66話 帰り道が演奏旅行になったならば
トルタからの帰り道。
やはり、すんなりとは帰れないようで……
トルタからの帰り道。
ケータ達はどうやってクルゼ王国まで帰ろうかと悩んでいた。
行きの旅は町や村の位置が毎日シャッフルされてしまう状況であったので、そのまま帰ってもどこに着くのかわからない。
だが、とりあえず南の方向へ3日ほど、街道沿いに町や村に泊まりながら進んでいるとクルゼ王国に帰る道が判明してしまった。
それはなぜか?
何せ長い間、このローアニエストでは、毎日、隣の町や村の位置が変わるので、それを午後に確認する習慣が国中にあった。
人々の間には不安があるので、今後は位置が変わることがなくなったと言われてもこういう習慣はすぐになくならない。
だが、毎日村を訪ねると隣の村もその隣の町もその先も変わらなかったという話が広がっていく。
人々の話がどんどんつながっていくのならば、地図作りは加速度的に進行する。
この国の人たちは、毎日どんな村や町があったとしても共に身を寄せ合って協力しなければ暮らしていけなかった歴史があったので、共同作業が迅速に行われていったのであった。
そして、帰り道の村や町でケータたちは両手を揚げて歓迎された。
その理由は……
「おお、おらの村にもパメロの楽団さ、来てくれただ」
「演奏ばしてくれただけんでなく、お代もいらないゆーてな」
そう。
ケータ達はいく先々で歓迎され、宿代もタダとなりお土産の特産物も山盛り渡される毎日であった。
リレイアが亜空間収納してくれるから助かったものの、それが無かったら多すぎる荷物で立ち往生するところであった。
ただ、立ち寄る先で必ず演奏をせがまれることとなり、通過予定の村々で一々泊まっていかなければならない羽目になったのは誤算であった。
しかし、それも今日で終わり、奇しくも最後に立ち寄ることになったのはロブルート村。
出迎えてくれたのは村長夫妻、ヤン・ギランさんとフラウ・ギランさんだった。
「おー、あんた達。無事にトルタに着いたんだね?」
「あっ、こんにちわ。おかげさまでトルタに着くことができました」
「して、行きの時より帰りの方が1人増えているようですが」
「あー、はい。こちらは今度一緒に旅をすることになったパメロ・キュレータです」
それをそばで聞いていた村人が大声で叫ぶ。
「名人パメロが、ロブルートに来とる!」
「本物かのー」
「ぜひ、名人のドルターラ聴いてみたいもんじゃのう」
あっという間に村中に噂が広がり、さらに勝手に尾鰭がついて、この村で生演奏が聴けるという話になってしまった。
しかし、それには問題があった。
「皆の者、勝手に噂を広げてはいかん。この旅のお方はこの村に立ち寄っただけで演奏するとは約束などしておらん」
「ほーなら、演奏ばして貰えばよかろうと」
「どこでじゃ?」
「「「「…………」」」」
村の一同は沈黙する。
この村の中央部にあるのは、広場とも呼べない小さな中庭程度のもの。
仮にステージを作らかったとしても、村民たちが聞くだけのスペースはない。
「ケータ殿。どうにかしてあげられないのでしょうか?」
マルキャルトがそう言ってくるが、演奏を聞かせる広場がなければどうしようもない。
「ここでやるとすると、私が演奏してリレイアさんに音を広げて貰えば村中に届きはすると思いますが……」
パメロはリレイアの能力を正確に把握しているらしい。
確かにパメロの演奏をリレイアが増幅して各村民の家にスピーカーを取り付けて聞かせることはできる。
「まあ、それはできるとは思うが、やっぱり生で演奏しているのをみたいだろうからなあ…………とは言っても、広い場所といったら村の外にある田畑ぐらいしかないなあ」
村の外には田畑が広がっている。
そこを一時的に均せば、村民全部に演奏を見せることはできる。
だが、ケータ達が行ったローアニエストの魔素量の賦活化により、この辺の農村でさえも魔素が戻りつつある。
とすれば、魔物や魔獣も出始めているわけで、夜に村人を出すのは危険だ。
そこに……
——ケータ。私に考えがありますの。
——あー、おいらリレイアの考えが読めたぜ。確かに悪かねーけど……
リレイアに妙案があるらしく、それにはクリスクロスも気づいているようだが言い淀んでいるのを聞くと問題があるようだ。
心配になって声をかけてみる。
——リレイア。どうするつもりなんだ?
——この村はちょうど広場の東西南北に家が位置しておりませんの。ですから広場を中心に東西南北に分けて少しばかり大きくしても問題ありませんわ。
ケータもリレイアの話の途中で気がついた。
どうやらこの村の中央広場から見て、東北、西北、東南、西南の4つの地域を移動させて、広場を大きくするようだ。
そんなことをどうやってやるかというと…………それはもうローアニエストの根源魔法陣に決まっている。
——そんなことをして大丈夫なのか? また、魔素が足りなくなったりしないのか?
——大丈夫ですわ。あの根源魔法陣については省魔力化を考えておりましたし、この小さな村を4つに分けてほんの20mぐらいずらすだけですもの。
まあ、規模から言えば国中の町や村を動かす訳ではない。
ケータは悩んだ末、任せることにした。
——それでどうすればいい?
——まず、クリスクロスはこの村を4つのエリアに分割して範囲保護をかけて下さい。その間に、ケータは村長に言って一時的に全員を家の中で待機してもらって下さい。言うことを聞かないようなら、それをパメロの演奏の条件にしても構いませんわ。
——わあったよ。範囲保護してその単位で動かすんだな。10分もかかんねーよ。
割と強引な手を使う。
しかし、うまくいくだろう。
クリスクロスは真っ先に飛び出していき、村を4つに分けた範囲で保護するように魔法をかけた。
——時間は?
——5分もあればできますが、全員が家に引っ込んでいるのを確認してからですので30分と言っておいて下さいませ。きっと抜け駆けして外に出ようとするものもいると思いますので、それを阻止する時間も込みで考えておりますの。
——了解。
それからあとは早かった。
ケータは村長にライブができるように村の広場を広げると言った。
村長は怪訝な顔をしていたが、多分どういうことかわからなかったのかも知れない。
それでも、ケータ達を信用し村中の者に30分ほど家にいるように指示をしてくれた。
指示が村全体に行き渡り、村人がそれに従って家に篭る頃にはクリスクロスも帰ってきていた。
リレイアはクリスクロスの分割の範囲保護のマーキングを確認して満足そうにうなづいた。
家から広場を覗いているものもいたが、リレイアは小さな霧を発生させて視界を塞いでしまった。
村人は全員、家の中にいることはナノマシンで監視中である。
リレイアは姿を現した。
「ケータ。では始めます」
「ああ、よろしく」
最初にリレイアが発生させた霧の質が変化していく。
まわりの魔素量が急激な低下を起こし、土属性の魔素に集約していく。
リレイアは魔法陣を起こし、軽く触れる。
急激に霧は濃くなり、やがて晴れた時には魔法陣は消えて周囲の様子が見えてくる。
リレイアはまた姿を消した。
「随分、広くなりましたね」
マルキャルトが見渡している。
中央の広場は50m四方の大きさになったので、今夜の演奏と村人が楽しむエリアとしては十分だ。
「それだけじゃないな。道も広場も平してくれたのか。これならどうだろう、パメロ」
「うん、申し分ない。これなら演奏をみんなに見てもらえるよ。ケータ」
東西南北に幅15mの大きな道ができており、土は固く平らになっている。
馬車やリアカーなどを使うときもこれから楽になるだろう。
——もう大丈夫ですわ。実際は15分もかかりませんでしたわ。ケータ、村長さんにお伝えして下さいませ。
「ああ、ケータ殿。私も行く」
ケータはマルキャルトとともに、村長の家に行き村の中央広場がライブができるようになったことを伝えた。
村長夫妻は、中央の広場を広げたことで村民の誰かの家がなくなったり移転させられたりしたのかと思ったのだが……
「信じられません…………誰の家もそのままだ。しかし、どうやって……いえ、それは聞かないことにします」
「まあまあまあまあ、あのデコボコだらけの中庭のような広場がこんなに平らになって。それにこんなに平された道ができれば農作物を運ぶのもどんなに助かるか……」
村長夫妻がお礼をケータに言っている間に、村民たちがみんな出てきて大はしゃぎしている。
「どうなってるだか?」
「急に広場も道も立派になっちまっただ」
「すんげえ、これも旅のお人のお陰だなや」
そして、ケータ達の周りに集まり、ペコペコお辞儀をしたり、褒めそやしたり、山盛りの野菜などを渡そうとしたりした。
あまりに持ち上げられて流石に居た堪れなくなり、ケータは村長に言った。
「これから急いで準備しないとドルターラの演奏会ができなくなります。みなさんには一度家に帰っていただきたいです。そうすれば夜の7時からパメロ・キュレータの演奏会ができますので」
それを聴いていた村民たちは、すぐに言うことを聞いてくれた。
よほど、パメロ・キュレータの演奏を楽しみにしていたのだろう。
◇
夜7時。
ロプルート村の中央広場に全ての村民が集まっていた。
照明として村民たちが松明を四方に用意していたが、それだけでは暗かったので内緒でリレイアが魔法をかけている。
ただの4箇所にある松明から溢れる光は広場全体を明るく照らしていた。
ライブが始まる前に村の子供たちを読んで、村に伝わる童歌をいくつかパメロは教えてもらっていた。
パメロはまず、この村の童歌を3曲演奏した。
パメロは最初の1曲をインストで、2曲目は自ら歌い、3曲目はマルキャルトに歌わせた。
終わったところで、マルキャルトは
「恥ずかしかったです。大勢の前で剣を振るのならいくらでも大丈夫ですが……まさか、歌なんて……音痴じゃなかったですか?」
「ああ、全然大丈夫だったですよ。後で聞いてみたら? リレイアが残してくれているはずだから」
「えっ、録音したんですか? けっ、消して下さい!」
ケータはまあまあ、とマルキャルトを宥めた。
舞台ではパメロがMCをしている。
と、不意にステージからケータが呼ばれた。
ケータは何事かとステージに行くと……なんと電子ピアノがセッティングされている。
「いつの間に……リレイアの奴、やりやがったな」
こうなっては仕方がない。
ケータはパメロのドルターラに合わせて2曲をデュオで演奏した。
パメロはもう何曲かやろうと言ったが、ケータは固辞した。
その後のMCでパメロはこの国が、もう以前のローアニエストではないことを語り、多くの魔法使いのおかげで村や町がどこに移動してしまうかわからない毎日から解放されたことを告げた。
流石にそれがケータ達であるとは言わなかったのだが。
村民たちは人伝てにそのことを既に知っていたが、パメロの話でやっと胸を撫で下ろしているものもいた。
中には、また村がどこに行くかわからない日々に戻ってしまうのではと心配しているものもいたのだ。
そして、あの有名な『ワトイアの恋歌』の由来について語った。
この悲恋を歌う歌は、ある時偶然に別の村からきた男女が町で出会った実話が元になっている。
2人は恋に落ち、また会う約束をしてそれぞれの村に帰って行ったが、村と町は遠くに移動してしまい二度と会えなかった切なさを歌ったものだった。
その後、その『ワトイアの恋歌』を含め、パメロは6曲を演奏しこの村での演奏会は終了した。
本当は4曲で終わりのはずだったが、アンコールにつぐアンコールで2曲を追加で演奏し、大盛況であった。
◇
翌朝、ケータ達は村長夫妻に挨拶をした。
「お世話になりました。くつろげる部屋を用意していただいて。これでクルゼ王国に帰ります」
「行きなさるか。こちらこそ、お世話になりっぱなしで。昨日のことは忘れられません。小さな村であれほどの演奏が聞けることなどありませんでしたし、こんな広場まで村に作っていただいて」
「いえ、この村にはローアニエストで最初に来た村でしたし、最後もこの村に立ち寄れたことはとても良かったです」
そう言って、ケータ達はロブルート村を後にした。
村を出るまでも村人たちは総出で見送ってくれた。
流石に、差し出してくる野菜などの農作物は持ちきれないからと固辞したが。
村を後にして、少したつとリレイアとクリスクロスが顔を出した。
それを見たケータが。
「大丈夫なのか? うっかり旅人と出会したりすると面倒だぞ」
「大丈夫ですよ、ケータ。今のローアニエストは魔素の状態も安定しているので、周辺探査のナノマシンも正常稼働しています。クルゼ王国の北の『道の駅』まで誰もいません」
するとマルキャルトが。
「ううう、リレイア殿。昨日の私の歌、消してもらえませんか。あんな恥ずかしい思いをしたのは初めてです。きっと酷かったはずですし……」
「そんなことありませんわ。ほら」
リレイアは小さな端末を出して、マルキャルトが歌った曲を再生した。
「きゃああああ、やめて下さい…………ん? おかしいです。私、歌がこんなちゃんと歌えているはずないのですが」
「大丈夫だぜ、そりゃすげー上手いたあ、言えねーがまずまずだったんじゃねーか」
「クリスクロス殿、ありがとうございます……それでも恥ずかしいですが」
ケータはそれを見て笑った。
本当は少しだけ、リレイアが歌った歌に音程補正を入れていたのではあるが、実際マルキャルトの歌はそんなに悪くなかった。
毎日、パメロやケータの演奏の練習などをみていたので音感がついてきたせいもあるのだろう。
「ほら、もうクルゼ王国に入るぞ」
ケータがそう言ったところで、リレイアとクリスクロスが姿を消した。
やがてクルゼ王国とローアニエスト公国の間の立て札があった。
そこにはこう書かれている。
“これよりローアニエスト公国。クルゼ王国民の入国を歓迎する”
ケータ達はその立て札を見て、これまでの苦労が報われた気がしていた。
◇
ケータ達は、ようやくクルゼ王国に帰ってきた。
北の街道を南に向かうと厩舎と休憩所が見えてきた。
ヨシュア・メイソンの経営する『北の街道・道の駅』である。
厩舎は半分ほどが旅人の馬で埋まっており、休憩所の横に併設されている冒険者用のキャンプ場にも大小10余りのテントが立っている。
だが、花屋と休憩所の中はちらほらと人がいる程度だ。
「こんにちわ。ヨシュアさんいますかあ?」
「あ、はい。ケータさんじゃないですか。ローアニエストからの帰りですか?」
「はい」
そこで、メイソンは知らない人物をケータがつれていることに気づく。
「そちらの方は初めてですね」
「ああ、今度一緒に旅をすることになったパメロ・キュレータです」
「えっ、ええ! パメロさんって、あのパメロさんですか?」
「あーー、はい。多分、そのパメロさんです」
ポカンとするメイソン。
ドルターラの聖地に行くとは聴いていたが、その名人を連れて帰りあまつさえ旅の仲間にするなどとは考えていなかっただろう。
「はっ、初めまして、この休憩所をやっておりますヨ、ヨシュア・メイソンです……」
「初めまして。ヨシュア・メイソンです。冒険者としては、補助魔法術師と駆け出しの盗賊です。それ以外ではドルターラを少々……」
周りの店員が駆け出していく。
戻ってきた時には、テントにいた冒険者も他の部署の店員も全部引き連れてきた。
「ドルターラ弾きのパメロが来てるんだって?」
「ここで演奏するんですか?」
「見えねーよ。どこにいるんだ」
「後で握手してもらえるかな」
大変な騒ぎになってしまった。
それを見たヨシュアは。
「あのー、申し訳ありませんが、今夜こちらのキャンプ場でドルターラを弾いてもらう訳には行きませんでしょうか?」
「パメロ、どうします?」
「ええ、ケータ。構いませんけど……」
「構いませんけど?」
「また、ケータとマルキャルトも協力してもらえますね」
「ええええ、私もですか」
「はい。マルキャルトの歌は欠かせないですよ。ケータの電子ピアノもね」
まさか引っ張り出されると思っていなかったケータともう二度と歌うつもりはなかったマルキャルトは頭を抱えた。
「どうしてもですか?」
「私も歌わないとダメですか?」
「はい!」
ニコッと笑って答えるパメロ・キュレータにケータとマルキャルトは観念するのだった。
ケータ達は休憩所でお茶とお菓子をいただいて、メイソンにローアニエストでの旅の話をした。
そして、キャンプ場に移動し簡単なステージを作りにかかる。
まず、大きなテントのようなもので覆ってしまい、ステージのある場所を見えないようにした。
その大きなテントの外側には防音と覗き見防止の魔法がかけられ、野次馬にわからないように対策を施した。
冒険者たちは代わるがわるその大きなテントに近づいて来たが、どうやっても中が見えないし音も聞こえなかったので、そのうち寄って来なくなった。
ケータ達としては準備を手早くやってしまいたい。
ステージやリハーサルを覗かれても別に困ることはないのだが、リレイアとクリスクロスが姿を現している方がステージの設営が早くできるし、念話だけでやるよりも手振り身振りを交えてリハーサルをしたほうがスムーズに進む。
最近のリレイアはすっかり、ステージ兼音響監督である。
◇
夜になり、キャンプの特設ステージでパメロ・キュレータのドルターラライブが始まった。
最初は、ローアニエストの童歌を2曲ほどやり、それからケータの電子ピアノとの共演が3曲、マルキャルトもレパートリーを増やして2曲。
後半は、パメロ・キュレータの独演で5曲をやって終わった。
「すげー、これがドルターラなのか。こんなに気持ちのいい音は初めてだ」
「いや、俺はトルタで聞いたことがあるが、これほどではなかったぞ」
観衆は喜んでいる。
ヨシュアがケータたちに近づいてきて言った。
「ケータさん。素晴らしいですね。ケータさんがパメロさんと共演するとは思いませんでした。それに、マルキャルトさんも騎士から歌姫に変身ですね」
「あああああ、ヨシュアさん。やめて下さいぃぃぃぃ」
ケータも照れていたが、マルキャルトが真っ赤になって否定していた。
そして、夜も更けてケータ達は休憩所で遅めの夕食をいただき、従業員用の寝室を借りて一泊した。
◇
翌日、ケータ達はメイソンに一夜の宿のお礼を言い、王都クルゼナントに戻ってきた。
そしてブルム伯爵を訪ね、ローアニエストで起こったことを報告した。
一番大事なことは、ローアニエストの王族アニエス・ローアルテに会ったこと。
それにより、今後、不可侵条約・友好条約・通商条約などを結ぶことができることを報告した。
だが、ブルム伯爵の様子がおかしい。
隣にいるピボーテ子爵も所在なさげだ。
「それについてはすでに報告を受けている。国家的には一番の手柄で陛下も評価しておられるのだが…………」
「どうしたんですか?」
「……陛下は少々お怒りなのだ」
「「「???」」」
ケータとマルキャルト、パメロはお互いに顔を見合わせて一体なんだろうかと首を傾げる。
——私にはわかりましたわ。
——おいらにもわかった。
リレイアとクリスクロスは気付いてるようだ。
ケータは恐る恐る聞いてみた。
「もしかして、勝手にローアニエストとの王族との約束をしてきたことがそんなにまずかったんでしょうか?」
「そちらではない!…………ケータ、わからんのか?」
「はい」
そこで、ブルム伯爵はため息を付き。
「そなたたちは長旅で疲れているかも知れんが、今夜はおそらく帰れないだろう。もちろん、宿の手配をする必要はない。王宮で最も上級の客室に泊まれることは約束する。おそらく、疲れ切っての宿泊となろうがな」
そこまで言われれば、ケータ達にもわかる。
ドルターラを陛下の前で演奏するのだ。
「あーー、そういうことですか。パメロ、これは逃げられそうもないな」
「はい。とても光栄なことですし、私は構いませんよ」
「でも、私は関係ないですよね。楽器も演奏できませんし」
マルキャルトは逃げ腰だ。
実はケータも自分の出番はないと思っている。
「北の街道『道の駅』並びにローアニエストの村で、ケータの弾く不思議な楽器やマルキャルトの歌が素晴らしかったと報告がたくさん入っている。おそらく陛下は全てのレパートリーを御所望になるだろう。覚悟しておけ」
「いやいやいやいや、無理ですよ。一回しかやったことがないものもありますし、練習する時間もないですし」
すると、ピボーテ子爵がトレーに軽食を持ってやってきた。
「申し訳ありませんが、時間がないのです。流石に空腹ではかわいそうなので、このサンドイッチと紅茶で我慢して下さい」
ピボーテ子爵の親戚の喫茶店からのサンドイッチは絶品なのだが、どうやら味わって食べる余裕はなさそうだ。
ブルム伯爵は半ば諦めろという風に。
「手早く食べれば2時間ぐらい練習できる。マルキャルトは2曲、ケータ殿は4曲ぐらいやることになるだろう。そして…………パメロ・キュレータ殿。申し訳ないが恐らく10曲以上ドルターラの演奏をお願いしたいのですが……」
マルキャルトとケータは真っ青になった。
だが、パメロは涼しい顔をしている。
「大丈夫ですよ。修行時代は30曲ぐらい連続で演奏するのはザラですから。今回の旅でレパートリーも増えましたし……マルキャルトは最後の村で歌った歌とそうですねー、やはり『ワトイアの恋唄』を歌って下さい。ケータと一緒にやったのは3曲だけですけれど、ほら……トルタの町でソロを弾きましたよね。あの曲をやれば4曲になります」
「えーー、あの曲は最初の32小節しか覚えてないんですよー」
「大丈夫ですって。あの曲は私もデジタル・プレーヤーで聴きましたしサポートできますから」
それから後は、用意されたサンドイッチと紅茶を10分でかき込んでケータ達は練習を始めた。
流石に2時間では足りなかったが、それでも2時間半をちょっと過ぎたところで練習を切り上げて王宮に向かった。
「げっ!!」
王宮の大広間に、なんと貴族ばかり300人以上が詰めかけている。
「この中でやるんですか?」
ケータは情けない顔で、ブルム伯爵を見ていたが。
「今、辞めると流石にやっとにこやかになった陛下の顔色がどうなるか分からないからな」
「ひえぇぇ」
「大丈夫ですよ、ケータ。最初に2曲。私がソロでドルターラを弾きますから、この大広間の空気があったまったら演奏もしやすいですよ」
ケータは観念した。
マルキャルトと顔は白い。
パメロの演奏で空気があったまったら、それ単純にハードルが上がっているだけじゃないかとも思ったが……
◇
ライブが始まった。
最初はドルターラのギター部分のみを使ったアルペジオだ。
これは、ケータが持ってきたプレーヤーの曲を聴いて覚えたテクニックだが、さすがにパメロは完全に自分の物にしている。
途中で控えめにリズムとホーンが入ったが、全体的に静かに1曲目が終わる。
2曲目はドルターラの演奏としては標準的な曲で、ケータもロブナントも『スラマーセルの瞳』の魔石で聴いたことがある曲だ。
会場からも知っている曲の反応がある。
そして、3曲目。
ケータは緊張の極地であったが、電子ピアノとドルターラの共演を初めてみた人たちは息を飲んだ。
その好意的な様子が受け取れてからはケータも調子を取り戻したようだ。
これも、両方の楽器のミックスとこの会場の特性を理解したEQやリバーブを調整しているリレイアの手柄が大きいのだが。
その後、演奏は続きマルキャルトが緊張のあまり、声が裏返ってしまったところもあるがそれでも大過なくステージは進んだ。
そして、12曲目は『ワトイアの恋歌』だった。
最初はマルキャルトが歌うので、パメロとマルキャルトのデュオの予定であった。
だが、パメロの要望でケータの電子ピアノも入ることになり、リレイアとパメロが即席で譜面を書いた。
ケータはすぐに譜面など読めないと拒否したが、押し切られてしまいやる羽目に。
曲は、そのケータのピアノから始まる。
聴衆はなんとなく『ワトイアの恋歌』が始まるのではないかという期待を持っていたものの、美しいメロディラインを追っていたところでパメロのイントロで感極まってしまった。
マルキャルトが歌い出すと涙を流している者もおり、パメロのドルターラも冴え渡る中で倒れるものまで出る始末。
曲が終わるとこの日一番の拍手が起こり、陛下も大変満足されたようだ。
その後は、パメロがローアニエストの童歌とか、直前で知ったクルゼ王国の歌なども入れて観客を魅了した。
最終的に22曲を演奏して、この陛下御前ライブは終了した。
思ったより曲数がいかなかったのは、聴衆が感激してししまい曲が終わるたびに余韻が大きかったからである。
時間は夜半になり、一番楽しみにしていた陛下が『そろそろ』といい出してくれたことで終了することができたのである。
◇
翌日の朝。
「ケータ、マルキャルト。お早う」
「おはようございます。パメロさん」
先にマルキャルトが挨拶を返す。
「パメロ、お早う……元気ですね」
「はい」
ケータはグロッキーなので遅れた。
「凄いです。パメロさんあんなに演奏して疲れないんですか?」
「ええ、練習は毎日、あの倍ぐらいはこなしてますからね。昨日は熱心に皆さん聴いて下さったので気持ちよかったですよ」
「ああ、流石ですね」
もう、ケータはそういうしかなかった。
その後、三人はテラスに案内されて少し遅い朝食を取った。
王宮の料理はさすがではあったのだが、それを楽しむ余裕があったのはパメロ一人である。
「ケータ、今後はどうしますか?」
「えーと、まずロブナントに帰らないとどうしようもないですけど、その後は決めてません」
するとそこにリレイアが念話で話しかけてきた。
——ケータ。西に行きませんか?
——ソラノ村は?
——大丈夫ですわ。ですから、ロブナント子爵領には戻らず旅立てます。
リレイアは急いでいる様子だ。
——西、ってどれくらい西に行くんだ。
——ダーバンシャイ山脈を越えます。
——それって……ホン・ワリャンより西の国へ行くってこと?
今まで行ったことのない国だ。
そこにどんな用事があるのだろう。
——リレイア、それって神様の要望?
——いえ。これはどちらかというと私とクリスクロスが感じた違和感ですの。おそらく、危機的な何かがあると思いますわ。今回はマルキャルトとパメロにも一緒に行っていただきたいのですが。
リレイアは空を見上げていたが、姿を現していないのでそれに気づいたものはいない。
その視線の先には昼間は見えないはずの月、サルーアとフレーメがあった。
ケータと行動を共にすることになったパメロ。
クルゼ王国に戻る行程が演奏旅行になってしまいました。
ですが、ロブナント領に戻ってみると新たな問題が……
次回から『異世界の章 大いなる二つの月編』開始。
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