7話 そして未来へ行くならば
7話です。
神様に送り込まれて21世紀から56世期にタイムトラベルです。
まあ、帰れませんが……
慶太の体調は21世紀のしがらみから切り離されたので、一旦回復しています。
しかし、この時代では知人もいないし何も知りません。
果たして慶太はどうなるのか?
僕は来栖川慶太だ。
21世紀で暮らしていた冴えない元サラリーマンだった。
今は信じられない事に56世紀で暮らしている。
そしてもっと信じられない事に、ここに連れてきたのは神様である。
この話を聞いて頭がおかしくなったんじゃないかと思うかもしれないが、実は僕自身も自信がない。
あまりに荒唐無稽でね。
未来に来ることになったあの日。
いつもは忘れっぽくて毎日のことなど割とどうでも良い僕だけれど、流石にあの日のことは忘れない。
人生最悪の日に僕はアパートで倒れて意識がなくなっている間に神様は現れた。
僕は当然、夢の中だろうと思ったし、そうでなければ新手の詐欺師に騙されていのかと思った。
「ワシはルルカと言う。このコモンの世界の主神である。お主の人生について、いくつかの不幸なことがあったはずじゃ。そのいくつかはワシの不手際によるもの。謝って済まされるものではないが、まずは謝罪をさせてくれ」
正確には覚えていないが、確かそんな内容だった。
何何何? 神様? 不手際? 謝罪?
頭は混乱したよ。
その夢の中はとにかく眩しくて『これが後光というものか』と思った。
本当ならそんな状況を疑ってかかるのが当然だ。
話の内容は限りなく怪しいが、その姿は例えようもなく神々しい。
それを見ているうちに、僕は疑う気持ちがなくなってしまった。
魂レベルでこれは本物だとわかるのだ。
最初に逢った夢の中の神様とは圧が違っていた。
植え付けられた畏敬の念で平伏したくなってしまう。
だが、もっとおかしなことに気がついた。
僕は気を失って昏睡状態である。
まず、それを自分でわかっているのがおかしい。
そして、目の前の神を名乗る人物と意思疎通ができているのも。
そういえば意識がないんだから、目だって開いてないはずだけど姿ははっきりわかる。
夢なんだろうか? そうだ、そうに違いない。
それなら恐れることもないと思い、まずは目の前の神を名乗る人物の話を聞いてみた。
そして、もう一度整理する。
神様の言うことには、僕の人生に悪影響を及ぼしたのは、自分であるから罪滅ぼしをさせて欲しい。
ついては、56世期に行ってくれないか、と。
ちょっと待て。
まず、神様が罪滅ぼしをさせて欲しいと人間に頼むのが理解できない。
その上、その罪滅ぼしの内容が僕を56世期に行かせることですと?
なるほど……うーん
……まるでわからない。
整理して見たけれど、やっぱりわからない。
説明はいろいろ受けたけれど、説明がわからなかったんじゃあなかった。
いろんなことが起こりすぎて、正確に把握ができなかったのだ。
しかし、ここにきてようやく僕は神の力とやらで体が昏睡状態であるまま、意識だけが覚醒したことに納得した。
その時どうしようもなく現実を感じた。
これは夢ではないと。
そうなると焦る。
言われたことを考えねば。
身の振り方をどうするか。
急に21世紀とはおさらばということになると、突然今度は身の回りのことが気になり始めた。
例えば、僕がいなくなった後のこのアパートのこととか。
借金で騙された両親のこととか。
けれど、そちらもどうにでもなると言っていた。
正確には『加護が与えられる』だったかな?
神様の加護なんだから、大丈夫なのだろう。
仮にダメでも21世紀においての僕はもう死んでいる。
どうにもならない。
結局、選択肢なんてなかったのだ。
両親との永遠の別れになってしまったことはちょっと胸が痛む。
さほどたくさんいたわけでもないが、幾人かの友達と世話になった人たちにも最後の挨拶ぐらいはしたかった。
さようなら、不幸せな僕の半生。
僕は、神様に未来に行くことを了承したことを伝え、そして不思議な光に包まれた。
すると、また目の前が真っ白になりそれから世界が物凄い速さで移り変わっていくのが見え……うわぁぁぁ、目が猛烈に痛い!!!
「おっと、すまん。今のお主には次元回廊の景色は毒じゃの」
神ルルカの声が頭に響くと、周りの景色は相変わらず凄い勢いで移り変わっているものの、厚いすりガラスを通したように見えるようになった、これなら大丈夫だ。
「もうすぐ出口じゃ。この世界では、お主を支えてくれるものがおるはずじゃ」
そこで、スッと一瞬意識がなくなり、次に気がついた時、僕は56世期の空にほうり出されたのである。
「んーーー、風が強い…………落ちてるのーーー? 助けてくれーーーー!!!」
迫る地表、落ちる先は岩場らしい。
かなりの高さから落ちてるし、どこに落ちたって助からない!……と思った途端。
「緊急! 未確認落下体発見! 暫定保護」
誰が言ったのかわからなかったが、そんな声が聞こえ……気がつくと部屋の中にいた。
「大丈夫ですか? 言葉はわかりますか?」
と聞く声に振り向くと空中に天使がいた。背丈は10cmぐらいでヒュンヒュン飛び回っている。
『おっ、ファンタジーだ。未来じゃなくて異世界に来ちゃったんじゃないの?』と思ったが、何も答えないでいると。
「未確認生物第一次調査を開始……安全を確認。物理的、化学的、細菌学的な危険因子は見当たりません。第一次警戒解除」
続けて。
「生命反応と精神反応は第一次検査の内容にて充足しています。個体は21世紀の人間と断定。時空転移要因は不明。本人にはその能力はありません。使用された転移システム、または転移能力者も不明です」
さらに
「頭脳及び携帯システムをスキャン。理論的、哲学的、思想的、システム的な危険因子は見当たりません。第二次警戒解除」
そこまでは事務的に一気にしゃべると、口調が変わり
「来栖川慶太様ですね。私、都市管理用のサポートAIの『6Ω7sect-P3@203491』と申します。おそらく21世紀からこちらに来たものとお見受けしますが、どのようにどんな用件でこちらに来られたのでしょうか?」
と聞いてきた。
どうしようかと思ったが、すでに何も言わなくても第一次検査とやらで名前やらなんやらこのAIにはわかっているらしい。
神様によって、この体を治療するため過去から送られて来たことをそのまま告げた。
「神様……ですか?」
そのAIは空中で目をパチクリとさせて言った。
「いささか荒唐無稽なお話ですが、こちらで調査した来栖川様の記憶と合致しますし、来栖川様の脳に問題があるわけでも記憶を弄られている訳でもありません。不可解ですがそれはまあ、置くとしましょう」
そこは、置いておくんだ。
スルー力高いな。未来のAI。
「今後、別の時代に行く予定はありますか?」
そんな予定はない、と答えた。
神様は56世紀で好きに過ごせと言っていたし、自分では時間を超えることなど出来はしないのだから。
「了解しました。自力帰還不能の時間旅行者として仮登録します。今居るるこの部屋もその仮登録の範疇に入っていますので、政府による監査が入るまではこちらで過ごすことになります……ああ、大丈夫です。監査はすぐに入りますし来栖川様の場合、危険因子は何もありませんので程なく自由な生活ができるようになるはずです」
それはありがたいが、こちらの世界でどうやって暮らしていけばいいんだろうか?
この世界で通用するお金もないし、こんな進んで世界で役に立つ仕事などできそうもない。
それについて尋ねると。
「生活資金についてはまだ確定ではありませんが多分大丈夫です。来栖川様の場合は、政府による保護が間違いなく得られます」
「生活保護のようなものですか?」
「まあ、それに近いですがそれよりはかなり上等なものになりますよ」
高待遇が得られるらしい。
なんでだろう?
まあ、何にしても政府の監査が入るまではこの部屋にいるしかなさそうだ。
ちなみにここは一種の避難所だそうで、目的地の判然としないタイムトラベラーや次元震に巻き込まれた人間が56世紀に迷い込んだ場合の自動転移先の一つなのだそうだ。
時間転移時に、白いもやの中から岩場に転落しそうな風景が一瞬見えたのちに気がつくとこの部屋にいた。
時間の狭間から放り出された時は、地上にそのまま出てくるわけではなく、独自の位置とベクトルを持っているのだそうだ。
僕がこの未来に現れた位置は空中、持っていたベクトルは真下。
すなわち転落中で地面に一直線。
助かったのは、次元震動に巻き込まれた者がこの時代に遷移し現れた場合のための都市の保護機能が働いたからだそうだ。
それで、そう言う時のために用意された部屋の一つに自動移動されたらしい。
あのままだと岩に頭をぶつけてあの世行きだったわけだ。くわばらくわばら。
この部屋はそういう人を保護される目的なのだから21世紀から来た僕がいるのは不自然ではない。
だがAIさんには不可解な点があると言っている。
それは『21世紀の人間がここにいること』ではなく『どうやって21世紀の人間が来たのか』である。
僕の場合、迷い込んで自動転移したわけでなく、何者かの意図によってこの避難所に送られた形跡があるとAIは言う。
それとAIさんの言うことには、一番近くにいたAIでもないのになぜ自分が一番に駆けつけたのか、と言うのも不思議だそうだ。
しかし、その不可解な点についての詮索は後回しにし、AIさんは先に話すことがあると言ってきた。
「それと先ほどチェックした来栖川慶太様の体調について気になる点があるので報告させていただきます」
「わかりました」
AIさんにはそう答えたが、僕の体に問題があるのは知っている。
だが、とりあえず報告してくれるAIさんの話を一通り聞くことにした。
◇
AIさんの話はよくわからなかった。
体のどこの部位が悪いかと言う話ではなかったからだ。
あえて言うなら、体はどこも悪くない。
それでも命の危険が迫っている。
それを説明する用語も症状も残念ながら僕の知ってる21世紀の知識ではわからなかったのだ。
ただ、ほって置くと死ぬ。
まあ、そうだろうな。
21世紀では無理だから、それを治すために僕はここに連れてこられた、らしいので。
自分のことなのに「らしい」というのは僕自身に実感がないから。
それどころか、未来に来てまだ数時間だが、僕の体はすこぶる調子が良いのだ。
何でも、先ほど検査の時に体の異常に対する応急措置はしてくれたらしく、すぐに体調を崩したりはしないらしい。
であるなら、自分の体のことはちょっと置こう。
気にしても仕方がないし。
◇
翌日、僕は朝早くから目が覚めた。
まず考えたのは、この時代のこと。
56世期。3,500年先の未来。
よく考えると大変なことだ。
これって、これタイムトラベルですよ?
SFの世界ですよ?
本当ならもっと慌てるところなんだろうけれど、昨日来てすぐにはピンと来なかった。
ただ、ふわぁー、なんかよーわからんとこに来たなあ、と思っただけだ。
だけど、2日目の今日になって段々、実感が湧いてきた。
特に、未来の技術の凄さだけは本物。
これには驚きの連続なのだ。ほんとそこだけは。
まあ最初は疑ったよ。
本当に未来に来ているのか、と。ドッキリなんじゃないか、と。
でも、それについては確かめようがない。
まわりを見てみると窓が広く取られた居心地の良いラウンジである。
窓際に行き外を見渡すと、あちらこちらに部屋が浮いているのが見える。
大体、どこも2層構造になっていて、建物というより部屋そのものが空中にある。
見た目はとっても不安定。
信じ難い光景ではあるけれど、これだけで56世期だって言える?
やっぱり目の前の全てはよくできた映像かもしれない。
そう思って、自分のいるベランダから見える景色を見た後に自分の部屋の下を覗き込んでみたら、やはり何も支えるものはない。
この部屋も浮いているのだ。
地上の様子も見えた。
地上の建物もあるようだ。
地面との離れ具合から考えてこの部屋は500mぐらいの高さに浮いている。
けれど、暮らし始めてみると足元が心許ないとかそういうことはないんだな。
一度落ちそうになった時はビビったが、体に浮遊感が付加されて落ちないようになっていることが確認できてからは、恐怖感も感じなくなった。
また、地上500mであるならばそれなりに風も感じるはずなのに、快い程度のそよ風しか感じないのは、やはり何かのシステムで気圧や風圧がコントロールされているのだろう。
改めて自分の部屋の周りを見渡してみても密集した町のようなものは見当たらない。
町があって繁華街でもあるなら、店で新聞でも買って、日付で未来かどうか確認しようと思ったんだが。
ほら、SFだと新聞で未来日付を確認するのってよくあるじゃない?
まあ結果から言うと56世期に紙の新聞はなかった。
さもありなん。
それらをひっくるめて、現実感がない。
後で知ったのだが、こんなまばらに部屋が浮いているだけでも立派な都市なのだそうだ。
欲しいものは居ながらにして手にすることが出来、どんなに離れていても密接なコミュニケーションが取れ、必要ならば好きに移動できるのだから、何も密集して住んでストレスを溜めることはないだろう配慮しているのだそうだ。
今日はこの時代に昨日来たばかりなので、まだ2日目だ。
こんなところにいつになったら慣れるのかと思ったのだが、すでに気持ち的にはある程度落ち着いてしまっていた。
21世紀の人間からしたら快適すぎるせいだと思う。
◇
ボーっ、としていたら、AIさんがやってきた。
「体調は大丈夫ですか? 生活で必要なものはありませんか?」
「はい。とりあえず、大丈夫です。まだ、周りの全てが物珍しくて」
「そうですか……少し、お時間を頂けますでしょうか」
「はい」
そこで、AIさんが話し出したは、昨日の僕が送られてきた不可解な状況についての検討結果だった。
それと今後のことも。
21世紀からきたことはわかっている。
ただし、当然21世紀に未来に人を送る文明があるわけはない。
少なくとも地球には。
だからと言って『神』に送ってもらったと聞いて、はいそうですか、ということにならないだろう。
いろいろなことが検討されたらしい。
仮にもっと別の力。例えば21世紀の他の星の文明の力。
文明の進んだ星からやってきた誰かが僕を未来に送ったとか。
もっと未来からの力で転送されたとか。
しかし、それはないそうだ。
もしそうなら、それは認識できるとのこと。
タイムトラベルのクセのようなものがいろいろあるらしい。
僕の場合は意図的に送り込まれたことはわかるが、誰がどうやって送ったかが全く不明なのだ。
それについては、後で調べると言っていた。
兎にも角にも僕はこの時代に紛れ込んだ人間として、これからどうやって生活するのか決めなくてはいけない。
そのために、僕の今後は政府レベルで検討されることになった。
翌日、この時代の移民や難民の管理をしている政府の役人2人がくるとのこと。
自分の今後の生活が決まる。
僕は緊張していた。
いかがでしたでしょうか。
これから未来についての記述が続きますが、これがものすごく難しいです。
私のは近未来ではなく遠未来(そんな言葉あるのかな?)ですので。
慶太は未来には辿り着いたものの自分の生活がどうなるかが不安。
次回は、『8話 自分の生活を心配してみれば』5/3 投稿予定です。
気に入っていただけたら嬉しいです。