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55話 サジトワ山を目の当たりにすれば

 『ヘイセニアの殺戮』を知ったことにより、サジトワ山が見えるようになりました。

 

 ここで新たな事実が。

 倒すべき相手はジャムラスだと思っていたケータ達ですが……

 ケータ達はグラムゼアと共に、開けた場所にやってきた。


「ここだ……」

「ここって? この沢に何かあるんですか?」


 目の前にあるのは、水の流れと広い沢だ。

 沢の両側には山があるがそこに行くにはまだ距離がある。


「ここがサジトワ山なのだ」

「どの山です?」

「まだ、見えぬか……」


 見えない?


 奥の方に峠は見えるが、ここからはまだだいぶある。

 遠くに見えるだけなのに山に着いたとは言わないだろう。


 それなら、沢に沿って進むと見つかるのだろうか?

 いや、それは違う。

 実はもう山は目の前にある。


 山に近づくことを阻害している何かが、ケータの頭から沢の両岸に山があることを認識させないでいるのだ。

 そして、その山に延々と連なる異常な風景に。


「ああ、ここは秘匿されている。ケータにはまだ見えないだろう。意識も逸らされる。リレイア、其方には見えるのではないか?」

「はい。アルーダ様、私には見えます。この認識阻害の結界を破ることも……ええ、破ることもできると思います」

「ほう。もうそこまで魔法に干渉する技術が進んでいるか。だが、ちょっと待て」


 アルーダはリレイアを止めた。

 そこに現れたのはスイズリーだった。


「ここまで来やがったか。それじゃあ、ご褒美に俺がこの山の本当の姿を見せてやるよ。あんたがこの認識阻害の結界を破る必要はねぇよ。俺が解除してやっからよ。好きなだけ見るんだな。へへ」


 スイズリーが両手を広げると景色が一変した。


 ケータの目の前に大きな山が広がる。

 沢の隣が山であることに気づいたのだ。


 阻害していた何かから解放された今は、なぜこの山が見えなかったのかが不思議でならない。


 そして、その山は異常だった。

 山肌には断末魔の表情で倒れている、人、人、人。

 体を抉られているもの、手足のないもの、頭を潰されてるもの、延々と悲惨な光景が続いている。


 そこにあるのは大量の死体。

 もう何十年も前のものなのに、風化もせず今殺されたばかりのような死体だ。

 

 心が闇で満たされるように、魔素ではない凶悪な瘴気が押し寄せてきた。


「こ、これは……なんなんだ!……思念が流れ込んで……く……る……」

「ケータ!! いけません! ここから離れて!」


 リレイアは力場を発生させて防ごうとしたが、間に合わなかった。

 ケータはその瘴気を浴びて崩れ落ちるように倒れてしまう。


「ケータ! ケータ! 大丈夫ですか? 私にはこの瘴気、それほど危険には感じられませんのに。アルーダ様。どういうことなのでしょうか?」

「ああ。これは死んだ時の魂が行き場を失い、思念として固まってできたものだ。負の感情の塊と言える」

「うぅぅ、このような死体と悲惨な光景にはケータは耐えられません。ケータの命運がまた削られてしまいますわ! アルーダ様! ケータを助けて下さいませ!!」


 リレイアは血相を変えて、アルーダに頼み込む。


「ああ、このままではまずい」


 それに答えてアルーダはケータに暖かい波動を送った。

 周りの瘴気は後退し、ケータの血色が良くなる。

 そして、目を覚ました。


「ウグッ、はぁはぁはぁ……ウグゥゥ」


 だが、本調子ではない様だ。

 ケータは起きようとしたが、失敗して伏せってしまう。

 もう一度、呻いた後ようやく起き上がる。


「アルーダ様! ありがとうございます。けれど、今のバフをもう少し強めにお掛け願えないでしょうか?」


 リレイアはアルーダに神の波動をさらに掛けてもらうように頼んだ。

 だが、ケータは。


「いや、リレイア。僕は大丈夫だ……つぅぅぅ……多少はしんどいけど」


 リレイアを制し、アルーダの手を借りなくて良いと言った。


「アルーダ様! ケータをもう少し……」

「いや、リレイアよ。これまでだ。其方もわかっておるだろう。これ以上の干渉はかえって良くない。それに、ケータはもう少し負の感情に耐えられるようになる必要がある。必要なのは治療だけでなく、ケータ自身が強くなることなのだ。体だけでなく心の面でもな」

「そんな……」


 リレイアはアルーダに必死に訴えるが、それをケータが止める。


「大丈夫だ、リレイア。もう、この瘴気には負けないさ」

「ケータ……」


 なおも、ケータを心配そうに覗き込むリレイア。


「大丈夫だ。確かにこれは人に害がある負の感情であるが、ケータとは何も関係のない。ルルカの神の干渉によるものとは比べ物にならない。これくらいのことにケータが打ち勝てないようであれば、このアルファニア世界を救うことなど到底できない」

「わ、わかりました……」


 リレイアは手を震わせながら、アルーダの言葉を飲み込んだ。

 ケータもなんとか立ち上がる。

 そして、アルーダに尋ねた。


「この惨状は一体なんなのでしょうか? ヘイセニアの町の住人の死体ではありませんよね?」


 するとグラムゼアが。


「それは私から答えよう。これは『ヘイセニアの殺戮』を引き金にして起きてしまったもう一つの悲劇なのだ。そして、これは私の罪であるとも言える……」

「「!!」」


 呆然とするケータに説明を始めた。


「『ヘイセニアの殺戮』で町は壊滅した。だが、町の近くで巻き込まれた怪我人にはまだ助けられるものもいて、私はとにかく救える命をこの世界に繋ぎ止めるために走り回っていた。その治療の間、このサジトワ山も気になってはいたが、離れたとしても何か異変があればすぐに気付くことができるので、たとえ復讐にくる者達が押し寄せたとしてもすぐに帰れば大丈夫と踏んでいた」


 そこまで言うとグラムゼアは山を見上げた。


「だが、実際にはホン・ワリャンの政府から討伐隊が派遣されていた。ヘイセニアとこのサジトワ山の事件は同時に起きていたのだ。グラーム教の信者が皆殺しに遭うまでそれに気づくことができなかった……」

「なぜですの。現神となりその力が制限されていたとしても、この地で起きたことを探知することは可能だったのでは……」


 リレイアが尋ねると、グラムゼアは声を震わせて答えた。


「気が付かないように情報伝達を遮断されたんだ。私はここで信徒が襲われていることも殺されていることも何一つ知ることができなかった」

「そんな! 人の魔力や妖精、私のような存在だとしてもそんなことできないはずでは……」

「ああ、だからそれを行えるのは神のみだ」

「……スイズリー……なのですね?」

「……ああ……」


 僕はスイズリーに向き直ると言った。


「なぜなんだ! お前はグラムゼア様を慕っていたんじゃないのか?」

「おう。そうだ。私はグラムゼア様を敬愛していたよ。そして敬愛するグラムゼア様に頼り、他教徒の横暴を許しているグラムゼア教の信者がとてつもなく憎かった。だから、この山がなくなればいいと思った。グラムゼア様の情報伝達をちょっとだけずらして隣の山の情報を渡した。このサジトワ山は隣のクレトワ山と兄弟のような関係で波動も似ているから、流石のグラムゼア様も気がつかなかったのさ。あとは、政府の連中をサジトワ山の洞窟まで案内して、そこにいる信者を皆殺しにするのを見てたった訳だ」

「そんなことをして、グラムゼア様が喜ぶと思っているのか?」

「喜ばねぇだろうな。だが、もうそんなことはどうだって良かったんだよ。グラムゼア様が信徒連中に施しをしているうちに、神の力は失われていったんだ。俺はそれに耐えられなかった。こんな連中全部いなくなれば、グラムゼア様は力を取り戻せる。一時は悲しまれるだろうが、わかってくれるだろうと、な」


 グラムゼアはスイズリーを睨みつけていたが、怒りの感情を抑えて体の力を抜くと


「終わりにしよう。これが私の地上での最後の仕事だ。スイズリー。其方にも迷惑をかけた様だ。だがもうどうにもならない。其方には消滅してもらう。天界でも地上でも決して復活することは叶わん」

「わかった……。グラムゼア様がこの地上に降りることは反対でした。こうなることも覚悟の上です。ですが、グラムゼア様はどうするおつもりですか?」


 スイズリーは突然、態度か変わり憑き物が落ちたように神妙に答え、最後にグラムゼアに問う。


「其方を消滅させた後は、私は天界に帰る。この地上に二度と戻らないと約束しよう」

「ありがとうございます。希望通りです……が、最後に一つだけ」


 そこで、神妙に頭を下げたはずのスイズリーの口元にニヤリとした笑いが見え、同時に刃物を持った男が飛び出してくる。

 まっすぐケータに向かっていくが、誰もその動きについていけてない。

 どうして気づかなかったのか?

 神もリレイアもいるのに。


 だが、その刃はケータに届かなかった。

 その土壇場で飛び込んできたのは、なんとジャムラス!


 ジャムラスは自分が切り裂かれるのを承知で体を投げ出した。

 クリスクロスが刃物を持った男を魔法で葬った。


「ジャムラス!!」

「あ、ああ……グラムゼア……様……別に……ケータなんざあ……助ける気はなかったんですが……ね。ここで恩を売っておきゃあ……最後のお願いくらい……聞いていただけるんじゃ……ねーかと……」

「しっかりしろ! 最後の願いとはなんだ! 聞いてやる! 聞いてやるから、気を強く持つんだ!」

「そうですかい……じゃあ、帰らねぇで……ください……この山の連中にゃあ……グラムゼア様は……必……要……」


 そこまで言うとジャムラスは事切れた。

 スイズリーの隠蔽工作により、刃物を持った男を認識できなかったが、ジャムラスが身を挺して守ったことでケータは救われた。


「失敗したか。俺のような下っ端じゃあ神だなんて言っても大したことねーからな」


 スイズリーが自虐とも言えるセリフを吐いた。


「スイズリー。其方は……もう、いい……滅びよ」


 グラムゼアはスイズリーに断罪の神罰を下す。

 スイズリーは満足げに笑いながら空気に溶けるように消えていった。 


「アルーダ様、グラムゼア様、全能の神様の力でもジャムラスを救ってやれないんですか?」

「ああ、耳の痛い話だな。ルルカから聞いてはいないのか? 主神と言えども決して全能ではない。死んだ命を蘇らせることはできんのだ」

「ですが、まだこのジャムラスは息があります。死ぬ前であるならば……」

「無理だ。コモンにいた時の其方と同じくな。其奴にはもう命運が残っておらん。最後の行動は尊いとは思うが、神の技を持ってしても救うことはできん」


 項垂れた僕の肩にリレイアが降りてきた。


「ケータ。人には命運があります。この男の命運は今、尽きたのです。私にはわかります。何度も命運が尽きかけていたケータの側にいましたから」

「そうか……それで、僕を殺そうとした男は?」

「あれは他教の狂信者です。ケータをグラーム教の信者だと思っていたようですね」


 それから、僕らは山を降りた。

 グラムゼアとアルーダはこの山に残る死体とジャムラスの供養をした。

 死んでも魂は救われるそうだ。

 それが幸福なのかはケータにはわからないが。


 グラムゼアは、ジャムラスとの最後の約束を守り地上に止まることになった。

 ただ、もう宗教活動は真っ平だと言って、この山を閉じることにしたらしい。


「それで、グラムゼア。其方はこれからどうする」

「アルーダ様。まだ、何も決めておりません。ですが、ジャムラスとの最後の約束です。この地上に留まりたいと思います。まだ、何ができるかはわかりませんが……」

「んー。そうか。では、私から頼みたいことがある」

「はっ、なんでしょうか?」

「ケータ達に協力してもらえないか。私も時々、ケータ達の様子を見てはいるがこのままずっとと言う訳にもいかない。そこでクリスクロスを介し、ケータと連絡を取り合って欲しい。そして何かあれば私に報告してもらいたいのだ」

「仰せのままに」


 グラムゼアとケータ達は、ワートコートの町まで戻り宿を取った。

 グラムゼアは神の力を取り戻していたが、神威を抑え見た目も変えていたため、町の誰からも神様だと気づかれることはなかった。

 部屋に入るとリレイアが隠蔽と意識誘導を行い、宿の人間がこの部屋に近づくことがないようにしていた。

 さらに宿の内外に魔法使いがいたとしても探索も盗聴もされないように亜空間処理をしていた。


「ここは広いな。これが君らのいた世界の結界というわけだな」

「いえ、グラムゼア様。これはAIが使う科学技術であって結界とは異なります。あっ、ちなみにコモンでも神様は普通に結界を使います」

「なるほど、それはそうか。まあ、ここが安全なのはわかった。もうすでに知っていると思うが『ヘイセニアの殺戮』の一連の事件についてとこれからのことを話し合おう」


 ホン・ワリャン共和国を揺るがし、封印されていた大事件『ヘイセニアの殺戮』に全てケリがついた。


 だが、疑問は残る。

 なぜ、神スイズリーはそこまでグラーム教を憎んでいたのか。

 他教徒を扇動して、信徒を皆殺しにするほどに。


 だとしても何かが引っかかる。

 ケータはスリズリーの怒りの矛先がグラーム教徒だけに向けた物には思えなかったのだ。


 ワートコートの宿屋の一室で、グラムゼアは語り出した。

 ケータ達が知らない事情と今後のグラムゼア自身について。


 ロブナント領の魔の森ではジャムラスの手下だと思っていたスイズリーが本当の敵でした。

 しかも、グラムゼアに仕えていた神だったとは。


 そして、全ての事件が解決した後、ケータが倒れてしまいます。


 次回、『56話 ケータが倒れたならば』 10/18 投稿予定です。

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