60話 ローアニエストの謎を解き明かせば
いよいよ、ケータ達はローアニエストの謎を解き明かします。
ヤムダルトの町を後にしたケータたちは、北の街道をそのまま北に向かって歩いていた。
その夜は目的の地がある訳ではなく、町や村につくことも望んでいないので1時間ほど進んでは休憩を取っていた。
リレイアとクリスクロスは姿は見せていないものの、その探査網をその度に広げて魔法の兆候がないかを見張っていた。
やがて日が変わり、午前2時に差し掛かる頃。
リレイアとクリスクロスが何かを感じて姿を現した。
実声で指示を出す。
「始まりましたわ。霧が出ていますの。魔素量の急激な低下を観測しましたの。クリスクロス。この魔石を渡しておきます」
「ありがてぇ。結界を張ろうと思ったら周囲の魔素が足りなそうで困ってたんだ。ケータ、マルキャルト。こっち寄れ」
リレイアはすでにこのローアニエストの全町村のシャッフルについて以下の調査結果をまとめていた。
・町や村をシャッフルする魔法は、土属性の魔素を大量に使用する。
・そのために各属性の魔素は土属性に変換され、結果として土属性以外の魔素が極端に少ない。
・町や村をシャッフルする魔法は、毎日日没後から遅くても翌日の未明に実行される。
・ローアニエストの総魔素量は毎日の大規模魔法の実行で減り続けている。
・このままではローアニエストの魔法文明は危機を迎え、全ての魔法師は悪ければ死亡、マシな場合でも全能力の喪失は免れない。
・これだけの魔法を実行するために、毎日魔法師が呪文を唱えているとは考えられない。従って、この魔法は大規模な自動起動の魔方陣によって実行されている。
それに対し、リレイアが取るべきであるという方策は、この魔法を打ち破り二度と町や村の位置を変えるような魔法が実行されないようにすることだ。
本当はローアニエストの政府に打診をしてから行うべきものであるが、すでに状況は予断を許さないものになっている。
第一、ローアニエストの中央政府がどこにあるかもわからないのだ。
作戦はこうだ。
・土属性の魔素を吸収する網を広範囲に展開して魔法の実行を阻止・失敗させる。
・この魔素を吸収する網の展開中に起動元の魔方陣が見つかった場合、網を魔方陣ごと崩壊させて起動不可にする。
この計画を実行するため、クリスクロスは魔石を使いケータとマルキャルトと自分自身を包む結界を張った。
リレイアは結界内にいないが、わざわざ離れたところに陣取ったところから必要ないのだろう。
やがて霧が濃くなり、ケータたちの視界が10m程度まで悪くなった。
その瞬間、リレイアが叫ぶ。
「土属性吸収型多次元高分子膜 広域展開!」
目に見えない何かが急速に広がっていく。
だが、展開するたびに何かと干渉しているのだろう。
網の目が光り、その膜がどこまで広がっていくのかがケータたちにもわかった。
霧がイヤイヤをするように網を避けているが、その広がりに敗れたように霧は薄くなる。
展開している膜はさらに途方もなく広がっていき、周囲の森や遠くに見える山にまでかかった時に術が破れた。
シューーーーーウァンーーツーーワワワ……キン!
あたりは一変した。
道や森、遠くの山も確かにそのままではあるけれど、そこかしこに大昔の戦争の傷跡が浮かび上がってきた。
折れた槍、錆び付いた剣、打ち捨てられたさまざまな装備類。
塹壕や壊れた草むらに残る罠など様々なものが残っている。
ただし、死体は少ない。よく見れば白骨化した死体もあるが、広い荒野にちらほらとある程度。
とそこに、破れかけた旗を見つけた。
色褪せているが、赤い旗と青い旗だ。
かろうじてその紋様により、どこの国のものかがわかる。
「大昔にあったクルゼ王国とローアニエストの戦いは隠されていたんですのね」
「ああ、そうだな……でも、なぜなのかはわからない。確かその戦争を始めた理由もわかってないんだよな」
「そうですわね……まあそれについては仮説がいくつかありますが」
リレイアは、周りを気にしながらケータと会話していた。
クリスクロスは結界を解き、マルキャルトが朽ち果てた装備を見た。
「ケータ殿。これは、とても古いクルゼ王国の兜の一部です。でも、これっ……あっ……」
マルキャルトが拾い上げようとした兜は砂のように崩れ落ちた。
すると、森の木陰から3人の人影が現れた。
女性が1人、男性が2人。
女性と男性の1人は魔道士のようであり、もう1人の男性は女性のお付きの者に見える。
そして、その女性は高貴な生まれであるようだ。
凛とした出立ちから、その姿の通り透き通った意志の強さを感じる声で彼女は言った。
「こんにちわ……いえ、この時間ですからこんばんわ、ですね」
そうケータたちに話しかけてきた。
「あなたたちは?」
「私はアニエス・ローアルテ。一応、この国の王族の1人。魔導師でもある」
「姫様。一応などと……」
「いいのよ。こちらは、宰相のジョゼフ・ブロージオ。そして、もう一人は宮廷筆頭魔導師のピエルト・ダルトワ。あなたたちのことも聞きたいわ」
ケータはどうしようか迷ったが、すでにリレイアもクリスクロスも姿を見られてしまっている。
まずは正直に言うことにした。
全ての事は話せないが、その辺はぼかして言う他はあるまい。
「僕はケータ・リーフォン。冒険者をしており、トルタに向かう途中だ。剣士の彼女はクルゼ王国の騎士マルキャルト・フォン・ルーエン。一緒に旅をしている。そして、2人の妖精はリレイアとクリスクロスだ。この2人も旅の仲間だ」
余りにも不自然なパーティであるし、王国の騎士が冒険者のパーティにいるのも変だ。
だが。
「そう。変わったパーティね。私が聞きたいのは、この国の根幹魔法陣を打ち破ったのが誰かを知りたいのだけれど」
「私ですわ」
ケータが取り繕う前にリレイアが答えた。
「なぜ、打ち破ったのか。どうやって打ち破ったのかを教えて頂戴……いえ、別にそれで罰しようとは思っていない。そこは安心して」
「わかりました。この魔法を破った直接の理由は、私のご主人様であるケータがトルタに行くためですの。このままでは、いつ辿り着けるか分かりませんでしたから。ただし、一番の理由ではあっても最重要な理由ではありませんわ」
「なるほど。それで? 最重要な理由とは?」
「はい。この国の魔素はすでに枯渇しかかっており、このままでは魔法が使えない不毛な大地になる可能性があったからです」
リレイアの話を聞いて、宮廷魔道士と紹介されたダルトワが唇を噛んだ。
そして、リレイアをキッ、っと睨みつけるようにして言った。
「この魔方陣は国を代々守ってきた大事な守護結界の役割を果たしていたんだぞ!」
「ええ、それはわかっていました。けれど、もう限界ですわ。放っておいてもあと数日で起動不能になっていましたの」
「それは、余所者にとって関係ないだろう!」
「控えなさい! ダルトワ」
「で、でも……いえ、失礼致しました……」
それを見て、王女アニエスは言った。
「御免なさい。わかってはいたことだけれど、他国のものに言われるのは彼にとって屈辱だったものだから……ダルトワ、諦めなさい。それで妖精さん、えーとお名前は……」
「リレイアです」
「リレイア様から見てもやはり限界に見えるようよ。そちらのもう1人の妖精さんから見てどうかしら」
「おいらはクリスクロスだ。おいらもこの土地はもう大規模な魔法は打てねぇと思うな。これ以上無理するとこの国の魔法使いも死んじまうぞ。だから、そいつについちゃあリレイアとは同意見だ。癪だけど」
「あらっ、ふふふ」
アニエスは笑ってはいたが、目はこちらを見据えたままだ。
そこでローアニエストの宰相は言った。
「しかし、何もなしという訳にはいきますまい。無条件に根源魔法陣を無効化されては、ローアニエスト公国として……」
「責任を問わないわけにはいかない、と。ブロージオはそう思うのね? リレイア。あなたは自分に責任があると思う?」
宰相の言葉をアニエスが継いだ。
そして、リレイアに責任の有無を問うたが何処か本気ではないようだ。
「私は責任かどうかより、事の緊急性を問うほうが重要だと思いますの。今、この魔法陣を破っておかないとこの国は魔素の枯渇により滅びていたと思いますわ。ですから、それを阻止するためにも私の取った行為は必要であり最優先であったと」
リレイアは責任には触れずに、自分のやったことは必要だと言った。
「なるほどね。すでに、責任かどうかとを論じる場合ではなかったと」
「はい」
アニエスは肯定も否定もせず、リレイアの言ったことを受け取っていた。
ケータとマルキャルト、クリスクロスは、そのやりとりを黙って見守っていた。
「ブロージオ、ダルトワ。どう思う? 私の意見としては、リレイアの言ったことは妥当だと思うわ。もしその通りならね。少なくともローアニエストの民を預かる者としてその責任を問えないでしょう」
宰相であるブロージオは咳払いを一つしてから諦めたように首を横に振った。
宮廷筆頭魔導師のダルトワは黙って俯いている。
「いいようね。それでは、クルゼ王国の皆さん。ローアニエストとしてこの根源魔法陣を破ったことは不問にするわ」
「ありがとうございます」
ケータはとりあえず、そう答えた。
「ただ、周りの惨状を見て貰えばわかるとおりこのままにはしておけないの。そこで、あなたたちにこれを解決する方法を考えて欲しいわ。これは、もちろん強制ではなくお願いになるのだけれど」
アニエスはそう言ってケータたちの返事を待った。
—— ケータ。少し、時間をもらってください。
—— わかった。
「ローアルテ様。少し仲間で、検討したいのですがお時間を頂けませんか?」
「かまいません。それと、私のことはアニエスで構いませんよ。敬称も抜きで」
「ありがとうございます。ア、アニエス」
ケータの意識はやはり日本人のそれであるので、王族に対して名前呼びは相当緊張する。
—— ボーっと、してんなよ! ケータ!
—— 五月蝿い! クリスクロス! あー、それより、結界と防音は頼む。リレイアにやらせたくない。
—— へへ。わかったよ。
クリスクロスとケータは、聞かれたくない話を念話で話す。
ケータたちはアニエスたちから離れて木陰に集まった。
クリスクロスは結界と防音の魔法を唱えた。
これで話を聞かれる心配はない。
するとマルキャルトがケータに聞いてきた。
「ケータ殿。なんでクリスクロスに魔法を頼んだのですか?」
「ああ、それは僕とリレイアが異世界から来たことを知られたくないからだよ。リレイアの結界は魔素を使っていても基本は僕らの世界の技術だからね。そう簡単にバレるとは思わないけど、相手には宮廷筆頭魔導士殿もいるから、それなりに警戒しないと」
「ああ、なるほど」
ケータとクリスクロスの念話は聞こえていたが、普段ならリレイアに頼むのではないかと思っていたのだ。
マルキャルトはどうしてもケータとリレイアが、コモン世界からきた異世界人と言うことに慣れていない。
というか、ピンと来ていないと言うほうが正しいか。
「そんなことより、どーすんだよ。周りの惨状とか言ってたけど、これどうにかなるのか?」
「あー、それだな。それにどうにかって言うけど、どうしたら解決したことになるのか、がわからないな」
クリスクロスが話を戻してくれたのでケータはそれに乗っかったが、正直どうすべきかはわからない。
「でしたら、このローアニエストが抱える問題を考えてみれば良いのですわ。恐らく一つじゃないと思いますの」
「なるほど、相手が何に困っているかを考えるんだな」
うーむ、と首を傾げる4人。
「まず、魔素が無くなっちまったことじゃねーか」
「それより、あの戦争の跡が残っているのが悪いのではないでしょうか」
クリスクロスとマルキャルトは口々に言うが、まあその2点は順当なところだとケータは思う。
だが……
「それはわかるんだよ。でも、なんで魔素が枯渇するまであんな根源魔法陣を起動し続けたのか。なんで、あの戦争の傷跡をそのまま放置したのかがわかんないな」
「それ、そんなに重要なことなのか?」
ケータは理由を求めたが、クリスクロスは解決すればいいと思っている。
「えーと、先ほどのやりとりを聞いて思ったんですけど、このローアニエストはあんまり決断する力がない国なのではないでしょうか?」
「どう言うこと? マルキャルト」
「先ほど、あのお姫様がリレイア殿に責任があるかを聞いたとき、リレイア殿が即答しましたよね? そこで、宰相と筆頭魔導師殿が何も言えませんでした。本当なら、それほどの地位にあるものが黙ってはいないと思うのです。その前にそれほどの地位がある人を前にまっすぐ答えたリレイア殿も……ですけど」
なるほど、このローアニエストは国の最高決定機関が機能していないと言うのか。
「おそらく、マルキャルトの言ったことが正解だと思いますわ。おそらく、戦争の傷跡を残す残さないについて、遺留品のやり取りを含めて誰も決められなかったんだと思いますわ」
「それはわかった。でも、それと魔素を使った町や村の位置をシャッフルしてしまう根源魔法陣を使い続けた理由が結びつかないよ」
ケータにはその理由がわからなかったが、リレイアがマルキャルトが何か気づいているのを見ていた。
「マルキャルト。あなたはこのローアニエストが何を恐れているかわかるんじゃないですか」
「えー、まあ……思いつきなのですが、他国からの侵攻を恐れているのではないか、と」
「でも、クルゼ王国に侵攻の意志はないよ。海からの侵攻は遠すぎてどこからもできるとは思えないし……ホン・ワリャンか!」
確かに、ホン・ワリャンが侵攻する可能性がないとは言えない。
あの国の政情はよくわからないのだ。
それは、国の政策よりも氏族の考えを優先するためであり、国全体は平和主義であっても氏族内が開戦に動けば国の中央は干渉しない。
しかし、リレイアが考えているのは別のことだった。
「まあ、そうですね。ホン・ワリャンも恐れているでしょうね。しかし、本当に恐れているのはクルゼ王国ですわ」
「なぜです? リレイア殿。クルゼ王国に他国に侵攻する意思はないですが」
「ええ、事実はそうですの。でも、どうやってそれをローアニエストが知り得ますか?」
「「「!!」」」
リレイアの言うことに一同唖然とする。
しかし、それに構わず。
「恐らくローアニエストに取って敵国として認識しているのは、クルゼ王国だけなのですわ。恐らくあの戦闘の跡から考えるに、ローアニエスト国内だけで戦いがあったのではないかと思われますの。それから、あの根源魔法陣を使い始めたのではないか、と」
「まあ、あの魔法があれば侵攻するにしても計画が立てられなくなるからな」
「それが、長らく続けばほとんど半鎖国状態ですから、どうやらクルゼ王国は攻めてきそうにないとの噂があったとしても信用することも確認することもできない。そして、どうやらホン・ワリャン連邦も隙あらば攻めてくると聞けば、もう魔法陣を手放すことはできなくなっていったんではないか、と」
「なるほどな。もう、そうなれば戦争の傷跡も一緒に抑え込んでしまうことで、国内の不安材料をとりあえず糊塗することができるわけだ」
「はい」
マルキャルトもクリスクロスもはえーっ、という顔でその話を聞いていた。
「でも、リレイア殿。そうするとローアニエストの望むこととは、敵国から攻めて来られないようにすることなのですか?」
「はい。それが一番なのでしょう。心情的には」
「心情的には?」
「はい。国民の恐怖感を無くすのが表向きの大命題なのですが、本質的にはクリスクロスが言った魔素の枯渇が大問題なのですわ」
マルキャルトは納得したようだが難しい顔をしている。
それはそうだろう。
何を求められているかはわかったものの、そんな問題をどうやって解決すればいいのかわからないのだから。
しかし、ケータは何か期待しているようにリレイアを見る。
「でも、リレイア。そこまで言う、ってことは何か考えてる事があるんだろ?」
「はい。一応」
「その考えの中でアニエスさんたちに隠さなきゃならない話はある?」
「いいえ」
それを聞いて、ケータはクリスクロスとマルキャルトとうなづき合う。
「じゃあ、いいや。それはアニエスさんに話す時に僕らも一緒に聞くよ」
ケータはクリスクロスに結界と防音の魔法を解いてもらい、アニエスたちのところへ戻った。
ついにローアニエストの秘密を解き明かし、毎日実行されている根底魔方陣を打ち破りました。
しかし、そこで出てきたのはローアニエストの王族。
根底魔方陣を打ち破ったことについては問わないというものの相談を持ちかけられます。
これって結局、責任を取らされているのでは?
次回、『61話 公国の窮地を救うならば』 11/4 投稿予定です。




