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80話 結婚式

 ケータ・リーフォンとフィリア・マリアンの結婚。

 それは同時に万感の想い、来栖川慶太と上川ひとみの結婚でもあります。

 ケータ・リーフォンとフィリア・マリアンの結婚式は一週間後と決まったものの、当人も周りもそれまでに考えなければいけないことが山積みであった。

 まず、最初に一週間という準備期間の短さに異を唱えたのはマルキャルトだった。


「結婚式をあげるのに一週間と言うのは短か過ぎませんか? ケータ殿はも最早クルゼ王国の重鎮です。少なくともブルム伯爵にお知らせしてから式の日取りが決まると言うならわかるのですが」

「いいえ、マルキャルト。それでは間に合いませんわ。結婚式だけでも想定外ですのに、その後にタリオトルテ、魔界と対処を考えなければいけないことがたくさん残ってますの。まあ、この一週間の時間の猶予を使って、そのための計画について考えることができるので好都合とも言えますけど」

「そんな……一生に一度の結婚式の準備期間を好都合な時間の猶予などと!」


 確かに魔界やタリオトルテの脅威を考えれば流暢なことをしている場合ではないことはわかる。

 けれども大事な結婚式の準備期間を『好都合な時間の猶予』と言われては、そのあんまりな言種にちょっとキレ気味だ。

 リレイアに詰め寄るマルキャルトをパメロが諌める。


「まあまあ。マルキャルトも落ち着いて」

「ですが!」

「まずはケータとフィリア。お二人の気持ちが大事なんじゃないかな?」

「それは……そうですね……気になってるのは、その辺のこともあるんです。ケータ殿はひとみさんが好きなんですよね?」


 やっとマルキャルトは落ち着くと、引っかかっていた部分にケータに問う。

 

「うーん。難しい質問だな。僕の中には慶太とケータという二つの人格が同居していて、ひとみとフィリアを愛する気持ちがないまぜになってるんだ。ただ、この気持ちをそれほど厳密に区別する必要はあまりないのかも知れない」

「フィリアは?」

「私も同じです。慶太と同じで私も今は上川ひとみとしての人格が強いですが、フィリアとして生きていた人生とずっと持ち続けている思い出や感情も心の中にありますので。別の慶太がフィリアが好きだとしても浮気だとも思いませんし」

「それは……そうですね」


 懸念していたこととは二人の中にそれぞれ別の人格が存在していること。

 だからこそ、結婚式に当たって考えるべきこと、準備期間も時間をとって一歩ずつ進めるべきと考えていたのだ。

 だが、そんなマルキャルトも二人の話を聞いて、蟠っていた部分が解消されたらしい。


 マルキャルトが落ち着いたと見て、パメロが話を元に戻す。


「じゃあ、ケータとフィリアについてですけど、このコルキニアで結婚式をするのは良いと思いますよ。お互いにケータとリーフォンは随分と待っていたわけですから。それに慶太とひとみさんに至っては結ばれるかどうかもわからなかったことなのですから、一刻も早く一緒になりたいのではないか、と」

「それは……そうですね……」

「それにリレイアのことです。おそらくクルゼ王国には何かの方法で連絡を取っているんではないですか?」

「えっ!」


 その一言にびっくりしてマルキャルトはリレイアの方を見る。

 隣のクリスクロスが呆れている。


「お前……性格悪いのな。リレイアじゃなくて、慶太の姉ちゃんの方かも知れないけど」

「クリスクロス。心外ね。まだ、玲子としての記憶とリレイアとしての振る舞いがマッチしてないだけよ。悪かったわ、マルキャルト。確かにケータの結婚については、すでにロブナント子爵に連絡してます。報告すべき相手としてリレイアのto do list にはあったから、事務的に済ませてたのよ」

「そうですか……まあ、報告したのならいいですけど……ロブナント子爵から連絡を受け取ったブロム伯爵は頭を抱えますね」


 マルキャルトはちょっと拗ねていたが、すぐに陛下に言い訳をするブロム伯爵の姿が頭に浮かび気の毒になった。


「それは心配です」

「その時は私も協力しますよ。きっと帰国した時に報告と祝賀会が開かれるでしょうから。私もドルターラで会場を盛り上げますので」


 ケータは、クルゼ王国に帰ってから陛下の前でもう一度大きなイベントが待っているようだ、とわかってため息をつく。

 だが、そんなケータにパメロは別の心配をしていた。


「それよりも気になるのはケータとフィリアさんです。お二方とも記憶や意識が20%しか残っていないので、緊張したまま式次第を進めることができるかどうか……」

「それは大丈夫よ。あの二人の心情についてはきっちりサポートするわ。なんと言ってもフィリアの中にいるひとみはずっと私の中にいたのだから、その心情は手に取るようにわかる。式次第で問題が起こらないように万全の用意をするつもり」


 パメロの心配にはリレイアが答えた。

 どうやら結婚式はみんなのサポートでうまくいきそうだ。


 ◇


 それからの一週間は大忙しだった。

 ケータとフィリアは元の記憶をかなり取り戻してはいたものの、それ以外の全てが大変だった。

 異世界に来てからの苦労や冒険者としての経験は色々積んだものの流石に結婚式の準備は初めての経験である。


 決まっているのは式場。

 村の広場でやることはわかっているし、村長が中心になって村人が設営をしてくれているので何もしなくて良い。

 結婚式がどういう感じになるのかも昔から村人全員の前で行われるので、二人とも幼い頃から何度か見ていた。

 式の段取りについてはフィリアの両親が中心になって、特に親しい村人たちが準備してくれている。


 だが、当然本人たちが決めなければいけないことは多い。


 まず、この村には教会がないので、隣町まで出かけて神父に出張をお願いしたり、その段取りの打ち合わせをしたりで何回も行き来が必要であった。

 その他にも衣装決めやら、挨拶の文章やら、来賓の席次なども両家の思惑だけでは決められず、必ず村長の同席をお願いする必要があり、実際の作業よりも気疲れで参ってしまっていた。

 こんなことなら、冒険者として強敵と当たって生きるか死ぬかの戦いになった時の方が楽だったと思ったぐらい。


 そんなわけで、結婚式を明日に控えたその日。

 ケータはベッドに倒れ込むと既に夢の中に旅立っていたはずなのだが……


——けいちゃん。少し真面目なお話があります。


 リレイアがケータ念話で話しかけた。

 ケータはリレイアの態度を計りかねている。

 今のリレイアは性格的にほとんど玲子姉さんと言って良い。

 その関心が元のリレイアの抱える問題とは微妙に異なっているのではないかと思うのだ。


——なんだい。姉さん。

——ついてきて


 ケータはリレイアの後をフィリアの実家から少し離れた村の木々が生えている一角まで歩いてきた。


——それで?

——これからの話よ。これは来栖川玲子ではなく、ルルカ様に使命を託されたAIリレイアとして聞いて。


 ケータはなんだろう? と思った。

 真面目な話のようだが、このタイミングで話すことに心当たりがない。


——けいちゃんはひとみさんと結婚した後、どうするつもりですか?

——どうって……そりゃあ、冒険者を続けるつもり……だよ。アルーダ様を手伝ってこの世界の魔法文明を救うことが使命であることは……変わらないから。


 ケータは少し躊躇しながら言った。

 それはフィリアのことを考えたからだった。

 ケータが慶太であるようにフィリアもひとみであるのは事実だが、同時に両親とともに静かに暮らすコルキニアの少女であることも事実なのだ。

 その心情を考えるとフィリアが両親に国を出ると告げることができるのかが気になっていたのである。


——ああ、フィリアのこと? それはあまり心配いらないわ。フィリアのご両親は気づいてる。もう、ケータとフィリアが以前の二人でないことに。そして感謝もしている。以前のケータとフィリアについてとても大切に考えていることが伝わっているから。だから、フィリアのご両親やケータのお祖父様は過去の二人の常識や約束事に縛られることなく共に歩んでいくことを願っているのよ。それには、これから村を離れて冒険者として暮らしていくことも含まれているわ。

——そうなのか……でも、それなら何で今後のことを聞いたんだ? ひとみも一緒に冒険することになるんだろう?

——そうね。でも、けいちゃん。それも終えたらどうするの?


 それが終わる。

 冒険者としての仕事が終わる。

 そんなことがあるのだろうか?


——けいちゃん。大切なことを忘れていない? 冒険者になったのはなぜか。

——それは……アルーダ様の話か……この魔法文明を衰退から救うこと。

——そう。冒険者としてやって行くことは可能よ。だけど、この結婚式が終わった後の大仕事を終わらせることができれば、アルーダ様に協力する必要はほとんどなくなるわ。

——そう……か。そうなのか。このままずっと冒険者として暮らしていくと思っていたよ。

——それがけいちゃんとひとみさんの本当の望みならばそれでもいいわ。でも大事なことよ。こっちで最後の仕事を終えたらどうするか、もう一度よく考えておいて。


 そうだった。

 冒険者になったのは、あくまでアルーダ様のために転生してきて魔法文明の衰退を止めるため。


 そして、その最後の仕事。

 それが何を意味するのかがケータにはわからない。

 ただ、最近のリレイアの行動は何か重大なことを隠しているようで気になった。

 けれど、今はそれを聞いてはいけないような気がしてそれ以上は何も聞かなかったのだった。


 リレイアは話が終わった後、残った仕事をこなすために飛び去っていった。

 ケータは一人だけ取り残された。

 それは、今言われたことを考えるためにリレイアがそうしたのだとそう思っていたのだが、木々の影から月明かりが差し込むケータの前に現れたのは。


「ひとみ……」


 本当はフィリアと呼ぶべきだったろうか?

 しかしケータはリレイアと話した後、彼女をみた時に呼んだのは21世紀で思いを伝えられなかった少女の名前だ。


「慶太。明日の結婚式の前に聞きたいことがあるの」

「なんだい?」

「あの高校生の時、慶太が告白してくれた。それに私は一つの質問をしたけど答えてはくれなかった」

「…………ごめん」


 答えられなかったのは、慶太が答えたくなかった訳ではない。

 ルルカの干渉のせいで正常な判断ができなかったからだ。

 けれど、慶太はそれをルルカのせいとは思っていない。

 あくまでも、答えられなかった自分の不甲斐なさが原因で……だが。


「ううん。そのことは慶太のせいではないことは知ってる。その理由は私がリレイアの中にいた時からわかってはいるの。私が知りたいのは別のこと」

「別の?」

「うん。あの時、慶太がルルカ様に干渉されなかったら何て答えていたのか……いえ、それも違う……どうしよう…………」

「ひとみ?」


 しばらくフィリアの姿をした上川ひとみは考え込んでいたが、やがて顔をあげた。


「えーと……うん、もう一度聞くわ。この先、ずっと一緒にいたい。けど、何があってもお互いに正直でありたい。それだけは約束して欲しい!」

「約束する」

「嬉しい!!」


 それから二人はしばらくの間、抱き合っていた。

 クリスクロスがやってきて『いつまでやってんだ!」と言われて慌てて離れるまで。


 ◇


 結婚式当日の朝が来た。

 フィリアは民族衣装のリボンとレースに彩られたコルキニア形式のドレスを来ていたが、そこにはこの国には見られない花があしらわれていた。

 ケータはその花嫁姿を見て涙を堪えるのが大変だった。

 それは故郷である北海道北士牧市に咲く小さな花だったからだ。


 フィリアにしても同様だった。

 ひとみの中にはフィリアの記憶があり、そのドレスはケータを待つ間一針一針自分で縫った物だからである。

 最後の花をあしらうところはリレイアの助けを借りたもののほとんどは自分だけで作り上げたもの。

 それを着てケータの伴侶となることができる。


 式場は村の真ん中の広場で臨時の舞台が作られその上で行われる。

 始まりは10時の予定であったが、朝早くからもう村人は皆集まっている。


「どうしましょう? 村人の方はもう全員揃っていて、このままだと焦れてくると思います。少し時間を繰り上げたいのですが、神父様の準備にもう少し時間がかかりますので、すぐと言うわけにも……」


 ケータは成功者として村に帰ってきたことになっているので、集まった村人はすでに盛り上がってしまっているようだ。

 式に協力してくれている近所の人達が困っていたが、パメロがドルターラを抱えて言った。


「少し場をつなぎましょうか」

「パメロ様が!? それは大変ありがたいですが……」


 確かにパメロがドルターラを弾けば、間を持たせることはできる。

 だが、大丈夫だろうか?

 パメロほどの有名人がその腕前を披露するとなるとさらに盛り上がって結婚式どころではなくなる恐れがある。


 だが、パメロは。


「リレイア。あれをお願いできる?」

「ああ、あれですね。いいと思うわ」


 それを聞いていたマルキャルトがキョトンとしている。


「何をするのですか?」

「少し落ち着いてもらうだけさ」

「落ち着いて……ああ! なるほど!!」


 マルキャルトはポンと手を打って、うなづいた。

 演奏旅行のことを思い出したのだ。


 パメロがドルターラを弾けば、その見事な腕前でどこに行っても大騒ぎになってしまう。

 だが、盛り上がりすぎて羽目を外すものがいるのは、ケータ達がローアニエストから帰る途中で経験済みなのだ。

 トルタの町で復活のライブを行った際に、感激した客がステージを押し寄せ、途中で転んだ客が下敷きになりそうだったのをマルキャルトが助けたのが『盛り上がりすぎたライブへの対策』を考える発端であった。


 その対策とは、パメロとリレイアが共同で沈静化の波動をPA出力に混ぜること。

 パメロは会場が熱くなりすぎていると見ると、それまでと一転してバラードを奏で、それにリレイアが魔素を展開し、魔法と56世紀の技術をミックスして精神を落ち着かせる。

 事前にナノマシンをばら撒いて、特に危ない者がいた場合は個別に対処する準備もしている。


 それを思い出してマルキャルトが村人に説明を始めた。

 

「みなさん、大丈夫です! パメロさんの演奏は静かな曲も多いですし、この結婚式にふさわしい音楽で穏やかな会場の雰囲気も作れますから」

「そうですか? パメロさんほどの有名な人がこの村に来たことはないですから心配なんですけど」

「ええ、初めて演奏する町や村でどういう反応があるのかは、よく分かってますから大丈夫ですよ」


 心配していた村人もいろんなところで経験済みと言われれば、そんなものかと納得せざるを得ない。


 パメロは結婚式が始まる前の舞台に上がり、ドルターラを弾き始める。

 ざわつく村人たち。

 その時点ではもっと前で見たいと思っていたものも多かったのだが、その静かな音色と穏やかな波動が響き渡ると、周りはすっかり落ち着きを取り戻した。


 数曲を弾いたあと、舞台脇から式を始める準備が整った、とパメロにサインを送った。

 それを見たパメロとリレイアは曲をミディアム・テンポの明るい曲に変えて、会場を少しだけ温めていった。


「聞いてくれてありがとう。今日はケータとフィリアの結婚式です。皆でお祝いしてやって下さい」


 そう言ってパメロは舞台を降りた。


 続いて村長が現れ、祝辞を述べる。

 晴天に恵まれたこと。

 長い間、他国で婚約と結婚の指輪の石を探していたケータが帰ってきたこと。

 それを一途に待っていたフィリアのことなどを述べた後、一礼をする。


 次に仲人が壇上に上がる。

 この村では、花婿が旅に出て花嫁に贈る宝石を取ってくる習わしがある。

 それを加工して婚約指輪にするわけだが、結婚式でそれを仲人が持ち披露するこの村特有の風習だ。


 持ってきたのは、実はリレイアが土壇場で用意したメリタリアだ。

 それをカットして指輪にしたのもリレイアである。

 台座はプラチナに神からもらったオリハルコンが混ぜてあり、非常に美しい上に傷にも強い。

 

「うわー、綺麗な石だ」

「素敵な蒼ね」

「光と緑にも見えるぞ」


 村人は仲人の持つ指輪を見てそれぞれに感嘆していた。


「これは、ケータがクルゼ王国のロブナント領ザギメデで見つけた石でメリタリアといいます。この蒼は平和と幸せを表すコルキニアの国旗にも使われている色に近い。二人の門出にこれ以上のものはないと思う」


 仲人は石の由来を説明して、拍手を浴びて壇上から降りた。


 代わって神父が舞台にあがる。


 そして二人の入場だ。


 まず、ケータが壇上に上がり、神父の前で一礼をする。

 次にフィリアが父親に連れられて壇上に上がり、ケータにその手を渡す。


「新郎ケータあなたはフィリアを妻とし健やかなる時も病める時も、喜びの時も悲しみの時も、富める時も貧しい時もこれを愛し敬い慰め合い、共に助け合いその命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」

「誓います」

「新婦フィリアあなたはケータを夫とし健やかなる時も病める時も、喜びの時も悲しみの時も、富める時も貧しい時もこれを愛し敬い慰め合い、共に助け合いその命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」

「誓います」

「では、誓いの口づけを」


 ケータとフィリアは口づけを交わした。

 それは普通のカップルの結婚式とは遥かに異なる二人だけの思いの詰まった出来事だった。

 時代を超えて世界を超えてまでしてやっと結びついた『魂の片割れ』『より良き半分』ベター・ハーフを掴んだものだったからである。


 万雷の拍手の後、式次第は終了した。


 待ち望んだ結婚をした二人ですが、浮かれている場合ではありません。


 次回から最終編『終章 新たなる魔法世界編』。


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