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6話 退社した先輩の姿を知るならば

6話になります。


慶太が会社を辞めることになった経緯が語られます。

そして、会社で慶太がどういう立場にあったのかも。


お楽しみ下さい。

 僕は床川裕人(とこがわひろと)

 新エネルギーの研究調査企業SFEHに去年入社した。


 先日、会社の先輩である来栖川さんが退社された。

 そして、来栖川さんは……いや、その事は後で語ろう。


 来栖川さんは、当初解雇(かいこ)だったらしいが、後から自主退社扱いに変更された。


 僕自身、気づいてはいなかったけど、 随分(ずいぶん)と目をかけてもらっていたようだ。

 目をかけてもらっていて『ようだ』もないとは思うけれど、表立(おもてだ)って助けられたわけではないし、社内の重要人物というわけでもなかった。

 むしろ、影が薄い、いてもいなくてもわからないような人だったと思う。

 あの事件が起こるまでは。


 僕はミスをした。

 営業職で、しかもこの難しい時期にお客さんをしくじるのは確かに致命的(ちめいてき)だった。

 それは、初めて大事な客先の前で主解説員としてプレゼンを任された時だった。


熱効率(ねつこうりつ)の上昇が見込まれ……」


 と言ったところで客先の一人に(さえぎ)られた。


「一般にこの方式においての上昇率から逸脱(いつだつ)しているのだが」


 その熱効率の良さこそがウチの会社の『売り』だったので、うまくやれば今回のプレゼンでのアピールは大成功となるはずだった。

 だが、僕は解説の付箋が()がれていて言葉に詰まり、一瞬で頭が真っ白になった。

 (あわ)てて資料を開くも、該当箇所(がいとうかしょ)見誤(みあやま)ってしまい、違うデータを読み上げてしまった。

 そこにさらに指摘(してき)が入る。


「そんなはずはあるまい。計算式と実証試験(じっしょうしけん)からこの値を(みちび)いたと言うなら、まず、この熱変換効率(ねつへんかんこうりつ)の一般的な公式を言って見たまえ」


 やってしまった。

 真っ白になったのもあるがそもそも文系の僕は、プレゼン資料の計算式を頭から理解などできていなかったのである。


 客からプレゼンの中止が言い渡され、後日うちの会社の役員が総出で平謝(ひらあやま)りに行った話を聞いて「終わった」と思った。

 このミスで僕はクビにはならないまでも、しばらくはプロジェクトのメインとは程遠(ほどとお)い仕事をさせられると落胆(らくたん)していた。

 その時の気持ちは複雑で「そこまで(ひど)い罰は受けない」という楽観と「いつかは取り返してやる」という思いが渦巻(うずま)いていた。


 今になってみると、それほど仕事に打ち込む会社人間ではないし、向かないのであればこの会社をやめたっていいとさえ思っている。


 でも、あの事件のその時までは希望に燃えてたんだな。


 僕がこの会社に(あこが)れたのは、世間を騒がしたあの発言「太陽光パネルには未来がない」というSFEH現社長福地の一言からだった。

 この一言は世間で注目され、大変な反響があった。

 元々太陽光パネルの販売会社が自社の製品の産業全体の価値を否定したんだから。

 当然、同業他社からの反発は大きく、特にライバル会社からの 糾弾(きょうだん)は激しかった。

 

 それに対し、福地社長はライバル会社の業績(ぎょうせき)の悪化を次々に予言した。

 これによりさらに悪評(あくひょう)()びせられ、太陽光パネルの売上はほぼゼロに落ち、SFEHの株価は一気に下がった。

 だが、登記上は持株会社と太陽光パネルの販売事業となっていたが、実際には研究部門の立ち上げのため旧事業は既に縮小予定だったので、収支のマイナス分は想定内であった。


 果たして一年後、ライバル会社の業績は次々に悪化した。

 そしてその下げ幅は、福地社長の予言した数値にかなり近いものだったと聞いている。

 これにより福地社長は「先見(せんけん)(めい)あり」と持ち上げられ、(とき)の人となる。

 実際は、自社の暗い先行きからライバル会社の業績が類推(るいすい)できただけなんだけど。


 しかし、この気を逃さず、SFEHは次世代エネルギー産業の調査とコンサルティングの会社として再出発することを大々的に発表。

 太陽光、風力どちらの発電でもコストとメンテナンス、自然現象による不安定要因などの問題点を嫌と言うほど味わっていた社員たちは同時に原子力や火力発電などの公害問題を殊更大きく取り上げて、今まで自社のエネルギーをクリーンであると対比して売ってきた。

 それをノウハウにしてエネルギー資源を扱う会社には、どれくらいの開発力、バックボーン、伸び代があるかを計算する。

 投資家には先行きが明るい会社を紹介し、エネルギー資源を扱う会社には手を結ぶべき研究機関やパトロンとなる企業を紹介していった。


 人の上前を跳ねているだけという奴もいたけど、将来的に成長する企業だと思ったし、『最先端(さいせんたん)の仕事』をやれてると自負していた。

 『人の役に立って、しかもそれで目立って社会的に上位の立場になれる』とか何とか、いろいろと。

 つまり『上昇志向』といえば聞こえはいいけれど、見栄(みえ)が張れて、成り上がりたいだけだったんだと思う。


 それがダメになってしまった。


 大きなミスであったけど、ミスした直後はそこまで大事になるとは思ってなかったんだ。

 だから、同僚からこの会社には居られなくなるかもしれないと聞いた時、目の前が真っ暗になった。

 出世は遠のいたとは思ったが、まさか進退問題(しんたいもんだい)にまでなるとは……


 そこで助けてくれたのが来栖川さんだった。

 来栖川さんは課長に掛け合い、ミスはミスでもこれぐらいは許容(きょよう)しないと若い人が育たないと言ってくれた。


 それがあんなことになるなんて。


 話は日に日に大ごとになり、上層部に伝わり来栖川さんは部長に呼び出された。

 そこで、来栖川さんは言ったらしい。


 『誰にでもチャンスがある』と文系でも理系でも広く募集しておきながら、実際には理系のエキスパート以外は冷たく(あつか)われる』と。

 それに『研修』と称していろんな社内講座を開くけれど、理論書を机の上に山積みするだけの形だけの研修会では、理解できないと言ったらしい。 

 さらにその『研修』では質問してもロクに答えてもらえないばかりか、できないと言えば『覚えないと仕事がない』と(おど)されるだけであること。

 文系で入った人間に基礎物理学から量子力学まで一通りマスターするなんて簡単にできることじゃない、と。


 それと後でわかったことだけど、理系の研究肌の人間も営業で駆り出されて、お客さんに突然話をしなければならない状況で失敗すると酷いことになっていたらしい。

 そんなことがあってからは、基本的な営業の研修を理系の人間にも受けさせることになったらしいんだけど、うまく人とコミュニケーション取れない研究肌(けんきゅうはだ)の人間をクズ呼ばわりしていたとか。

 文系の人間は、理系の人間に理屈では勝てないので脅威(きょうい)に感じていたからなのであるが、そういう感情の行き違いやもつれなども会社が上から与えるプレッシャーによるものが大きい。


 そんなことまで来栖川さんは全部部長に言ったらしい。

 短期間で詰め込まれて基本的に覚えることが多すぎると。

 間違えちゃいけないことが、10や20なら()(かく)、1,000も2,000もあると。

 それを一つ間違えたからと言って大きなミスと言われてはやってられないでしょう、とそう言ったんだとか。


 そりゃあね。

 みんな思ってはいたけれど、口にするのはタブーだった。

 新入社員でさえそれを言ったら何が起こるかもみんなわかっていた。

 即座(そくざ)に首になるか、または閑職(かんしょく)薄給(はっきゅう)アルバイト扱いになって反省の色が見えれば半年後ぐらいにやっと正社員に戻れるかどうか。

 来栖川さんのように長く会社にいる人がそれを言ったらどうなるかなんて考えられない。


 結果は最悪だった。


 『会社に不利益(ふりえき)な行動を取った(とが)』での懲戒解雇(ちょうかいかいこ)だ。

 相当上の方から圧力があったらしく人事課でも労組でも抵抗することができなかった。

 退職金も出ない状態で来栖川さんは会社を追い出されてしまったのだ。


 僕は当然負い目があったし助けたいとも思ったが同僚(どうりょう)に止められた。

 ここで逆らえばお前もだぞ、と。

 せっかくチャラになったのだからお前はこの件に首を突っ込むな、と。


 その後、全ては来栖川さんのせいで僕は助かった。

 来栖川さんの指導方法が悪かったせいで僕がミスを(おか)したことになっていた。

 おかげで僕に対する(ばつ)はほとんどなくなっていたのだ。


 正直ホッとしたのだが、改めて考えてみると来栖川さんのこの会社の中の立ち位置ってどうだったのかな、と思う。

 今回の件がなかったら、おそらくチーム内で一番意識しないメンバーだった。

 ただ、いなくなってみると周りに気を(つか)っている人なのだろうとわかってきた。


 年配のおじさんとベテランの女性社員が給湯室で来栖川さんの解雇について怒っていたのを見た。

 その時に2人が話していたのは、辞めそうな社員がいると必ず裏で救うために動いてたのは来栖川さんだったらしい。

 まあ、会社での地位の低い来栖川さんでは、辞めるのを引き止める成功率は低かった、とも言っていた。


 辞めそうな人に直接話して(さと)したり(いさ)めたりするようなタイプではなかったので、辞めた人は裏で動いてくれていたことにも気がつかない、というのは来栖川さんらしいと思う。


 来栖川さんは特段(とくだん)優秀ではなかったし『この会社に絶対必要な人』というわけでもなかった。

 けれど辞めるべき人ではなかったと思う。


 今は、来栖川さんが残れないようなこの会社にちょっと愛想尽(あいそうつ)かしかけている自分がいる。

 でも、ペナルティなく会社に残れたことを喜んでる自分がちょっと情けないなとも思う。


 僕はあんまりこういうことを思わないんだけれど、なぜか来栖川さんだけは別の会社で元気にやって欲しいと願ったりしていた。


 けれど。


 それから数日後、来栖川さんが突然亡くなられた、と連絡があった。

 若い同僚たちは通夜も葬式も行かないと言っていた。


 僕は行く。

 行くのは来栖川さんと付き合いのあった年配の何人かと……若いのも何人か、女の子もいるな……よく見ると会社ではしんどい思いをしているメンバーばかりじゃないか。


 そうか、そういう人だったのか、来栖川さんは。

 どうでしたでしょうか?


 この6話は当初はなかったのですが、未来に行くきっかけについてもう少し説明しておきたかったことと、周りの人たちが慶太をどう思うかを書きたかったので、加えたパートです。


 一回緩みましたが、次こそ未来の生活が始まります。


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