45話 討伐隊が森の奥に向かえば
いよいよ討伐隊が魔の森に入ります。
村人たちに危害を加えられることが一番の心配。
そして、魔の森にケータ達が施した細工がバレるのも困ります。
「旦那、足手纏いなんか、なんで雇ったんですかい」
魔の森に向かう馬上で、王都から来た冒険者の1人が、ジェラルドに媚びるようなしかし卑屈な笑いを浮かべながら尋ねた。
「よせっ、ボルガ。私のことは隊長と呼べと何度も言っただろう」
「ヘイヘイ。わかりやしたよ。ジェラルド隊長様」
「ったく! しかし、まだなのか。オイ、そこの農民、魔の森はこっちで間違ってないのか? まだ付かないのか?」
そこで呼びかけられたのは農夫ラーダの息子キルトである。
「もうすぐですけんど、今日はこの辺の村に泊まって行った方がいいですだ」
「ふん、そうか」
今回のルートは、ロブナントからほぼ西に6kmのところにある農村ソラノ村を経由していく。
これは、ケータがロブナント子爵に事前に伝えたルートである。
ジェラルドはキルトの意見を取り入れ、一行はケータが住んでいるソラノ村に一泊した。
ジェラルドたちが村の家に入ったのを確認して、共に魔の森に向かう討伐隊に合流する衛兵2人が後を付けていたケータに挨拶をした。
「ロブナント子爵領中央衛兵隊のギドーニです。ケータ殿については領主様よりお聞きしております。よろしくお願いします」
一人は子爵が監視のために送ってくれた子爵領衛兵隊員だった。
そして、もう一人は……
「お久しぶりです。ケータ殿」
なんと王都の北の砦にいるはずのマルキャルトだった。
「あれっ? 修行中だったはずじゃあ……」
「ええ、そうだったんですけど、ロブナント子爵が『ケータがオレの領地で何か面白いことするらしいぞ、参加するか?』とおっしゃるので『はい』と即答して駆けつけたんです。ロブナント子爵領の衛兵として参加します」
ケータは思わぬ援軍が来たので、翌日に向けて作戦を変更するのだった。
◇
翌日は、朝早くから行動を開始していた。
討伐隊は農村を抜けてもう森まで1kmを切っている。
目の前には鬱蒼とした森が広がっていた。
森の中には狭いがなんとか馬が通れる道があった。
そのまま進めばローランカルー川の支流にぶつかるが、橋があるためそのまま馬で突っ切ることができる。
ただ、農民が普段この森に入るのはそこまでで、橋を渡って奥まではいかない。
瘴気が濃くなり危険な大型魔獣が出るからである。
今回は森の最深部まで進むことになっており、昔使われていた古い山小屋が目的地である。
ここまで入り込むのは地元のマタギや狩人でも憚られるが、今回は冒険者が道中で出た魔物の討伐を約束しているため、農民たちもそこまでの案内を了承した。
山小屋の先は山脈になっているが、逆に瘴気は薄くなっているらしい。
確認したものはいないが、もし山に瘴気が満ちていれば農村まで何らかの影響が出ているはずであるし、山肌の木々が魔素により変質していないことからほぼ間違いないと言われている。
当初、ジェラルドが考えていたのは、領都ロブナントではなくパリエラの町で農民を集め、そこから南東に伸びている街道沿いに12km進んだところにあるトラムルの町から行く予定だった。
このコースなら街道を走れるため、馬を使えば最速で森まで到達できる。
だが、パリエラで農民たちが集まらなかったことと、領都で子爵に謁見する必要が生じたため、その方法は取れなかった。
そうこうしているうちに森に到着した。
これから森の捜索に入る前に、ロブナント子爵が寄越してくれた衛兵のギドーニがジェラルドに言った。
「我が領のことについては熟知しております。ご安心召され。魔の森に行くのに迷うことなどありません」
「いえ、心配などしておりませんぞ。わざわざ子爵様から精鋭をお貸し頂いたわけですからな。ワハハハハ」
嫌味と丸わかりのそんなセリフを吐いてジェラルドは馬を急がせた。
ケータは、マルキャルトがいることで作戦を少し変更していた。
当初は、チーム分けの際に衛兵のギドーニを最も危険なジャミラスに付ける予定だった。
ところが、マルキャルトが来てくれたので、ギドーニはジェラルドのチームに割り当てを変更。
最もジェラルドが割り当てを勝手に割り当てるようであれば、この計画は崩れるのであるが。
それでも取れる対策は何でもしておく必要がある。
ケータはジェラルドを信用していないのだ。
特にケータが最も不可解だと感じていたのは、何のために農民を連れて魔の森を向かったかということだ。
略奪や強姦などを近隣の農村で働き、農民に罪を着せる可能性。
魔の森で、農民を魔物の犠牲にする可能性。
腹立ち紛れに農民を攻撃する可能性。
要するに、切り捨てられたりスケープゴードにされたりするのを気にしていた。
この不安がどうしても拭いきれず、ケータ自身ジャミラスの部隊に隠れて着いていくことにしたのである。
それと不意にピンチとなった時のために、ギドーニとキルトには目立たない極細の腕輪のような魔道具を渡した。
キルトの魔道具には布を巻き付けてあり金属部分が隠れるようにしてあるので、ボロいミサンガもどきみたいに見える。
値打ち物にはとても見えないので、珍しいと取り上げられることもない。
ギドーニは衛兵なので鎧籠手の中に隠れるので全く見つかる心配はない。
この魔道具の機能は二つ。
一つは中級までの魔法あるいは物理攻撃を3回まで防ぐ。
もう一つは音声を無線で飛ばす機能。
僕は約2km離れた位置から付かず離れず、追尾しており彼らの話をこの無線を傍聴することでもしもに対する備えとしていたのである。
ようやく魔の森に到着した一行は、早速木々の間に分け入り調査を開始することになった。
農民を先に案内させ、それに冒険者が付いていくという方法で6人の冒険者を2人ずつの3チームに分けて進んで行くらしい。
そこでリレイアが報告してきた。
——チーム分けは予定通りに行きました。ギドーニはジェラルドのチーム。キルトが入ったチームを率いてるのは小物のボルガですね。マルキャルトがいるのはジャムラスのチームです。
——ああ、うまくバラけたな。各チームに一人ずつ監視の目があるのは助かる。
特に気になるのはジャムラスのチームだ。
マルキャルトがいるなら、大抵のことには対処できるだろうがあの男は得体が知れない。
——こちらも、ジャムラスのチームを尾行しましょう。隠蔽は万全にします。
——うーん、当初はジェラルドを見張るつもりだったけど、マークすべきはジャムラスか。
ジェラルドのチームは農民を先導させて進んでいた。
突然鋭い鳴き声がした。
ジェラルドは銃の用意をしたが、小物と気付いて興味を失う。
処理は農夫にやらせるようだ。
「キキッ、キッ」
この辺には多く生息する一角リスだ。
毒もなく力も弱い。
だが、小さいといえども魔物である。
甘くみてはいけない。
一角リスは、秋の終わりに2週間だけ集中して繁殖期を迎える。
殺気だった一角リスが大量に集中して攻撃した場合、村民・農民は愚か武装した兵士でさえも防ぎ切れないのだ。
そのため、地元の農民や狩人が死亡する事件が年に2,3件発生している。
今はその時期ではないので、群れる心配はない。
単独で襲ってくるなら農民たちが自作した粗末なバックラーで十分いなすことができる。
バックラーは木製の盾に皮を貼り、鋲で止めた物だ。
さらに、皮の中央と左右に小さな羅鉄鋼の鉄板を付けている。
さして重さを増やさずに、貫通を防ぐ工夫がしてある。
このバックラーは鉄板で受けるなら、猛獣の一撃にも耐える。
鉄板がないところを突かれたら終わりであるが、そこは仕方がない。
まあ、一角リスぐらいならツノの部分で破られたとしても体全部が突き抜ける事はない。
この粗末なバックラーでも弾き返すことが可能であろう。
ましてこの近隣の農民たちは、この魔物に慣れていた。
補強した小さな鉄板をツノに合わせて貫通を防ぎ、盾が傷まないように気遣うほどの余裕があった。
ザクッ。
農民たちは手慣れたもので、ツノをバックラーで防ぐと農具の先には錐状の羅鉄鋼を仕込んだ簡易なヤリでひと突きした。
攻撃は一度きり、その十分な能力を発揮し魔物は四散した。
「ほう、小さいと言えど魔物を切り裂くか。羅鉄鋼とやらも捨てたものではないようだな」
ケータは衛兵が付けている魔道具の音声を傍聴しながら、どうやらジェラルドのチームは大丈夫そうだと胸を撫で下ろした。
しかし、不思議だ。
このクルゼ王国で羅鉄鋼を知らないものはいないはず。
となると、極最近に転生してきたか、あるいは別の国から流れてきてラビアシアに辿り着いたか、と言うことになる。
それについては、後で考えるとしてケータは別のチームの状況を観察することにした。
キルトくんがいるチームは、いかにも単細胞な脳筋2人組の冒険者が率いていたが、こちらも心配なさそうだ。
荒くれに見えたので農民に暴力を振るうなどの心配をしていたのだが、単細胞な冒険者は大したことがないらしく、農民が弱い魔物を打ち払うたびにビクッとしていてあとは任せきり。
防御も攻撃も農民に頼っている以上、農民に暴力を振るうことなどないだろう。
通る道も大型の魔獣が出ないコースだ。
問題はマルキャルトがいるジャミラスとスイズリーのチームだ。
リレイアのサポートもあり、危険を承知で認識阻害、光学迷彩、気配遮断のデジタル魔法を全て展開し、この2人組の冒険者の間近にいた。
ジャミラスは少し進んではふむ、と言い、農民よりスタスタと先にいってしまう。
マルキャルトも農民たちも最初から無視して気にしていない様子だ。
すると、突然、獣声が響いた。
グルル、シャーアアア。
大型獣に慣れない者なら、まるで目の前に黒い壁が現れたように感じたのだろう。
「ザ、ザムベアーだあああ」
農民が悲鳴を上げた。
大型の魔獣ザムベアー。
単なる野生の熊であっても強敵だが、魔獣化したこの熊は胸の部分が紫色に裂けて凶暴な歯が生えてくる。
この歯は噛まれると即死の危険があり、なおかつ飛ばすことができる。
触れるだけでも強い麻痺毒に犯される。
大型獣の怪力はもちろんのこと、この胸歯を飛ばす能力が俊敏性の不足を補うためかなり高ランクの魔獣である。
マルキャルトはすかさず、農民を庇う位置に移動した。
それをチラッと見るとジャミラスは指示を飛ばす。
準備はできていたようだ。
この魔獣にスイズリーは奇妙な槍を投げると一撃で痙攣させた。
さらにジャミラスは大型剣を軽く振ると、真っ二つになった。
農民は怯えていたが、ジャミラスがあっさり倒すとすっかり安心したようだった。
「冒険者様。強いだでなあ。これなら、オラたちも安心だあ」
「いや、本来は案内する君たちに倒してもらいたかったんだけどね」
「とんでもねぇだよ。オラたちにはムリだぁ。まんず、オラたちはこんなおっかない森の奥までは来ないですだに」
「そうか」
最後に気のない返事をすると以後は、ジャミラスは農民たちを待たずに自分でズンズン進んでしまった。
それを見ていたケータも予想外のジャミラスの強さに驚愕していた。
普通の剣の一撃で倒せる相手じゃないよなあ。
——はい。ジャミラスは振動の魔法を大型剣全体に纏わせていました。剣に魔法を付与するスピードも相当なものです。舐めて掛かれる相手ではないです。
道中何回か魔獣に出会ったが、ジャミラスはそのたびに、すぐには倒さずマルキャルトがどう出るかを見ていた。
マルキャルトは一貫して農民たちの守りに着いていた。
どうもマルキャルトの腕を確認しておきたかったらしい。
だが、それも諦めたようだ。
結局、ジャミラスたちは最初に森の奥にあるケータの元研究小屋にたどり着いた。
今は古ぼけた避難小屋に見えるようにしているが。
この先も森から山岳地帯が続くのだが、ここから先は瘴気が極端に薄いことからも調査対象である魔の森の終着点であることは明白であった。
「何もなかったじゃねーか」
スイズリーは吐き捨てたが、ジャミラスはその小屋を凝視していた。
そしていきなり魔法をぶっ放した。
「グレムゼア・ランス」
虹色の光の槍が数十本現れ、避難小屋に突き刺さった。
ドアは吹き飛ばされ、屋根も半分はなくなり、残りの壁も穴だらけだ。
よくまだ建ってると言った方が良いか。
「なっ! いきなり何を!」
マルキャルトもいきなりのことに止める間もなかった。
まさか避難小屋を問答無用で破壊するとは思わなかったのだ。
「あわわわ」「ひゃあ」「な、何だあ」
農民たちは、怯えている。
ジャミラスはボロボロになった避難小屋をじっと見ている。
魔法の一撃で半壊したわけだが、ジャミラスは不満げだった。
「半壊? てっきり跡形もなくなると思ったが、それに最終属性が無属性であるのもおかしい……何かあるか……いや、いいか。私の知ったことではない」
——小屋に何かあると気づかれたようです。
調査されるとまずいな……ん? ジェラルドの部隊も到着したようだぞ。
「何かあったか? 大きな音がしたようだが」
「いえ、悪い気配を小屋の中から感じましたので吹き飛ばしましたが、気のせいだったようです」
ジャミラスは全壊しなかったことに不審を抱いていたが、おくびにも出さずそう答えた。
「そうか。ほどほどにしておけよ。ロブナント子爵に器物破損などと言われてはかなわんからな」
ジェラルドはそう言って、壊れた小屋については気にも留めなかった。
すると、三つ目のキルトくんのいる部隊が追いついてきた。
その隊長が何か見つけたようだ。
「森の奥の山沿いに洞穴があります。ここが一番瘴気が濃いです」
その声にジェラルドは向き直ると
「よし、そこの3人。ダンジョン化しているか確認してこい」
「いっ、いやですよ」
「ワシの言うことが聞けないのか!」
「ダンジョン用の装備はしてないです!」
「深い階層まで行けとは言っとらん。階下が存在するかどうかだけでかまわん。防護マスクは魔法付与されたものを支給する。早くしろ」
「わ、わかりましたよ」
3人は洞穴に向かっていったが、15分も経つと帰って来た。
「あれはもうダンジョンじゃあねーですぜ。すごい瘴気でやしたが聖属性の指輪を翳すと半減しましたんで。洞穴は行き止まりでやす」
「ほう、そうするとこれは過去のダンジョンが崩落し、衰退した後だと言うのか」
「それが一番妥当なとこじゃねーですか」
この小屋に3チームともたどり着いたあと、魔獣と瘴気についてそれぞれが報告したが倒した大型の魔獣は3チーム合計で12匹。
瘴気の毒性については、冒険者の扱う初級者向けの防毒マスクで防げる程度と言う結果だった。
ここから山に入るが、この先の瘴気の濃さはだんだん薄くなるようだ。
これ以上の調査は無駄だと判断したらしい。
——油断はできませんが、とりあえず小屋の秘密の件には関わるつもりはないようです。
ケータはリレイアの報告にうなづいた。
ジェラルドは撤退を決めた。
森の大きさに対して大型魔獣は弱く、瘴気は濃いものの毒性が少ないという結果に不満はあったものの王都で再編成して大討伐隊を組むことを諦めたのだ。
報告書は以下のようになったらしい。
まず、危険度は森の大きさの割に魔獣が弱く、現状問題はないということになった。
瘴気の原因は、もともと存在していたダンジョンが崩落し用を成さなくなったが、その名残りで瘴気が濃い場所があると言うところに落ち着いた。
今後は、残る瘴気の毒性が少ないことと汚染された沼などが見つからなかったことから時間と共に薄れていくだろう、結んでいた。
そして、報告書に添えられた付記には、自らがスタンビートだと大騒ぎしてしまった手前、このような状態であるならもっと早く報告書が提出されているべき、ロブナント子爵の領地の掌握が今ひとつであると、ぐちぐち書いてあったそうだ。
実際にはケータによって無力化された魔素の森であり、ジェラルドの報告書は的外れなのであるが、確かにロブナント領の周りは山岳地帯があり、小規模の洞窟なども多いため、かつてダンジョンなどがあってもおかしくない。
そして、大規模化せずに衰退したというのも納得できる答えだ。
彼にしてみれば、真実など問題ではない。
この落とし所こそが重要である。
大討伐隊により多額の金と名声を狙っては見たものの、王国に報告してもこれ以上の討伐隊の編成は見込めない。
逆に大討伐隊を無理に組織して結果が得られなければ失墜の危機だ。
それよりもギルド仕事としてきちんと調査報告をすることにより、他領での成功という小さな名誉と小金を稼ぐことで自尊心を満足することは出来たわけだ。
これでロブナント領に関わるのは辞めたらしい。
ケータは彼らが去ることになり、ほっと胸を撫で下ろした。
しかし、厄介な問題が残った。
この森の後始末と小屋の再建、ジャミラスがぶっ放した魔法についてである。
この二つについて考えると気が重くなるのだった。
ジャミラスはケータの使っていた小屋を粉々にしてしまいました。
それどころか、壊れ方がおかしいことに気づいた様子。
しかし、それには触れず……
次回は、『46話 討伐隊の尻拭いに溜息をつけば』 9/13投稿予定です




