81話 その計画に暗雲が立ち込めれば
アルファニアの魔法世界を救うこと。
それが、神からケータとリレイアに与えられた使命。
けれど、それは行き過ぎた転生者を更生させる程度のことだったはず。
それが、この星全体のシステムを再構築しなければならなくなるとは……
しかも、リレイアの立てた計画には大きな懸念事項があります。
結婚式も終わり、ケータ達に日常が戻ってきた。
とは言っても今は旅の途中。
このアルファニア世界で一番長く過ごしたクルゼ王国の王都クルゼナントでもロブナント領のソラノ村でもない。
それでもやはりこの数週間で起こった様々な事柄から見れば、元の冒険者暮らしと言えるだろう。
まあ、ザギメデでドワーフから聞いたこの世界の危機を救うためクルゼ王国を飛び出したのは、とても日常とは言えない。
しかし、このアルファニア世界に来てからは、大変でなかったことなどない。
ただ、それでも特別に感じられるのは、それまではあくまでこの世界のためにやってきたことであるのに対し、この数週間で起こったことはケータ自身に関わることだからだ。
ケータの転生前の婚約者が死に、リレイアの中の一つの魂によって生き返った。
生き返った魂は上川ひとみのものであり、慶太は21世紀に結ばれなかった相手とこの世界で会うことになった。
さらに、リレイアに残っているもう一つの魂は、慶太の中で一番大事な姉のもの。
そして夢にも思っていなかった愛しい人との結婚。
だが、これから元の生活に戻らなければならない。
これからはケータにとって、ではなくこの世界にとって一番大事な時間になるのだ。
「残念ながらけいちゃんとフィリアの新婚旅行というわけには行かないわ。英雄様もお冠だしね」
「そうだろうな。僕にしたって魔界の件を放り出して結婚するなんて思ってなかったもの。こんなことしてて良いのか、って気持ちはあったよ」
リレイアとケータがそう言っているところにザーフェスト・オーが現れた。
ケータの結婚式が終わるまでの間、複雑な心境ではあったが何も言わずにいたのだ。
だが、これ以上は待てない。
「どうするつもりだ。話の内容次第では袂を別れることになるぞ。聞きたいことは二つ。第一に魔素降る死の国をどうするのか。第二にこうしている間にも強大になっていくタリオトルテにどう対応するのかと言うことだ」
「わかっているわ。その二つは密接に関係している……と言うより、魔界をどうにかするためにタリオトルテの充実を待っていたと言うのが本当のところね」
そのリレイアの説明に全員が首を傾げる。
「詳しく説明してもらおうか」
そういうオーの言葉には、冷静な彼には珍しく少し怒気がこもっている。
それを見てリレイアは一旦、全員の顔を見渡した。
珍しく躊躇いがあるようだ。
一度、考え込むように目を閉じ空を見たが、その後、意を決して言い放つ。
「この世界の魔素システムを破壊し、再構築します」
「「「「「「えっ!?」」」」」」
この一言にザーフェスト・オー以外の全員が怪訝な顔をしていた。
それが何を指し示すのかわからなかったのだ。
「まずこの世界の魔素システムというのは何なのでしょう? しかもそれを再構築するとは?」
一番冷静だったパメロがそう尋ねたが、それにはリレイアではなくオーが答えた。
「この世界の魔素は自然に発生しているわけではない。魔素は魔獣のいる森や山奥などの自然の中に湧き出ているかのように思えるが、それらは単に魔素の循環効率が良いだけでそういう場所に魔素を供給しているのは魔素降る死の国とそれに連なる地脈なのだ」
「だとすると魔素降る死の国の魔素はだんだん薄くなっているのですか?」
「いや。魔素降る死の国の魔素は薄くはならない。魔素は空から供給される」
パメロの質問にオーはそう答えて、空を見上げた。
その空にあるのは二つの月。
「よくわかりません」
マルキャルトは二人が何を言っているのか、何が問題点なのかが把握できない。
そこからはリレイアが話を継ぐ。
「最初から説明するわ。まずは魔法について」
「はい」
「私とけーちゃん、そしてフィリア……じゃなくてこの場合ひとみさんね。この3人がいた世界、日本という国では魔法は存在しなかった。もっと言うと日本だけではなく、日本のある地球という星、さらに地球を含む全宇宙に魔法は存在しない」
「あー、それは前に聞いたことがあります。でも、それがこの世界とどう関係するのですか?」
異世界に魔法がない。
アルファニアにはある。
単に事情が違うという、それだけのことではないのか?
「そうね。でも、考えても見て。これはとても不自然なことなの。その全宇宙のあるコモン世界には数兆もしくはもっと多くの文明があるにも関わらず、魔法の存在する星がない。それに引き換え、このアルファニア世界には7,000程度の文明しかなく、その中でたった一つだけこの星に魔法文明がある」
「はあ、まあ。そう言われればそう……なんでしょうか」
マルキャルトは腑に落ちない顔をしている。
「わかるよ。僕たちはこの星に生まれて、魔法があるのが当たり前になっているから、それが不自然と言われてもピンとこないんだ。でも、確かに不思議だね。なぜこの星にだけ魔法があるのか。確かにケータ達のいた世界には魔法がないんだろう。しかし、この世界のすべての文明の中でこの星にだけ魔法があるなんて、まるで依怙贔屓されているみたいだ……」
パメロがそう言ったところで。
「そう! それっ!」
リレイアがパメロを指さした。
「えっ!?」
「依怙贔屓されてたんですよ、この星の人たちは」
「誰に」
「神様に」
「「ええっ!?」」
マルキャルトとパメロだけがその一言に驚く。
「おいらもこの前まで知らなかったよ。リレイアがこの前、そのことをアルーダ様の前で言った時は本当にたまげたぜ。よく平気であんなこと言えたな」
クリスクロスが頭の後ろに腕を組んでそう言う。
その一言にオーはリレイアに詰め寄る。
「贔屓……か。確かにな。だが、贔屓というには利よりも問題の方が大きいのはなぜだ。この魔法のせいで多くの国が魔獣の危機にさらされている。タリオトルテにしても、あそこまで富国強兵策を取って他国を侵略し続けるのも魔法、ひいては魔獣に対する潜在的な恐怖が原因なのではないのか?」
「そうね、その通り。あの国は世界征服を考えてはいるけれど、あそこまで兵力増強に走るのはその征服対象が人類だけでなく、魔界にまで及ぶからとしか考えられない」
するとパメロは。
「うーん、だとするとこのタリオトルテを暴走させたのは神様ということになるのか? これから起こりそうな魔物の氾濫はそれに対する天罰? でも、リレイアの話の内容からして魔界から魔獣が溢れ出したらタリオトルテだけじゃなくて全人類が滅びちゃいそうだけど」
「天罰なんかじゃないわ。さっきは依怙贔屓だとは言ったけど、元々このシステムを作ったのはお手軽にこのアルファニア世界を安定させようとした結果だもの。この魔法世界は安易な方法をとった神様の失敗の結果よ」
「失敗!? お前…………それこそ天罰が下るぞ。アルーダ様はリレイアの言うこと逐一聞いてるんだからな」
「大丈夫よ。この前神様も認めたもの。クリスクロスもいたでしょう? あの時」
「ああ、いたよ。確かに聞いてはいたけどよ…………」
そこまで言って言い淀むクリスクロスにパメロがいう。
「その失敗とはどのようなものなのですか?」
「あー、それはおいらパス。リレイア説明しろよ」
「わかったわ」
リレイアは魔法について話し始めた。
まず、魔法。この世界にも自然に魔法など存在しない。発生するはずもない。
でも、この世界のこの星には魔法がある。
自然に発生しないのなら、誰かが与えたのだ。
誰が?
そんなもの一人しかいない。神様だ。
神様は数多ある無数の星の中で、この星にだけ魔法を与えた。確かに依怙贔屓だ。
その魔法は魔素によって引き起こされる。
魔素は魔法発生時に一部は世界に循環するが、消費されて減っていく。
それを補填しているのが月だ。
二つある月の一つサルーテは実は存在していない。
フレーメのそばにあるように見えるその星は虚像だ。
魔素はそこから星に注がれるが、直接大気にばら撒いていくと天候に左右され魔素の濃淡が発生する。
一時的に薄くても問題はないが、濃い場合には動物に多大な被害がである。
町どころか国単位で滅んでしまうほどに。
「でも、そうはなってませんよね。魔素が降り注いでいるのはみたことありません。どこが欠陥なんですか?」
「いえ、以前はそうだった。でも、まず最初に魔法を不自然に作ったこと。これはアルーダ様の罪で欠陥とは言えませんけど」
マルキャルトの質問にリレイアが答える。
「どうして神様の罪なんですか?」
「神が直接個々の生物に直接関わるようなシステムを作ってはいけない、と言うこと。それはこの前、アルーダ様に確認しました。もし、神が個人に直接関われるなら、慶太がコモン世界で死ぬことは回避できたはずなの。でもコモン世界の主神ルルカ様はそうしなかった。あまりにも大きな世界であるコモンでは、リスクが大きすぎるので当然でしょうけど」
「このアルファニア世界でなら許されるのですか?」
「いえ、数々の世界の神々が罪を裁くと決めたならアルーダ様は主神を降りなければならない」
「そんな……そんなことになったらこの世界は滅ぶのでしょうか?」
「いいえ、もし、アルーダ様が様々な世界の神々から罪に問われ、主神を降りることになったとしても別の神が引き継ぐことができます。例えその神がアルーダ様ほどの力がなかったとしても、この小さい世界なら支えていけます。他の神の協力は必要ななるかも知れませんが」
「では、神様は交代することになると」
「いいえ、それも大丈夫。この世界の魔法システムの構築について、他の世界の神々が罰を与えることはありません。この件に関しては黙認という形をとっているらしいので」
マルキャルトはホッとした顔を見せた。
だが。
「でも、それだけじゃなかった。このシステムには欠陥があったの。当初サルーテはこの星から見えないフレーメの裏側で太陽の力を借りて、魔素を自動生成してこの星に均等に降らせるシステムだった。しかし、それは不完全で国単位で滅亡したり、魔獣が増えて人の生活が成り立たなくなったりした。そこで、ほぼ壊滅してしまった大陸東部北に集中して魔素を降らせることにして、そこは人類が住めない代わり他の地域を守ったの。その結果人の住めない魔素降る死の国が生まれた」
「ああ、さっきのマルキャルトが言った話がそう繋がるのですね。魔界が生まれた経緯もわかりました。でも、人の住めない地域はあるもののそれで落ち着いたのならこの世界は安定したと言えるのでは?」
パメロがそう言ったが、オーは首を振る。
「いや、安定はしていない。この星全体の魔獣はだんだん強くなっている。いや、平均すれば強さはそれほど変わらないかも知れないが、より強力な魔獣が発生しているのだ。私はそれを憂いて魔界をどうにかできないかと思い始めたのだ」
「そうね。その濃い魔素が生み出す強力な魔獣が増えてきたらやはりこの世界は持たないでしょう。それが第二のこのシステムの欠陥」
リレイアがオーの発言を受けて、このシステムの問題点をもう一つ指摘した。
「なるほど。それで、魔獣を退治するために魔界に入ったのですか?」
「いや、私が魔界に入ったのは、魔獣を倒すためではない。そんなことをしていれば私もすぐに死ぬことになっていただろう。私は、フレーメ自体の像の歪みからその存在を疑うようになった。そして、その歪みが発生したときに魔素の増減が激しくなったことから、この星の元凶はサルーテにあるのではないか、と思ったのだ。そして、その魔素の流れがフレーメからであると推測してからは、サルーテを壊す鍵を求めて魔界に入ったのだ。だが、私の予想は外れていた」
オーは空を見上げてそう言った。
その顔には真実に辿り着けなかった自分に対する無力さに対する悔いがあった。
リレイアはそんなオーを労う。
「ううん。そんなことない。この科学技術が発達していない星で、よくそこまで辿り着けたものだと思うわ。それに本質は間違っていない。あなたの指摘したサルーテの歪みこそがこのシステムの最後の欠陥の証拠なのだから」
「それはどういうことですか?」
マルキャルトが質問する。
「結局、このシステムはスタンドアローンではうまくいかなかった。この星の文明が滅んでは何にもならない。それを防ぐために、神様はちょくちょくサルーテの魔素供給を直接調節しなければならなかった。そして、その度にサルーテは歪み、オーのように鋭いものに観測されてしまう」
「観測されるとまずいんですか?」
「二つの意味でまずいわね。まず、神が継続的に直接調節していること。魔法システムを作って人類に関与したことが神々で問題になっているのに、さらにその調節でちょくちょく手を出していると知れたら、流石に他の世界の神々も今までのように黙認できなくなる」
「はあ」
「そして、その調節したことによりサルーテが歪んで人目についてしまうと神としては痛恨事なの。神の関与が人にバレるわけだから神々にとってはもう一段罪が重くなる」
皆、事の次第については一応理解したようだ。
だが、納得したかどうかは別である。
しかし、ケータはもうそれ以上、この話について気持ちの落とし所を探すのはやめた。
話を進めることにする。
「それで、具体的にどうするつもり?」
「それじゃあ、作戦の全貌を話すわね」
それからリレイアはこの星のシステムの再構築計画を語った。
まず、サルーテの代替システムとしてこの星の全領域にある地脈に魔素循環システムを埋め込む。
そのシステムは単に循環するだけでなく、人間や魔獣に消費されて不足した分の魔素を補充する機能も持つ。
不可能と思われた魔素を無から作り出す方法については、リレイアがこの世界に来てから研究してきた56世紀の科学により解決策が確立されていた。
「けど、その方法だとエネルギー問題があるとか言ってなかったっけ?」
「あっ、けいちゃんには少し話してたんだっけ。そう、その問題があるんだけど、それも解決したわ」
「それは?」
「サルーテを使うわ」
リレイアはサルーテを魔素循環システムから、単なる太陽光によるエネルギー供給システムに変更すると言った。
この惑星ランゾルテに太陽光を今以上に供給し、血脈に働きかけるつもりのようだ。
「でも、そんなことをしたら星全体の外気温が上がって生態系が崩れないか?」
「そこは上手くやるわ……というか、それをやらないと逆にこの星は凍りついてしまう」
「?」
「というのはね……」
そこで、リレイアは第二弾の話を始めた。
まず現状の魔素降る死の国の問題。
濃すぎる魔素を持つ現状では、それ自体の温室効果があり気温の問題が発生していないが、この魔界のある場所は位置的にもっと寒冷の地であるはずなのだ。
従って、魔素が供給されなくなった場合、大陸北西部の平均気温は大幅に下がり、やがては星全体に影響を及ぼす。
これをサルーテからのエネルギー供給によって賄おうということらしい。
「うーん、それは良いけど、その太陽光の技術も血脈の魔素システムも地球の56世期の技術なんだろ? そのメンテとかアップデートは誰がやるんだよ。リレイアはずっとその面倒を見て暮らすつもり?」
「まさか。そんな退屈な仕事しないわ。それはこの星の住人にやってもらうつもり。期限は約1,000年。その期間は何があってもこのシステムをスタンドアロンで稼働可能にしておくわ」
「その1,000年が過ぎたら?」
「それは保証できないわね。この星の人間がずっと怠慢であるなら滅びるかも知れない」
「怠慢、って……。この星の住人はどうすりゃ良いんだよ」
「このシステムについての資料には鍵がかけてあって、文明のレベルによってそのヒントが見つかるようになっているわ。1,000年以内に科学力が進歩すれば、このシステムのメンテナンスに手が届くようになっているはず。そうならなければ、この星はおしまい。甘やかすつもりはないもの。それにそれ位の科学力がなければ、他の要因でこの星の文明が滅びるかも知れない。例えば大質量の隕石が降って来たりすれば人類どころが全ての生物が死滅する。そういうことは数千年に一度は起こるものよ」
「まあ、そんなことが起きるようならアルーダ様が手を出しそうだけど」
「そうね。でもそれこそ、他の世界から確実にペナルティを受けるわ」
マルキャルトは話についていけなくてオロオロしている。
パメロも内容を理解しているわけではないが、この星の魔法以外の文明が発展しなければいけないことだけはわかったようだ。
そして、オーは……
「そろそろ、タリオトルテの暴走をどうするかについて教えてもらえないだろうか」
「ええ、わかったわ。でも、その前にこの新システムの稼働計画についてもう少しだけ説明するわね」
リレイアはこの新システムの稼働について一番大事なのは、システム移行だと言った。
サルーテからの魔素の供給が止まれば、魔素降る死の国の魔素はだんだん薄くなり、魔獣は弱体化する。
星全体の魔素の現象は、新システムの稼働にとって変わることで安定する。
だが、問題はある程度魔素が薄くなった魔素降る死の国では間違いなく魔獣の大暴走が始まる。
何の対処もしない場合、試算では暴走が始まって2ヶ月以内にコルキニアと大河の向こうにある弱小都市国家郡、モグルーク王国、クリフラクト共和国が滅ぶ。
ランシェル神主国とタリオトルテ大帝国でさえ半年は持たない。
流石に大陸東部のホン・ワリャン連邦国、クルゼ王国、ローアニエスト公国に到達するには3年程度かかるだろうが、その時国としての体裁を保つことはおそらく不可能。
人類はその版図と人口を10分の1程度にまで減らすだろうと、リレイアは言った。
「この星は滅ぶんですか!? それとも人口を10分の1でも残るからそれで我慢しろ、と!?」
マルキャルトは叫ぶようにリレイアに抗議する。
だが、リレイアはどこ吹く風で言った。
「わたしはそれでもいいけどねー。大事な人だけ避難させて」
「リレイア!!」
今度はケータがリレイアを睨む。
知り合いだけ助けて後は知らない、というのはケータが一番嫌うことだ。
「そんなつもりはないって。けいちゃんもマルキャルトもそんなに怒んないで。そこからが第三弾の計画だから」
リレイアはケータを宥めながら魔獣のスタンビートに対応する計画を話し始めた。
この作戦のベースは既にある。
ケータ達が魔獣のスタンビートに対応するのはこれで三度目なのであるから。
最初はクルゼ王国、その次はモグルーク。
最もモグルークの場合は、抑えるのではなく煽ってタリオトルテ軍を混乱させるために使ったのだが。
「一番の問題は、今回の規模が以前とは桁違いであることね。魔獣も元が魔素降る死の国産ばかりだから強力よ。そのままでは抑えきれない。そこで弱体化と防御手段が必要になる」
「弱体化? 魔素が薄くなって弱体化するから暴走するんだろ? それ以上に弱体化する方法があるのか」
「ええ、ここに来て魔素についていろんな対処をした経験が生きるわ」
「経験?」
「魔素が薄くて困ってた国があるでしょう?」
そこで、マルキャルトが言った。
「ローアニエスト!」
「そう。あの国でやったことは魔素を変換すること、平均化すること。両方とも魔素の状態を国単位でコントロールすることだったのよ。それを応用して今回は逆をやる」
リレイアはそのえげつない作戦を開陳した。
まず魔界の中で南部についてはこれまでと同等の魔素濃度を保つ。すると当然、薄くしなければならないところが必要である。そこで中央部と北部については魔素が極端に薄い地域と濃い地域を作る。
するとどうなるか。
魔素を求めて濃い地域に魔獣は殺到するため、同士討ちが始まる。
一方、薄い地域の魔獣は弱体化するが、その薄い一部の地域だけの小規模なスタンビートが発生する。
ところが、行く先はやはり魔素が濃い地域なので、さらに同士討ちが進むのだ。
実際には、そのスタンビートが南下するのを防ぐため、魔獣が魔界を超えないように魔素が濃い領域も作りはするが、その魔獣達の矛先が魔界の外にならないように今度は一時的に南部から見て北側に魔素が濃い領域を作って魔獣の群れをコントロールする。
「そんなことしても結局は魔界を飛び出してくるんだろう? その時はどれ位弱体化してて、どれ位の規模になるんだ? それから時間とか」
「けいちゃん、良いところに気がついたわね。まずはその期間から話しましょうか。この弱体化と同士討ちにより魔獣を減らすのは、魔素の供給はサルーテから止めて約2ヶ月。最悪でも1ヶ月以上は魔界に閉じ込めておかないと迎撃の準備が整わないわ。対抗もできないでしょう。次に強さだけど、恐らく平均して魔界の外の魔獣の1.5倍ぐらいの強さになるはず」
「そんなに? 魔素降る死の国で戦った時は、全員で一体にかかりきりじゃなけりゃ倒せないのもいっぱいいたじゃないか。感覚としては普通の魔獣の5倍ぐらいは強かったような気がしてたのに」
「ああ、それは勘違いよ。あそこの魔獣が強かったのは主にあの環境のせい。魔素が薄い状態になれば、その強さは7、8割落ちるわ」
「信じられないな。それじゃあ、普通の魔素の森にいる魔獣よりちょっと強い程度じゃないか」
「そうよ。もし、普通の魔素の森にいる魔獣もあの魔界に入り込めば、一週間以内に同じ強さになるわ。魔界とはそういうところ。最も普通の魔素の森にいる魔獣があの魔界に入ったとしたら、その一週間を生き延びるのはほんのわずかでしょうけど」
それを聞いて一同はホッとする。
だが、一番肝心の問題が残っている。
「でも、規模はどうなるんだ。とてつもない大量の魔獣でしかも弱くなったとしても通常の1.5倍の強さなんだろ?」
「ええ、恐らく魔界を出る時点で暴走する魔獣の数は1,500万を超える」
「それじゃあ、やはり周りの国は滅亡するしかないのか……」
「いえ、距離が味方してくれる。長い距離を薄い魔素の中、移動することで大河に着くまでに3割以上が脱落する。疲労もあるから強さも衰えている可能性が高い」
「それでも……」
「大丈夫。切り札があるもの」
そう言って、取り出したのは『ルオークの杖』だ。
「それで戦うのか?」
「ええ、戦いもするけど、メインは防御。大河より南の国の全部の国の城壁にこの『ルオークの杖』の元である羅鉄鋼を使った強化を施すわ」
「羅鉄鋼の強度だと持たないんじゃないか?」
「そこはひと工夫して、城壁の構成物質と羅鉄鋼の再融合による『なんちゃってルオークの城壁』みたいなものを作るの」
「強度は?」
「城壁に使うなら抜群の強度を保てるでしょうね」
「そうか! 羅鉄鋼はそれに作用する物質が大きければ大きいほど、相手の攻撃力を分散することとができるわけか」
「そういうこと。もちろん、それぞれの国の人にも戦ってもらう。羅鉄鋼を使った武器を装備して城壁の上から魔獣の集中攻撃のを防げばいいの。同時に大量の魔獣に城に体当たりされない限りはそれで持ち堪えることができる」
だが、腕を組んでじっと聞いていたオーが言う。
「だが、それでは魔獣の数を減らすことができない。いつまでも戦い続けることはできないのではないか」
「そうね。でも、さっき南の国の全部の国の城壁、って言ったけど一つだけ例外の国があるの」
全員がわかった。
マルキャルトが言う。
「タリオトルテ、ですか。でもあの国にも罪のない国民もいます。全てを滅ぼすのはいくら何でも……」
「大丈夫、国民はだいたい助かるでしょう。あそこに行くのは全体の1割程度だし、あそこには対抗手段もあるでしょう?」
「対抗手段、って……新金属!……でも、あれは羅鉄鋼より弱いじゃないですか」
「そうね。でもあそこの軍隊は大勢いる」
「確かにそうですけど、すごい被害になりますよ」
「ええ、それも試算したわ。恐らくタリオトルテ全軍の損耗率は2割5分。大型の兵器、重機などはほとんどなくなるでしょう。でもそれだけです。平和になりますよ」
全員無言の中、一人だけ笑い出す者がいる。
ザーフェスト・オーだ。
「ワハハハハ、傑作だ! 確かに奴らには相応しい!」
だが、そこまで言うと急に真面目な顔になり、リレイアを見る。
「だが、いくら憎いタリオトルテであっても、軍に関わりのないものが殺されるのは看過できない。リレイア、あなたはタリオトルテの国民ならいくら犠牲が出てもいいと思っているのか?」
「いいえ、たとえあんな国であっても、普通の国民が犠牲になるのはイヤ。けれど、今回の場合はどうしても10万人ぐらいの犠牲が出るかも知れない。本当はもっと救いたいのだけれど……それより、もっと気になる……というか、犠牲が大きくなりそうなところがあるの」
するとフィリアが前に出てくる。
「コルキニアですね」
「そう。あそこはあまりにも魔素降る死の国に近い。城壁もない。魔獣はそれほど弱体化せずに押し寄せることになる。放っておけば間違いなく全滅する」
ケータがフィリアの肩を抱いて言う。
「けれどコルキニアについて何も考えてない訳じゃないんだろう?」
「ええ、決してコルキニアの人たちを死なせない。科学技術と転移魔法のハイブリッドで切り抜ける予定だけど、莫大な魔素量が必要になる……ううん、それが可能になったとしても、コルキニアの人たちは命以外の自分の国の全てを失うことになる……」
リレイアは冷静に語ってはいたが、その妖精の小さな姿であってもその表情に曇りがあるのは誰の目に明らかだった。
これが話す前の躊躇い、いつもと違うリレイアから感じていた違和感の正体。
そして、誰もその解決策は持っていない。
そこに。
不意に周りが白く淡くなり、背景のないどこともわからない領域に辺りは包まれる。
現れたのは主神アルーダと現神グラムゼアだ。
「困っているようだな?」
「ええ、ほんの少しですが」
アルーダの言葉にリレイアはちょっと悔しそうに答える。
だが、リレイアも心の中では折れるしかないと思ってはいる。
神様に縋るというのは二重の理由でやりたくないことなのだ。
一つは大見得を切ってこの世界のシステムを変えると言っておいて、ここで助けを乞うのは癪だということ。
そしてもう一つは、これ以上直接神の力を借りることは危険であること。
このアルファニア世界の主神が抱える問題からして、この二番目の問題の方が厄介だろう。
さりとて、アルーダにしてもこの星の民を大事に思っているのだ。
そして、そんな二人の気持ちに気づかないフリでグラムゼアが言う。
「遅くなったがケータ、フィリア。結婚おめでとう……そう言えば、アルーダ様。ケータに結婚祝いを渡すの忘れていたと言ってませんでしたっけ?」
「おっ? おう! そうだったそうだった。グラムゼア。済まぬ」
いささか白々しくそう言って、アルーダが手を広げる。
すると、ケータの懐から婚約指輪がすうっーと、アルーダの手に渡る。
「おお、良い石だな。ザギメデのメリタリアか。私からのプレゼントはこの宝石を一対のものとし、輝きも少しばかり増してやろう」
そう言って指先から指輪に神の力を注いでいく。
宝石は直視できないほどに眩く光り、やがて元の状態に近い輝きに戻っていった。
そして、気がつけば手のひらには指輪が二つに増えていた。
「これは凄いわ。神様。よろしいのですか?」
「何のことかな? 私は遅くなった結婚の祝いに新たな指輪と少しばかりの加護を追加したに過ぎないが」
リレイアは珍しく、目を見張って二つに増えた指輪を凝視している。
他のものには一つ増えたことと、輝きを少し増したようにしか見えなかったが、彼女にはその力が認識できたのだろう。
「では行くとしようか」
「もう、行かれるのですか?」
「ああ、遅れていた結婚祝いを届けるだけだからな」
ケータは目の前で結界を解除し、同時に消えていく神々を見送った。
リレイアは黙って神々に向かって頭を下げたままだった。
神から送られた力で計画の実行に問題がなくなりました。
次回、『82話 渡し忘れた結婚祝いを貰ったならば』1/17 投稿予定です。




