42話 農村でのんびりするならば
ケータ達は王都での暮らしを終えて、ロブナント子爵領に移り住むことになりました。
ケータ達はロブナント子爵領に移住した。
そして一年半が経つ。
王都の暮らしが一年半だったので、異世界転移してからは合計三年の月日が経過しケータは19歳になっていた。
ケータ達が住んでいるのはソラノ村という小さな農村である。
転生してからはずっと忙しい暮らしが続いていたし、スリリングと言えば聞こえは良いが罷り間違えば一巻の終わりとなるような危険な目にもあった。
せっかく田舎に来たのだが、この風光明媚で実り豊かな田園風景が広がる大地でのんびり過ごそうと考えていたのだが、調べてみるととても放っては置けない問題だらけだったのである。
まず、農民の気質の問題。
このロブナント領は新興の領地であり、移り住んできた農民たちはほとんどが移民である。
しかも、ここで開墾し田畑を広げてきた数年間は雨も多く土地に含まれる魔素量も適切であったため、良質な農作物の収穫が続いていた。
それで農民達の気が緩んでしまった。
水が不足したことがない。
連作障害で困ったこともない。
肥料もおざなりであった。
この地に移り住んできた時はきっと違ったはずなのだが、今では特に努力をしなくとも十分な収穫が得られると言うことで、皆だらけきっている。
次に、土壌と水の問題。
収穫量は徐々に減っていたが、その内情はかなり深刻だったのだ。
ケータたちは農地の調査を始めて頭を抱えてしまった。
特に農地の疲弊は進んでおり、今後収穫がカクンと減ることが予想される。
さらに、クリスクロスに調べてもらったところでは、この地方は数年単位で降雨量の波があり、今年以降は干ばつが発生しそうなのだ。
最悪、飲料水にも事欠くことになる。
土壌の回復も重要だが、まずは水源の確保が一番重要である。
最初の半年は、それで手一杯であった。
この領地は、領地の東・南・西側に山脈があり北側だけが平地で他領と繋がっている。
幸いにもその南西の山岳地帯から流れるローランカルー川は水量も多く、豊富な山脈の根雪があることから多少の日照りでも枯れることがない。
ケータは、この川の支流から農村一帯に隈なく用水路を引いて行った。
これで、飲料水・農業用水共に困ることがなくなる。
農民たちは最初、これをとても奇異なことだと思っていたらしい。
これまで水で困ったことがないのだ。
おかげで、まず農家の人たちと仲良くなって『一緒に農業を発展させましょう』的な感じでやっていきたかったのに、ロクに挨拶もせず川の周りを掘り返しては、水と睨めっこしている変な人だと思われてしまった。
おかげで、農学博士として王都から派遣されてきたことになっていたのに、ほとんど農地改革には関われずにいた。
その後ようやく農民たちと話をするようになったものの、肥料の重要性や休耕地を作ることなど基本的なことで議論しようとしても『今までそんなことしないでやってきたのになんでそんなことを気にする必要があるのか?』とまるでピンと来ていない様子だった。
こんな状態でどうやって農学を啓蒙していけばいいか、を考えるだけで大問題だったのだ。
そこでまずケータが行ったのは、話をできる農民を探し仲良くなることだった。
まず話しかけたのは、唯一農地を計画的に運用していたラーダという農民だった。
「こんにちわ」
「あーれ、王都から来なすった偉い先生でないの。オラの畑を見に来ただか?」
「ラーダさんの畑は見事なものですね」
「ありがとよー。けんど、大したことねーだ。オラ先生の作ってる肥料の方が凄えど思うだよ。あれ撒くと畑さもっと育つんでねーか?」
「うーん、うまくいけばね。試してみるかい?」
「ほんとだか? んじゃあ、明日っから試してみんべよ」
そんな具合に肥料を分けてあげたり、水やりや休耕地、三圃式農業からそれを発展した輪栽式農業まで話をするようになった。
ついでに、この領地の農家全般について色々と教えてもらった。
例えば、このロブナント領の農地は分布状況。
このロブナント領ではそれぞれの町のまわりには農村がいくつかあるが、領都の東から南に広がる田園地帯にその大半が固まっているそうだ。
田園地帯に散財する農村の数は20余。
一つの村は30人から大きな村でも120人を超えることはない。
このソラノ村もその内の一つで人口は90人ぐらい。
田園地帯の各農村の総人口は6,000人弱。
ロブナント領全体の農村の人口を合わせると9,000人程度。
ここでは、農業の他に畜産なども行われており、この子爵領全体の大事な食糧庫であると。
その話を聞いて、まずはこの村にいる人たちに農地改革をしたいとラーダさんに話してみると。
「いっぺんには難しいけんども、まずはオラから話してみっぺ」
「おー、そうしてもらえると助かります」
それからは、ラーダとその息子のキルトも話に加わるようになり、村の農民たちも段々と農地について考える習慣が植え付けられていった。
ただ、やはり僕のことは『王都の偉い先生』という認識で近寄り難いらしく、ラーダに説明したことをラーダが周りの農夫に教えるという形になっているのが、歯痒いところだ。
水の問題は解決したが、土壌の問題は放置すればこれからどんどん悪くなる。
ロブナント領は南に魔の森があるため、農地のある平原にも魔素を適度に含んでいたのだが、ここ数年の農作物の収穫で土地も痩せ魔素も抜けてきており、このままだと単位面積当たりの収穫量が急落し、かつてない凶作に見舞われていてもおかしくなかった。
そういう意味では、魔素と農学の知識を兼ね備えたケータがこの地にやってきたのは天啓とも言える。
しかも北の砦と街道の間の畑で実証済みの肥料をメイソンから受け取っていたので、土壌の改良と収穫量の低下阻止を両方実行することができた。
もちろん、それでこの領地の土地は安泰とはいかないことは火を見るよりも明らかであったので、休耕地を一時的に借り入れ土の入れ替えも行なった。
農民たちはさして困っていなかったが、熱心に田畑に手を入れていく様を見ているうちに、農地の土壌の状態の重要性に気づくようになった。
あざといやり方かとも思ったが、短期間で育成できる野菜をラーダに植えてもらい、収穫量の増加を農夫経ちに実感してもらえるようにした。
さらに、肥料と土の入れ替えを行い、連作しても収穫量が落ちない様を目の当たりにして、土壌の状態が収穫量に直結していることを理解できるようになったのである。
今では、ケータはすっかり信用を得ていて、農民たちに頼りにされている。
この方法が、領地内の他の村にも伝わるのに一年弱かかったが、ここ数年は安定した農作物の収穫が見込め、当座の凶作の危機も去ったといえる。
農地改革もひと段落というところであった。
ケータは、そんなわけで久しぶりにゆっくりと日向ぼっこをしていた。
豊かな自然と広大な畑が広がっている風景にあくびが出てきた。
──こんなところでのんびりしてていいんですか。
──そうそうあくせく働いてばかりじゃたまんないよ。
僕は中空に淡く光る、身の丈10cmの妖精は呆れた顔でそれに答える。
──確かに急ぎの用もないですけれど……
──のんびりしようや。この世界ではリレイアも妖精ってことになってるし、この風景によく似合うぞ。
──そんなことおっしゃっても、ケータ以外には誰にも見えないです。確かにこの異世界じゃ妖精扱いですが、本来わたくしは最先端のサーバ管理AIなのですのよ。
そう。
実はリレイアは転移前に56世紀で出会ったエネルギー管理を主担当としているAIサーバ端末である。
しかし、基本的にはこの世界では僕以外の誰にもその姿は見せていない。
会話も脳波を通じて行なっているので声も人間には聞かれない。
これを念話と呼んでいるが、送るのはリレイアとクリスクロスだけだ。
僕は脳で考えるだけで2人はそれを読み取ることで言葉を発しない会話が成立する。
当初は、リレイアが僕の脳内を全部読み取っていたので話したくないことまで伝わってしまったが、今は意思を持ってリレイアに話している時だけ念話が成立するようにしている。
ただ、管理AIサーバ端末でありながら同時に神様によって妖精としての属性が与えられているので、妖精にしか聞こえないチャンネルのようにものがあって、他の妖精たちと何某かの交信をしているらしい。
──おいらも妖精だけどリレイアはちょっと特別なんだ。例えば、他の妖精たちと共感機能があるけど、リレイアは使ってないだろう?
ここで話に割り込んできたのは、そのもう一人の妖精、クリスクロスだ。
──そうですわね。私の場合は立場として妖精であるだけで、妖精独特の機能は意識的にOFFにしておりますの。特に共感機能はデータを受け取るのみでなく、こちらからの情報も読み取られてしまいますもの。
まあ、共感機能と言うぐらいだから、向こうのデータも見れるけれどこちらのデータも見られてしまう可能性がある。
僕のこととか、56世期の技術が漏れたら大変である。
用心するに如くはないと言うことだ。
──細かいことはわかんねーけど、まあ確かにリレイアが妖精の共感機能を使うと目立つかもな。必要な時はおいらが使うから問題ないさ。
一度、クリスクロスには、メイソンさんがかつていた国がどうなったかを確認してもらったことがあったけど、妖精の共感機能で国の主権が変わったりするとわかるらしい。
誰がどうしたとかはわからないけれど、主権が変わったりするとその国全体から受けるイメージの色合いが変わって見えるらしい。
例えば、民衆から搾取し逆らう者を皆殺しにしているような殺伐とした国が代替わりして善政を敷く当主に変わったりすると、国中の雰囲気が赤っぽい色から黄色を経て青っぽい色とかに変わる。
国が安定している場合でも王制から民主制になったりすとる青っぽい色から緑っぽい色になったりするそうだ。
さらに、流行病や戦争、飢饉などで灰色だったり、色で現せない雰囲気についても感じ取ることができるとのこと。
それで本当に良くなったかどうかはわからないが、とにかく主権が変わったりするのは掴みやすいとのこと。
もちろん、その国に妖精がいなければわからないが、人前に姿を現すことは少ないが妖精は世界中に散らばっており、国に一人の妖精もいないと言うことはないそうである。
ちなみに、魔素病に犯されている時のはクルゼナントは、いがらっぽい独特のイメージを感じたそうだ。
その感覚は本当に特別で、同じクルゼ王国の中でもクルゼナントの街からだけそんな感じ方をしたらしい。
ケータの仲間にはもう一人、マルキャルトという凄腕の女騎士がいるが、このロブナント領の領主が兵を出している王都クルゼナントの北の拠点で、他の兵士たちと修行をしている。
最初に会った時は、強いことは強いけど『いわゆる正統騎士の振るうおキレイな剣』という一面があった。
汚い手を使う盗賊や魔法使い相手には、遅れを取ることもあったのだ。
だが今は違う。
魔法については僕とリレイアが少し対抗策となる魔道具を渡しているけど、ほとんどはそれがなくても支障なく対応できる。
目眩しにも対処できるし、必要とあらば自らも使う。
ほとんどの罠もフェイントも魔法を使ってくるタイミングも見切ってしまうのだ。
判断力も向上している。
その場面場面で何が大事かを考えており、いざとなれば大事な何かを守るために人を切り捨てることに対して躊躇いはない。
かといって、もちろん殺人鬼や戦闘狂などではない。
『なんでも真っ二つにしてしまうこわ〜いお姉さん』ではないのだ。
だが、真っ直ぐで義理堅い性格は最初に会った時から変わらない。
この前、話したいことがあるという手紙が来ていたから、直にここまでやってくるだろう。
それまではすることもない。
本来、ケータがこの異世界にきてやるべきことは魔法の衰退を食い止めることなのだが、まだそんなことをする力はないし、今はこの世界のことをもっと知りつつ足元を固める時期なのだ。
そして、実際にこの世界について知る作業も継続している。
ケータが農地改革の担当であるなら、この世界を知る作業はリレイアとクリスクロスの担当である。
リレイアが隣国までナノマシンをばら撒いてその様子を探りには出しているものの、それ以上遠くまでは知ることはできない。
ボットを使えばできなくはないのだが、それはクリスクロスに魔法師にバレる可能性を指摘されたので自重している。
その代わり、妖精の共感機能を使って、世界の各国の大まかな情勢がわかってきた。
まあ、この世界と言ってもアルファニア世界全体のことはわからない。
だが、この星のことがわかれば当面問題ない。
魔法が存在するのは、このランゾルテという星の上だけだ。
リレイアが調べたこの星の大まかな傾向は以下の通りだ。
政治形態はほとんどが王制であり、貴族が統治をしているケースが大半だ。
この国クルゼ王国ももちろん王制だ。
平民である農民、町民などは貴族より身分がかなり低く、平穏に暮らせるか否かは、その国や領地を収める貴族次第といったところだ。
善政を敷く貴族の元に生まれればそれなりに幸せな暮らしができるが、重税や領地の問題を放置するような貴族の元に生まれれば、地獄の暮らしになる。
この辺は地球の中世と似たような状況だ。
ゆくゆくは民主主義にしたいとは考えているがまだ早い。
まずは、市民や領民が苦しんでいる国や地方があればそれを助ける。
その時に、魔法の有用性をアピールできれば上々である。
そういう意味で気になるのは、この引っ越してきた先であるこのロブナント子爵領の領民のことが気になる。
虐げられていないか、とか、生活が苦しいことがないか、といったことである。
調べてみたところ、ロブナント子爵領の内政は可もなく不可もなくである。
新興の領地であり初期は大変だったが、今はまあ普通である。
領民を苦しめる重税を課すわけではないが、領地内の事細かい問題を熱心に解決してくれるわけでもない。
簡単にいうと無頓着なのである。
領民の暮らしには斟酌しない。
文句を言われなければいいだろうという感じだ。
これが実はいくつかの問題を影で引き起こしているのであるが、それについては後で語ることにする。
さて、このロブナント領における僕の立場だが、知識や功績を認められて王国の紹介状を持って移住してきたので、ただの平民よりはかなり高い地位を保証されている。
よって領の当主ロブナント子爵でさえも僕の意見はそう無碍にはできないようになっている。
だが、もちろん当主に逆らったりするつもりはないが、遠慮するつもりもない。
ロブナント子爵には、王都で冒険者をやってる時に助けられた。
けれど、ヤバイ敵を嗾しかけられて危うく死にそうになったりした。
まあ、その敵はいずれ戦わなくてはいけない相手だったのでロブナント子爵のせいとも言えないのだが。
とにかく、貴族と平民の立場の違いとか、貴族同士の争いとか、そういう身分上のパワーバランス的な何かをいろいろ考えるたり遠慮したり斟酌する間柄ではない。
そんなことを気にするような関係ではないのだ。
それは王国の紹介状があったかどうかは関係なく僕のことは知っているので、この領地で指導を始める時も『勝手にやってくれていーぜ』という何とも無責任な一言を事前に頂戴していた。
領にいる他の貴族は男爵が三人、騎士爵が二十人ばかりであったが、領主よろしく領民の暮らしについては無頓着であり『農業が進化するなら別に気にしない』という感じで煙たがられることもなかった。
そんなわけで、今日も農民たちに指導をしている。
周りには6人の農夫が集まっている。その一人が声を掛けてきた。
「ケータ先生、この肥料どうすんだあ」
「はいはい。今、行きまーす」
どうやらラーダに呼ばれたようだ。
周りには村の農民も数人いる。
僕は農地の側にリアカー一杯の肥料を用意していた。
それを指定の濃度に希釈して撒くように指示した。
「しっかし、不思議な肥料だなやあ。作物がバンバン育ちよります」
「「「んだんだ」」」
「おー、それは良かった。但しやりすぎないでくださいよ。肥料が濃いと枯れてしまいますからね」
「「「んだんだ」」」
「いやあ、ワシも農夫長いことやっとるよ。それくらいわかるってー」
「「「んだんだ」」」
「……おまえら、それしか言わねーな」
基本的にラーダさんと彼の家族以外は積極的に喋ってくれない。
他の農夫たちと距離はなかなか縮まらず、気安く接してもらえていない。
それに比べるとラーダさんはいろいろ新しい話にも乗ってきてくれる。
「あー、そうでしたね。今さら肥料の話とか『釈迦に説法』でしたね」
「な、なんだ『シャガニセポー』っつーのは」
しまった。
この世界で釈迦とか言ってもわかるわけないか。
時々出てしまうのだ。
日本で暮らした時の習慣が。
「いやいや、畑の名人に注文つけてすいません、ってことを言ってるだけで……」
「そうなんだか? よくわかんねーけど、こそばゆいでねーか。名人なんかじゃねーで。そりゃオラもちょっとは、畑仕事には自信あっけどよぉ」
「「「んだんだ」」」
「……おまえら、やっぱりそれしか言わねーな」
これでもおっかなびっくりだった農夫たちもだんだん打ち解けてくれてはいるのだ。
でも、ラーダさん以外の農夫とは何となく壁がある。
まあ、その辺はおいおいということで、僕自身はのどかないい村で悠々自適の暮らしを楽しんでいる。
農村についてはラーダさんに説明を受けたが、それ以外についてはリレイアが調べてくれていた。
農村以外には何があるかというと、人口約27,000人の領都ロブナントを三つの街がある。
それぞれ
パリエラ 2,200人
トムラル 2,700人
ザギメデ 5,800人
という規模である。
冒険者ギルドは領都とパリエラにある。
人工的には一番少ないパリエラになぜギルドが存在するかというと他の領との境界がある北側にあるからである。
領内の冒険者の仕事は領都のギルドが大体受け持っており、パリエラのギルドは他領との中継的な役割のいわば出張所である。
領都は政治的・商業的にはこの地方の中心であるが、産業的にはザギメデの町で作られる羅鉄鋼とそれを使った工具、武具がこの子爵領を経済的に支えている。
もっと言えば、この羅鉄鋼こそがこのクルゼ王国が他国に対し、貿易黒字を叩き出している輸出品目のエースなのである。
だが、この羅鉄鋼の製造がこの子爵領の隠れた問題の一つとなっていて、この町から出る大量の廃棄物、廃水、煤煙などがこの地方の自然を静かに蝕んでいる。
まだ「公害」という言葉がないこの世界では、領主に掛け合っても実害が出ていない以上、ピンときていないようだがこのまま放置すると健康被害は子爵領全体に広がるだろう。
僕とリレイアはこの平和な領地を維持するため、空気・水について未来技術で浄化処理をしている。
この地方……というよりこの世界では公害問題についての認識が薄い。
実害が出ないうちは気がつかないし、問題になるとも思っていない。
そのうち、啓蒙が必要になるだろうが今はまだ無理だ。
だが、リレイアはこの先を危惧している。
──早めにこの世界全体に公害問題の認識するよう意識改革が必要です。 人類もそれで数世紀も苦労したんですよ。地球は絶滅の危機さえあったのです。今、この地方の問題を解決するだけならわたくしでもできますわ。しかし、いつまでもこの土地に留まるわけではありませんわ。そうなったら……
──ああ、わかってる。でも焦らないでくれ! 継続して公害物質が出ることで自然が侵されることなんて、この世界の人に言ってもまだわからないだろう。
自然の浄化作用には限りがあり、汚染を続けていると自分達に公害として返って来るという認識がない。
図や文字や統計データで説明しようにも、識字率も低いこの地方では読めもしないし理解など無理な話である。
面倒な話は煙たがられるだけだろうからここでの活動に支障が出そうだ。
そうなっては困る。
──まあ、公害についてはいずれまとめて何とかしよう。とりあえずこの子爵領については、僕らが出ていくまでに対策して行けばいいんだから。
そうケータは言うがリレイアは不満そうだ。
その辺については結構神経質なのは、56世期で歴史を知っているリレイアならではである。
地球の人類の歴史はある意味公害との戦いだった。
21世紀以降、何度も公害で滅びかけた地球を知っている彼女は黙ってられないのだろう。
──まあ、現状は汚染度は軽微ですし、現状の回復処理も十分です。公害問題の啓蒙については一旦は棚上げしますわ。ところで、近々に気をつけないといけないことがあったんじゃありませんか。
おっと、そうだった。
公害問題は後回しにしているのは他に気になることがあるからだ。
この少し前、僕らが知らぬ間にある厄介事が発生していたのである。
結局表面的には収まったが、後でちょっぴり後悔することになった一つの事件が。
始まりはロブナント子爵領の北端の町パリエラに、少々変わった冒険者がやってきたことからだった。
彼は領都に着くなり、広場にて大演説をしたらしい。
内容はこうだ。
「私はラビアシアから来た冒険者シュー・ジェラルドである。聞けば、この子爵領には魔の森が近いにも関わらず、魔物討伐のギルド依頼もほとんどないと聞く。これはなんとしたことか。私が来たからには魔の森の一斉討伐を行い、民を魔物の恐怖から解き放つつことも夢ではないぞ。立て、諸君。我らと共に魔物のいない安全な領地を目指そうではないか」
そんなことを言っていたらしい。
それにしてもその冒険者は胡散臭い。
何せラビアシアから来たと言うところで、到底市民のためなんかじゃなく出世欲か金儲けが目的だと思うのが普通だ。
ラビアシアは首都クルゼナントの西に位置し、ホン・ワリャン連邦国にほど近いサマートの町経由で外国からの輸入品が手に入れられるため、大変活気のあるクルゼ王国第二の商業都市だ。
政府の機能は首都クルゼナントに集中しているが、逆にここはお上の威光が届きにくい。
従って、自由と言えば聞こえが良いが実際は金を持っている商人たちのやりたい放題となっていた。
ジェラルドはそんな商人のお抱えの冒険者で黒目黒髪の偉丈夫。
その経済力を後ろ盾に冒険者としては、金に任せたパーティで派手な実績を上げていた。
ただし、金遣いの荒さに雇い主である商人からはそんなに重用されてはいない。
ジェラルド本人は名誉欲が強く「金など二の次だ」と嘯いて(うそぶいて)いたが、内心では五月蝿い雇い主を離れるために名をあげて置きたいと常々思っていた。
ジェラルドはパリエラの町のギルドに着くなり、魔の森の危険性を訴え大規模な魔物狩りを迫った。
しかし、ギルドは大規模な討伐任務はできないと答え、ギルド主導の仕事とすることは断念した。
その後も、街中で魔物からの解放を声高に言い放ち、魔物討伐のプロパガンダを行なっていたが周りの反応は薄かった。
やはりラビアシアからきたと言うだけで、この町のものは誰だって警戒する。
「おい、そこの農夫。魔物に怯えて農作業などできないだろう? それに討伐に参加すれば給金も弾むぞ」
「あー、冒険者様。ワシらは困っておりませなんだ。魔物の被害も出とらんのです」
ジェラルドは農夫に同意を得るために話を振ったが、乗ってはこない。
それもそのはず、山間の盆地としてはかなり広いこのロブナント領は、豊富な水資源に加え魔の森の脅威も現在のところほぼゼロ。
特産物もあり農業もそれなりの安定した領地なのである。
「それはたまたまだ。まだ大規模な被害が出ていないに過ぎない。この規模の魔の森が近くにありながら被害がないと言うのか? うーむ、ならばさらに危険である。魔物の数も凶悪さも膨れ上がってスタンビートを引き起こす前の前兆である。だが、下々の者たちには、森の本当の危険を察知することなどできないらしい。大災害が発生する前に対処する必要があるであろう。よし、王都に上り中央に大討伐隊の進言をするとしよう。では、これにて」
ジェラルドは、そう言い放つと早々にパリエラの町から立ち去ったそうである。
そして、僕がその話を聞いたのがジェラルドが帰った3日後、パリエラの町に野菜を売りに行ったキルトが、馬上で演説している場に出会したらしい。
キルトはラーダの息子だ。
「えー、そのまま返しちゃったのー」
「そりゃまあ、大声でそんなことを言ってる冒険者様を止めたりはできないですだよ」
そりゃあ、農民に冒険者止めろというのは無茶な話だ。
だが、せめてギルドには兵士たちを止めてほしかったとケータは思う。
まあ、仕方がない。
「で、その冒険者、黒目黒髪なんだよね」
「へえ」
「『シュー・ジェラルド』って名乗ったんだよねー」
「へえ」
「あちゃあ」
「なんか困ったことであるんで? ケータ先生が気にすることでもないですだよ」
「いや、まあ……そうかも知れないね……ハハ、ハハ 」
キルトにして見れば、町で冒険者が演説して帰っていったからって田舎の学者である僕には関係ないと思うだろう
がそうはいかない。
キルトの前では笑ってみせたものの心の中では頭を抱えていた。
しかし、まずい。
黒目黒髪である。
しかもこの世界ではシューという名前もまずないので、日本からの転生者としか考えられない。
そして欲まみれのラビアシア出身の冒険者。
不幸になる未来しか見えない。
多分、ジェラルドが討伐隊を率いて再度領都に来るのまでの猶予は3ヶ月とあるまい。
それまでに下準備する必要がある。
問題は瘴気。
これを抑えないと冒険者が殺到して森が荒らされ農作物にも被害が出る。
公害を抑えるための研究小屋も見つかる。
隠すとなると小屋は一旦閉めるしかないのであるが……
「なーにブツブツ言ったるだかー。ケータ先生大丈夫け?」
「ん、あーーー、ダイジョブダイジョブ。もう夏も終わりだろ、秋に向けていい野菜植えたいじゃないの。何かいい肥料でもないかな、と考えてただけだよー」
いささか乾いた笑いを浮かべるケータは、村に帰るキルトを見送った。
そして彼が見えなくなったところで、僕は一目散に森に駆け出したのだった。
引っ越して田舎ののんびり暮らしの予定が何やら面倒事に巻き込まれているようです。
次回は、『43話 森の秘密を隠蔽すれば』 9/2投稿予定です




