53話 「ヘイセニアの殺戮」の悲劇を知るならば
酒場で酔い潰れた老人を介抱したケータ。
その老人からグラーム教のこと、「ヘイセニアの殺戮」のことについて聞き出します。
ケータはゾバートの町で酔い潰れた老人アルザントを介抱していた。
老人は『ヘイセニアの殺戮』と言われる事件について語り始めた。
ゾバーティフ氏領の町ワートコート。
そこから丸一日東に歩いていくと廃村がある。
村の北部には池があるのだがこれは自然にできたものではない。
かつてヘイセニアと言われた町があったところだ。
ここで今から25年前に『ヘイセニアの殺戮』と言われる事件があったのだ。
事の起こりは、グラーム教の信者がヘイセニアの他教信者に絡まれ、町のよくない連中の狡猾な扇動計画によって町全体から疎まれ始めたことだ。
彼らはグラーム教を口々に悪く言い始めた。
グラーム教は役に立たない。なぜなら一番近くの町であるヘイセニアが少しも栄えていない。
グラーム教は邪教だ。なぜなら、グラーム教に神官はいない。治癒魔法を使える信徒もいない。
グラムゼア自身も神かどうか怪しい。なぜなら、どれほど悪様に言われても神罰を落とすことができないから。
確かに現神グラムゼアは何もしなかった。
神は正しい道を説くことはあっても、人々に恩恵だけを与えるだけのものでなかったから。
特権になりやすい治癒の聖属性魔法も信者に教えなかった。
現神グラムゼアは他教と争うことを禁じた。
攻撃魔法を教えなかったのもそのためだ。
その考えの根底には、全ての人間は愛すべき存在であり、悪いのは罪であり人間ではないと信じていたから。
しかし、グラーム教の信者は平静ではいられなかった。
自分達の崇める神をバカにされ、嫌がらせは日増しにエスカレートし、ついに信徒同士の大きな衝突が起きた。
ヘイセニアの町で窃盗が発生し、犯人はグラーム教の教徒だと騒がれ捕らえられた。
完全な濡れ衣であったのだが、グラーム教を陥れようとする首謀者は神グラムゼアの指図であるというでっちあげの証拠を突きつけたのだ。
それに怒ったグラーム教徒は、他教の信者を殴り強引に捕らえられた仲間を救出した。
小競り合いが続き、騒ぎが大きくなると人数に勝る他教の信徒にグラーム教の信者は押し込まれるようになった。
そのことを遥か遠くの山の中にいるはずのグラムゼア神は察知した。
信者の心が激しく動く時、それは教祖である神の知ることができるからだ。
信徒の我慢はすでに限界に達している。
グラムゼアは信徒に攻撃のための魔法を教えてはいないが、攻撃に転用できる魔法はあるのだ。
このままでは教えた魔法を使って反撃する信徒が出てくるかもしれない。
そう思った時点でグラムゼアはすぐに暴発しそうな信徒の魔力を奪い、他教とのいざこざを収めるつもりだった。
だが、悔しさに耐えてきた信者は魔法を唱えようとした。
そして、その時他教の信徒が叫んだ!
「おい、こいつは攻撃魔法を使おうとしているぞ!」
それをみた剣士が、グラーム教の信徒を袈裟斬りにした。
「グラッ、ウガァァァ……グラム……ゼア……さま……」
切られた信者はそのまま倒れ伏す。
それを見たグラーム教の信者は全員が怒りに燃えて呪文を唱えた。
グラムゼアは怒りの波動を抑えようとしたが、とてもその場にいた全信者の魔力を抑えることはできない。
「グラムゼア・ランス!」
その憎しみは、グラムゼア神の魔力奪取を跳ね除けて発動した。
本来はそれすらもできないはずなのに、グラムゼア神の力を跳ね除けたのは何だったのか?
確かにグラムゼアに魔力の発動を抑えられたものは魔法を放つことはできなかった。
だが、何かの力でそれを跳ね除けた者達の発動した魔法は発動できなかった者の魔素までも吸い上げ、その全てを魔力として解放した。
6人分の魔力から6倍の魔力で放射状に光の槍が降り注ぐと、全ての人間が無条件殺戮に晒されることになった。
そしてその憎しみは、通常着弾ととも消え失せるはずの輝きを保ち続けた。
「ギャーーーー、痛い痛い痛い。俺の手がない。ないんだ」
「ゲフッ、く、苦しい」
「狂っている。グラーム教の奴らは狂っている! グッッッ、ガァぁぁぁ」
叫び声と怒声が1分ほど続き、荒れ狂う光と共にそれも無くなっていく。
最後に光同士がぶつかった時、グラムゼア・ランスの魔力がありえない規模で全解放された。
ドドドド、カーーー、ズズン。
最初に重い地響き、続いて空中に響く甲高い魔力音。最後に絶望の大地の悲鳴。
後にはもう町はなかった。
建物も人も何も残っていない。
地面は大きく抉り取られ、まるでカルデラ湖のような窪みがあるだけだった。
町の中にいたものは、そこまでしか知らない。
なぜなら、全員が死に絶えたからだ。
それから後のことは周辺の村人しか知らない。
そして、この悲劇は人の心に耐え難い傷を植え付けた。
死の間際のグラムゼア信者の怒りと殺されたヘイセニアの住民の断末魔が思念として焼きついたのだ。
近くにあったたった一つの村の住人は、あまりの光と轟音に恐れをなして近づきもしない。
だが、一日たち二日たち、村人たちはヘイセニアに行ってみると、あったはずの隣の町には大きな穴と体がバラバラになり、酷い形相で死んでいる死体の山を見ることになった。
それを見たものは夜な夜な悪夢に苛まれ、ある者は自ら命を経ち、ある者は全て忘れるために村を捨て、ある者は世捨て人になった。
たとえ、その光景を見ていなくとも、村で手に入らない生活物資が運ばれてくるヘイセニアがなくなれば、どの道生活は立ち行かない。
もともと寄り付く人もおらず、人が減り続けた村はあっという間に廃村になった。
今ではグラムゼア教があった山の位置もわからず、近くに村もない。
そして誰もこの村を語るものはいなくなったのであった。
◇
グラーム教の終焉の話を聞いていた時に、なぜかリレイアが首を捻っている。
リレイアは姿を消してはいるものの、ケータにはその様子がわかる。
──何か腑に落ちないことでもあるのか
──はい。二つほど。
二つとは。
ケータも一つは予想がつくが。
──説明してくれる?
──まず、神様が封じた魔法をどうして起動することができるたのか。
そう。それについては、ケータも気づいていた。
──それは僕も思った。リレイアはその理由がわかるのか?
──わかりませんわ。いくら神が地に降りて現神となったことで力が落ちたと言っても、信者の力を封じることはできたはずだと思いますの。
リレイアにもわからないとすると、今は考えても仕方がない。
──わかった。それは後に回そう。で、腑に落ちないと言っていたもう一つとは?
──はい。神グラムゼアはなぜ主属性が聖である魔法を教えていなかったのかということです。
妙な言い方だとケータは思った。
──『主属性が聖である魔法』って、治癒魔法だろ? それなら、治癒魔法が金になるので利権が絡むのを避けたかったと言ってたじゃないか。
──それはそうですけれど、聖属性には治癒魔法以外にもありますわ。
そんなに気にすることだろうか?
──聖属性魔法は一律教えないつもりだったんだろう? いや、僕もグラーム教で教える魔法を全部知ってる分けじゃないし、グラムゼア・ランスも聖属性だけは使ってなかっただろ?
──使ってますわ。
ケータはうーんと考え。
──使ってた? 感じられなかったけど。
すると、クリスクロスが突っ込んでくる。
──おいらも気づいたぜ。そこに気づけないとは、ケータも魔法の修行やり直しだな。
──クリスクロス、うるさい! それより、リレイア、説明してくれよ。
──やれやれですの。まず、グラムゼア・ランスは火・水・土・風・光・闇の各属性が槍状に飛んでいきますが減衰することなく異常とも言える到達距離を持っていますわ。そこで気が付きませんか?
そこでケータは、この前の魔法の到達距離の話を思い出した。
──あー、そう言われると気になるな。レンジが長いだけじゃなくて対照属性があれだけ側にあるのによく干渉しないなあ……って、まさか!
──ようやく、気づかれましたね。そうです。見えない状態でしたが、聖属性は各属性の緩衝材として使われています。あの魔法は相対する属性の魔法の干渉を聖属性の消費し、攻撃対象の直前で使い果たします。その時、対消滅する魔法の変換エネルギーと最後に残す属性のエネルギーを決定して通常ではあり得ない規模の爆発を対象の弱点属性として行使します。また、聖属性は他の属性の魔法が消耗することからも守っています。通常、魔法は空中を進むうちにその何割かは消耗するため、距離に応じてかなりその威力が減衰するのですが、グラムゼア・ランスは射程が長く、魔法が飛んでいる状態においての減衰も他の魔法とは違ってほとんどありません。
やっとケータもグラムゼア・ランスの動作原理を理解する。
──そんなことしてたのか。見た目以上のすごい高等魔法じゃないか。しかし、なんでそんな物騒な魔法をグラムゼア神は信徒に教えてたんだろう。聞いている神様の人となりからは考えられないような気がするんだが。
──そうですね。これだけの高等魔法ですから取得できる人間は少なかったのです。そして、この魔法を教えた理由は元々攻撃のための魔法ではなかったと言うのが本当の理由です。
にわかには信じられない。
あの一撃で耐性のある小屋がバラバラになったのだ。
──あれほどの破壊力を持つ魔法が攻撃魔法ではない?
──はい。この山奥で暮らす人たちを支援するために授けた魔法だったんですの。気づきませんか?
これだけの山奥で暮らす人たちのための大出力魔法といえば、用途が限られる。
──あっ……そうか。鉱山か
そこでようやく合点がいった。
グラムゼア・ランスは鉱山の奥深くを安全に爆破するための発破がわりの魔法だったのだ。
この付近では農民・木こり・猟師などいろいろな仕事があるが、生活必需品はあまりにも遠くから商隊に運ばれてくるためとても高い。
それに見合う産業となるとどうしても鉱山の採掘に頼ることになる。
この辺の山はそれぞれ属性が異なるいろんな種類の鉱物を豊富に得られるのだが、同時に危険を伴う。
発掘のための発破の量を調整するのが難しいのだ。多すぎれば誘爆による事故が起きるし、少な過ぎれば地中深く到達することができない。
表層と深層で異なる魔素を含む場合は、発破の量と種類を細かく変えて何度も爆破する必要があった。
だが、それでは時間も手間もかかりすぎて採算が取れないという悪循環の繰り返しとなっていた。
地中奥深い場所のものほど高価であったため、一攫千金を狙うものが大きな発破を仕掛けて大爆発を起こし、生き埋めになる炭坑夫を見かねてグラムゼア神は貧しいこの付近の民のために、鉱山にあった属性の爆破のみを行うための魔法を教えていたのだ。
爆発までの距離がコントロールできて、途中でトンネルに接触しても誤爆の影響が少ない。
仮に対象の属性を間違えていたとしても、異なる属性には影響が少ないこの魔法はうってつけであったろう。
それが悲劇を生んだ原因になった。それがグラムゼア神の深い慟哭となった。
ケータは、ようやく本当の旅の目的と本当に救わなければならない相手をようやく認識したのだった。
──そしてもう一つ、気にしなければいけない魔法があります。
──まだ、あるのかよ。
──グラム・サーチという魔法です。これも鉱山の調査のための魔法だったのですが、この魔法の特徴はとにかく他の魔法・他の物理物質に干渉しないことなんです。彼らはこの魔法を鉱山の調査のために、矢継ぎ早に打ち込んでいきます。魔法は坑道の内部に反射しまくり、奥へ奥へと進み遠く離れた外にまで、その内部を詳細に伝えます。また、幾分かは土の中にも入り込み、坑道の周りの地質や鉱脈の有無や規模、坑道の崩れ易さや鉄砲水、ガスなどの危険の探知もします。また、魔物や坑道内にいる人の様子もかなり克明に健康状態やその能力の概略までもわかります。
まあ、それはそうだろう。
坑道が危険かどうかを知る必要があるが、同時に危険な場所に残っている人がいるかどうかも重要だ。
──それっ、使いようによっちゃあ……
──そうです。グラム・サーチは悪用されると非常に危険なんです。自分が見つけられる可能性を知りたいときや逆に相手の様子を探りたい時にレーダーや敵探知に使われるとほとんど無敵です。こちらからは察知できないのに、向こうからはこちらが丸裸になってしまいます。
敵対するとなると、こちらからは見つけられないほどの遠くから、相手に見つかってしまうということになる。
──どうすんだよ。それじゃあ、これから山に向かっても相手を見つけられないし、見つけた時には一方的に攻撃されるってことだろ。
──そうですわね。
リレイアの口調は焦っているようには聞こえない。
──そうですわね、って、涼しい顔して……あー、対策あるのか?
──当然ですわ。苦労しましたが、ソンの町で調べ物をしていただいているうちにヒントを見つけましたの。私も遊んでいたわけではありませんのよ。
自信がありそうだ。
──どういう仕組みなんだ。
──それが、いささか込み入ってまして、この事件が解決したらじっくり説明いたしますわ。別に隠すつもりもありませんもの。ただ、グラム・サーチの探知網をくぐり抜けることはできますし、グラム・サーチが打たれた時に察知が可能になってますので安心していただいて良いですわ。
口ぶりから心配なさそうだと判断し、ケータはリレイアに任せることにした。
ケータ達はそれから廃村に赴き、数日間キャンプをしてグラム・サーチの痕跡を掴むことに成功した。
明日、この悲劇の鎖を断ち切る。
いよいよケータ達は、グラーム教の信徒がいた山に向かいます。
次回、『54話 ジャミラスとの戦いに不穏な影が差すならば』 10/11 投稿予定です。




