るだろう。
それに本気で対抗することを血を流しながら、タリオトルテは学ばなくてはならないのだ。
「いくら敵軍とはいえ、魔獣に襲わせるのかぁ」
「仕方ないわ、けいちゃん。私だってこのやり方が非道なものだとは思ってる。けれど、元々戦争とは非道なもの。それに私たちがやることは、とにかく市民にだけは犠牲を出さないためのものであるの」
「うん。わかってはいるんだけどね」
◇
その日、タリオトルテ軍は最大の警戒体制を敷いていた。
迎え撃つのは、ザーフェスト・オーが率いる硬人族の軍勢であるはずだった。
だが、やってきたのは、見たこともない魔獣であった。
「魔獣が来ます。大砲部隊前へ。新素材弾は温存する。まずは通常弾を使え」
大砲を乗せた車両が運ばれ、通常弾による砲撃が開始された。
まず先頭の8台の大砲が火を吹き、魔獣を襲った。
凄まじい音と共に噴煙が巻き起こり、魔獣の姿が見えなくなる。
「やったか?」
「間違いない。全弾命中を確認した。これで耐えられるはずがない!」
歩兵が確認に前に出た途端、強風が吹き荒れた。
人が吹き飛ばされ、ようやく木に捕まり耐えきった者も顔が土気色に変色し、倒れていった。
「ダメです。魔獣に通常弾は通用しません!」
「なんだと!!」
「ブレスです! 死傷者多数!」
「高濃度の魔素です。新素材のマスクがないと…………ウガァァァア」
「下がれ! 下がれぇぇぇ!!」
瞬く間に8台の大砲とその砲手。
確認のために前に出た歩兵が全滅する。
逃げ出した兵のうち後続部隊に到達し、報告した者も半分がそのまま死亡していた。
「一旦引くしかない。まず、新素材のマスクと盾がないものは全て下がらせろ。後方で大砲の弾頭を新素材弾に詰め替えさせる」
「了解しました。前線からきた全てのものが魔素病の症状を訴えています」
「救護班はどうなっている」
「一般的な怪我にしか対応できない救護兵がほとんどです。薬も足りていません」
「そうか……魔素病に対応できる魔法師が必要だと首都方面に連絡。防げなければ10日以内に我が国の三分の一がなくなると言ってやれ」
タリオトルテの前線指揮官は優秀だった。
この状況で、打てる手を全て打ったと言ってよい。
だが、その指示は後方に正しく伝えられることはなかった。
送られた情報はあまりにも突飛であり、脚色された過度なものと受け取られたのだ。
自軍の戦力を過信している上層部は前線指揮官の失敗の言い訳だとしか思っていない。
結局、その前線指揮官の言うことを聞いていれば、と上層部が心底後悔したのは7日後の作戦会議での報告によってであった。
既にタリオトルテのランシェル方面軍は、精鋭8,000名と大砲を含む大型重機200台を失っていた。
タリオトルテで暴れ回った魔獣は大型魔獣2匹、中型の魔獣17匹、小型魔獣と植物型が100有余。
全体で120匹に満たない。
その全てが討ち取られたが、魔素降る死の国の脅威を知らしめることになったのである。
◇
リレイアとケータはその様子をデータとボットによる画像再生で確認していた。
「一応、成功と言って良いのか?」
「ええ、そうね。想定通りよ」
「しかし、随分と派手にやられたな。タリオトルテ軍の前線は再編成が必要になるだろうな」
「そうね。まあ、そうなってもらわないと困る。でもこれで新素材をしこたま配備しないとダメだとわかったんじゃない?」
「そりゃそうだろう。あれだけ通常兵器との差があることが分かったんだから。それで、もう一つ気になってるのは
一般人の被害なんだけど」
「それがねーー。出さないつもりだったけど、北部の町に止まっていた貴族とその配下、家人を含めが数十名犠牲になってるわ。国内では強硬派でタリオトルテ相手に絶対引かないつもりだったらしいの。自軍が負けるはずがないと」
リレイアは画像再生を切って、ケータに言った。
「言い訳はしない。仕方ないとも言わない。けどね…………」
「ああ、わかってる。せめてこれがタリオトリテの被害を減らせることにつながることを祈ろう」
ケータもリレイアを責めるつもりはない。
ただ後味の悪さを振り切るように次の準備に取り掛かることにした。
いよいよ、新魔素システムに移行開始です。
次回、『85話 フレーメが消滅すれば』1/27 投稿予定です。




