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38話 決戦の時を迎えたならば

 王都クルゼナントは魔素病から立ち直りつつあります。

 残るはカリオンとの最終決戦です。

け 王都クルゼナントに活気が戻ってきた。


 魔素病にやられ、やる気の欠如や倦怠感から労働力を失っていた市民が立ち直り始めた。

 魔法力が減退した魔法使い達も元の調子に戻っているらしい。


「いらっしゃい、いらっしゃい。トマトもレタスも大量入荷だよー」

「団子、いらんかねー。焼きたてだあ。うまいよぉ」


 メイン通りに人が溢れるようになり、座り込んでいる人はいなくなった。

 ほとんどの店は朝から開かれ、露店に売り物が山積みになっている。

 まだ、裏通りには物乞いがいるが、その数は着実に減ってきた。


 ヨシュアの作物を研究し材料として用い、リレイアが作った薬が行き渡ってきたのだ。


 だが、街の回復を歯噛みしているものがいる。

 カリオンとその手下たちだ。


「どうなってるんです? あれだけ拡げた魔素毒にやられた連中が治っちまうなんて。カリオンの旦那。あっしにはさっぱりわかりませんわ」

「良い薬が出回っているらしい」

「それじゃあ、魔素毒は解決しちまったんですかい?」

「ああ、うまくやられたな」


 カリオンの仲間たちは、野菜に混ぜた魔素病の元を魔素毒と呼んでいるらしい。

 周到な計画を立てて拡げたその魔素毒の影響がなくなってしまった。

 手下は困り顔だが、カリオンは冷静に返す。


「末端の手下どもも皆捕まっちまいましたんで、これ以上の魔素毒のばらまきは無理ですぜ」

「ああ、これ以上アレを拡げるのは諦めよう。だが、だいたい相手の目星はついている。やり返す算段を立てるとしよう」

 

 カリオンはまるで悔しくはないかのように冷静に答えた。

 そこに影から一人の男が現れた。


「おっ、お前は ”裏刺し”! 裏切ったお前が何しに来やがった!!」

「そう、邪険にしなさんな。また、このカリオン殿とお近づきになりたいと思っただけよ。この旦那の相手とは随分楽しめそうだからな。ヒッヒッヒ」


 手下は毒付いたが、”裏刺し” は動じない。


「それより、あんたも随分元気がいいなあ。この俺も気にいっちまいそうだぜぃ」

「ヒッ!!」


 毒付いた手下もカリオンの前で去勢を張ったにすぎず、一言で怯え上がってしまった。

 ”裏刺し” に『気に入られる』ことの意味は十分に知っている。


「よさんか!」

「わかりやしたよ。別にカリオンの旦那とまたやり合うつもりはねぇ。あの冒険者の坊やと遊びたいだけなんで」

「そうか。なら奴らの拠点を叩く。それに参加しろ」

「ちゃんと、楽しませてもらえるんでしょうねー?」

「ああ、それは受け合おう」


 下卑た笑いを”裏刺し” に向けて、カリオンは地図を広げた。

 北の街道を辿った先、魔の森の手前に赤く印が付けられている。


「奴らはここにいる。

 この街で仕掛けた毒を全部おじゃんにしてくれた何かもここにあるはずだ」

「すげーな。さすがだ。旦那。……で、どうやるんだ。言われたことはやるぜ」


 カリオンに追従し、褒めそやす ”裏刺し”。

 だが、響には揶揄が感じられる。

 『言われたことはやる』と言うのは『それ以外は勝手にさせてもらう』という意味だ。

 だが、カリオンは百も承知。


 カリオンと手下、そして ”裏刺し” は襲撃の日を3日後と決めた。


 ◇


 王宮でブルム子爵とピボーテ男爵、そしてロブナント子爵がお茶を飲んでいた。


「どうだ、街の様子は? それと魔素の毒を撒いていた連中は捕まったのか?」

「ええと、多分捕まってます」

「なんだそれは!」


 ブルム子爵はピボーテ男爵の答えに口をへの字に曲げて軽く睨む。


「しょうがないですよ。捕まえてるゴロツキは、毒があるかどうかじゃなくてケータ殿から頂いたリストに沿って片っ端から牢屋に入れてるだけですから」

「罪もないのに捕まえて大丈夫か?」

「ええ、それは大丈夫です。たとえ、毒を撒いた犯人じゃなくとも余罪の方もリストに記載されています。それだけでもしょっ引く理由には事欠きません」


 完全な別件逮捕だ。

 地球の警察ではこうはいかないだろう。

 いや、異世界だからといって、そうそう別件逮捕が(まか)り通ってはいけないのだが。


「で、効果は?」

「素晴らしいです。捕まえれた分だけ確実に魔素病の拡がりがパタッとなくなりました」


 それを聞いていたロブナント子爵。


「ほう。やるな、ケータの坊主。しかし、拡がらなくなったのはいいとしても随分と活気が戻ってるじゃねーか。どうやって治療してんだよ」

「ああ、それだがな」


 ロブナント子爵にちょっとにやけた顔でブロム子爵が答える。

 ちょっとドヤ顔で。


 ブロム子爵は治療方法について説明した。

 まず、ケータの提案で治療は人知れず行うことにした。


 第一に市場で売る野菜や肉類は、一度検査を受けてから販売することを義務付けた。

 最初は、税が付加されるのではないかとか、販売するまでに時間がかかるのではと抵抗があったが、いざ検査が始まってみると役人は野菜をタライに入れた水で洗うとほんの1秒ほど見た後「よし」と言って束ね小さな札を付けて、次から次へ持ち主に返す。


 肉の場合は、一旦紙で包んでからサッと取り出す。

 紙についた肉の油を一瞬見てから「いいだろう」と言って、食紅で印をつけて持ち主に返す。

 この札が販売を許可する印なのだが、何を検査しているのかは誰にもさっぱりわからなかった。

 本当なら文句が出ただろうが、流石にこの程度の手間で役人に文句を言うのも憚られたので、皆素直に従った。


 タネを明かせば、タライの水と肉を包む紙にリレイアが研究した魔素病の特効要素が含まれているのである。

 野菜や肉にもし魔素病の毒がついていたとしても、それを無効化してしまう。

 役人は検査をしているようで、実は野菜も肉も見てはいないのだ。


 だが、役人たちは別のものを見ている。

 それは野菜を持ってきた本人の方だ。

 野菜を受け取る時に、回って来ている人相書きに該当する人物ならば、裏に控えている者に合図を送る。

 その場では捕まえず、帰りに別働隊が尾行してアジトごと暴く。


 そして、検査の終わった食物は毒の無効化どころか、これを食べることで魔素病にかかった市民も快方に向かうのだ。

 クルゼナントの市民は誰も明示的な治療を受けていないにも関わらず、活気を取り戻したのだ。


 さらに、教会では新たな種類の紅茶が流行っていた。

 これは安価で発売されたが、香りも味もよく、宗派の違いに関係なく広められた。

 それは、教会の神父やシスターだけでなく、信者や治療に訪れた者にまで振る舞われたが、これにも秘密があった。


 これは、メイソンが育てていたジャスミンティの一つでこれにもリレイアが一役買っている。

 こちらには、魔法使いがかかった魔素病の治療に特化していて、魔素が効率よく魔法になるよう調合されており、体に溜まった魔素を排出することと魔法の効きを良くするという両方の目的を満たしていた。


 さらに、これには思わぬ効果が含まれていたのだ。


 一般の市民の中でも魔法が使えないものが、ある一定以上の魔力を出すことに成功して、生活魔法が使えるものが飛躍的に増えたのである。

 教会は安価で生活魔法を教えていたのだが、この収入がバカにできない程になり、紅茶の普及はさらに進むことになった。


 ロブナント子爵は話を聞くとブロム子爵にいつもとは違う真摯な顔を向ける。


「へえー、良いことずくめじゃねーか。だがな、最後の一仕事が残ってる」


 ブロム子爵もそれにああ、と答えた。


 この魔素病の騒ぎも大詰めだ。

 この病気の拡がりを阻止した。

 市民の病気の治療にも目処が立った。


 残る最後の一仕事とはもちろん、犯人の検挙だ。

 だが、これをするのは王宮にいる彼らではない。


 ◇


 北の街道の拠点である休憩所は軌道に乗っていた。


 休憩所と厩舎についてはまだまだ赤字なのだが、当初花屋として始めた作物の育成、研究のために茶葉を仕入れていた。

 その茶葉を蒸して紅茶を売り出したのだが、これが好調なのだ。

 まあ、紅茶の加工販売は花屋の業務とはいえないので、本来の意味で成功したとは言い難いのだが、採算が取れていることにまずはメイソンはホッとしていた。


 その花屋としての業務も少しずつ売り上げを伸ばしている。

 王都からわざわざ花屋までやってくる貴族の使いまで現れた。


 その辺の野原では見られない綺麗な花を買っていくのである。

 購入された花は貴族がお目当ての令嬢への贈り物としたり、社交界でも会場の花瓶に生けられていたり、職人に手渡されてドレスの柄のモチーフになったりしていた。


 バイトの質も安定してきた。

 休憩所で雇っているバイトには、仕事としては暇が多いので会計業務などもやらせている。

 従って、この紅茶が好調な売れ行きであることもわかっており、安定していて食いっぱぐれがなく、割と暇で自由な時間もあることから、誰もこの職場を離れるものがいなかったのである。


 メイソンは、拠点の横の林を切り(ひら)き、キャンプ場として使えるように整備していた。

 水場と炊き出しができる窯も備えていて、魔の森で狩りをするものはだんだん皮と魔石以外に肉を持ち帰るものが増えている。

 ここで泊まる時に調理することもできるし、一部はメイソンが買い取って料理の具材としていた。

 ただし、ここで出す料理は相変わらずパンと付け合わせのシチューなどの軽食にとどめている。

 ガッツリステーキを出すことも考えたのだが、この拠点ではまだレストランとしてではなく、あくまで旅の途中で立ち寄る休憩所にとどめておくことにした。

 これは、ケータがメイソンと相談して決めたことで、この拠点をめぐる事件が収まるまでの方針としていた。


 冒険者ギルドにも口コミでこの場所が知られるようになり、今では宣伝の小さなビラが貼られている。

 ギルド内でも話題になっており、冒険者のために簡単な解体と買取りのためのギルド出張所を開こうと進言する職員もいたが、時期尚早であるとギルド長にやんわりと拒絶された。

 これは、ブルム子爵からケータ担当のギルド職員サフール経由で情報が入っていたからである。

 ことを大きくしないことでギルドの上の方との話がついていた。


 ◇


 ある日、全てのバイト人員に対し、一斉に3日間の休日が与えられた。

 だが、バイトが誰もいない期間であるにも関わらず、北の街道の拠点である休憩所は営業を続けていた。


 そこに全員が馬に乗った6人組の客が訪れる。


「突然で悪いんだが、魔の森に入りたいので、この馬を預けたいのだが」

「わかった。厩舎の方へ入れてくれ」


 対応しているのはメイソンではないし、バイトは休暇中だ。

 では誰が、客の対応を行なっているのか?


 見れば、その臨時の接客係は馬の扱いに随分と慣れている。

 そのうちの一頭が急に暴れ出して、後ろ足の蹴りを接客係に放った。

 もし、馬に蹴られていたら大変なことになる。

 まともに入れば即死も十分にあり得るのだ。


 だが……


「おっ、と危ないですよ。気をつけてくださいね」


 接客係はこともなく(かわ)すと何もなかったように厩舎の方へ歩いて行った。

 休憩所の柱の影には一人案内係がいて、馬を連れてきた客には見えない角度で左手で4を示している。

 その情報は休憩所の中に伝わったようだ。

 

 厩舎に最初の馬が入る直前で別の案内係が、駆け出し馬のいない厩舎の一箇所に飛び込む。

 その瞬間。


 敷地内の全てが、目のくらむ強さで光る。

 まるで上からフラッシュが焚かれ、地面が反射率の高い鏡になったようだ。


「うわっっ、前が見えん!」


 驚いた馬三頭が暴れ、その上にいた者は地面に投げ出される。


「「ファイヤー・ボール」」


 客のうち一人が厩舎に、もう一人が休憩所に向かって火の呪文を放つ。

 どちらも相手が倒すべき敵であるとわかっていた。

 最初に声をかけた時からこうなることは両方とも織り込み済みなのだ。


 魔法を唱えたもの以外はどうか。

 馬から地面に落ちた三人のうち、二人は打ちどころが悪く立ち上がれない。

 一人はすでに復帰している。


 魔法を撃っていた二人は、次の魔法の詠唱準備に入った。

 すでに復帰した最後の一人は周りに指示を出しながらも、余裕を持って興味深そうに見ている。


 だが、指示を出した最後の一人を除いて、他のものは目をやられていて満足に動けていないようだ。


 休憩所の方から店員姿の二人飛び出してくる。

 六人の男の横から背後に回り込む積りのようだ。


 馬から落ちたダメージを受けた客の二人もようやく立ち上がる。

 飛び出した店員姿の二人の前に出ようとする。


「おい! 不用意に前へ出んな……っ、つっても遅いか。へへっ」


 飛び出した男に釣られて出た二人が厩舎の影にいた男のボウガンに倒れた。

 客と言う名の刺客、残りは四人。


「こうなったら俺も勝手にやらせてもらうぜ」


 指示をしていた最後の一人が ”裏刺し” だ。

 すでに手下どもは使い物にならないものとして指揮を放棄していた。

 

 葬り去る相手を探していたが、”裏刺し” が駆け出すと同時に厩舎の影にいた店員達も休憩所から飛び出した二人もどこかに隠れてしまった。


「なんだよ。かかってこねーのか。楽しくやろうぜ」


 そのまま、太々(ふてぶて)しく歩いていく ”裏刺し”。

 そこに、休憩所からも一人の男が出てきた。

 ケータである。


 ケータの側には、姿を消したリレイアがいる。

 ”裏刺し” には誰かわからないが、ケータのそばに何かいることには気づいている。


 マルキャルトは厩舎の裏で様子を見ている。

 マルキャルトには、クリスクロスが姿を消して着いている。


 と。


 その拠点での戦いを外から眺めている7人目がいた。

 カリオン・サカモトである。

 彼にはもう直接使える手下がいなかった。


 “裏刺し” に指揮を取らせてケータ達を始末する計画ではあったのだが、そう上手くいくとは思っていない。

 場合によっては、自らを貸して仕留めるつもりではいるが、当然正面から戦闘に加わる気はなかった。

 得意の幻影を使って、ケータの動きを止め ”裏刺し” もろとも仕留めるつもりだったのだ。


 先ほどの拠点全体が光る仕組みには驚いたが、今は収まっている。

 “裏刺し” 以外は既に戦力としては見込めない。

 カリオンが仕掛ける幻影はもう以前ほどの効果はないだろうが、それでも一瞬動きを止めるには有効だと踏んでいた。

 そして、ケータと”裏刺し” が正面切って遣り合うその瞬間がチャンスだ。


 幻影がケータの視線の先に表示される。

 それと同時に ”裏刺し” がケータに襲い掛かる。

 ケータは動けない。

 ”裏刺し” は普段からは考えられないスピードで迫り、ケータを切り裂こうとした瞬間。

 ケータはケータで無くなっていた。


 物凄い強さで『ケータだったもの』はフラッシュのように光った。

 飛び込んできた ”裏刺し” は、視線を外らせることができずまともに目を焼いた。


「くそッ! 囮か!」


 普段と違うスピードで飛び込んできたのは ”裏刺し” だけではなかった。

 そこに ”裏刺し” の背中から超速で繰り出される剣!

 だが、その剣も既の所でその剣で弾かれる。

 飛び込んできたのは、厩舎の裏にいたマルキャルトだ。

 しかし、視界のハンデにも関わらず ”裏刺し” は、死角からの一太刀を防いだ。


「あれを防ぐのか!」


 ケータはそう(うめ)いた。


 マルキャルトが、前回の挽回を期して修行していたことを知っている。

 もはや、彼女の腕は一介の騎士のレベルを越えている。

 だが、それをも防ぐ ”裏刺し” の実力に底知れない物を感じ、ケータは助けに入ろうとしたが。


「大丈夫だ! やらせてくれ!」


 叫ぶマルキャルト。

 一対一で戦うつもりだ。


「お嬢ちゃん、随分腕を上げたみたいじゃねーか! 楽しいねぇ! 殺し合いはこうでないとなぁ」


 苦しいはずの ”裏刺し” の減らず口は余裕なのか、強がりなのか。

 マルキャルトと ”裏刺し” はその後、二度三度と切り結んでいたが ”裏刺し” の態度が少しおかしい。


 ふいに。


「女騎士様よ。そろそろ、その綺麗な肌が血に塗れるところを見たくなったのでな」


  ”裏刺し” は攻勢に出る。


 休憩所の中からは、ブルムの配下が何人か見ているのだが、俄にその太刀筋が見えなくなった。

  ”裏刺し” は幻術を使っているらしいことはわかってもそれが見抜けないのだ。

 何をしたのかがわかっていたのは、リレイアとクリスクロス、それにピボーテ男爵ぐらいか。


 いや、もう一人いる。


  ”裏刺し” は最後に勝ちを確信して、剣を振るう。

 フェイントを入れて、懐ろから投げナイフを瞬時に投げた後だ。

 投げナイフも振るった剣も見えていないはずであった。


 だが、その全てを見切って立ち回る俊足と神速の剣。

 姿を見失ったのは ”裏刺し” の方だった。


「どこ行きやがった!……うがぁぁぁぁ」


 切られたはずのマルキャルトは ”裏刺し” の背後にいて、絶対の一太刀で袈裟斬りを放つ。

 何度捉えたと思っても決して届かなかった刃が、いとも容易く ”裏刺し” を切り裂いた。


 敵も味方も見えない術の応酬であったが、誤算があった。

 カリオンもケータも見えない術を使うことは折り込み済みだったが、マルキャルトまで使うとは考えてなかったのだ。

 実際にはケータもマルキャルトも幻術は使えない。

 見えないサポートはケータにはリレイア、マルキャルトにはクリスクロスが行っていた。


「ぬ、ぬかったぜ。嬢ちゃんの腑を切り裂く……つもりだったんだがよ。オレの……オレの血が流れるだけだった、か……へへ、へへへ、うがっ」


 あっけない ”裏刺し” の最後だった。

 それが、双方が消耗してから方を付けるつもりであったカリオンの誤算を生んでいた。


 カリオンは舌打ちする。


「しくじったのか? 早過ぎる! ずらかるしかないか」


 ”裏刺し” は斬られ、残りの5人は既に倒れ伏している。

 カリオンが付け入る隙は ”裏刺し” とケータ達がギリギリでやりあう両者余裕がなくなる瞬間にしか存在しない。


 随分と確率の低い賭けのように見えるが、両者の実力は拮抗していると踏んでのことだった。

 少数精鋭がベストの策であるとともに、すでにそれ以外の方策は取れないところに追い込まれていたことが、敗因の一つ。

 そして、もう一つは

 

「まさか、あの女騎士があそこまで腕をあげているとは……」

 

 その見込み違いに思惑は外れ、賭けに負け、 カリオンは完全な失敗を悟り逃げることにした。


 追手は多いし、強力な魔法を唱えるには時間がかかる。

 しかし彼はそれに見合う高価な使い捨ての魔術具を脱出用に用意していた。


 だが。


「そうは問屋がおろさねーよ。意味わかんねーけど」


 姿を現したクリスクロスは、カリオンの前にそう言い放つ。

 ケータの口癖を真似たのだが、地球の慣用句の意味など知るはずもない。


「なんだ、お前。俺を倒せるつもりなのか?」

「いや、おいらは時間稼ぎさ」

「何っ!」


 クリスクロスと戦う様子を見せながら、魔術具の動作ボタンを探っていたカリオンは、その魔術具が無効化されていることに気づいた。


「お初にお目にかかりますわね。最も前回も私のことを覗いていらしたのかもしれませんけど。リレイアと申します。ああ、覚えていただかなくとも結構ですのよ。短い付き合いになりますから」


 クリスクロスが稼いだ時間で、魔術具を無効化したリレイアが姿を現した。

 そこにケータが追いついてきた。


「ほう。凄腕冒険者様のお出ましか。どうやら逃げられはしないようだが、お前を殺ればまだチャンスはある」


 切り結ぶケータとカリオン。

 そこで、カリオンは三度目の幻影を見せる。

 ケータの知己の女性を見せる幻影を。


 その瞬間、ケータはカリオンを無視して、幻影を一刀両断した。


「ぐわあぁぁぁぁ」


 そう、カリオンこそ幻影だった。

 最後に怯ませるために見せた幻影の裏にこそカリオンはいたのだ。


「俺もこれまでか。何が間違ってたのか……って、考えるまでもねーな。何もかもが間違ってたんだろうよ、グゥ」


 バッタリと倒れる。

 そして何も言わない(むくろ)となった。


 カリオンは死んだ。

 あっさりと。


 立ち尽くすケータ。


 そこにもう一人が木陰から現れた。

 ロブナント子爵だ。


「よくやったな、坊主」

「いえ……初めて人を斬りました。手が震えています。殺さずに捕まえる方法も考えられたはずなのに、今は余裕がありませんでした」


 それを聞いたロブナント子爵は。


「殺さずに……か。あったかも知れねーな。そういう方法も。だが、殺すように手立てを考えたのは後ろの妖精どもだぜ」

「えっ!!」


 後ろを振り向くと、リレイアとクリスクロスが心配そうな顔で見ている。


「おいら……」

「いえ、私が説明しますわ」


 クリスクロスが言い始めたが、リレイアが遮った。


「この前の失敗でケータがいざと言う時、自分の死を前にしても相手を手にかけられないのでは、という疑念が残りました。犯罪を犯す相手にさえ、気をかけること。それは美徳です。本当に良いことなのでしょう。自分の手で人を殺すこと。確かに良くないことかも知れませんが、この世界では必要なことです。残念なことですが。いえ、もっと言えば良いかどうかなんて関係ないのです……」

「おいらたちはケータに生きていて欲しいんだよ。だから、良いとか悪いとか別にして、土壇場では生きるために剣を振るって欲しいんだ」


 その姿を見てケータは。


「そう……だな。まだ、斬ったことには気持ちの整理はついていないけど、二人の気持ちはわかった。僕も死ぬつもりはないんだ」


 それだけをやっと言うと後始末のために一同は休憩所に戻って行った。


 ◇


 休憩所には、ブルム子爵、ピボーテ男爵以下騎士たちが10数人が揃っている。

 戦っていたのは数人に見えたが、バックアップや敵の監視や連絡を含め、意外な大人数で動いていた。


「皆、ご苦労だった。今回のことで、魔素病事件の全てが解決した。犯人の証言は取れないが、既に捕まった者たちからの話で死んだカリオンが主犯であることは明白だ。ここからは我々で行う。ケータ殿それにマルキャルト、一番大変なところを任せてしまったな」

「いいえ、それは……まだ、後始末もありますし」

「いや、それは我らだけで十分だ。ケータ殿には休息が必要だろう」

「……はい」


 ケータとマルキャルトは、休憩所に併設されている馬の世話をする従業員用宿泊所で休むことにした。

 ここには男性用と女性用の二部屋があり、それぞれにベッドが3台ずつある。

 この日はケータとマルキャルトが一つずつ使うだけなので部屋は広く使える。


「ケータ殿、大丈夫か?」

「……ああ」


 マルキャルトは心配してケータのいる男性用の部屋に来ていた。

 そこで、リレイアとクリスクロスが出てきた。


「マルキャルト、夜這いか?」

「なっ! 違います!」


 クリスクロスの揶揄に血相変えるマルキャルト。


「心配してくれてありがとう、マルキャルト。私たちが見守りますし、ケータも落ち着いていますわ。でもたまにはゆっくり話すのもいいかも知れませんわね」


 リレイアがいつもより優しい声でマルキャルトに語りかけた。


「ケータ、入りますよ」

「どうぞ」


 リレイアがケータの部屋に声をかけてから入ってくる。

 ケータもいつもなら目の前にいきなり現れるリイレアが声をかけてきたことに、あれっ?、と思ったようだが理由はすぐにわかった。

 クリスクロスとマルキャルトが一緒にいたからである。


「ミルクティーでも飲みませんか?」

「ああ、いいな、それ」

「では、私が用意しますわ」


 それから、王都に帰ったらあれしようこれしようと4人は他愛もない話をして、マルキャルトは女性用寝室に戻った。

 カリオンに纏わる全ての事件が解決し多大な貢献のあったケータ達に報酬が支払われますが、またしても多すぎる報酬は手に余るようで……


 次回は、『39話 成功報酬がてんこ盛りならば』 8/19投稿予定です

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