57話 ケータが目覚めたならば
倒れていたケータが目覚めます。
何事もなかったように。
そして、神様が渡してくれた妙な魔道具に大ハマりします。
「ん、ああ、あれっ? 僕どうして寝てるんだ? クリスクロス、リレイア、マルキャルト、ポケッとしてどうした」
ケータは自分が倒れていたことも気付いておらず、心配そうに覗き込む3人をポカンとした顔で見る。
「どうもこうもありませんわ」
「どうもこうもねーよ」
「ケータ殿。心配しました」
……そして怒られる。
改めてリレイアから事情を聞いてケータはびっくりした。
まず、自分が倒れたこと。
そして、現神グラムゼアに助けてもらったこと。
依頼を受けたこと。
「3人には迷惑かけたなあ。体はもう大丈夫だ。それより、その『スラマーセルの瞳』って奴を僕にも見せてくれないか?」
「まだ、寝てたほうがいいんじゃねーか?」
「大丈夫だよ。それより、その魔道具出してよ」
「仕方ありませんわね」
クリスクロスは呆れ、マルキャルトと顔を見合わせた。
リレイアは処置なしという感じで手を広げた。
そして、魔道具『スラマーセルの瞳』をケータの前に置き魔法陣に触れて起動した。
「おっ、おおおー、これは凄い。素晴らしい。この人、すごいな。この楽器なんて言うんだ? この世界にDVDかBlu-ray……は流石にないか。リレイア作ってくれよ!」
「ケータ、そんなに興奮しないで下さい。この世界に電気も録音機もないんですのよ。たとえ作ったとしてもCDですらそうそう普及させることできませんよ。魔素を使って新たに音楽再生装置を作るにしても、まずはこの『スラマーセルの瞳』って魔道具を解析しなければいけませんもの。おそらく、音質・画質をアップすると必要な魔石が高価になって採算が取れなく成りますので、難しそうですわ」
それから、ケータはすぐに「見に行きたい」と言い出したがそれは3人が止めた。
見に行くとしたらまた別の国まで行くことになるからだ。
神グラムゼアに提案されたのでいずれ行くつもりではいたが、少なくとももう少し療養してからじゃないと心配だ。
だが、ケータは全然じっとしてはいなかった。
まず仕組みについてはリレイアに調べてもらい、この装置のプログラム部分は魔法陣にあることがわかった。
そして、魔石はその魔法陣に魔力を提供しているだけではなく、映像の記録媒体であるとわかったのだ。
「魔石がビデオメディアなのか! じゃあ、魔石を換えたら他のも見られるわけじゃない? 探しに行こう。どこ行けばいいんだ?」
「「「ダメです」」」
3人に止められた。
「また、いつ倒れるかわからないんですわよ!」
「ああもう、体調は大丈夫だから。わかった! じゃあ、このロブナント領だけ! それなら出かけてもいいだろう?」
結局3人は根負けして、ケータが別の町に行くことを許可した。
しかし、突然倒れられては大変と、リレイア、クリスクロス、マルキャルトの3人はケータについて行くことにしたのである。
そして、いくつかの演奏の映像が録画されている魔石を取得して、その魔石の由来や流通について調べ回ったところ、ある名人がいることがわかった。
その演奏者の名前はパメロ・キュレータ、彼の弾く楽器の名前はドルターラと言うらしい。
そこまでは突き止めたものの、残念ながらそれ以上の魔石は見つからなかった。
あまり流通していないらしく、ロブナント子爵に掛け合って、ホン・ワリャンの商人を通じてまで情報を求め回ったにもかかわらず。
「ケータ。グラムゼア・ランス事件の10倍ぐらい熱心ですのね」
「そんな皮肉聞きたくないね。それよりこの曲聴いて見ろよ! この演奏の切れ! 音の選び方ひとつとっても並はずれて凄いじゃないか」
「おいら、もうやだよ。何十回同じの繰り返し見てるんだよー」
「大丈夫だ。ソンから来た商人から三つも演奏映像の魔石買えたから」
「何が大丈夫なんだようぅ」
ただ、この『スラマーセルの瞳』には問題があった。
確かに、魔石を取り替えることで、別の映像を見ることができる。
魔石は動力であるとともに媒体でもあるのだが、これが非常に劣化しやすい。
見れば見るほど劣化すると言うことは、DVDやブルーレイではなくビデオテープのような媒体なのだ。
それに、魔道具から外した魔石は不安定で不用意に魔石に力を注ぐと映像情報が壊れてしまう。
魔石の中の映像は、魔力の再充填と保存状態の良し悪しによって劣化する。逆に再生中はほとんど劣化しないのだ。
これについては、専用の道具をリレイアが開発してくれた。
魔石は10個まで入る宝石箱のようなボックス内に配置できるようになっており、箱を閉めて上蓋の窪みに魔力補充用の魔石をおけば、中の情報を壊さずに動力としての魔力を充填できるのだ。
魔石の魔力を別の魔石から得る訳でクリスクロスはなんでそんなことをするのかわからなかった。
「おいらやケータが魔石に魔力を注ぐんじゃダメなのか?」
「はい。それでは一定に注ぐ魔力ことが難しいので。この魔力保存箱に魔石をセットすれば、中の魔石に平滑化した魔力を補填できますので」
「ヘイカツカ???」
クリスクロスは説明を聞いてもわからなかった。
「ああ、なるほど平滑化すればいいんだ。魔力の平滑化ってどうやるんだ? 電気なら大容量コンデンサだよな」
「なんでケータはそんなこと知ってるんですか?」
「あー、僕はオーディオもちょっと齧ってたんだ」
「なるほど」
ケータには、具体的に魔法で何をしているかはわからなかったものの、オーディオの電源の理屈に準えて納得したらしい。
「そうなったら、他の魔石も欲しいな。どこにあるかな。クルゼ王国でそういうものはどこの街が充実してる?」
異様にテンションの高いケータに、3人とも驚きを禁じ得ない。
実はケータは確かに音楽好きであったが、もう一つ蒐集家という側面があったのだ。
さらにオーディオマニア。
この媒体魔石集めは余程ケータの琴線に触れたらしい。
「そうだ。他の町でも売ってないか探しに行こう」
「ケータ、本当に大丈夫なのか?」
「もう、完全に治った」
クリスクロスは訝しげに聞いてくるが、もうマルキャルトとリレイアは諦めている。
言い出したら聴かないのだ。
それに、ロブナント領の町をいくつか回ってみたが、ケータの体調は確かに戻っているように見える。
「仕方がありません。ケータ殿。じゃあ、やはり情報の多い王都クルゼナントに行きますか?」
「いや、サマートに寄ってから行く。本当はムサ、ジャル・シャロウにも行って見たいんだけど」
「……サ、サマート……ですの?」
まさかその名前が出てくるとは……
リレイアは呆れていた。
もちろん、クリスクロスもマルキャルトも。
ケータが寄りたいと言っているサマートは、シュー・ジェラルドがいた胡散臭い商人が多い街だからだ。
グラムゼア・ランス事件で、シュー・ジェラルドが連れてきた冒険者のうち、スイズリーとジャムラス以外は全部この町の住人なのだ。
ケータにとって、このクルゼ王国で足を踏み入れたくない街No.1であるはずなのに……
いくら『スラマーセルの瞳』にセットするパメロが演奏した映像データの魔石が欲しいと言っても、見境がなさすぎではないか、と。
結局、ケータたちはクルゼ王国の主要都市を巡り、3週間もかけて媒体の魔石探しをした。
サマートでは見つけられず、クルゼナントで二つほど見つけて即購入した。
マルキャルトなどはケータが心配なのでついてはきたが、執念深く町の隅々まで魔石を求めて探し回るケータに付き合って疲労困憊の有様である。
ようやくロブナント領に帰ってきたら、ケータにとっての朗報があった。
なんとロブナント子爵がパメロの演奏の魔石を三つも持っていたのである。
一つは、ケータの購入したものとダブっていたが。
「これ、譲ってくれませんか」
「こいつぁあ、ダメだ。俺も気に入ってんだよ。見せてはやるが売ってはやれないなあ」
この魔石。なんとコピーができない。
リレイアに頼んで、コモン世界の56世紀の技術を使ってでも欲しいと言っていたのだが……
この時代の魔道士ができないのはともかく、リレイアでさえできないとは魔法は奥深いものらしい。
仕方ない。
とりあえず、見せてもらうことにしたが画像が良くなかった。音声も途切れがちになっているところがある。
「あまり状態が良くないですねー」
「仕方ねーだろ。見てるとだんだん劣化するんだよ。知り合いの魔法使い連中にも相談したんだが、直す方法に心当たりはなくてなあ」
ロブナント子爵は再生で劣化すると思い込んでいる。
まあ、一般的にはそう言う認識なんだろうな、と思う。
そこで、リレイアが発言した。
「リマスタリングしましょうか?」
「なんだ? そいつは」
怪訝な顔をするロブナント子爵にリレイアが説明する。
「魔石の情報の欠落を調査して再生音と画像を修復します」
ケータはあれっ、と言う顔している。疑問があるようだ。
「リレイア、そんなことできんの? コピーできないって言ってたじゃない」
「ええ、魔素の記録そのものについては、全体の生成はできませんでしたが部分的な修復はできますわ。解像度を擬似的に上げて、ダイナミックレンジも広げて、ノイズリダクションもかけておいたほうが……」
そこまでリレイアが言ったところで、ロブナント子爵がキレた。
「何言ってるかわかんねーよ!」
そりゃあ、ロブナント子爵にはちんぷんかんぷんである。
「……こちらの世界の言葉では、説明が難しいですわね。基本的なリマスタリングの方法についてはケータが詳しいですわ」
「あー、わかるけど僕も説明はできないな……おー、そうだ。リマスタリングの方法をどうのこうの言うより、ロブナント子爵と物とダブってる奴のリマスタリング前後で見比べてみれば一目瞭然じゃないかな」
「ええ、いい考えですわ。ケータの手持ちの魔石は全てリマスタリング済みですからね」
そこで、パメロの演奏を二つの魔石で聴き比べすることになった。
ケータはリレイア謹製『スラマーセルの瞳・改』を取り出した。
「ちょっと待て、なんだそれは。『スラマーセルの瞳』はそんな道具じゃねーぞ」
「ああ、これはリレイアが少し性能を上げた、いわば『スラマーセルの瞳・改』なんですよ」
「妖精のじょーちゃん。とんでもないことするな……」
ロブナント子爵は驚いた様子でリレイアの作った新型の再生魔道具を眺めている。
リレイアの『スラマーセルの瞳・改』は、リングが両脇についていて輪の大きさもひと回り大きい。
すなわちオリジナルはモノラルなのだが、改造バージョンはステレオで再生可能なのである。
これはリレイアが、魔石のリマスタリングをしている時にの音声情報が二つあることに気づいたことで実装された。
元の『スラマーセルの瞳』がモノラルの再生能力しかなかったが、この魔石媒体には元々ステレオで収録されていたのである。
まずはロブナント子爵の魔石を新型で再生。
所々、音が飛び、色が滲んで演奏する指の部分がぼやけている部分がある。
「いつもよりかなりよく見えるし音の迫力が違うな。この『すてれお』って奴で再生するとスゲーな」
ケータ達は悪い収録状態だと思っているが、ロブナント子爵にとってはこれでも上々のようである。
次に、同じ曲の魔石だが、ケータが持参したリレイアのリマスタリングバージョンで再生。
「なっ、なんだこれは! すげー綺麗じゃねーか。雑音も全然入らねぇ。音が外側まで広がってホールで聴いてるみたいだぜ」
ロブナント子爵は大層驚いている。
そして、考え事を始めた。
「むむむむむ。うーん、一つ相談なんだが」
ケータはロブナント子爵が切り出した話に「キタキター」と心の中で踊っていた。
「はっ、はい。なんでしょう?」
なるべく平静に応えたつもりのケータが心の中のいろいろがダダ漏れである。
「この『スラマーセルの瞳』をその新型に改造してもらえねーか。それとケータとダブってる曲をそのー『りますたりんぐ』て奴をやってもらいてぇ。そうしたら、ケータの持ってない魔石を二つくれてやらあ」
「そうしたら、持ってる魔石がなくなっちゃうのでは?」
「種類は3種類だが、予備を持ってんだよ。劣化しちまうからな」
ケータはリレイアを見る。
リレイアは処置無しという顔をしながらも頭を縦に振る。
「商談成立ですね」
ケータは嬉しそうに魔石を二つ受け取り、自分の部屋に帰って行った。
◇
翌日、ケータはロブナント子爵邸を訪れていた。
ケータは魔石を鑑賞するたびに、「行きたい、行きたい」と繰り返し、ついにローアニエストにドルターラの生演奏を聴きに行くことになったのだ。
まあ、神グラムゼアからローアニエストに言ってはどうかと言われていたし、こうなることは予想していた3人ではあったのだが、ケータがここまで入れ込むとは……
「今日、出立するつもりです」
「おー、そうか。それで、改造型の『スラマーセルの瞳』と『りますたりんぐ』とかをした魔石は……」
「はい。できてますよ」
「おおおお、そうか。そいつぁ、嬉しいなぁ……それで、申し訳ねぇが、もう一つ頼みがあるんだが……」
ロブナント子爵の頼みというのは、ケータの手持ちの魔石全部の映像が見たいと言うのだ。
「ほら、マルキャルトのじょーちゃんも次の依頼一緒にいくんだろ? そしたら依頼に関係する画像ぐらい見たいはずだろ?」
ロブナント子爵の圧が凄い。
マルキャルトはとりあえずコクコクとうなづく。
果たしてこの時ならぬパメロ・キュレータの演奏ビデオ鑑賞会は、その日一日続き、出立は翌日になったのだった。
「おはようございます。ケータ」
「おはよう。マルキャルト。鑑賞会で出立がずれちゃったな」
「いえ、確かにあれば素晴らしい演奏でしたよ。最初は興味なかったんですが、見入ってしまいました」
「そうだよなあ、特に僕が気に入っているのが2曲目の……」
いつまでもビデオの感想で盛り上がるケータ達に、リレイアが立ちはだかる。
「ケータ! 出立をもう一日伸ばしたいんですの?」
「はい、すいません……」
ケータはにわかに始まった感想会を打ち切り、食事を済ませるとロブナント子爵領を後にした。
ビデオのような機能を持つ魔道具『スラマーセルの瞳』。
ケータがハマったのは、その魔道具自体ではなく楽器、そしてその演奏者。
ドルターラというこの世界の楽器の名手を訪ねてローアニエストに行くつもりのようです。
次回、『58話 最初の村に辿り着けば』 10/25 投稿予定です。




