76話 震える月を見上げるならば
大陸西北部の死の国で戦いが続きます。
ルガアアアアア
奇妙な鳴き声をあげる未知の化け物が、男に襲いかかっていた。
男は背中が張り出していて硬い皮膚であることから硬人族であることが見てとれる。
しかも、元々大柄な硬人族の中でも破格の体格である。
フシュゥゥゥ
毒々しい色の液体が吐き出される。
それを全てかわした男が、なぜか苦しみ出す。
そこにリレイアが簡易防御膜を二つ展開する。
一つはケータ達のため。
もう一つは戦っている硬人族の男のためであった。
さらに、硬人族の男の防御膜の内側にボットを一台潜り込ませ、黄色の気体を噴出させた。
「下がって距離を取って下さい! かわしただけではダメですの。あの毒液は揮発性が強く、近くにいただけで神経が侵されますわ」
硬人族が立ち上がった。
リレイアがボットに噴出させた黄色の気体は、毒の中和剤である。
「私にもその黄色い気体をかけて下さい!」
毒を浴びた訳でもないマルキャルトがリレイアに中和剤を要求する。
だが、リレイアはその意図を把握して、マルキャルトに薬を吹き付ける。
マルキャルトは簡易防御膜を飛び出し、化け物に切り掛かる。
ザ、ザザザ、ザンンンンーーーーン
「うっ!」
その化け物を打ち倒したはいいもののマルキャルトはその毒素を直接浴びたようだ。
あらかじめ中和剤を浴びてはいたものの耐久力には限度がある。
「結界展開、魔素排除領域設定。回復処理」
リレイアがマルキャルトをすっぽり包む白くて丸い球体を設定し、彼女の姿は見えなくなる。
約10秒。
その白い球体は徐々に晴れていき、中には地面に座り込んでいるマルキャルトの姿が。
「だっ、大丈夫かい?」
「えっ、ええ、ケータ殿。もう大丈夫です」
「もう?」
「い、いえ、大丈夫です」
一同はホッとして、胸を撫で下ろす。
『もう』という言葉の意味は、皆わかってはいたが聞かなかった。
おそらく、マルキャルトは手酷い怪我か毒の影響で、相当のダメージを負ったのだ。
それをいち早くリレイアが球体の中で治療したに違いない。
「それにしても凄まじい斬撃だったなあ」
「いえ、普通はあそこまでやりませんが、今回は一撃で斬り捨てないとこちらも持ちませんでしたので」
無茶をするなと言おうと思ったケータだが、救われたのも事実。
マルキャルトが短期決戦で魔獣を倒したからこそ、他の者全員が無傷なのだ。
もし負傷者が増えていたら、目の前の硬人族の男は助からなかったかも知れない。
と。
そこで、その硬人族の男が近づいてきた。
「助かった。礼を言う。だが、聞かせて欲しい。なぜこの魔素降る死の国で生きていられる? そして、ここにきた目的は何だ?…………いや、それもどうでもいい。忠告する。一刻も早くこの領域から出た方が良い」
「初めまして、私はケータ。ここにいるマルキャルト、パメロ、リレイア、クリスクロスと旅をしています。今回は、英雄ザーフェスト・オーを探してこの地に来ました」
「私を?」
「ええ、ランシェル神主国でここに向かったと聞きまして」
「そうか」
それから沈黙が続き、それを破ったのはリレイアの一言だった。
「そろそろ日が暮れますの。とりあえず今日はここをキャンプ地としましょう」
「そうだな。オーさんもそれでどうでしょう?」
「私は構わないが、本当に君たちは大丈夫なのか?」
「はい。それについてもこのテントの中で詳しくお話しします」
皆はテキパキと野営の準備を進め、リレイアが外敵から守る領域と外を見張るボットをセットした。
ケータ達は食事の用意をしていたが、リレイアは別のテントでザーフェスト・オーの治療を行なっていた。
魔素を取り除く作業の他に、体内に残る毒などの悪影響を取り除くため、コップに溶かした薬液をオーに差し出した。
オーは疑いもせず、それを飲み干した。
ここまで救ってくれた相手は無条件に信用すると言うことなのであろう。
実のところ、その薬液に溶けているのは治療薬そのものではなくナノマシンである。
ザーフェスト・オーの体内の隅々まで駆け巡り、毒物の中和、内臓や皮膚の治療、血液中の異物を排除していた。
「最低限の治療が済みましたの。良くこの状態で立っていられたのか不思議ですわ」
「ありがたい。痛みも引いた。実は左の肘から先はもう感覚がなかったのだ。それがこの短時間で完治している。信じられないような技術だな。妖精の技か?」
リレイアはそれには応えず、にっこりと笑っただけだった。
魔法に起因する魔素の取り扱いについてはアルファニア世界の技術であるが、コモン世界、とりわけ地球の56世紀の技術に関しては話すことは憚られたし、俄には通じない話でもあったからである。
「この杖を持っていて下さいませ」
リレイアはオーに杖を渡した。
「これは?」
「『ルオークの杖』と言います。クルゼ王国のドワーフが作る羅鉄鋼を用いて作られた伝説の魔道具ですの」
「むっ、羅鉄鋼か。聞いたことはある。だが、それとは持つ効果が違うようだが」
「ええ、中に魔法陣が無数に展開されていますわ。それが周りの魔素を吸い込んだり、逆に放出したりすることができますの。これ一本で一人の人間がこのテル・デ・モールトでも10日間生きていられるほどの容量があるんですの」
「なんと……それで、君たちは生きていられるのか。だが、これを私に差し出す理由は何だ?」
するとクリスクロスがザーフェスト・オーの目の前に出てきた。
「おい! 強がるのもいい加減にしろよ! おいら、お前が限界に近いことわかってんだからな!」
「それで助けてくれると言うのか」
「おう! あんたを助ける必要があるって、ケータとリレイアが言ってるんだ! 大人しく受け取れよ!」
乱暴な物言いに怒ることなくザーフェスト・オーは、ふっ、と笑って杖を受け取った。
「分かった。ありがたく使わせてもらう」
すでにテントの中は空間拡張と魔素に対する防御領域の設定がなされていた。
しかし、リレイアはオーの近くに来るとさらに彼を囲うもう一段濃密な空間を設定する。
「これは何なのだ?」
「治療に適した領域を構築しましたの。随分と無理をなさったようですね。先ほどは外傷を中心に応急処置をしましたが、今は体に残った魔素と毒の治療、さらに体組織の正常化を行いますわ」
「ほう、そんなことが? 本当にすごい技術だな。礼を言う」
治療は約10分ほど続き、リレイアはオーを囲っていた濃密な空間設定を解除した。
ケータはそれを見てオーに声をかける。
「僕たちと一緒に戻って欲しいんですが……」
「ここまでしてもらって悪いが、私にも目的があるのでな。それを成すまでは帰るわけにはいかない」
「そうですか……」
ケータはあっさりと引き下がった。
◇
その夜、皆が寝しづまった頃、ザーフェスト・オーがテントの外に出てきていた。
自分の荷物も持っており、ケータ達と別れて先に進むつもりであることがわかる。
「月が綺麗ですね」
突然、話しかけられて一瞬眉を動かしたが、ザーフェスト・オーはそれ以上表情を崩さなかった。
話しかけたのはリレイアである。
「やはり、気づいていたか」
「ええ、一人でいかれるおつもりですか?」
「ああ、目的を果たさなければならないからな」
「では、せめてその杖を持っていって下さい」
ザーフェスト・オーは黙って出ていくのに『ルオークの杖』までもらっては、と思ったようだ。
「では、遠慮なく……」
「それと」
リレイアはオーの言葉を遮った。
「一つだけ手品を見ていって欲しいのですけれど」
「手品に興味はない」
リレイアはまた空を見上げた。
その視線の先には二つの月のうち緑がかったサルーテがある。
「もう一人、観客も見えたことですし」
するとリレイアの隣にぼうっと白い影が浮かび人形を取る。
いつもより静かに現れたのは神グラムゼアである。
「あっ、あなた様は!!」
オーは跪く。
ランシェル神主国という名前は伊達ではない。
どの種族よりも神を信じ、敬愛し、真摯に向き合う彼らは神を他の何かと見間違うことなどなく、一目でグラムゼアの正体を見抜く。
「私はグラムゼアという。この大地に姿を表す現神だ。ケータ達とは少しばかり縁があってね……だが、ちょっと今日は違う」
「お待ちしておりましたわ」
リレイアが礼をする。
「いや、出てくるつもりはなかったのだが、流石に見逃すわけにはいかないな。月を壊すつもりなのか?」
「いえ、ちょっと揺さぶるだけです。そして、今日は彼に見せたいのです。本当の姿とその様を」
「本当の姿……か。本来神の立場としては許されることではないが、リレイアには隠し通せることではないだろうし……ザーフェスト・オー、君には生きて戻って欲しいんだ。そのために今からリレイアがすることを私は黙認する」
「わかりました」
ザーフェスト・オーは何も分かってはいなかったが、それが二つの月の一つサルーテに関することであるなら好都合だ。
それに神の言うことに逆らえる者はランシェル神主国に一人としていない。
「今からやることはきっと英雄オーがこの地で知ろうとしていたことに対する答えになると思いますの」
リレイアはそう言って、予備の『ルオークの杖』を数本出した。
「これは不良品で見ての通りボロボロですわ。ですから補修して使います。一回限りですので、グラムゼア様からお譲りいただいたオリハルコンを利用しますの」
その一言にグラムゼアは苦笑し、ザーフェスト・オーは驚愕する。
誰がオリハルコンを一回限りの実験の使い捨てにしようと思うだろうか?
だが、リレイアは二人の思惑とは関係なく、ボロボロの『ルオークの杖』を数本つないで穴とつなぎ目にオリハルコンを注入した。
それを簡単な台座に乗せ、サルーテの方に向ける。
簡易ロケットの発射台のようだ。
「では、行きます。発射」
その瞬間ロケットの代わりに飛び出したのは、細い針のような弾であった。
材質は羅鉄鋼であり、光を帯びながら上空に向かっていく。
スパァァアン
意外に軽い音がしてその弾は爆けたが、そこからは異常な速さで光が空を登って行った。
やがて見えなくなるところで、リレイアは目の前に宙に浮かぶディスプレイを開いた。
「これは?」
「今、打ち上げた羅鉄鋼の弾とサルーテまでの推定飛行図ですの。あと、10数秒で到達しますわ」
画像の端にカウントダウンが表示される。
10、 9、 8、 7、 6、5、4、3、2、1
それがゼロになった瞬間に空が眩く光る。
ボォォォォン
そして、普通の人には聞こえない周波数で音が広がったがオーには聞こえたようだ。
思わず、ディスプレイから目を離し、その音の方向に顔を上げるオー。
そこには、水面に映るように不自然に揺れているサルーアの姿があった。
まるで、それが本物ではなく、映し出された映像が乱れたかのように。
音にしても、それは耳で聞いた訳ではない。
まるで頭の中に直接響いたようだ。
その途端、周囲の魔素が不自然に減少する。
それは約20分続き、それからまた魔素は濃く成り始め、1時間後には元の状態に戻ってしまった。
「今……のは……なんだ」
「あれがサルーテの正体ですわ。オー様はどのように考えていらっしゃいました?」
「サルーテがこの魔界の元凶だと思っていた。この地にある何かを使えばあれが排除できるのではないか、と」
するとリレイアとグラムゼアが顔を見合わせる。
「グラムゼア様。お話してよろしいでしょうか?」
「ダメというべきなのだろうが、隠し立てはできないだろう。いいさ、アルーダ様にはうまく言っておくよ」
「では」
まず、リレイアはオーに軽い質問をしてみた。
「魔素はどこから来ると思ってますの?」
「この星のほとんどの者達は、この魔界若しくは各地にある魔の森だと思っているだろうな」
「では、ザーフェスト・オー。あなたは?」
「すべての元凶はあのサルーテにあると」
「その認識はある意味間違いではありませんわ」
「わからない。はっきり教えてくれないか?」
この無骨な男ザーフェスト・オーには軽口で会話を続けるのは難しいらしいと思ったリレイアは、真実
それからリレイアはザーフェスト・オーにこの魔界と呼ばれるテル・デ・モールトと空に見える月サルーテについて話し始めた。
実はサルーテは存在しないこと。
月のように見えるアレは神の見せる虚像。
魔素は自然発生する訳では無く、ランゾルテの軌道上にあるフレーメの裏側で作られている。
サルーテはその魔素の制御機関であり、供給拠点でもあり、極端に濃い魔素溜まりなのだ。
その姿は直視しただけで、全ての生物にとって有害である。
それを隠し、有害な光を直視させないために虚像を見せ、ごく薄い力場が常時発生していて、空を見上げる者から目を守るための偏光板の役目をしている。
その魔素の供給先こそ、この魔素降る死の国であり、惑星ランゾルテ全体の魔素の源なのだ。
「私は勘違いしていたのか。あのサルーテこそ、魔素によりこの星の侵略をしている元凶だと思っていたのだ」
「その認識はある意味間違いではありませんわ。ですが、実際にはあれはあくまで虚像ですの。多少の機能はありますが、魔素を作っている物を元凶と呼ぶのなら、ここからは見えないフレーメの裏側にありますの」
ザーフェスト・オーは感情を表に出さない。
内心はガッカリしているか、呆然としているか、それともその両方なのか。
それを表すのは、残された手段がないか知ってからだ。
「それでは、この地にあのサルーテから影響を断つための仕組みはないのか」
「ええ、ありませんわ。あれは、サルーテから一方的にここに降らせている異常な濃度の魔素でしかありませんから」
「そう……だったのか」
流石にちょっと肩を落とした。
ザーフェスト・オーは魔界の濃密な魔素が凶悪な魔獣を解き放つ原因であること、そしてその原因が二番目の月サルーテに関係していることを独自に突き止めていた。
そして、サルーテから魔界に降り注ぐ理由がこのテル・デ・モールトと言われる領域のどこかにあると考え、その元を立つ方法を求めてここまでやってきていたのだ。
まさかそれが、魔界ではなく月の方にあったと分かった以上、彼にできることはない。
「あのサルーテを見せているのは神。それも恐らくは主神アルーダ様ですわ」
「それは何のためだ? 空から魔素を降らせて魔界を作ったのは何のためだ? 神が与えた我々に対する試練なのか?」
そういうオーに対し、リレイアはグラムゼアの方を向いて。
「さあ?」
と言った。
グラムゼアは首を振りつつ。
「残念ながらその答えを全て教えるわけにはいかない。けれど、魔素はこの星を守っている。それだけは本当だ。この魔界はその魔素を渡すために犠牲になった土地なのだ。もう少し、いい方法があれば良かったんだけどね」
その一言に呆気に取られるオー。
だが。
「なんとかいたしましょうか?」
リレイアがとんでもないことを言い出した。
「リレイア。君の能力を知っている。だが、どんなやり方をしたとしてもそれを行えば、この魔界から魔獣が全世界に解き放たれることになる」
「ええ、それは承知の上ですわ。ですが、それをやらない限りこの魔法世界を救うという命題を満たすことはできませんの。私とケータはそのためにこの世界に送られてきたんですもの」
「やる気なのか?」
「アルーダ様がやめろと言わない限り」
「…………わかった。だが、返事はしばらく待ってくれ。アルーダ様に報告する。もしかしたらアルーダ様だけでは答えられない内容もあるかも知れない」
「このアルファニア世界の主神でさえ、答えられない内容ですか?」
「それは私には答えかねる。とりあえず、君たちはこの魔界をなるべく早く出るべきだ。ザーフェスト・オー。君もだ」
再びオーは跪き、グラムゼアに礼をする。
するとグラムゼアの影は薄くなりやがてなくなる。
辺りを覆っていた結界も消えた。
「これで、ここに残らず一緒にランシェル神主国に戻ってもらえますね」
「ああ」
ザーフェスト・オーはこうしてケータ達と同行して、この魔界を出ることになった。
◇
翌日、ケータ達は同行することを拒んでいたザーフェスト・オーが態度を軟化させたことにホッとしていた。
無理強いすることはできなかったし、オーに同行するとなると『ルオークの杖』の魔素吸収限界が問題であったからだ。
その後、行きの半分の工程で走破し、ケータ達は魔界を出た。
ランシェル神主国に戻るとタリオトルテとの戦闘は激化しており、損害はランシェルの10倍以上タリオトルテは出していたが、絶対数の少ないランシェルは厳しい状況であった。
その理由はタリオトルテが開発した特殊な弾頭を持った魔弾にある。
硬人族は非常に固い皮膚を持ち、銃弾も魔法も通さない。
優れた戦士なら本当に1人で100人を相手にできるほどの物凄い精強な男たちであった。
だが、新弾頭は1発では硬人族の肌を抜くことはできなかったが、集中砲火によりこれまででは考えられらいような死者を出していた。
ザーフェスト・オーは軍を率い、自ら先頭に立ち、タリオトルテ軍に切り込んだ。
敵陣の奥深くに切り込み、補給所を何ヶ所か破壊したが、彼自身も負傷し戻ってきた。
持ち帰ったものの中に未使用の弾頭があり、リレイアは硬人族を貫くことができる秘密を見つけた。
「これは朗報ですわ。タリオトルテがこれほどの武器を開発しているとは思いませんでしたの」
「「「「「何っ!」」」」」
リレイアがまたとんでもないことを言い出した。
そこにいる全員が驚いた。
なぜ、敵の武器が強力であることが朗報なのだろう。
「いえ、この戦闘はこちらの勝ちです。ランシェルの被害を最小化するよう全面的に協力します。ただ……」
「ただ?」
「あの月との決着をつける時にはタリオトルテにも頑張ってもらわなくてはなりませんので」
その謎の言葉は吐いたリレイアに、皆はその真相を聞こうとしたが彼女はそれ以上何も喋らなかった。
ザーフェスト・オーとやっと会うことができました。
魔界に残るという彼を説得し、やっとこの地を後にします。
そして、この惑星ランゾルテ、延いてはアルファニア世界の秘密が明らかになります。
次回から、『終章・better half編』 です。
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