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40話 王都の危機が過ぎ去れば

 魔素事件自体は解決しましたが、その治療法は思わぬ病気の治療にも役立つようです。

 そして、もう一つの王都の危機が……

 

 魔素病事件が全て解決しその報酬を受け取ったあと、ケータには思いがけない話が持ちかけられた。


 きっかけは、ピボーテ子爵が馬の減少の原因が魔素に()るものだとエリウス王に報告したことだった。

 エリウス王は、その情報をもたらしたのがケータだと言うことに興味を抱き、さらに王都の魔素病を畑の作物で解決したこと、拠点で花屋を開く際に見せられた見事なバラだけでなく、植物な農作物一般について研究をさせることを提案してきたのだった。


 その後ケータはブルム伯爵を通じて宰相に呼び出された。

 だが、直接王城に呼ばれたためブルム伯爵は同席していない。

 部屋には近衛兵が2人とお茶を持ってくるメイドしかいない。


「ケータ殿、謁見の間ではすでに何度かお会いしておりますな。この国の宰相を務めておりますカルステン・フォン・レマーテと申します」

「あっ、はい。冒険者のケータ・リーフォンです」


 思った以上に丁寧で柔和な歓待を受け、一瞬返事が遅れる。

 エリウス王の決断にも平気で異を唱えるし、ケータが王様に頼んだかなり無茶な願い出についても、この人が口を挟んできたことがあった。

 てっきり怒られたり、苦言を呈するために呼ばれたのだと思っていたのだ。

 

 この宰相は、エリウス王の親戚筋であり爵位は公爵である。

 偉〜い人なのだ。

 もちろん公爵という地位が宰相を務めるのに一役買っているのは確かだが、決してご機嫌取りのイエスマンだからではない。

 この腰の低さと権威に屈しない強さは、常にエリウス王の無茶振りをこなしてきた所為(せい)であった。

 側近一の苦労人である。

 この宰相の為人(ひととなり)を陛下も貴重な家臣と捉えているのだろう。


「楽にしてください。今日は、エリウス王からケータ殿に提案があってこちらをお呼びした次第です。それで早速なのですが、ケータ殿は大学に興味を持っておられますか?」

「大学……ですか?」


 ケータは思わぬことを言われてどう答えて良いのかわからなかったが、リレイアが念話で話してきた。


──恐らく悪い話じゃありませんわ。まずはお話をお聞きした方が良いと思いますの。


 その念話を聞いて、ちょっと興味が湧いてきたケータは宰相レマーテの次の言葉を待った。


「実はクルゼ国立大学の農学科に研究生として入っていただけないかと考えておりまして」

「はあ」

「条件としては週一日授業を受けていただくのとレポートを月に2回出して頂くことになります。それを一年継続することで、クルゼ国立大学の大学院博士課程を修了と成ります」

「はあ?」


 どこにまだ入ったこともないものが、一年間、それも週一日通うだけで博士にしてくれる大学があるのだろう?


「いえ、実際はすでにケータ殿が魔素病の治療薬を作成したことで、とうに我が国の農学レベルを超えていることはわかっているのですが、一応世間体と言いますか、当国の大学の権威と言うものもありまして……」

「いやいやいや、待遇に不満があるわけじゃないんです。むしろ逆で、たった一年通っただけで博士扱いされてしまうなんて、とんでもないことです。そんなことをして頂くほどの知識も経験もないのですが……」


 及び腰になるケータ。

 だが。


──ほら、やっぱり良い話だっでしょう? お受けしましょうよ。

──おいらわかんねぇけど、冒険者もう辞めちまうのか? 街ん中にいるだけじゃ、つまんねぇぜ。


 リレイアは大学を行くのを勧めてくるが、クリスクロスは反対らしい。

 まあ、そうなるだろう。

 クリスクロスは街中が好きなわけではないし、森に行けなくなるのは好まないはずだ。

 実際、ケータ自身も判断がつきかねている理由は、せっかく軌道に乗ってきた冒険者生活を手放すのは(はばか)られるからである。

 だが、それには宰相は。


「もちろん、週一日の大学通いをお願いできれば、残りの六日は何をしていただいても構いません。今まで通り冒険者を続けていただいて構いませんし……ああ、いかんいかん、肝心なことを忘れていました。ケータ殿が入学した際には、特待奨学生となりますので大学4年、博士課程2年分の奨学金が前払いで全額支給されます。どうぞ、お納めください」


 この間の報酬をもらった時から空いた口が塞がらないことが多すぎる。

 週1回1年間大学に通うと6年分の奨学費がもらえるとか。

 あっけに取られるケータにリレイアとクリスクロスが念話で焚き付けてくる。


───いい臨時収入ですわ。宰相の気が変わらないうちに受けましょう。

───おいらも賛成だ。週一回なら、おいら一人で森に狩りに行ってもいいな。


 そのお気楽な発言にケータは頭の中で返事を返す。


──お前らな!……そうポンポンと人の好意に甘えてばっかりだといつか酷い目に会うんだぞ!

──今更ですわね。

──良いじゃねぇか。王宮にはでっかい『貸し』があるんだろ?


 ケータはもう諦めた。

 それとこの金額を渡す意味を。

 結局受け取らなかった報酬が別の形で支給されている分けだ。

 これは受けるしかないな、と。


「わかりました。一応、今日はマルキャルトを連れていませんし、持ち帰って相談しなければなりませんので……」

「ああ、マルキャルトですか。彼女ならレーベン伯爵から話があるとのことで、伯爵家に行っているはずですが」


 思わぬ名前が出てきた。

 レーベン伯爵といえば、パルマント子爵の寄親。

 確かにパルマント家でアリエッタの護衛をしていたマルキャルトと面識はあるはずだが、直々に呼び出すほどのどんな話があるのだろうか?


──ちょっと気になりますわ。ナノマシンを飛ばしてみますの。


 リレイアにしても意外であったらしい。

 調査用に伯爵家にナノマシンを飛ばした。

 それは、5分とたたず帰ってきた。


──と、とりあえず大学の話を受けましょう。マルキャルトの話は後で話しますわ!


 リレイアからきた念話には怒気がこもっててちょっとコワイ。

 逆にクリスクロスからは爆笑の波動がきた。

 ケータは、これは長居しない方がいいなと考えて。


「わかりました。マルキャルトに一応、相談はしますが、とりあえず前向きに検討します」


 ケータは王城を辞して自宅に帰るところだったが、歩いて行くと20分以上かかる。

 ちょっとリレイアのさっきの態度が気になったので、公園に立ち寄ることにした。


 ケータは頭の中でリレイアとクリスクロスに語りかける。


──何があったんだ? マルキャルトがレーベン伯爵のところに行ったこと以外、何もわからないんだけど。リレイアは怒ってるし、クリスクロスは爆笑してるし……

──どうもこうもありませんわ! それに私、怒ってはおりませんの!


 ケータは「いや、怒ってるだろう」と思ったが言わない。

 どう考えても激怒の波動が伝わってくる。

 聞きたくはないが、聞かなくては話が進まないので恐る恐る尋ねてみる。


 ナノマシンで調べた結果を教えてくれよ。

 何も聞いてないから、全然わからないんだ。


──仕方ありませんわね。……こんなもんが貼ってあったんですの。


 リレイアは一瞬にしてケータが座っているベンチの周りだけ認識阻害の力場を展開して、レーベン伯爵家へ送ったナノマシンの画像を見せた。

 ナノマシンはボットには画質で劣るものの、一応画像を得ることもできる。

 そこには、伯爵家の二階の窓に貼ってある張り紙が写されていた。


“ケータ、お前は勉強しとけ。

 マルキャルトはこっちで悪いようにしないから気にすんな。

 つまんない虫みたいの、こっちに送んなくて良いから。

 くんなくんな。

 

 ロブナント”


 なんて貴族だろう!

 こんな常識外れなことするだろうか?

 伯爵家を訪ねてこんな張り紙をする子爵なんて聞いたことがない。


 ナノマシンのことを知ってて、リレイアに『送るな』とか……

 しかも『つまんない虫みたいの』って、これで激怒してたんだな。


 ケータは一瞬笑いそうになったが必死に堪えた。

 ここで笑ったらリレイアに何言われるかわからない。

 そうでなくても怒髪天を衝いている状態なのに。


「うーん、これではマルキャルトに何があったかわからないし、とりあえず帰るか。大学の件も相談しなくちゃいけないし」


 白々しいセリフだと自分でも思いながらもそれだけをやっと言うとケータは公園を後にした。


 ◇


 ケータが自宅に帰ってきた後、程なくレーベン伯爵家に行っていたマルキャルトが訪ねてきた。

 意外な客人を連れて。


「ケータ殿。連絡なしで急に訪ねてしまってすまない。レーベン伯爵に呼ばれて話をしてきたのだが、その事で相談したいことがあって」

「ええ、伯爵のところに行ってることは聞います」

「それで、客人もいるのだが」

「わかりました。狭い部屋ですが入ってもらってください」


 部屋は亜空間拡張していない狭い二間である。

 そこで、マルキャルトが連れてきたのは、ケータの顔見知りだった。


「あれっ? もしかしてポルテーロさん?」

「はい! お久しぶりです。ケータさん!」


 ジャン・ポルテーロ。


 ケータたちが、この世界にきて初めてあった人である。

 旅人で商人。

 だが、どうしてマルキャルトと一緒に来たのかわからない。


「マルキャルト。どこでポルテーロさんと知り合ったんだい?」

「いえ、私も会ったのは先ほどが初めてで、レーベン伯爵のお屋敷でロブナント子爵に紹介されたのです」


 また出たよ、ロブナント子爵。

 どこにでも顔を出してくる。


「ポルテーロさんはどうしてレーベン伯爵家にいらっしゃったんですか?」

「それは私がこの王都にケータさんと入った時に商売のことで商業ギルドに相談したところ、その場に居合わせたロブナント子爵がいい取引先を紹介するから、とおっしゃいまして」

「はあ」

「話をしているうちに、ケータさんともお知り合いだと分かったので、さらに良い取引先が見込めるとか……」


 何をやってんだ! あの不良貴族!

 ケータは心の中で毒づいた。


「何でもケータさんが冒険者ギルドで『猫探し』と『令嬢救出』の二つを行ったことで、商人の間ではケータさんが相当有名になっていたんです。それを商人ギルドとブロム子爵……ああ、陞爵されたんでしたね。そのブロム伯爵経由でパルマント子爵も紹介いただきました。そして、パルマント子爵とアリエッタ様の救出で活躍されたケータさんについてお話ししているうちに、同行していたロブナント子爵がレーベン伯爵と知り合いになれば、この王都でも大口の取引を扱える商人としてやっていける目処が立つとおっしゃったんです」

「はあ、なんとなく繋がりは分かりましたけど、マルキャルトがレーベン伯爵家にいた理由がわかりませんね」


 すると、それにはマルキャルトが答えた。


「私もなんでかわからなかったんですが、ロブナント子爵がレーベン伯爵家に来いと言ってきたんです。なんでもケータ殿にも絶対役に立つことだから、と言われて」

「ロブナント子爵は何を考えてるんだろう?……まあ、いいや。それで結局どうなったんだ?」

「ケータ殿が一年の間、大学生活を送る間だけロブナント子爵の元で働くことになりました。場所はロブナント子爵領ではなく、王都の北西の砦になります。そこで、ロブナント子爵の中隊に混ぜてもらえることになりました」

「なんでだ? どういう狙いなんだろう?」

「それは私もわかりません……話を続けますね。そして、ロブナント子爵自身がレーベン伯爵を寄親にするという話になり、ポルテーロさんが商人としてやっていく際の後ろ盾になることにしたそうです」


 ロブナント子爵はそれまで寄親を持たない独立した貴族であった。

 領地の特産物のせいで、王国内のパワーバランスが乱れることを気にしていたのだが、結局レーベン伯爵の寄子になることで王国内での一定の地位を得ることに成功したことになる。


「最後にロブナント子爵からケータに伝言があります」

「聞きたくないけど……まあ、言ってみてよ」

「はい……『どうせ、北の畑で小麦も作るんだろ? ポルテーロに扱わせろ。美味いパン屋の仕入先探してるようだから、そっちも解決して万々歳じゃねーか』だそうです」


 ふうぅぅぅっっ。

 ケータは深いため息をついたが、その心中は複雑である。

 その心の声を表すならば……


 なんで、エストレモ・パン店の仕入先で悩んでいることを知ってるんだ?

 いきなり、面識のないレーベン伯爵をブルム伯爵からパルマント子爵にコネを無理やりつなげて寄子になる交渉とかするか? 普通。

 進境著しいマルキャルトを自分の中隊に取り込んだ手腕も見事だが、手回しが良すぎじゃないか?

 ……なんでそこまで把握できるんだ! ロブナント子爵は!


 そのケータの心の声に応えたのは、リレイアだった。


──私にはわかりましたわ。ここまでのつながりを見通せる人物は一人しかいません。


 そう言われるとケータにも心当たりがある。


 ピボーテ子爵かあ。

 目端の効く人だなあ。


──そうですわね。ただ、パン屋の仕入の事情はご自分で突き止めたようですけど。


 侮れない奴だなあ。


 ピボーテ子爵は『人』でロブナント子爵は『奴』である。

 それを気づかずに使い分けているケータをリレイアとクリスクロスは笑った。


 ◇


 ケータとマルキャルトとポルテーロさんは、話し合った結果ロブナント子爵の考えた通りに動くことに決めた。

 ケータはそれがあまりにも癪だったので、一つでも変えようと思ったのだが、どうやってもロブナント子爵の策に乗るのがベストだったので仕方がなかった。


 決まったのは、


 ・マルキャルトはロブナント子爵の中隊に属して北の砦で働くこと。

  ただし、それは週の半分ぐらいとし、あとは王都に帰ってケータたちと冒険者稼業を続行すること。


 ・ポルテーロさんは、レーベン伯爵、ブルム伯爵、ロブナント子爵、ピボーテ子爵を後ろ盾に商会を立ち上げること。

  ただし、ロブナント子爵、ピボーテ子爵が後ろ盾であることは表沙汰にしない。

  また、商会ではメイソンさん指揮の元に収穫される小麦を扱い、エストレモ・パン店の仕入先となること。


 ・ケータは、週一で大学に行き、残りで冒険者稼業を続けること。


 以上である。


 ◇


 その後、半年が経過した。


 マルキャルトは、ロブナント子爵の中隊に属して修行を積みその剣技から陞爵の話が何度かあったが、本人はガンとしてそれを拒んだため表向きの爵位は騎士のままである。

 ただし、騎士のままでは伯爵家以上の護衛か、騎士団に所属しているかのどちらかが求められるため、ロブナント子爵の中隊に所属するときも問題となっていた。確かにロブナント子爵は領地持ちの貴族ではあるが、マルキャルトは領地の騎士団に属している訳ではなく、臨時の北の砦の中隊にいるだけなので、騎士爵の職務条件を満たしていないからである。


 これを解決したのはエリウス王の発した特例によるもので、魔素病事件の解決の褒美として騎士の職務条件である所属制限を緩和されていた。

 これによってマルキャルトは、自分の好きにどの貴族家でも関係なく士官することができるようになった。

 どこにも士官せずケータたちと冒険者を続けていても騎士爵を剥奪されることはないのだ。

 一応、騎士爵(准男爵相当)という肩書きであるが、これまでの貢献から貴族の内々では男爵位として遇されているようだ。


 ポルテーロさんは、ポルテーロ商会を立ち上げた。

 クルゼ王国内では、主に食品関係を扱い、他国とのパイプから贅沢品の輸入を始めた。

 輸出はクルゼ王国の最重要品目である羅鉄鋼を一手に扱うこととなった。


 メイソンさんは、王都クルゼナントの北西の魔の森近くにある砦と北の街道沿いにある休憩所兼厩舎兼花屋(裏で魔素研究)という二拠点の統括をしている。

 砦にはロブナント子爵配下のものが常駐しているが、休憩所の方も密かにピボーテ子爵がサポートし続けているのでどちらも堅調である。


 砦と休憩所の間の道も整備され、その道沿いの畑もかなり拡大している。

 主要作物は小麦、馬の魔素病の治療用作物(王都での魔素病についても継続して治療の研究用に作成している作物も含む)。

 そして異世界からリレイアが持ち込んだバラを始めとした花を栽培している。

 昨今はわざわざ、貴族がその花を北の休憩所の花屋まで買いに来ることが一つの隠れた流行になっており、貴族の社交界で女性に花を贈ることなどが一部で行われ、話題と成りつつあった。


 ケータは大学に通っているうちに、同じ研究生待遇であっても途中から中身が変わってしまった。

 最初の半年は生徒として授業に出ていたのだが、レポートを月2回提出するうちにどう考えても授業内容を超える内容であるため、大学から講師として残りは通って欲しいとの依頼があり、ケータはこれを渋々受諾した。


 そんなある日、マルキャルトから緊急の手紙を受け取った。


「メイソン殿から北の魔の森に不穏な兆候ありとのこと。至急、砦まで来られたし」


 ケータはすぐに北の砦に向かった。

 リレイアは即座にナノマシンを展開したが、クリスクロスは飛び出して行ってしまった。


「マルキャルト。状況はどうだ?」

「他の兵士は今まで通りだと言ってますが、私はメイソン殿の言う通り森の様子がおかしいと思います」


 ケータはあまり緊張感のない砦の様子に疑問を抱いたが、まずはマルキャルトに確認してみた。

 どうも一般の兵士ではその魔の森の変調に気がつかないらしい。


──まずいです。中規模のモンスター・パレードが発生するものと思われますわ。発生までの期間は大体一週間。この砦に到達するのは10日前後と予想されますの。


 ケータは急いで王都に戻りブルム伯爵に連絡を取った。

 その内容はすぐにエリウス王に伝えられ、砦には騎馬、歩兵合わせて2,000名の派兵が決定した。


 とても足りないように思うので、ケータはリレイアに頭の中で話しかけてみた。


──2,000名で抑えられると思うか?

──もう少し兵の数を増やしたいところですが、流石に急な派兵ですのでこれ以上は無理ですわ。冒険者ギルドに手配すればその倍の戦力には成りますが、レベルも兵装も揃わなければ損害もそれに応じて大きくなりますの。


 何か案はないのか?

 そんなはずはない。

 リレイアなら何らかの成算を得ているはずだ。


──でも、代案があるんだろう。

──ええ。工兵を500名ほどお願いできますでしょうか? それと歩兵の方々にも工兵のお手伝いをお願いする必要がありますわ。


 それでケータにもピンときた。

 人の力で抑えられないのなら魔法の力だ。


──わかった。魔素に干渉して抑えるつもりだな。

──ご名答。


 ケータはすぐにブロム伯爵に連絡を取ったが、すぐに工兵を回してくれるよう手配する。

 エリウス王への報告は事後処理となるが、こればかりは仕方がない。


 ケータは北の砦に戻ろうとしたが、ピボーテ子爵に呼び止められた。

 工兵がまずやるべき作業が知りたいとのことでリレイアに念話で聞いたところ、浅くて良いので塹壕を何段階も敷設することと塹壕には水を張る予定なので粘土質の土で固めることをお願いすると、そのままピボーテ子爵は飛び出して行った。

 全く仕事が早い人たちである。

 これなら北の砦も破られずに王都は守れそうだ。


──やべーよ。うじゃうじゃいるぜ。魔物ども。


 北の森に飛び出して行ったクリスクロスが帰ってきた。

 まずはお説教だ。


 まず指示を聞いてから動いてくれよ。

 頼みたいことがあったのに……


──なんだよ! 真っ先に見に行ってやったのに……ったく、わかったよ。悪かった……。で、頼みたいことって何だ? もう一回、森に行ってもいいぜ!

──そうですわね。では、魔素を少し抜いてもらいましょうか? これを森に撒けば魔物化も弱まりますし、すでに魔物化した動物も力が随分削がれますの。


 リレイアは、カリオンたちが魔素毒と呼んでいた粉をさらに研究で改良した物をクリスクロスに渡した。


──けどよ。それ、おいらも吸ったら魔力落ちるんじゃないか? おいら魔物の森に落下してデカい奴に押し潰されるのはゴメンだぜ!

──そうですわね。

──『そうですわね』じゃねーよ。そんなのゴメンだぞ!

──話を最後までお聞きなさい、ですわ。これを飲めば大丈夫ですわ。


 リレイアは今度は錠剤を取り出した。


──なんだこれは? これこそ大丈夫なのかよ!

──私が作った魔法力保持と魔法持続力強化の薬です。いやなら、これなしでお撒きになってください!

──ったく、わあったよ!


 クリスクロスは錠剤を飲み込むと森に撒く粉を持って飛んでいった。

 そして、王都から工兵たちがやってきて、塹壕を掘り始めた。

 なんと騎士がリアカーみたいなものを引いていて、粘土質の土を持ってきたようだ。


 先頭にいたピボーテ子爵にケータは。


「よくもまあ、ここまで手回しよくやれますね。騎士の皆さんに、ここまで協力していただけるとは」

「それだけ王都の皆が魔素病事件の解決に感謝してるんですよ。ケータさんは王都では有名人ですから」


 有名人は嫌だなとは思ったものの、これは嬉しい誤算だ。

 騎士のプライドがあってリアカーを引くなんてことできないと思っていたのだ。

 あの急場では馬車の用意など数がとてもではないが揃えられない。

 とにかく使えるものを集めて利用したのだろう。


 工兵と歩兵により、三日間で砦から1kmの地点に五段階の塹壕(ざんごう)が作られた。

 塹壕の底を粘土質でさらに固めるのに二日。

 水を張った後は立入禁止にして、上から魔素病事件で作った薬を魔改造した粉を撒いた。

 中型の魔物までなら、急激に魔素を吸い取られて衰弱死するほどのレベルだ。

 うっかり魔法使いが落ちると死亡事故になるので、近づくことは厳禁だ。


 ◇


 果たして10日後、森から地鳴りのような音が押し寄せてきた。

 モンスター・パレードである。

 魔物と魔獣の大暴走(スタンピード)

 もう、まともに正面から当たることは自殺行為だ。

 その数なんと3,500頭!


 だが……


──クリスクロス。よくやってくれましたね。最悪8,000を覚悟してましたが、半分以下です。しかも三分の一は既に勢いがありませんわ。

──ったりめーだ。おいら、森の奥の奥まであの粉をばら撒いてやったからな。


 リレイアがクリスクロスに渡した粉の散布はかなりの効果があったようだ。

 しかし、それでも3,500! 依然として砦の兵士には脅威であることには変わりない。


 そして、モンスター・パレードの第一集団が塹壕の一段目を超えて水を張った溝に突っ込んだ瞬間、不思議なことが起こった。


 ウォォォォーーーー


 魔物も魔獣も雄叫びを上げたものの、その体が目に見えて縮んでいる。

 何十頭かはそのまま動かなくなる。

 そうでないものもフラフラになり、最早足元も覚束なくなっている。


 だが、塹壕を飛び越えたり、倒れた魔獣の上に乗って薬の入った水に触れない集団がそのまま押し寄せる。

 5段の塹壕を越えてきた魔獣と魔物の総数は800匹まで減っていた。


 正面は頑丈な盾を装備した正騎士、両翼には歩兵となっていて魔物とは一対一にならないように陣地を作っていた。


 イヤァァァーーー


 一斉の掛け声で槍部隊が一番突進力がある魔獣を突き刺していく。

 反撃してくるところには、盾を持った騎士がタンク役を務めている。


「引けーーーー」


 兵士たちが一当てしたところで命令を出したのはピボーテ子爵だ。

 兵士達は真ん中を開けて、横に退避していく。

 城壁の上からは魔法師が魔獣に対して攻撃をしているが、即死で仕留めないと突進力は無くならない。

 あとは、砦を守るのはその城壁だけだ。

 わずかな期間で作ったこの砦にそこまでの耐久力があるのか!


 残った魔獣たち、200頭のうち、60頭が砦の城壁に突っ込む。


 ズガガガガーーーン


 物凄い音がして振動が砦内に伝わったので、中ではひっくり返るものもいたが、それでもその壁は持ち堪えた。

 それどころか……ほとんどの魔獣が即死していた。


 ケータは冷や汗をかきながら、頭の中でリレイアに尋ねた。


 リレイア、何やった?!


──ええっと……その……ケータのいた21世紀にスタンガン、って武器があったじゃないですかあ。


 ああ、あったけどアレこんなに大型魔獣を即死させる程の威力はないぞ。


──ちょぉぉぉと、電圧と電流を多めにしたら……えー……と


 わかった。もういい。後でピボーテ子爵にする言い訳を考えといてね。


──…………はい。


 それからは、完全な掃討戦になり魔獣の危機は去った。

 後で聞いたら、壁にぶつかった時に魔獣に流れた電力は、10万ボルト20アンペア。

 多数の魔獣が押し寄せるので電圧・電流とも降下するが、仮に100分の1だとしても200ミリアンペアである。

 そりゃあ、生き物である以上、即死もするだろう。


 本当なら漏れ出た電力に感電して死んだ兵とかも出そうなものなのだが、そこは未来の謎技術で抑え込んだらしい。

 まあ、単にぶつかって電気ショックを受けている瞬間だけ力場で囲っただけ、と言っていたが。


 言い訳は、もうしどろもどろだったが、ケータは実家の秘伝魔術とか何とか適当なことを言っていたようだ。

 ブルム伯爵はそれを見てはいなかったし、ピボーテ子爵はケータが話す気がないとわかって追求して来なかった。


 この件においての殊勲は、派兵したブルム伯爵と陣頭指揮を取ったピボーテ子爵に何とか押し付けることができたので、ケータは王からの報酬攻めに合うというピンチ(?)からは逃れることができた。


 この砦の重要性は認められ、なぜか常駐していた部隊のお陰でロブナント子爵の懐も温まるというおまけまでついた。

 拠点の責任者であるヨシュア・メイソンに、今回のモンスター・パレードで使った薬物について全てを説明した。

 問題があれば自由に使えるようにしてもらい、ケータは北の拠点の件からは一旦手を引くことになった。


 これで、全ては一件落着となるはずだったが、どうもブルム伯爵とビボーテ子爵はケータをこのままにはしておかないようである。


 ケータ、危うし! なのか?

 全ての王都の危機も去ったようです。

 ケータは大学に通うようになりましたが、いつまでも生徒でいられるわけではないようです。


 次回は、『41話 王都の暮らしが一段落すれば』 8/26投稿予定です

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