61話 公国の窮地を救うならば
ローアニエストの危機を救うために、ケータ達は力を尽くすことに成りました。
もちろん、技術的なメインはリレイアなのですが、他のメンバーも大変です。
ケータはローアニエストの王女たち3人が待つ場所に戻ってきた。
「お待たせしました。このローアニエストの現状を変える方法について、リレイアが説明します」
「ありがとう。その前に根源魔法陣を破った方法をまだ聞いてなかったわ。それも含めて教えてもらえる?」
「えー、はい。できる範囲の話にはなりますが……」
「それでいいわ」
そこから、リレイアはまず、根元魔法陣を破った方法をアニエスに確認しながら説明した。
「根源魔法陣は、大地に残る魔素を土属性に変換して利用するのが第一段階ですわね?」
「ええ。ですが、すでにこの国の魔素はほとんど土属性ですからそれほど変換に手間はかかりません」
「はい。それを逆利用し土属性を吸収する魔法陣を作成し、根源魔法陣の挙動を阻害しましたの」
「そんなことが……可能なのですか? この国全体の土属性魔素ですよ? 魔法陣が魔素量に耐えられると思えません」
アニエスは不可能ではないかという。
それを聞いて、リレイアはケータに目配せをする。
それから先のことを話していいかという確認だ。
「構わないよ。リレイア」
うなづくだけでも良かったのだが、ケータはあえて言葉で返した。
本当にまずいことは隠してくれるはずなので、どこまで話すかはリレイアに任せることにしたのだ。
「実は、再帰魔法陣というものがありますの。今回は土属性の魔素を吸収し、その魔素を原動力として次の魔法陣を自動起動しました」
「再帰……ですか。魔法陣が、自分自身の魔法陣を生み出すと?」
アニエスは半信半疑であった。そこに。
「そんなことはあり得ない! 魔法陣が魔法陣を作るなんて……」
ブロージオは信じられないらしい。
だが、それには意外なところから反対の発言が。
「いえ、ブロージオ殿。私も聞いたことがある。異国にはそのような魔法陣が存在すると」
「……真実ですか?」
「はい。私も自分の目で見たわけではありませんが」
「……わかりました。失礼しました。リレイア殿、お話を続けて下さい」
それを聞いてリレイアが話を続けようとしたが、アニエスにも疑問があるようだ。
「私からもいいですか」
「はい」
「もし、再帰魔法陣が可能であったとしたら、この国の土属性魔素が全て吸収されるまで実行されるのではないですか?」
「ああ、そこはちゃんと説明しなければいけませんね。この魔法陣の目的はあくまで根源魔法陣の破壊ですから、途中で止める条件が設定されているのです。今回は根源魔法陣の作用した魔法現象をキーにしています。従って、根源魔法陣が土属性魔素の枯渇により維持できなくなれば、魔法現象がストップします。そのタイミングで再帰魔法陣も終了します」
そこでクリスクロスが突っ込んできた。
「それだとよ。根源魔法陣がダメになったところはいいけど、国中に広がっていった魔法はどうすんだよ」
「ああ、そこはちゃんと説明しないとダメだったですね。先ほど、再帰魔法陣が終了すると言いましたが、厳密には別の再帰魔法陣を起動して終了するのです」
「ああ、『やめろ』って命令もどんどん伝わるっていう訳だ」
クリスクロスは一応納得したようだが、まだ何か言いたそうだ。
そこで、今度はリレイアから念話がきた。
——ケータ、クリスクロス。これ以上のツッコミは控えていただけますか? 本当はコモンの技術も使ってますので、ボロが出ますので。
——あっ、あーーーー。悪い。もっともらしい理屈なんで気になっちまってな。
そこで、ケータも取りなした。
——リレイア。僕も気になって声をかけるところだった。クリスクロス同様、自重するよ。
——お願いしますわ。
それだけ言うとリレイアは、アニエスたちの方に向き直り何も無かったように説明を続けた。
「はい。再帰魔法陣は根源魔法陣に沿って国中に伝播していきますの。そして最後に残った魔素や魔法成分をできるだけ魔素に変換してから終了するのです」
「なるほど、吸収した魔素はまた還元させるのですね」
「はい」
やっと納得してくれた様子を見てリレイアは内心ホッとする。
実はリレイアの話の中には嘘がある。
再帰魔法陣というのは理論的には実施可能なのだが、今回は使っていない。
非常にコストが高く魔素を多く消費してしまうため、ローアニエストを救う目的に合わなかったのだ。
確かに魔法陣は使ったが、再帰処理は行われていない。
地球の56世期の技術により高分子化合物の膜を作成し、その膜に最初に起動したわずかな魔法をまとわせて国中に広げ、根源魔法陣を破壊した。
その膜の展開にはパワーが必要であったが、そこでも再帰魔法陣で魔法は使っていない。
当初ナノマシンを使って行うつもりであったが、パワーが足りずクリスクロスの魔法で補助してもらった。
この国の魔素の消費をとにかく抑えるための苦肉の策だったのだ。
それほどにこの国の魔素量は少なくなっている。
リレイアは話を続ける。
「では、今後のお話をしたいのですが」
「お願いします」
「まず、各地にある戦争の傷跡。全ての武器や死体、塹壕や旗、その他装備ですが、全て消し去ります」
「それは何故かしら? 残すという選択肢はないの?」
「ありませんわ。それが、他の問題を解決するのに必要だからですの」
「他の問題?」
「はい。魔素の枯渇と他国の侵攻を抑えること」
「「「!!!」」」
王女たち3人は、驚いている。
それも二つの理由で。
まず、第一はその目的。
確かに解決して欲しいとは言っても魔素の平滑化に留まるだろうと思っていたからだ。
もしかしたら、魔素の枯渇についても何かの手段を持っているかも知れない。
でも、普通に考えるならそこまで。
それ以上のことを提案するのは、無理だと思っていたからだ。
第二は戦争の遺物の取り扱い。
古い戦争の話ではあるし、遺品が必要な遺族についてはあまり考えなくてもよいかもしれない。
戦争の傷跡はそのままにはして置けないとは言うものの、歴史的に残すべきものはあると思っている。
それが、全て消し去るとはどう言うことか?
一体、この妖精は何をどう考え、この国の問題をどこまで掴んでいるのか?
リレイアは、そんな目で見る王女たちの様子にはまるで気づかないかのように現状の説明を始めた。
このローアニエスト公国全体に魔素が不足していること。
但し、魔素を育む可能性のある森が現存しており、魔素が補填されれば回復する余地がまだあること。
そして、ある物に関してはローアニエスト中に豊富に魔素を含んでいること。
「ある物? 魔素が残っている物なんてあるのかしら? そんなものがこの国のどこに?」
「それは…………戦争の遺物ですわ。根源魔法陣は膨大な魔素を吸い上げ、それを全て土属性に変換しましたが戦争の傷跡に関するものだけは別ですの。ですから、それに含まれる魔素は国中に残っていますの」
「ですけど、魔道具以外の遺物は、ただ大昔に戦争に使われていただけで魔法とは無縁のはず。それほど魔素は含まれていないのでは?」
「それが、根源魔法陣が戦争の遺物を保護するにあたり、遺物から魔素を取り出さないだけで遺物に流れ込む魔素については、何もしていないのですわ」
リレイアは何を言っているのだろう、という風にアニエスは見ていたが……
「流れ込む? 根源魔法陣にそんな処理は…………っ、あっ!」
「お気づきになりましたね。根源魔法陣は膨大な魔素を集めます。ただし、遺物については吸収の対象とはしません。そして土属性魔素に変換しますが、その工程で遺物は高濃度の魔素に晒されます。それが長い間何千回、何万回と続けば……」
「いくら魔法と無関係な遺物と言えど、内部に魔素が蓄積される、と」
「はい」
そこまで聞いたところで、ケータ、クリスクロス、マルキャルト、ブロージオ、ダルトワはいずれもポカンとしてリレイアを見ていた。
しかし、アニエスはさらに何か考え込んでいるようだ。
「と言うことは……もしかして、戦争の遺物の風化がこのところ激しく進んでいるのは……」
「はい。濃すぎる魔素が蓄積された結果の自壊です。魔石だって魔素を溜め込み過ぎれば砕けます。それがただの剣や槍であるならば……最近になって戦争の遺物の自壊が進んでいるのは、物質としての魔素含有量の限界が一度にきているからだと思いますわ」
「それが、遺物を残すという選択肢がないことのもう一つの答えなの?」
「はい。もう遺物を保つこと自体が不可能なのです。戦争の遺物を保護するつもりであれば、吸収するときだけではなく高濃度の魔素に晒されることも防ぐべきだったのです」
リレイアは血も涙もなく、この国の戦争の遺物を消し去ると言っているのではなかったのだ。
それはもう保存すること自体が不可能な状態になっていたわけで。
「…………わかったわ。そうであれば仕方がありません。ブロージオもダルトワもいいわね?」
「「…………御意…………」」
すると、マルキャルトが恐る恐る手をあげる。
「ん? なんですの?」
「えー、これから魔素を使ってローアニエストを回復するだけでなく、クルゼ王国と敵対するのも防ぐんですよね」
「いえ、クルゼ王国については、特に何もしないつもりです」
「「「「「??」」」」」
またしても全員がポカン。
「クルゼ王国が敵対しないことは分かりきってますので、あとはローアニエストの誤解を解けば終わりです。こちらに王家の方がいるのですから、あとはクルゼ王国の王家との会談ができて、同盟・通商条約・不可侵条約と相互に大使館でも作れば問題は解消しませんか?」
「リレイア……そんな簡単に……」
「大丈夫です。ケータ。話を通すだけでうまくいきます。それに王宮には『貸し一』がありますし」
「「!」」
ケータとマルキャルトが絶句する。
そんなところで、王宮のコネを利用するのか、と。
これ、国と国との関係の最重要問題だぞ、と。
まあ、リレイアらしい大胆なやり口ではあるのだが。
きっと、全権大使としてブルム伯爵あたりが走り回ることになるんだろうなあ、とケータは思った。
「本当にそんなことが可能なのですか?」
「はい。おそらく何の障害もなく平和理に事は進むと思われます……ただ、これまでの経緯を説明する必要があるのですが……」
「ええ、それについては、今さら隠し立てするつもりはありません」
どうやら、クルゼ王国がローアニエスト公国が敵対国同志であるという誤解は解けそうだ。
最もクルゼ王国には元からそんな気はさらさらなかったのだが。
しかし、もう一つの気掛かりは残っている。
「まだ、我が国にはホン・ワリャン連邦に対する不安があります。それについては?」
アニエスの心配は最もだ。
確かにホン・ワリャンの侵攻についてはわからない。
密かに侵攻の意思や計画があるかも知れないし、全くの杞憂であるかも知れないのだ。
「そちらについては具体的に対策する必要がありますわ。しかし、防御陣を引くとか軍備増強という方法は下策だと思いますの」
「はい、それは確かに。というか、ローアニエストにはもはや軍と呼べるものはありません。わずかな近衛兵を残すのみです」
いいのだろうか?
自国の防衛能力がまるでないと他国の冒険者に言ってしまって。
しかし、リレイアはそんな話の内容は全く気にせず話を続けた。
「防衛の解決に ”森の力” を使います。幸いにして、ホン・ワリャンとの国境沿いは切れることなく深い森で覆われています。こちらに今回得られる魔素を重点的に補填します。そして、私が幻想の魔法陣を組みますので、ホン・ワリャンから侵攻してくることはなくなりますわ」
森の幻想に誤魔化されるだけで、侵攻を辞める軍がいるだろうか?
そう思ったケータは。
「森ごと焼かれたら、足止めにもならないんじゃないか?」
「いえ、ケータ殿。ホン・ワリャンが森を焼くことはありません」
答えたのはマルキャルトだった。
リレイアが渋い顔をしている。
「ケータ。学習したことを丸々忘れていませんか? ホン・ワリャンは元々遊牧民族ですよ。森を焼くのは禁忌中の禁忌です。ありえません。それに、幻惑がかかった森を神聖視するお国柄ですから、好都合なんです」
「ん? あーあーあーー、そうだったそうだった。忘れてたよ。……そう、睨むなよ……」
リレイアはそのまま呆れた顔になった。
「ふふふ。仲がよろしいんですのね。しかし、今のお話を聞いて安心しましたわ。リレイア。お願いして良いでしょうか」
「はい。ですが、私たちにはトルタに行くという目的もありまして」
笑うアニエスにリレイアは言った。
その途端、ケータとマルキャルト、クリスクロスは『おー、そうだった』という顔をする。
トルタにドルターラの生演奏を見に行くという当初の目的をすっかり忘れていたらしい。
「わかりました。であれば、最初に魔素を遺物から取り出して、ローアニエスト中に満たす所だけを先にお願いできませんか? そうすれば、私が最後の根源魔法陣を2つの町に限定して起動します。ケータたちをトルタの隣の町カルパソまでお送り致します」
「ほんとですか! やっと辿り着ける! パメロ・キュレータの生演奏!」
ケータは、ドルターラの名人の生演奏が聴けると喜んだ。
「では、リレイア。お願いできすますか?」
「はい。でもその前に根源魔法陣を見せてもらえますか。小さなもので構いませんわ」
「わかりました。ケータたちは少し下がってください」
「はい」
ケータたちは5mぐらい下がったところで、アニエスがOKを出した。
「ダルトワ、お願いしますね」
「はい。……いきます」
ダルトワは懐から小さな魔石を用意し呪文を唱え始めた。
大地が光り始めた。
かすかにたおやかな女性コーラスのような響きが空間に満ちる。
光はやがて変化し、ケータの目の前で半径2mの図形に収束していき、やがて魔法陣が浮かび上がった。
「そこで止めてくださいませ」
リレイアがそういうと、ダルトワは呪文を中断した。
魔法陣は消えていないが、徐々に魔石の輝きが失われていく。
このままだと、魔法陣は効力を発揮する前に崩壊するだろう。
「術式記録完了。魔法陣は決して頂いて構いません」
リレイアがそう言うと、アニエスがダルトワの方を向いてうなづく。
ダルトワは魔法陣を解放し、光が大地から消えた。
それを見ていたケータが言った。
「リレイア、今何をしたんだ?」
「はい。根源魔法陣の術式をコピーしました」
「えっ、コピーってそんなに簡単にできるの?」
ケータはリレイアの話を聞いてそう言ったのだが、他のものはよくわからないという顔をしている。
「ケータ殿、『コピー』とはなんでしょうか?」
「複製することだよ。リレイアは根源魔法陣の術式を写し取ったらしい」
「「「「えーーーーーーー」」」」
びっくりしているのは、マルキャルト、アニエス、ブロージオ、ダルトワの4人。
ケータはそれがどれくらい凄いことかわかっていないし、クリスクロスはもうリレイアのすることに一々驚いたりはしないようだ。
「バカな! ローアニエストの秘術がそんなに簡単に複製などできるはずがない!!」
「やめなさい、ブロージオ。この方はかなり高位な妖精です。人の身ではできないことが可能であってもおかしくありません」
激昂したブロージオをアニエスが抑えた。
しかし、リレイアは。
「私もまだ確認していないので、うまく写し取れているかわかりませんわ。ちょっと試してみますね」
そう言って無造作に杖を振ると、先ほどの縮小版、なんと10cmの魔法陣が現れた。
「あんまり影響があっては困りますので……」
もう一度、杖を振ると20m四方、高さ10mの青い枠が林の一部を囲んだ。
「あー、リレイア。一応確認するけど、これはわかりやすいように青い枠で囲んで、その中だけ根源魔法を実行するってことでいいんだよな?」
「はい。さすが、ケータ。私のやりたいことをわかってますわ」
「「!!」」
驚いているのはブロージオ、ダルトワの2人。
マルキャルトとアニエスはもう成り行きを見守っていて驚きはしない。
女性の方が、こういうことに耐性が付きやすいのだろうか?
「でも、あの中に村も町もないけど」
「なので、こうしますの」
リレイアが杖を振ると、その中で3本の木だけに、赤、黄色、白の印が付けられた。
よく見ると、その林の中には折れて錆びついた剣が一本あった。
「では実験しますね」
リレイアは杖で魔法陣の端をちょん、と叩くと魔法陣は一瞬光った。
青枠の林の中だけに霧が立ち込め、それが薄くなった時錆びついた剣は見えなくなる。
霧が完全に晴れた時、
赤の印を付けた木は、黄色の木の位置に
白の印を付けたの木は、赤の木の位置に
黄色の印を付けたの木は、白の木の位置に
それぞれ、移動していた。
その光景に一同が息を飲んでいる中、リレイアは平然と言った。
「ああ、これだけでもやはり魔素が偏りますね。周囲への影響があると困るのでこの魔石を使ったんですが、もうこれ使えません」
リレイアが空中に浮かべた2cm程度の小石にしか見えない魔石は砂のように砕け散った。
「あーあ、これでまたこの辺が土属性の魔素だらけだよ」
クリスクロスが呆れ果てたようにいう。
『そんなに簡単に根源魔法陣が複製などできるものか』と反論しようとしていブロージオとダルトワも呆然としている。
あまりにもあっさりと実現されたミニチュア根源魔法陣。
その誰も何も言えない雰囲気の中で、アニエスだけがリレイアに尋ねる。
「それでアニエス。これからどうするのです?」
「はい。まずはこの魔法陣を改造して3段の多段階魔法陣とします」
「3段とは?」
「まず、魔素を吸い上げる対象を『この戦争の遺物を除く全て』から『この戦争の遺物のみ』に変更します」
一同、それにうなづく。
これがうまくいけば、ローアニエスト中に残る古い戦争の傷跡は文字通り消えてなくなるはずだ。
「次に、全ての村や町に魔法を展開している部分を利用して、戦争の遺物から吸い上げた魔素をローアニエスト中に運びます」
一同、それにもうなづく。
戦争の傷跡である遺物から取得した魔素がローアニエスト中にばら撒かれるはずである。
「最後に、『土属性の魔素により村と町の位置をシャッフル移動』から『全ての属性の魔素を均等に変換』に変更します」
一同、1人を除いてそれにうなづく。
ケータには疑問があったのだった。
「平滑化? 土属性を少なめにしてばら撒くんじゃダメなのか?」
元々、土属性が強いだけなら戦争の遺物から魔素を抜き取って、土属性以外に変換してばら撒いたほうがより均一化すると思ったのだ。
「それも、考えはしました。でもその方法は二つの理由で却下しましたの。まず、遺物から魔素を抜き取ってから土属性をそれ以外の魔素に変換する手間が増えてしまうこと。もう一つは、どうしても土属性以外をばら撒いた時に歪な魔素割合が生じる土地ができてしまいますので、その影響がどうでるかわからないことですわ」
「あー、なんかわからないけど、色々理由があるんだな」
ケータは自分で質問した癖に、その答えが理解できず、『リレイアがそう言うならそうなんだろ』と思考停止した。
だが、クリスクロスはそうではなかった。
「そいはいいけどよ。展開はどうすんだよ。元の魔法陣に含まれる展開を使っちまうとこの国全体に全属性の魔素が行き渡んねーぞ」
「あーー、それは」
痛いところを突かれたらしい。
リレイアは答えの途中で、クリスクロスを手招きした。
内緒話のようにゴニョゴニョ話しているように見える。
そう見えるだけで実際には念話なのだが。
——クリスクロス。そこは聞かないで欲しかったのですが……
——あんだよ。はっきり言えよ!
——展開は……ナノマシンを使いますわ。
——そ、それってよう……
——はい。ナノマシン自身のパワーが足りませんので、クリスクロスの魔法で展開の補佐をお願いしたく……
——あーあ。聞くんじゃなかった……ったく、やってやるよ!
——それと……実行するときは魔法の内容のカモフラージュをお願いします。ここにいる人たちを保護するための結界魔法に見えるように。
——あーあーあー、聞こえなーい!!
リレイアはそれには応えず、クリスクロスは了解したものとした。
「魔素の展開には、手持ちの魔石を使うことで補いますわ。それより、この魔法は一度きりのぶっつけ本番ですので皆様に何かあったら困ります。クリスクロスに結界をお願いしましたの」
「あー、そこはおいらに任せとけ」
リレイアは話をしながらいち早く、ナノマシンを散布していた。
だが、そのナノマシンはまだその辺に待機していて、遠くまで展開はしない。
「クリスクロス。結界をお願いします。一応、補助の魔石を二つ渡しておきますわ」
「じゃ行くぜ」
クリスクロスは手を合わせ、クルクルと回ると魔法の粒が広がっていき、ケータとマルキャルト、アニエスたち3人を包む結界になった。
それは確かに他の魔法から身を守る結界には違いなかったが、効果は弱かった。
本当の効果は、周囲に広がっているナノマシンの展開に利用される。
本当ならモニター画面を出して国中にナノマシンが広がっている様をモニターできるのだが、ローアニエストの3人がいるため、それはできない。
その代わり、ケータには途中経過が念話で伝えられていて、現在のナノマシンの散布状況が順次伝えられる。
3分、5分……時間ばかりが過ぎていくがローアニエストは広く、その展開範囲はまだ半分にも届いていない。
まずい…………これから肝心の魔法を唱えるが、ここで時間がかかっている理由をアニエスたちには説明できないのだ。
——まだですか。クリスクロス。
——だめだ。広すぎる。展開スピードを上げたいが、それをやると途中で魔力が尽きちまう。
リレイアは困っていた。
ナノマシンの展開が終わらないと魔法の平滑化と国全体に散らばる戦争の遺物からの魔素の吸い上げが始められない。
——ケータ。時間稼ぎができないですか。
——失敗したことにして、もう一度やるように見せるのはどうだ?
——それはムリですわ。一度しかできないと言ってしまってますし、この規模の魔法を失敗したのに、もう一度実行できるだけの魔素をどうやって調達できるかを説明できませんもの。
ケータは考える。
平滑化の魔法や魔素の吸い上げの魔法を起動するのに時間がかかっているからまずいのだ。
魔法さえ実行したことにすれば、国全体に広がるのに時間がかかるのは問題ないはずだ。
ならば。
——リレイア。魔法陣の起動を始めちゃってくれよ。
——今、起動すると受け皿のナノマシンが広がっていないので失敗しますわ。
——だから、ここから見える範囲だけ実行して、途中で止まるようにできないか? あるいは、展開より実行が遅くすればどうだ?
——なるほど! 3段階と言ってしまいましたので、途中で停止する手間を加えるのが少し骨ですが、それなら可能ですわ。念のため吸い上げも時間がかかるように変更します。
つまり、アニエス達に見える範囲だけ先に実行し、そこから先は魔法を一時中断状態にする。
いつまでもそのままにはしておけないが、ある程度止めておいてから、魔素の吸い上げと平滑化をゆっくりやれば問題ない。
一般に魔法はなるべく早く伝播するように術式を組むのが定番なので、こういった遅滞させるやり方は盲点だったのだ。
「リレイア。そろそろ始めよう。あんまりアニエスさんたちを待たせるわけにはいかないだろ?」
「これだけの大魔法陣ともなると私でも緊張するんですのよ」
ケータはわざと急かしてみせた。
リレイアもそれに合わせて言い訳がましく答える。
「ケータ。そんなに急かさなくても……。これだけの魔法陣の実行となれば躊躇うのは無理もないか、と」
うまく、アニエスからその言葉が引き出せた。
これなら遅れたことに、言い訳が立つ。
「いえ、大丈夫ですわ。では」
リレイアはアニエスたちに一礼し、魔法陣を描き始めた。
最初に地面に広がるのは、根源魔法陣に近い図形だ。
大きさは5mぐらいなので、ダルトワが展開した物とそうは変わらない。
次にその1m上に、根源魔法陣を一部反転し、間がスカスカの魔法陣が描かれる。
そこで、リレイアは一息つくともう一段。三段目の魔法陣を描き出した。
最初の魔法陣の4m上に直径15m程度の大きさの魔法陣が描き出された。
さらに、その三つの魔法陣をリンクさせるような斜めの魔法陣が展開し、すべての魔法陣が力強く光り始めた。
「起動しますわ」
リレイアは、斜めの魔法陣に触れる。
ウワワワワン、ウワワワワン、ウワワワワン
魔法陣は共鳴したような音を立てる。
大地の魔法陣はそのままだが、その上の二つの魔法陣が上へ上へと移動していき、さらにその大きさが拡大した。
キーーーーーーン、ウォンウォン、チーーッ
斜めの魔法陣が砕けた。
「失敗か?」
ブロージオが呻いた。
だが、リイレアは。
「いえ、想定通りですの。すでにリンク用の魔法陣はその使命を果たした後ですわ」
やがて、霧が発生したがいつもより薄く、色も少しだけ青いそれは広がりながら地面に溶けていった。
「遺物が!」
ブロージオが目を見張る。
錆びた剣、朽ちた旗、折れた槍などが全て空中に溶けていく。
白骨はなくなり、塹壕はただの更地になった。
「魔素が戻っています!」
ダルトワが体を震わせて、魔導師のみがわかる魔素の息吹を感じている。
この地の魔素が土属性魔法に偏っていないこともわかる。
そして、30分が経過したところで。
——リレイア。ナノマシンの展開完了だぜ。
——わかりましたわ。
リレイアは、かなり薄くなった大地の魔法陣に触れた。
パーーーーーン。
破裂音が広がり、全ての魔法陣が弾けた。
空に赤い波動が飛んでいくのが見え、雲もその色に染まるが、それもすぐに収まった。
「今のはなんですの」
アニエスがリレイアに尋ねる。
「この国全体に魔素が行き渡らないと困りますので、魔法陣に残っている魔法力を最後に絞り出して展開の補助とし、終了させました」
「そうですか」
これはもちろん嘘だ。
実際にはここから見えない範囲の展開は、今始まったばかりなのだから。
ケータは念話で通知されてくるローアニエスト全体の遺物から魔素を拾い上げる処理と平滑化の情報をモニターしている。
順調に進んでいる。
それから1時間たち、2時間たち。
すでに待ちくたびれて、リレイアが出したお茶やお菓子をつまみながら一同は休憩していた。
もうすぐ3時間が経過するというところで、ローアニエスト全土の魔素の正常化が終了した。
そこで、クリスクロスが言った。
「ところで術は終了したけどよ。これどうやって確認するんだ?」
「「「あっ」」」
アニエスたちは絶句した。
なんとか危機は脱したはずなのですが、その確認ができません。
いろいろ考えた結果、ケータ達はあちこちに飛び回ることになりますが、アニエスはそれ以外の何かを考えているようで……
次回、『62話 魔素の確認にあちこちを転移して回れば』 11/8 投稿予定です。




