37話 なぜか花屋を開業すれば
ケータ達は、農地改革に失敗して国を追われた男、ヨシュア・メイソンに出会う。
そして、その失敗原因となった農作物に今回の魔薬による『魔素病もどき』の治療薬のヒントを見つけた。
早速、治療薬の開発に協力してもらいたいところだが、その前に彼の立場をクリアしておく必要があり、それがなぜか花屋を開店することにつながるのだが……
北の街道にちょっと変わった店が開業した。
王都クルゼナントから北に伸びる街道は魔の森をかすめて、隣国のローアニエスト公国に通じている。
この店はクルゼナントから30kmの地点にあり、ここに飲食ができる休憩所と厩舎ができること自体は旅人や冒険者にとって大助かりではある。
魔の森に入る前にここに馬を預けて、冒険者は森に入ることができる。
隣国に行くには馬を使うのが普通だ。
となれば、ここに馬を置いていく者がこれから増えるだろう。
なぜかといえば、ローアニエストの冬は寒く普通の馬を連れていくなら使い潰す覚悟がいるが、可哀想であるし隣国で売るとしても寒さに弱い品種は二束三文である。
ここで、馬を預けたり売ったりすることができるなら、隣国まではなんとか歩いていける。
ローアニエストの町や村で寒さに強い品種の馬を調達すれば、旅の資金的には旨味が大きいのである。
そういう意味では買取りも行う厩舎ができるのは納得できる。
だが、ここに花屋が併設されている意味がわからない。
というか、このクルゼ王国では『花屋』という概念すらないのだ。
この世界の常識で言えば、花とは草原で取ってくるもの。
店で金を払って買ってくるものではない。
それに枯れるまでは家に飾るものもいるが、育てるとなると街の中では少し危険があるのだ。
魔素を撒き散らしたり、魔素を吸って魔花になったりする可能性があるからである。
切花にして花瓶に挿すのであれば、よほどのことがない限りは安全ではあるのだが、今までは花を売る店はなく、花を買うという行為も日常的ではない。
しかし、そんなことは関係ないとばかりにこの店は開店した。
この休憩所兼厩舎兼花屋のオーナーはヨシュア・メイソンである。
それは、ケータと会ってからちょうど1ヶ月のことであった。
◇
話は二週間前に遡る。
王宮にケータ・リーフォンは来ていた。
魔素病の解決のための会議である。
部屋にはこの件の責任者であるブルム子爵、副官のピボーテ男爵、なぜかロブナント子爵がいる。
訪ねてきたこちらはケータとマルキャルトの二人だ。
ロブナント子爵以外には秘密になっているので、リレイアとクリスクロスは姿を見せていない。
「ブルム子爵。魔素病の治療について進展がありましたので、ご報告とお願いがあります」
「お願い? だと。まあ、ケータ殿には『借り』があるからな。私の一存で決められるならすぐにでも許可を出すが……まあ、まずは報告を聞こうか」
ブルム子爵は早くも進展があったことに驚いた様子だ。
ロブナント子爵は反対に何か面白そうなことになりそうだと、ニヤニヤしている。
「まず、まだ研究段階なのですが魔素病に効く作物を見つけました」
「ほう。して、それはどういうものなのだ?」
「ある国で育てられた作物で、もともとは農法改革に失敗した野菜類なのです。これが魔素を体から排出してしまうので、魔法力の低下をひき起こしてしまうため、魔法師に頼る国の国力が削がれてしまったのです」
ブルム子爵はその話を聞いて複雑な表情になった。
おそらくそう簡単な話ではないとに気付いたのだろう。
しかし、ロブナント子爵は興が乗ったようでそれについて聞いてきた。
「それは、また珍しいもんを見つけたじゃねーか。まず、魔法師以外でも魔素は排出できるのか? そんなことができるんなら魔法の使えないやつはそれでOKだな」
「はい」
「だが、魔法師はどうする? 魔法力が既に低下しているのに、その野菜を使ったら魔法はほとんど使えなくなるんじゃないか? まあ、魔素病の危険は減るだろうけどよ」
「はい。魔法が使えない市民はそれで一応解決しますが、現在蔓延している倦怠感などが果たして魔素のせいだけなのかはもう少し調べないといけないと思います。魔法師に関しては、魔法力の低下はこれでは防げませんね。ただ、魔素病の元となる食物を排除できるようになれば、元々の魔法力の低下は食い止められますので、危険な状態にある魔法師にのみこの野菜を使えば良いと思います。こちらも研究の余地があり、魔法力の低下自体もなんとかしたいと思ってはいますが……」
ブルム子爵は効果があると聞いてまずは一安心という顔になったが、もう一つの話が気になるのだろう。
それを読み取ったピボーテ男爵が尋ねる。
「お話はわかりましたがケータ殿、お願いというのは何なのでしょうか?」
「はい。実はその作物を作った者が、国を追われているので保護して欲しいのです。まずはその者の保護をお願いしたいです。そして、この魔素病は先ほどお話しした通り、当座危険な者の治療はできても全面的な治療には時間が必要です。ですから、犯人にわからないように隠密性がある場所で研究したいので、その許可が欲しいのです。その責任者はもちろん、その作物の開発に携わった彼にお願いする予定です」
ブルム子爵はうーむと腕を組み、ピボーテ男爵は面倒な話に頭を振った。
だが、ロブナント子爵はニヤけた顔のまま言った。
「おい、ベルンハルト。こういう大事な話は偉〜い人に決めてもらわなきゃダメなんじゃねーか?」
「ん? ……お、おぅぅう。そうだな。それがいい! ケータ殿! その許可を今から貰いにいこうではないか!」
ロブナント子爵に言われてブルム子爵は何か思いついたようだ。
片目を瞑って言った言葉は何か含みがありそうで、今度はケータが訝しげな顔になる。
だが、ブルム子爵は早速、人を呼び前触れを何処かに出したようだ。
30分後、その前触れはOKとの返事が返ってくる。
ケータはなんとなくイヤーな予感がしてきた。
いつもケータが来ているこの部屋は王宮の一部とは言っても驕奢な邸宅という佇まいであり、荘厳な王城ほどは気を使わないところであった。
だが、今向かっている道は、その部屋から中庭に出て石造りの大きな王城の真ん中に一直線である。
そうなれば、これから会う人の予想はつく。
ケータの頭の中は『ヤバい』で埋め尽くされていていた。
こうなっては逃げ出すことも出来はしない。
そして……目的地に着いた。
謁見の間である。
座すのは当然の如く、この国の王であるエリウス・フォン・クレーゼである。
だが、周りには宰相と数名の衛兵がいるのみであり、この謁見が限られた物であることがわかる。
王の前に跪いているのもブルム子爵とケータ、マルキャルトの三名で、ロブナント子爵とピボーテ男爵はいない。
「ブルム、マルキャルト、それにケータ、面をあげい」
「「「ははっ」」」
ケータは初めて王の顔を見た。
ケータは本当は会いたくないと言うのを見透かされないように表情を作ったつもりだった。
一方、エリウス王もケータに興味があると言うのを見せないように振る舞っていた。
しかし、残念ながらケータもエリウス王も周りには、その内情は丸わかりであった。
「わっはっはっは! もう良い。ワシも取り繕うのはやめよう。そんなにワシに会うのが嫌だったのか?」
「い、いえ、とんでもございません」
「いや、よいよい。わかっておる。じゃが、今ひと時ばかりはこの年寄りの話に付き合ってもらえるかの」
そこで宰相が血相を掻く。
「エリウス王! そのような……」
「いや、構わぬ。話を進めようぞ。まずは要件を聞こうかの。あらましはすでに伝えきいておるが」
ケータはすっかり度肝を抜かれてしまったが、腹を括ることにした。
まあ、この王様ならば無茶を言ってもせいぜい怒られるだけで、投獄されたり殺されたりはしなさそうだと思ったのである。
まず、魔素病が広がっていること。
主犯がカリオン・サカモトと予想され、手練れの冒険者崩れである ”裏刺し” が関わっていること。
魔素病の元凶である農作物や薬は、町のゴロツキを使ってはいるが、用意周到で計画的にばら撒かれていたことを話した。
そして、魔素病の危機から救う治療のヒントになる農作物も存在すること。
その開発者が別の国から来ていて、その国から追われていること。
まだ、その治療のための農作物を研究する必要があるので、その者をこの国で保護してほしいことを伝えた。
「うむ。話はわかった。ちと、厄介じゃのう。して、その国とは?」
「クリフラクト共和国にございます」
「ほう」
そう言った後、エリウス王は何事か宰相と耳打ちをした。
そして。
「よかろう。その者、名前はなんと言う?」
そこで、ケータは口籠った。
名前を出してから話がダメになったらヨシュア・メイソンの身が危なくなるからだ。
「あー、大丈夫じゃ。その者は決して罰しない」
信じよう。
そう、思ってケータは名前を告げた。
「ヨシュア・メイソンです。一度は失敗したとは言え農地改革の手腕は確かです」
「よし、わかった。ワシがその身柄をクリフラクトから買ってやろう。そのまま、お主に任せる。お主の好きにするが良い。クルゼの民として扱うことも約束する」
ケータはホッとした。
とりあえずは。
だが、本題はこれからだ。
「ありがとうございます。では、メイソンに魔素病の治療用の作物を増産させます。それと、その作物の畑についてちょっとお願いがあるのですが……」
「なんじゃ、申してみい」
ケータは畑の場所が街道から離れていることを伝えた。
このままでは作物をスムーズに王都に運ぶことが難しい。
さらに、畑と魔素病の研究の場所は離して置きたいこと。
魔素病の研究については秘密裡に進めて置きたいことを伝えた。
こうして、街道沿いの拠点を設けてそこに休憩所と厩舎、それに花屋を兼ね備えた施設を作る許可をもらった。
「ケータ。ワシも許可を出しておいて何なのじゃが、その『花屋』とはどういうものなのじゃ?」
「はい。その名の通り、花を売る店にございます。花屋に奥に一般的な植物の育成の研究部屋を設けます」
「今、一つわからんのじゃが……」
「そうですね。では、これを」
そこで、ケータは地球産の真っ赤なバラを渡した。
バラは近衛兵に渡され、宰相などが確認してから、エリウス王の手に渡った。
「このような花を育てとうございます。おそらく、貴族社会などではもてはやされるようになるのでは、と」
「なんと鮮やかで見事な花よのう。これには危険はないのか? 魔素、毒素の心配などは?」
「はい。これは、大丈夫にございます。ただ、今回のような事件がありますと困りますので、量産する際の安全性については研究したいと思います」
「なるほど、その研究とやらはこのバラの花だけでなく、魔素病の治療の研究も含むのじゃな」
「はい。バラや他の花の研究は、治療薬の研究のカモフラージュにもなるのです」
そこで、近衛兵と宰相の顔に驚きの色が見える。
ケータの計画とエリウス王の透察力に畏敬の念を抱いているのだ。
「よろしい。ケータ、存分にやるが良い。全て許可しよう。この件に関する予算・経費についても王宮で負担する」
「ありがとうございます。ですが……」
「なんじゃ?」
「予算・経費は事件の収束まではこちらで立て替えておいて、解決後頂く形にしたいと思います」
「ほう。してそれは?」
「王宮から金が出ていることを掴まれると治療薬の研究が発覚する心配がありますので」
「用意周到じゃな。宰相、そのように取り計らえ」
◇
ケータがエリウス王と会ってから2週間ちょっとで、ヨシュア・メイソンが責任者を務める北の街道の店がオープンした。
業態としては、まず休憩所があり喫茶・軽食を提供する。
宿泊施設は持たないことにした。
これは、夜中に歩き回られて、研究室が見つかったりすると内容を勘繰られることを考えなければならない。
そういう心配事を少しでも減らしておきたいからだ。
その研究内容を誤魔化すための花屋だが、今の所顧客は1人だけ。
ロブナント子爵である。
今日も贅沢なスーツに赤い薔薇を一輪挿し、それとは別に花束を抱えていた。
彼は国王に見せたこの薔薇がお気に入りで、夜会がある度に買い求めて行く。
「これ持ってくと、ご婦人方が喜ぶんでな。いいもの仕入れてくれたぜ」
嬉々として馬車で乗り付けては、いろんな花をごっそりと積んでいく。
これが評判になって、大貴族からも注文が入り始めた。
いいお客様ではあるのだが、いいのかなあ、とケータは思う。
ロブナント子爵は妻帯者である。
そして、厩舎の経営。
これは魔の森に入る冒険者の馬を預かること。
北の隣国ローアニエストに向かう商人から馬の買取りなどに対応する。
これにもケータの個人的な思惑がある。
実は、このランゾルテという星では馬は絶滅の危機に瀕しているのだ。
古くは野生にも多く存在し、農村でも労働力として使われていた馬であったが、今は貴族と商人でないと持てないほど高価で希少になっていた。
その理由も魔素にあることがリレイアの調査でわかった。
ケータはこれも救いたいと考えている。
この星において馬は魔素を取り込んでしまうが、馬は魔法を使えないし排出することはできない。
すなわち、今王都で魔素病に苦しむ非魔法使いの市民と同じ状況にあるのだ。
しかも、馬は強制的に走らされるため、あるところまで仕事をしてその後突然死ぬ。
魔素病にかかった場合は出産率も大幅に落ちるため、星全体で総頭数が激減するわけだ。
これが厩舎を経営しようと思った経緯であり、最初にリレイアに相談したときも
「余計な事をするとカリオン達に見つかる可能性が増えますわ。簡単に賛成はできませんの」
と言われた。
ただ、そこでクリスクロスが助け船を出してきてくれた。
「ケータは魔素病に苦しむものは誰でも救いたいんだろ? 馬を救ったって良いじゃねーかよ」
リレイアは一瞬、むっとしたがそれ以降は何も言わなくなった。
「では、始めようか」
ケータは、そう言って店を開けたものの宣伝もしなかったので王都から30kmも離れたこの場所にそうそう客などこない。
尤もそれは折り込み済み。
ここ2、3日は馬の世話や休憩所で出すお茶や軽食の調理ももう少し習熟しないといけない。
バイトは10人雇ったが基本週休2日。最初はヨシュアのほか常時4人体制でOKだろう。
客用の宿泊施設はないが、預かった馬の番があるのでバイトが泊まる部屋が数部屋用意されている。
バイトの送り迎えの馬車を王都との間に朝と夕方出しているので、人の集まりは良かった。
初日の今日はバイト10人全員が実習教育のため出勤している。
「はあー、見事なものですね。この短時間で店を整え、開店準備に実習教育ですか」
マルキャルトが感心している。
まあ、無理もない。
多分、リレイアが56世期の力を使ったとしてもこうは行かない。
雇った人材については、王宮に随分助けられているのだ。
馬の指導は、ブルム子爵が王宮で世話をしている人を貸し出してくれている。
休憩所のお茶と軽食の指導には、なんとピボーテ男爵自らが出向いてくれた。
しかも、貴族とわからないような私服でエプロンまでつけている。
物腰が柔らかく上品であっても貴族特有の不遜な態度がない彼の振る舞いのおかげで、バイトが恐縮して仕事が覚えづらいと言うこともないようだ。
メニューについても王都の茶店バッセリーナ・カフェとは変えている。
基本的に紅茶オンリーでコーヒーは出さない。
ただし、ヨシュアさんが果実園を作るつもりがあるらしく、そこから生ジュースをメニューに加えるつもりはあるらしい。
軽食もメニューを変えている。ケーキもなしだ。
これは、王都の店とのつながりを悟らせないためだと思ったら、バッセリーナ・カフェのメニューが門外不出なのだそうだ。
流石に貴族の経営する一流の店舗のノウハウは全部明かせてはもらえないようだ。
そうこうしているうちに初めての客がやってきた。
4人の冒険者で、馬2頭には女性が乗っていて男2人は歩きだ。
本当なら全員が馬に乗りたいところではあるが馬は高い。
従って、行きは女性だけが乗り、帰りは獲物を積んで全員歩きである。
「あれっ? こんなとこにいつの間に店なんかできたんだ」
「俺も知らねー。何売ってんだ? よくわかんねーな」
男2人は怪訝な顔で見ている。
看板には
“北の街道の憩いの店
どうぞお立ち寄り下さい”
と書いてある。
「なんか休憩できるみたいよ。あんた達疲れてんじゃないの?」
「まあ、ちったあな」
「私も休みたーい」
相談して立ち寄ってみる気になったようだ。
「まず、声かけてみるか。すみませーん」
「あー、はいはい。いらっしゃいませ」
「ここは何の店ですか?」
「軽食ができる休憩所と厩舎、それに花屋です」
「花屋?」
メイソンが答えると、冒険者たちは顔を見合わせる。
しかし、関係ないことはスルーすることに決めたらしく……
「とりあえず、休憩しない?」
「ああ、そうだな。だが、その前に、厩舎ってことは馬も預かってもらえるのか?」
「はい。大丈夫ですよ」
そこでメイソンは、冒険者たちから馬を預かり休憩所に案内した。
ピボーテ男爵は厨房の奥に引っ込み、バイトに指示を出して給仕をさせた。
軽食も厩舎も気に入ったようだ。
「しかし、こんなとこに店を作って儲かるんですか?」
「今は苦しいですが、なんとか続けていきたいんですよ。この周りの土地からは木の実なんかも取れますので、加工して香辛料など作って王都まで売りに行けばかなりの利益が出るんですよ」
「そうなんですか? でも北の魔の森に入る冒険者には、こうゆーとこがあると助かるんですよねぇ。ギルドで宣伝しましょうか?」
「いえいえ、人伝てに広まるぐらいで良いので。しばらくは大々的には宣伝しないつもりなんですよ。まだ、店員の教育も済んでないくらいですから」
「あー、そうなんですねー」
そんなやり取りをした。
ちょっと迷ったが、王都の冒険者ギルドで宣伝するのはまだダメだ。
今の時点では集客を目的としていないし、カリオンにはいずれ見つかるとしてももう少し時間を稼ぎたい。
「花屋というのはなんですか?」
「その名の通り花を売るんですよ」
「花なんてお金出して買う人いるんですか?」
まあ、そういう反応になるのはわかっている。
そこで、一つ仕入れた花を見せることにした。
「そーですね……例えば、これ」
「あっ! この花はカベサッソなんじゃないですか? 」
これはこの国にないがクリスクロスにとって来てもらった遠い西方の国に咲いている花だ。
大きな百合科の花で鮮やかな赤い花びらに細かい柄がある。
葉に通る筋を葉脈というが、花に通る筋は花脈だ。
この花脈が根元の緑色から途中で薄い黄色にグラデーションしている。
いろんな国で綺麗な絵にもなっているこの花のことは知られているが、実際に見た人は少ないのだ。
だが、魔素の濃い特定の森に育ち道標や場所の特定に役立つことから、冒険者にとって名前だけは有名な花でもあるのだ。
「どうやって手に入れたんですか?」
「ああ、ここを開くときに手伝ってくれた商人の方がいろんな国を回ってまして頂いたんです」
「でも、花をもらっても長旅でクルゼに来るまでに枯れてしまいますよね?」
「それは、商人の方に何かノウハウがあるそうでして」
本当はリレイアの技術で作った環境の賜物であるのだが、商人が独自のノウハウを持っていると言うのはいかにもありそうな話なので、ごまかすにはちょうどよかったのだ。
「あー、そうなんですね。なんか、わかりました。カベサッソが手に入るならお金出す人もいるかもしれませんねー」
「そうかあ。俺は花なんかに金出す気はねーけどなー」
「あんたには聞いてないわよ! 武器とメシにしか興味がないんでしょ!」
「わかったわかった。おーこえー」
女の冒険者の子はちょっと気になったようだか、男の方はどうでも良いらしい。
こんなところだろう……と思ったら、クリスクロスが念話で尋ねてきた。
──おいらの取ってきたカベサッソもいいが、リレイアの持ってたバラだっけ? あっちの方が目立っていいんじゃねーのか。
ケータはそれに応える。
──ああ、バラか。あれを大勢の人に見せるのは不味いんだ。僕らのいた異世界、それも地球という星の花だから、このランゾルテの星ではどこを探してもないからね。バラが地球出身の異世界転生者に見つかると、そこからこの店にも転生者がいることがバレる可能性がかなり高くなるんだ。
──ふーん、そう言うもんか。でもそれなら花屋なんかやらなくてもよかったんじゃないか? 花屋をやらなきゃ勘繰られることもないじゃないか。
それはそうだ。だが。
──ああ、それはどうしてもここの拠点で研究は必要だからさ。バイトを雇うのは拠点を経営するために必要だけど、バイトが知らない部屋があると覗かれるかも知れない。雇ったバイトまで気にしなけりゃいけなくなるのは避けたいからね。
──まあ、いいや。いろいろあるんだな。
クリスクロスはめんどくさい事情に関わる気はなく、興味がなくなったらしい。
実のところ、ヨシュアにとって研究施設は畑のそばにあれば十分だ。
だが、ここでケータとのやり取りをするなら、ここにも研究のための部屋はあった方がいい。
リレイアが花や薬などの改良をするのにも使える。
つまり花屋というのはカモフラージュである。
花屋に品種改良に必要な研究部屋があった方が疑られないわけだ。
花を育てるのに研究が必要だとは分かっても、元々花屋が存在しないこの国では興味深く見る人はいないだろう。
◇
そうこうしているうちに、冒険者は軽食を終えて馬を厩舎に預け、魔の森に魔物を狩りに出かけて行った。
彼らが出かけている間にケータたちは、預けていった馬を厩舎に見に来ていた。
念話でリレイアが話しかけてくる。
──ぱっと見は元気ですけれど、かなり状態は悪いようですわ。このままでは、この馬も早ければひと月で走れなくなってしまいますの。
ケータは『やっぱりね』という顔で、答えを返す。
──多分、そんなことだと思ったよ。あの冒険者たち、餌は十分に与えていたみたいだけど、馬をそれほど大事にしているようには見えなかったもの。彼らのレベルでは、馬は高い買い物だったろうに。
これはケータの勘違いである。
高い馬を使い潰すつもりはないのだが、彼らにはどうすれば馬の為になるのかなんて知りもしなかったのだ。
ついでに言うと既に弱っていることにも気づいていない。
──で、どうなんだい? この馬も助けてやりたいんだが。
──彼らが飼っている限り長生きはできませんの。でも、このままひと月で死なれては目覚めが悪くなります。できるだけやってみますわ。
それからリレイアは、馬の食べる飼い葉の中に薬を投入した。
それを見てケータが言う。
──それって、メイソンさんの作物から抽出したもんじゃないの?
──はい。そうですわ。まず、馬に溜まっている魔素を取ります。馬にとっては魔素は有害なだけですので、これはあの作物をそのまま粉末化して餌に配合するだけで、かなり効果がありますの。まあ、そのほかにこの馬には少し眠り薬も入ってますわ。
それは、マルキャルトの部屋を作った時のあれか?
──ええ、そうです。まず寝かしつけて、その間に体調をケアします。筋肉にも内臓系にもガタがきてますから、本当なら二、三日休ませたいですが。けれど、ほんの短い時間で回復するやり方にはこの前の経験がありますのでうまく行きそうですわ。
それを聞いてケータは。
──前はパン屋の老夫婦で今回は馬なんだけど、馬も人間も一緒の対処法でいいのか?
──問題ありませんの。人のケアやメンテナンスをしていた56世期では一人一人の違いを細かく丁寧に調整するのに手を焼いておりましたの。けれど、これだけ違うと逆に対処は難しくありませんわ。それは完璧にするのなら今までの体調変化の経過を細かく調べておく必要があります。でも、今回は元々かなり悪い状態をまずは大きく改善するのですから、その主たる原因や効率の高い改善点はかなりわかりやすいのです。
リレイアは割り切って考えていたのだ。
──なるほどね。完璧は目指していない。しかし、大きく改善することは約束できる、と。うん、良いんじゃないか?
馬には飼い葉を与えてある。
眠り薬が入っているため食べたところで寝てしまった。
二頭の馬のうち一頭はすぐ横になったが、もう一頭は食べるだけ食べてぶっ倒れる。
怪我をされては困るので、力場で支えてその後は周囲を確認してからボットを出して移動、藁に寝かせた。
大丈夫、誰にも見られていない。
あとは、ナノマシンを眠った二頭の馬の上にばら撒くと口と言わず毛穴と言わず、あらゆるところから体の内部に侵入した。
リレイアは自分で作業するだけならば、画面はいらないのだが、ケータたちのためにモニター画面を空中に映し出している。
現在の体調の具合と治療箇所、それぞれの完了予定時間が表示される。
冒険者が来た時は、厨房の奥に隠れていたマルキャルトがこの厩舎にやってきた。
「うわっ、どうなってるのだ? ケータ殿」
「ああ、冒険者の連れてきた馬の体調が思わしくないようなので、リレイアが治療してるんだよ」
「これも厩舎に預ける代金に上乗せするのか?」
「いや、無料奉仕だ。これは他人には話せないことだから内緒にするしかない」
その答えを聞いて、びっくりするマルキャルト。
「それでは慈善事業ではないか。魔素病で予算の確保を気にしていたではないか?」
「まあ、そうなんだけど。馬の状態がどうして危険なのか、とか、何をどう治したかなんて説明できないんだよ」
「!!」
確かに説明はできないのはわかる。
けれどそれを聞くと、残念そうな悔しいようななんとも言えない顔をしているマルキャルト。
ケータとリレイアのやっていることの凄さは何度となく経験しているので、それを相手に伝えることもできなければお金を取ることもできないのがもどかしいのだろう。
それと…………
あの冒険者にはそんなつもりがないのだろうが、馬をぞんざいに扱っていることには腹が立つ。
マルキャルトは元々騎士であるから、馬の扱いには慣れているからこそそう思うわけなのであるが……
「治療をするなら、高い費用をふんだくってやればいいんですよ」
「いや、これは実験でもあるから、お金は取れないよ。この治療でメイソンさんに作物を使っているから魔素病の治療の効果も確認しているんだ」
「この馬は魔素病なのか?」
「ああ。だが、この馬だけじゃないんだ。実は全ての馬は不要な魔素を体の中に取り込んで健康を害している」
その言葉にえっ、という顔でマルキャルトは驚いた顔をしている。
「聞いたことがありません……しかし、馬の数は昔に比べて減っているのは確かです」
「ああ、だから一般的には知られていない。この国だけでなくいろんな国の全ての馬が衰退している理由をリレイアが調べたやっとわかったことなんだ」
マルキャルトは、黙ってそれを聞き、うなづく。
「その病状は、一般に言われている魔法使いの罹る魔素病ではなく、今王都で流行っている魔法が使えない人に広がっている方の魔素病に近いんだ」
「でも、なんで今まで誰も気が付かなかったのでしょう?」
一応、馬を無償で治療する理由には納得したものの、どうして今まで放置されてきたのかマルキャルトは問うた。
それを見てケータが説明する。
「ああ、それは今回の病気がわからなかったことと同じ理由さ。魔法が使えないものは魔素病にならない。その前提条件があるから、馬が弱っていくことに気づいた人がいたとしても原因や治療法にたどり着けなかったんだ」
「そうなんでしょうねだ。ケータやリレイアがいなかったら、私もそれを知ることはなかったと思います」
「いや、僕も言われるまで気が付かなかった。リレイアに言われるまではね。このままではあと数十年で少なくともこの国の馬は絶滅する。きっと他国でも似たようなものだろう。今回のことがいい機会だから、この馬も救ってみたいと思ったのさ」
そこでマルキャルトの顔が晴れた。
「素晴らしいです! エリウス王にご報告して広めて貰えば、きっと予算も付きますし国も救われます」
「あー、そのことなんだけど、今は黙っていて貰えないかな?」
「なぜです?」
「リレイアのことを明かす訳にはいかないからさ。まあ、ブルム子爵には馬の魔素病のことだけでも報告するつもりだけどね。馬の治療は続けるしね」
「では、馬たちは救われるんですね」
「ああ」
どうやらその話を聞いてマルキャルトはホッとしたようだ。
◇
夕方になり、魔の森に出かけていた冒険者たちが戻ってきた。
メイソンが出迎える。
「いやー、ここで休憩していって良かったよ。目一杯動けたから、獲物もたくさん取れた」
そう言って、見せてもらった獲物は『たくさん』と言う割には量的に少ない。
どうも獣をその場でバラして金になる皮と魔石だけを取ってきたらしい。
「肉や骨は持って帰らなかったんですか?」
「普通の冒険者はそんなことできねーよ。運べないからね」
「なるほど。それで、これからどうするんですか?」
「ああ、この店の横で野宿させてもらっていいか? もう、夜も遅いし明日王都に戻るつもりなんだが」
そこで、メイソンはちょっと考えていたが。
「では、店の裏をお使い下さい。水は井戸を自由に使っていただいて結構です。夕食の足しにうちのシチューをお出ししますよ」
「「「「うぉー」」」」
冒険者は4人とも大喜びしている。
「本当にいいのか?」
「初めてのお客さんです。サービスしますよ」
「ありがてー。でもさ、ここの休憩所の隣をもう少し広くして、キャンプ地にすると金取れると思うぜ。俺たちもキャンプ代払っても、テントを張れる場所と水をもらえれば御の字だからな」
「それは、良いことを聞きました。早速考えてみます」
メイソンはそう答えたが、ケータは即座にOKしていいか悩んでいる。
そしてリレイアも同じことを考えていたらしく念話で話してきた。
──ちょっと想定外ですわ。泊まれないと解れば帰ると思っておりましたが、キャンプしてでも使いたいとは。そうなるとこの拠点の注目度が変わってきますの。
ケータもそれに応える。
──そうだな。基本方針は同じだとしても、注目度が上がればカリオンは必ず気づくだろうな。
──それは避けられませんね……いいですわ。思ったより早くなりそうですが、備えができてないわけじゃありませんの。ふふふ。
──全くだ。備えは『ある』ものな。にひひ。
ケータもリレイアもカリオンと早晩対決することを覚悟している。
しかし、その『備え』とは?
結局、花屋兼旅の途中の喫茶兼厩舎という訳のわからない商売を北の街道で始めることになりました。
果たして、こんな店を開いた意味は……
次回は、『38話 決戦の時を迎えたならば』 8/16投稿予定です




