72話 タリオトルテの大軍を退ければ
いよいよタリオトルテの大軍との決戦です。
ケータ達はタリオトルテ軍が攻めてくるまでのひと月半の間にあらゆる手を打って迎え撃つ準備をしていた。
リレイアは攻めてくる相手の全貌をまず探ることにした。
まず、攻めてくるのは誰なのか?
正規軍なのか、それとも貴族諸侯軍なのか、傭兵などの独立した組織ということも考えられる。
一回限りの戦闘なのか、継続して攻めてくるつもりなのか。
それを知るためには相手の規模を掴む必要があろう。
そして、攻めてくる理由は何なのか?
なぜ、この時期にモグルークに攻めて来るのか?
何を目的に攻めてくるのか。
領土か、金か、名誉か。
その辺のことを全て解き明かすために、ナノマシンやボットを使うだけではなく、クリスクロスにも協力してもらいタリオトルテの町を内偵すると色々なことが明らかになった。
タリオトルテは大国であり、ランシェルとの戦争を継続中であっても他国と戦う余力がある。
特に、ランシェルの国境近くにいる貴族は戦争による褒賞を受け取っており、ランシェルとは離れている貴族にとっては面白くなかった。
これが一番の理由だ。
すなわち、自分も戦功を上げ名誉と金を手に入れるためなのだ。
敵の正体は、ランシェルとの戦いにあぶれた地方貴族。
ランシェルよりはるかに与し易いモグルークに対し、その国境に近い伯爵家とそれに追従する数十家の欲に目が眩んだ貴族が独自に兵を上げるには十分な理由だ。
この戦いに際し、タリオトルテの政府は、それを支持したわけでもないが禁止もしなかった。
元々国土拡大を国是としている以上、勝利を得たのならばモグルークを占領し政府としてはその旨みを吸い上げる。
陞爵と新しい領土の一部、自尊心を満たしてやるだけのわずかな金を褒美として渡してやれば良い。
負けたとしても中央の兵を動かした訳ではないので痛くも痒くもない。
そのような無能者は、勝手に兵を上げた咎で罰すれば良いのだ。
そんなやり方をすれば貴族達から不満が上がりそうなものだが、タリオトルテはランシェル以外に負けたことがない。
『戦えば必ず勝てる』という認識が、負けた時のペナルティから意識を逸らせられている。
その油断がケータ達の付け目である。
リレイアはその調査の間に敵の規模を掴むことにも成功した。
直前に参加してくる貴族がいるかもしれないが、動員の規模は大体2万人と見て良いだろう。
地方の伯爵が派兵するとすれば、十分大軍であり装備も充実している。
なかでも、厄介なのは巨大な砲門と魔獣戦車による攻城兵器の存在だ。
その報告を受けマルキャルトは工兵部隊を指揮した。
クルゼ王国の魔物のスタンビートから王都を守った実績があり、指示に迷いがなく王と宰相の後押しもあって兵士たちが協力的であったことで準備はことのほかうまく進む。
まずは城の直前に幅10m以上の堀を設け、水を満たしておく。
飛び越えてくるものはそう多くはないはずだ。
とにかくゼロ距離からの攻城兵器のアタックを許しては成らない。
次に塹壕を掘った。
これは半分は迎撃で半分は落とし穴である。
城から約1kmのところに味方の迎撃エリアを設け、500m、250mにも塹壕を散在させていて逃げてきた味方の一時避難ができるようにしている。
そして、攻城兵器に対してもう一つの用意は落とし穴である。
ただし、この罠の設置は敵がこの城にあと3日というところまで迫った工事が間に合うギリギリのところで実施した。
わざわざ時期をずらしたのは、ここまで遅らせればたとえ敵の斥候がこの情報を掴んでも持ち帰るのが難しくなるからである。
落とし穴はクルゼ王国で魔物のスタンビートを防いだ経験が生きていたが、今回は相手が人間であるため罠の貼り方が異なる。
距離は城から800mのところに大規模な落とし穴を数カ所掘っておく。
そして、その上にかなり丈夫な渡し板を用意し、罠の作動原理にも工夫を懲らした。
──リレイア。これ、日本の昔の合戦の用意に似てないか。
──ああ、よく分かりましたね。前回の水責めも今回の落とし穴も、ケータもよく知っている真田氏の上田合戦を参考にしていますの。もっと後の世代では空中戦が中心になるので、あまり参考になるものもありませんわ。それに、ケータにも指揮をとってもらわなければならないので、過去の有名な戦略の方が理解しやすいと思いまして。
──それに、相手がその過去の歴史の勉強をしている可能性もないし、な。
そりゃそうである。
アルファニア世界の人間が、コモン世界の日本の過去など知るはずがない。
もっとも、タリオトルテに転生者がいれば、貴族軍に入れ知恵したならば悟られる可能性はゼロではないが、そういう転生者の存在が少なくとも今回の軍勢の中にいないことは調査隅である。
パメロは、軍備には直接参加しなかった。
王都を周り、人々の不安を取り除くために尽力した。
時には一致団結を呼びかけ、時には勇気づけ、モグルークを一つに纏めるために話をしたり、歌を歌ったり、人々の不安を拭う手伝いをしていた。
ケータは、モグルーク軍の魔法師に徹底した防御戦術を仕込み、勝つよりも負けない騎士軍を組織していた。
物理攻撃を担当する槍隊、剣士隊、弓隊も指導したが、これにはマルキャルトに協力を仰いだ。
一方、クリスクロスは森の妖精たちに協力を要請し、タリオトルテの魔法力を削ぐために魔素の供給を断つよう破壊工作を行っていた。
さらに、もう一つ悪辣な罠を用意した。
近くの魔の森の魔素量を不自然に調節していたのである。
これによりタリオトルテの魔法師たちは進軍の途中で体調を崩し、魔素量の不足により索敵能力が大幅に落ちていた。
両軍がいよいよ対峙する中、リレイアは最後の仕上げをする。
モグルークの城壁に、56世期の技術とこのアルファニアで得た魔法陣のハイブリッド防御膜を施し、難攻不落にした。
タリオトルテ軍が押し寄せる直前にナノマシンをばら撒き、約2km地点を中心にセンサーを設置した。
これで相手がどのように攻めてきたとしてもこちらではその動きが手に取るようにわかる。
これでモグルーク軍の用意は完了した。
◇
翌日
モグルーク城まで3kmというところでタリオトルテ軍2万が布陣した。
城から見るとタリオトルテの軍旗が無数に旗め居ているのがわかる。
その中から白旗を持った敵兵が一人向かってくる。
これは使者であるから、攻撃はしない。
門番が文書を受け取った。
内容は降伏勧告。
しかし、モグルークはこれを拒否。
使者が敵軍に戻ったところで戦闘が開始された。
大軍が押し寄せ土埃と轟音が響く中、意外にも先制したのはモグルーク軍。
「報告します。モグルーク軍の弓隊の攻撃です」
「ほっておけ。この距離で届くものか」
矢を放っている場所は見えている。
とても届く距離とは思えない。
ところが、タリオトルテ軍に犠牲者が続出する。
しかも被害が大きい。
「前方の斥候部隊。被害大。強力です。盾を装備した歩兵もやられているようです!」
焦りに似た声で報告している伝令。
一気に攻めようと思っていた部隊長だったが、一度下がらせることにした。
「一度歩兵を下がらせよ! 魔法師を呼べ! 探索魔法で原因を探らせる」
しばらくしてマルキャルトが指揮している弓隊が何をしたかが、タリオトルテ軍にも明らかになった。
塹壕の中で魔法師が弓隊に魔法をかけて長距離化と鏃に高爆撃化を施していたのだ。
届くはずのない弓矢が飛んできたことにタリオトルテ軍は混乱した。
到達距離は実に2.5kmに達し、しかも盾で防げるはずの弓の攻撃は着弾と共に爆発し周囲に大きな被害をもたらしたおかげでタリオトルテ軍の勢いは一旦止まり、モグルーク軍は一気に攻められる心配がなくなった。
「ええい。立て直せ。相手は前線に魔法師を出しているなら、騎馬隊の突撃で潰せるだろう。盾が役に立たぬならこちらも魔法師に守護結界を張れ」
タリオトルテ軍は弓矢の爆発攻撃が魔法によるものであることを見抜き、魔法師による結界を貼りながら前進するとモグルークの弓は通用しなくなった。
だが、それはすでに考慮済みであり、ケータはマルキャルトに撤退命令を出した。
タリオトルテは弓及び魔法で反撃してきたが、マルキャルト率いる弓隊は盾を持つ歩兵に守られながら安全に交代することができた。
弓はともかく魔法まで防ぐことができたのは、リレイアが準備した盾は羅鉄鋼と未来技術による物理防御膜により、魔法攻撃にも弓にも強かったからである。
足の速いものは城から250m地点の塹壕まで戻り、遅いものは500m地点まで戻っていた。
タリオトルテは騎馬隊と攻城兵器からなる重火器隊が前進してきたが、そこで2回目の大混乱が発生する。
騎馬隊が通りすぎた後に、攻城兵器と重火器隊が落とし穴にはまったのだ。
これはリレイアが仕掛けたセンサーによるものであった。
落とし穴の動作のトリガーを重さではなくナノマシンから得られる視覚情報によって判定してたのだ。
重さで落下する場合は騎馬の重量で若干撓むため罠が察知されてしまうことがあるが、今回は非常に丈夫な板を使っている。
攻城兵器や重火器隊が上に乗ったのを確認して、板が外れるようになっていた。
この作戦は完璧に決まり、タリオトルテの騎馬隊は一機の重火器隊の援護もない状態で、城からの攻撃に晒されることになった。
しかも攻城兵器がない以上、城の壁の破壊や突破もおぼつかない。
「ええい、何をやっておるか! 騎馬隊はなぜ落とし穴の報告をしない」
「それが……落とし穴の兆候がまるで得られず」
「もういいわ。補給部隊に渡し板を用意させろ。残った重火器をなんとしても城壁近くまで運ぶのだ」
補給部隊が渡し板を落とし穴の上に敷き、攻城兵器と重火器を守りながら前進させて行った。
そこで、リレイアの辛辣な罠が炸裂する。
タリオトルテ部隊の背後から襲ってきたのが魔の森から出てきた魔獣の群れであった。
クリスクロスは一時的に魔の森の魔素を濃い状態にしてあったので、魔獣が数多く発生していた。
ところが、戦争が始まる直前でその魔素は急激に薄くなる。
これは『ルオークの杖』で魔素を急速に吸い取ることができたからである。
魔獣たちは魔素を求めるが、どこにもないので気が立っている。
そこにタリオトルテ軍の魔法師が魔法を一斉に唱えた。
魔獣は魔法があるところに魔素があることを知っている。
その魔法に引き寄せられて魔獣たちがタリオトルテ軍に後方から襲い掛かったのだ。
これは完全に不意を付き、タリオトルテ軍の指揮系統はメチャメチャになってしまった。
「第一補給部隊壊滅。第二補給部隊も半減。近衛部隊にも被害が出ており、指揮部隊を守るため前線の騎士部隊を急遽呼び戻して対応しています。攻撃能力は70%低下。モグルーク城には全く損害を与えられておりません」
「うぬぬ。なんとしても一矢報いる。指揮系統はこちらでなんとかする。敵の城壁さえ壊せばあとはなんとでもなる」
もはや、タリオトルテ軍の勝利は望めない。
モグルーク軍の犠牲者はほとんどゼロであり、タリオトルテ軍は5,000名以上を失っている。
それでも数の上ではタリオトルテ軍が優っているが、攻城兵器・重火器隊が8割減少。死んだ兵士たちのうち、魔法師と弓部隊など『飛び道具』を使える人員がほとんど残っていない。
いくらなんでも剣で城を落とすことは無理だ。
しかし、それでも残った重火器をモグルーク城まで200mのところに運び込み砲門を開いた。
ズガーン
巨大な音がしたが、なんとこれに城壁は持ち堪える。
「そんなバカな。傷もつかないとは……」
これにはタリオトルテ軍も驚いた。
この大砲には鉄よりも遥かに強力な突破力がある新金属が使われているのだ。
全壊はしなくとも城の壁など穴が空いてグズグスになるはずなのだ。
だが、城壁には羅鉄鋼の支えがある。
自慢の新金属を使った弾頭による砲撃も楽々跳ね返すことができるのだ。
さらに別の攻城兵器が用意された。
杭打ち型の破砕機である。
タリオトルテ軍はこれを城に打ち込むために100名以上で防護しながら進んできたが、城の壁の上からの弓や魔法攻撃により辿り着くまでにその半数以上を失っていた。
だが、残ったタリオトルテ兵が決死の突撃で破砕機の杭を城に打ち込む。
ドゥーンンン
「バカな……」
城壁に杭が打ち込まれた瞬間、六角形の膜が光ったがそれだけだった。
何の傷もなく城壁は無事だ。
リレイアのハニカム構造の防御膜が効果を発揮したせいである。
ここに雌雄は決する。
タリオトルテ軍がこの混乱を鎮め、魔獣を排除し騎馬隊とも意思疎通ができるまで回復したのは、それから2時間後、この戦闘が始まって実に4時間後のことだった。
タリオトルテ軍の人的損耗率は30%に達した。
攻城兵器は全滅、重火器隊も後方に待機していた数台を残すのみであった。
騎馬隊は4割が健在であったが、馬の方が参ってしまい継戦能力は著しく低下した。
戦闘が始まって5時間後、ようやくタリオトルテ軍は撤退し始めた。
モグルーク軍は追撃はせず、この戦いは終わった。
「勝ったー! 我が軍の勝利だー!」
モグルーク軍は勝鬨を上げる。
タリオトルテ軍参加人員2万、うち戦死約7千名。
騎馬隊は1500騎であったが、残ったのはわずか300騎のみ。
これは馬が疲労して使えなくなったので、打ち捨てられたものが多かったせいである。
対して、モグルーク軍は8千名のうち、戦死者はわずか40名余。
だが、倒れたり放置されたりした馬を保護し、リレイアが治療したことにより600頭もの馬が救われた。
モグルークではこの馬を丁寧に扱い、騎馬として役に立たなくなったものも保護した。
ここまで多くの馬が救われたのは、元々、騎馬隊を防ぐために巻いた薬物で一時的に体調不良になった馬も多かったからだ。
リレイアはこの薬物を解毒するものも既に用意しており、またクルゼ王国で行なった馬の魔素を抜く処理により、健康を取り戻した馬もいたのである。
タリオトルテとしては2万の軍などさほど大規模な戦闘ではなかったのだが、ここまで一方的な大敗はタリオトルテ史上なかったことである。
敗戦の将に与えるものはなく、責任と称して重税を課す。
タリオトルテ政府は再戦をするつもりはなかった。
モグルークはこの戦いにタリオトルテに抗議をしたが、今回の閲兵をタリオトルテの中央は地方貴族の暴発と位置付け、対象の貴族を罰したこと以外には何も謝っては来なかった。
モグルークとしては、特にタリオトルテに要求はせず、わずかにやったことといえば、国境線の強化である。
元々決められた国境線から2km以上タリオトルテに侵食されていたが、これを一気に戻し国境線に柵をめぐらしリレイア特製の魔法陣による警戒網を敷設した。
これには暴発したタリオトルテの貴族が猛抗議したが、モグルーク王国は取り合わなかった。
自軍の損害を最小にし、一方的にタリオトルテ軍を破ることができました。
これにより戦乱が続くことを回避できたのでケータ達はモグルークを離れ、硬人族の国ランシェルに向かいます。
次回、『73話 ランシェル神主国に着けば』 12/16 投稿予定です。




