35話 反撃準備を茶店ですれば
やるとなったら作戦会議です。
しかし、会議場所はケーキとコーヒーの美味しい喫茶店とは。
ケータ達はこの事件の犯人をカリオン・サカモトと断定した。
それはもう、証拠を揃えて辿り着いた結論でもなければ、他の可能性を潰した結果、確率が高い犯人というわけでもない。
物証を集めただけでは、この事件の犯人と断定することはできない難しいこの事件の現状。
その中で、この事件の在り方に犯人の執念を感じたのだ。
だが、断定するまでには、多少紆余曲折があった。
理屈や証拠を全部すっ飛ばし、完全に勘に頼ってカリオンと決めてかかることを一番憂慮したのは、意外にもケータ。
逆に、最も論理的に証拠を積み上げていくタイプに見えるリレイアは即決であった。
カリオンは追えば逃げる。
逃げるだけでなく追ってくるものを思いもよらない方法で罠にかける。
それで一度は煮湯を飲まされたケータ達だ。
カリオンは強敵である。
彼は日本で腕の良い奇術師であったこと、またこの世界で強力な魔術師であること。
この両方の経験を持つがゆえにケータは陥穽にかかった。
リレイアもカリオンを恐れている。
リレイアにはケータが引っかかった罠の仕掛けの種が全て見えていた。
見えていたからこそケータが罠にかかるとは思わなかったのだ。
ケータが奇術師の罠、魔法の罠の両方を見破ることができるのを知っているが故に、あの時21世紀の日本人のみが抱える心理的な隙を突かれた。
リレイアはそれがわからなかったことが恐ろしかったのだ。
それからの作戦はこの事件の解決方法として順を踏むのをやめた。
はっきり言えば、この事件を解決できずともカリオンだけは仕留めることにしたのである。
そんなことを王宮で呼び出された帰りに考えていた時、声をかけてきたものがいた。
隠れ家に向かう前に助言をしたロブナント子爵だ。
「良い目をしているじゃねーか」
「あっ、ロブナント子爵。あなたでしたか。お世話になりました。あの助言がなかったら彼の罠で殺られていたところでした」
「そうだったな」
そう言って目を伏せた。
だがすぐに態度を変え、上目遣いで聞いてくる。
「次はヤツの罠を躱せるのか?」
「いえ、実は躱せる自信はありません。前回は運が良かったので命はあったし、確かに事件自体は解決できましたが、黒幕は取り逃してしまいました」
「だが、挑むんだろう? 再度、ヤツに」
「ええ」
「ならば」
そこで、寄りかかっていた木から一歩右に寄るともう1人の男が現れた。
先ほど別れたばかりの依頼主である王宮のブルム子爵だった。
「ああ、依頼の話が終わったばかりで申し訳ないが、あの後、こいつが話すことがあると言うのでな。悪いが聞いてやってくれ。なんなら、この男をこき使って良いぞ。煮るなり焼くなり好きにしてくれてかまわん」
「ひどいじゃねーか。ベルンハルト」
「はっはっは。冗談だ。まあ、一緒に動いてもらいたい本当だがね」
ロブナント子爵が見たままのお調子者でないことは知っている。
あの助言がなければケータは今生きてはいないだろう。
そういう意味では感謝しているし、味方が増えるののも嬉しい。
が、一緒にとなるとどう動くかは難しい。
すでにリレイアとクリスクロスのことはバレているが、能力まで全部この貴族に明かすつもりはないのだ。
「ところで」
ロブナント子爵が話を切り出した。
先ほどとトーンが違う。
一瞬で周りの表情が引き締まった。
「今回の依頼だが、しばらくはカリオンの事は俺に任せてもらおうかと思う」
一同に動揺が広がった。
決して戦闘に強くないロブナントがカリオンと戦えるはずがないからだ。
「クルーズ! 何を言い出すんだ! お前、ヤツと1人でやり合うつもりか?」
「そんな訳ねーじゃねーか! 命がいくつあっても足りねーよ!」
ブルム子爵の指摘にそう返し、とんでもないという風に両手を振って否定する。
「そうじゃねーよ。今回、ヤツはそうそう動けないんだ」
「なぜ、そんなことが判る!」
「実はな……えーと、調査を任せてるヤツがいるんだ。もうすぐ来るはずなんだがな」
そういうロブナント子爵が街道の北側を眺めていると、やがて早馬の足音が聞こえ始め僕らのところをやってきた。
到着すると馬から降りたその人はクリストフ・フォン・ピボーテ男爵。
この人は、ブルム子爵の副官であるはずだが……
「ブルム様。申し訳ありません。事後承諾になってしまいますが、ロブナント子爵と魔素病を追っておりました」
「なんだと。この王都の事件の発端は、魔素病ではないと先週の調査結果から結論付けたではないか」
「はい。そのはずだったのですが……」
ブルム子爵とピボーテ男爵は先週調査結果をまとめていたのだが、この王都を侵している病は魔素病とは言い難いと結論付けて、陛下に報告したばかりだ。
ところが、その閲覧禁止の報告書をロブナント子爵はどう言うわけが、持ち出してピボーテ男爵に言ったという。
「この報告書は読ませてもらったぜ。なかなかよくできちゃーいるが、この結論はいただけねーな。確かに『魔素病とは言い難い』と言うのは間違ってない。だが、正確に言うと『従来の魔素病とは言い難いが、魔素が関与している病気』だろうぜ?」
その言葉を聞いてピボーテ男爵は、ロブナント子爵の言うことを聞く気になったそうだ。
なぜなら、その可能性をピボーテ男爵自身が感じていたからだ。
「だが、魔素病でないとすれば何なんです?」
「そうだな……まずは単純な毒。それも魔素と反応すると低い確率で発病する類の。おそらく、魔素病はその毒を補完するために必要だったんじゃねーかと俺は思ってる」
そこで、ロブナント子爵は周りをキョロキョロ見渡した。
「一応、盗聴には気をつけてはいるんだが、これ以上ここで喋っていい話じゃねーな」
「いや、もう十分に話していい内容を超えているがな」
そう言って、ブルム子爵は街の方に歩き出した。
何でもこういう作戦を練るのにいつも使っている喫茶店があるそうだ。
「街の茶店で喋るのもまずいんじゃないのですか?」
「ああ、その店は王宮の……というか我々の組織の息がかかったところでな。そこなら安全なのさ」
「なるほど」
ケータはブルム子爵の説明に納得がいったが。
「それは表向きの理由だろ? 本当はお偉方が多い王宮から離れたところで羽根を伸ばしたい、ってーのが本音じゃねーのか?」
ロブナント子爵のその指摘に、ジト目でブルム子爵を眺める一同であった。
◇
街の茶店に向かう途中。
ブルム子爵はクルーズ子爵、ピボーテ男爵と話し込んでいる。
ケータは部屋で聞いた話の内容でわからないことがあり、どうしようと思っていたらクリスクロスとリレイアが補完してくれた。
もちろん、姿を見せずに念話によってだが。
──ケータ。お前、魔素病もしらねぇーのかよ。
──そういえば、そうでしたわね。直接関係ないので魔素病については、ケータの学習内容から漏れていましたわ。
詳細は帰ってから覚醒学習で教えてもらうことして、概要だけを聞くことにした。
──まず、魔法がどうして発動するかというとそこには必ず魔素が絡むことを知ってますわよね?
──知ってる。魔法使い、魔道士、魔法師、教会の精霊魔法を使う神父などは、いずれも魔素を取り込んで使うんだよな。
通常、魔素は体に自然に取り込めるようになっていてそれを消費する。
使いすぎると魔力切れと呼ばれるが、これは体力か魔素のどちらかまたは両方が空になった状態である。
──もし、魔素をどんどん取り込んで、魔法を使わなかったらどう成ります?
──うーん。体に悪そうだなあ……あっ、そうか! 動物が魔物化するパターンがそれか。
──はい。そうですわ。動物が魔素を取り込みすぎると体組織が暴走して魔物化しますの。まあ、魔物化しても生き残るのは一部ですわ。大体は死に至ることが多いのですけど。
ケータは確認するように問う。
──それの人間の場合が魔素病ってことになるのか?
──はい。そうです。人の場合は暴走することはほとんどなく、体調を壊して死ぬことがほとんどです。ですから、そう言うことを防ぐためにも、教会などで無償の魔法講座が開かれておりますわ。
──ああ、あれは魔素の消費のためだったのか。
この世界の教会は、農民や市民といった下層階級の人たちに無償で魔法を教えている。
肉体労働の人夫には身体強化の魔法を。市民にはライト、ウォーターなどの生活魔法を。
農民には火付けのためのファイアと祈りを教えている。
祈りは勿論信仰のためのものであるのだが、地味に土魔法を使う手段であり農作物にわずかな恩恵がある。
しかし、それも全て健康維持のためであったとは……と思ったがそこでケータにもう一つ疑問が浮かぶ。
──ん? そうだとしても、どうして教会はタダで教えてるんだ?
──ああ、それは人間にもあるんですの。魔素病を通り越す場合が。人間が魔物化する場合を特に『魔人化』と呼びますわ。
──それは……なんか怖そうだな。
ケータは心底嫌そうな顔をする。
──はい。魔人化した人間は例外なく強大な力を持って暴れ回ります。過去に数十万規模の都市が滅んだ例がいくつもありますわ。
──数十万、って確か、このクルゼナントも80万人ぐらいだったはずだよな。
──そうだぜ。魔人はこえーぞ。暴走してっからな。まあ、使えない魔法も自分や周りを犠牲にして無理やり発動させやがる。見た目もスゲーから人間はそれにやられて本来の力を出せないこともあるわけさ。おいらも戦ったこともあるが、結局勝てなくて逃げ出したぜ。
クリスクロスが逃げ出すほどだとするとその事件はどうなったんだろう?
──うわー、クリスクロスは戦った経験があるんだ。で、その街は?
──滅びた。それだけじゃ済まなくて、周りの村も三つ、四つなくなったんじゃなかったっけ。
──すごいな。それは。
怖いを通り越して呆気に取られるケータ。
──ですから教会は魔人の発生には目を光らせていますわ。もし、魔人が発生した場合は、その街の教会の力が及ばなかったものとみなされますので、その宗教、その宗派の死活問題になりますの。
──そういう風に絡んでくるのか。教会。しかし、リレイア。今回はその魔人化の危険があるのか?
──いえ、それはありませんわ。そこまで行くには、もっと急激に魔素を消費することなく蓄積しなければ成りませんから、すでに王宮の調査で見つかっているはずですから。
そんな話をしている間に、一同は街のメイン通りから一本それた道へ出た。
ここも十分に栄えている。
その一件、カウンターにケーキが並ぶ喫茶店……ではなく、その隣の街の案内所に一同は入っていった。
◇
案内所のカウンターの男にブルム子爵は目配せすると、トイレに向かう奥の道を通って行った。
一同はそれに続く。
ただ、いつの間にかピボーテ男爵が姿を消している。
壁には目立たない絵が数枚かかっていた。
一箇所だけ絵が縦に2枚飾ってあるところでブルム子爵は立ち止まった。
その絵の間の壁を2回、絵の上の壁を1回、絵の下の壁を3回叩く。
──あっ。
クリスクロスが言った。念話でだが。
ケータはそれに釣られて今まできた案内所のカウンターを見た。
何人か人がいたはずの客が誰もいなくなっている。
ちょっと置いてもう一度絵の上の壁を1回叩いた。
「お入り下さい」
声がした。
──今の声とともに、この部屋には遮音と隠蔽の魔法がかかってます。
リレイアがいう。
そこで、トイレのそばにもう一つドアがあるのだが、今まで気が付かなかった。
これも何かの魔法で隠されていたんだろう。
一同は、そのドアを開けて通路を進むと雰囲気が変わる。
その中の一つの個室に入った。
王宮で話をした建物とどことなく内装が似ている。
もっとも、この部屋のそれは表の喫茶店とも共通するデザインも多いが。
椅子は背もたれが高い独特なものだ。
「あれっ、これもしかして隣の喫茶店じゃないですか?」
「気づいたか。そうだな、まあ作りは同じだ。表からではこの部屋には辿り着けんがね。メニューも全て隣の喫茶店と同じだ。カウンターにケーキがあっだろう? ここのは美味いぞ」
柄に合わず、ブルム子爵は甘党のようだ。
しばらくするとお茶とケーキが運ばれてきた。
運んできたのは……
「ピボーテ男爵! なんで給仕のマネなんかしてるんですか?」
僕は思わず言ったが、ピボーテ男爵はお茶を注ぎながら。
「普通の店員に運んでもらうわけにはいかないのでね。ここでは、ブルム子爵に店員がわりにこき使われているんですよ」
「こき使ってなんかいないだろう?」
ブルム子爵は反論する。
「ベルンハルトがそんなだから俺に方に尻尾振ってきたんだよ、こいつは」
「別に尻尾振ったわけじゃありません!」
──前から思ってたんですけど、貴族同士にしては、この方々随分仲がよろしいですわね。
──おいら、わかんね。
『クリスクロス。僕にもわかんないよ』とケータは心の中で独りごちる。
リレイアには貴族にしては距離が近いと感じているようだが。
まずは一杯。
この異世界アルファニアにもコーヒーがある。
産地がこちらの土地なので、どの豆がどんな味なのかがわからないのがちょっと困る。
「う、美味いですね、このコーヒー。ケーキもよく合います。僕はあまり甘すぎるの苦手なんですけど、これは美味い」
ケータは思う。
これだけ美味いならずっとこの店のブレンドでもいいな。
「コーヒーはこの表の店と同じブレンドを出した。ケーキも同様だ。この表のバッセリーナ・カフェも時々は立ち寄って贔屓にしてもらえると助かる」
「実は、この店は表も裏もピボーテ男爵の実家の親戚筋が経営しているんだよ」
なるほど、とケータ達は納得したようだ。
「そろそろ、肝心な話を始めようか。ピボーテもそこに座ってくれ。クルーズと調べて何がわかったんだ?」
「はい」
そこから、ピボーテ男爵はロブナント子爵の気にしていた微弱な毒について調べていたときに、偶然戦闘している野盗の一団と出会したそうだ。
本来野盗を取り締まる立場でもあるのだが、ここは大きな事件の尻尾を掴むために黙って息を潜めて見ていたのだそうだ。
「そこで、意外な人物が敵味方に分かれて戦っていました」
「それは誰だ」
「カリオン・サカモトと ”裏刺し” です」
ケータもマルキャルトもブルム子爵も顔を見合わせる。
「戦闘はすぐに終わりました。カリオン・サカモトと ”裏刺し”はお互いに生き残りましたが、すぐに両方とも姿を消しました」
「ああ、だが、問題はカリオンの様子がおかしかったらしいぞ」
ピボーテ男爵の話を補足するロブナント子爵。
「何か精彩を欠いているような気がしました。多分、今までの事件で言われるような外連味たっぷりのやり口がなかったからだと思います」
「お前に見つかったから手の内を見せなかった、という可能性はないのか?」
「あるかも知れませんが、それで罠を使うのを躊躇うカリオンじゃないでしょう」
「まあ、そうだな」
指摘に応えるピボーテ男爵。
それを受けてロブナント子爵は語る。
「詳細はそこの報告書にあるが、カリオンはおそらく体をやられている。それが重い病なのか魔法的な障害なのかはわからんが、おそらくすぐにはどうにもできないはずだ」
そこでブルム子爵が口を開いた。
「具体的にはどうするんだ」
「数人借りたい」
「普通の人材じゃダメなんだな?」
「ただ気転が利くだけじゃダメなんだ。腕が立つだけでも困る」
すると、ピボーテ男爵も口添えしてきた。
「私と私の部下で参りたいのですが。ブルム様」
「…………いいだろう」
「ありがてぇ、これでカリオンについてはこっち任せてもらって大丈夫だろう。どっちにしろ、しばらく静観することになるだろうな。奴は動かん。そうでない場合も街を見張って、これ以上動けないようにしたい。本当は魔素病を広げている連中をとっ捕まえたいとこなんだがな。今ひとつ、特定できねぇ」
──でしたら、これを。
リレイアが僕のポケットに一枚のリストを亜空間から顕現させた。
──これは何だ?
──魔素病を誘発する粉を仕入れた野菜などに混ぜていた王都内の夜盗集団の寝ぐらと人員リストです。それぞれ魔素病に関わらない犯罪についても記載しています。
──これを渡すのか? 出どころは説明できないぞ。
──大丈夫だと思いますわ。
ケータは徐にポケットから一枚のリストを出して、ロブナント子爵に渡した。
受け取ったロブナント子爵は、覗き込むピボーテ男爵に見せた。
すると。
「これは何だ! そもそも今回の病気はどういうものなのか説明してくれないか」
「待て、ピボーテ! …………ケータ殿、済まない。だが実際、私も聞きたいのだ。其方の知る限りを説明してもらえないだろうか」
珍しくピボーテ男爵が勢いこんで言うのを止め、ブルム子爵は言った。
ケータはそれにうなづく。
「わかりました。方法は詳しく言えませんが、調べたことをお伝えします。まず、今回の病は『人の手で作られた魔素病の亜種』です」
「なんと! それで?」
ブルム子爵は聞きたいことばかりだが、一度は我慢して先を促す。
「まず、この原因は流通している食べ物です。誰かが、この病を引き起こす作物、肉類を市場などにばら撒き広めました。先ほどお渡ししたリストは、それを行なっていたゴロツキのリストです。ほとんどは盗賊ですね」
「凄い……こんなものをどこで?」
「いやっ、ピボーテ。『どこで』はやめとこう。ケータ殿、さらに話の続きを」
いつもは冷静なピボーテ男爵も今回ばかりは何度となく気が急くらしい。
「その結果、今回の病はじわじわと出どころがわからないように広がっていきました」
「それはわかる。それで、出どころがはっきり掴めなくて困っていたんだ。だが、このリストで犯人を捕まえればこれ以上の病気の拡大を防げる。しかし、問題は……」
「ええ。この病気の内容と治療法です。この病気の厄介なことは魔法を使えない一般市民にも広がっていることです」
一同はうなづく。
「それでこの病気に罹ると体の中で何が起こっているんだ」
「魔素が体の内部に溜め込まれ、排出させにくくなります。従って魔法使いは魔法の威力が落ち、魔法が使えないものも魔素を体内に溜め込んで活力を失います」
そこでロブナントが質問する。
「それだと魔法使いは威力が落ちるだけで、魔法を無理やり唱えればいいんじゃねーのか?」
「それが、そうもいかないのです。ご存じのように、通常魔法を使えない者は魔素を体内に取り込めません。同様に魔法使いでも自分の使える属性以外の魔素以外は体内に取り込めないはずなのです」
「それじゃあ……」
「はい。魔法が使えようが使えまいが全属性の魔素を溜め込んでしまうことが根本原因になります」
ケータがそう言った後、しばらく誰も何も言えなかった。
「………………わかった。治療については引き続き、ケータに一任する。一番大変なところを任せてしまうことになり申し訳ないが、私の配下の騎士団では解決が難しいように思う」
「わかりました」
病気の内容をどうやって知ったのかも、リストの出どころも聞かずにいてくれるようだ。
まあ、ロブナント子爵にはわかっているだろう。
「こっちは、このリストで連中の動きを封じておく。おそらく、この連中を端からとっ捕まえていけば、食物の仕入れからの魔素病の拡大は防げるだろう。ケータたちには、カリオンが蒔いた毒と魔素の解毒を頼みたい。ひと月やふた月で王都がダメになるたぁ思えないが、ぐずぐずしてっとヤバい気がする。……まあ、勘だがな」
「僕にできると思いますか?」
「できるさ。お前にはお仲間もいる。そいつらを使えば、な。逆にお前らじゃなければ、他の誰にもできないだろう」
ロブナント子爵はリレイアとクリスクロスのことを言っているのだろう。
──見透かされているようでイヤですけれど、私たちがやらなければ仕方がありませんわ。
──おいらも賛成だ。魔人が生まれることだけは避けたいんだ。
クリスクロスが素直だと思ったら、過去に魔人に滅ぼされた町の記憶があるからだな。
もう、二度とそんなことは味わいたくないのだろう。
「王宮の市民の命がかかっている。もちろん私や王宮でも必要なら声をかけてくれ。できる限りのことはする」
ブルム子爵はそう言うので精一杯であるようだ。
──しかし、リレイア。もう少し資料があった方がいいんじゃないか?
──いえ、ブラム子爵の配下が調べたものは王宮で渡したもので全部のようですわ。
これから、王都の住人の病状を調べ上げ、さらに治療法を確立しないといけない。
──これだけの資料では足りないんじゃないか?
──この大きな都市でこれだけの患者がいるんです。個々の病状を探るには、ブルム子爵配下の者たちだけでは無理ですわ。陛下直属の非公式機関です。優秀ではあっても人数は取れませんから。
──わかった。そう言うことなら仕方ないか……リレイアに頼りきりになるな。
──いえ、お役に立てて嬉しいんですのよ。私。
念話が一段落したところで、今度はピボーテ男爵が発言した。
「私とロブナント様が集めた資料もあるのですが、カリオン絡みの話しかありませんから治療法を見つける役には立たないのですが、お持ちになりますか?」
──どうする? リレイア。
──もらっておいて下さいな。もしかしたら、こちらの治療が始まった時に邪魔をしてくる可能性がありますもの。
用心するに如くはない、ケータはそんなことを思う。
「お願いします。一度はやられそうになった相手のことですからね。一応、気をつけておこうかと思いまして」
ピボーテ男爵にはそのように言って、カリオンと”裏刺し” の資料も入手しておく。
時間との勝負か。これから大変だ。
──安心して下さいませ。すでに街には病人に対象を絞ってナノマシンを散布し、その第一報が帰ってきてますわ。この王都の毒と魔素による病人のうち重症なのは3人だけです。
──その3人はどうする? 救えないのか?
──なるべくコモンのものは使いたくありませんが仕方がありません。56世期の技術で調合した地球の薬を使います。完全治療には至りませんが、かなりの状態まで持ち直すでしょう。
──そうかあ。56世期の薬を使わなけりゃならないか。しかし、あの未来技術でも完治しないとは厄介だな。
どこで足がつくかわからないからなるべく地球の未来技術は使いたくないが、こればかりは仕方なかろう。
それから、僕らは綿密な病人の重症度が正確に記載された王都周辺図を作成した。
この図があれば、どこにどれだけ病気の住人がいるかが把握できる。
だが、本当の仕事はこれからだ。
まずは、そう簡単に広がらないはずの魔素病が広がった理由。
一緒に広がった魔素病以外の症状をもたらす毒の正体。
それを街のあらゆる店の仕入れで混入させた犯人の検挙と毒入り食材の流通のストップ。
病人を監視して、体調が急変したものに即応できる体制。
治療薬を開発しなければならないが、これもただ作れば良いという話にはならない。
まず、このアルファニアに自然に存在するものだけを原量にすること。
僕だけでなく、他の人にも作れる薬であること。
──まずは一斉に毒を含む食材の流通経路を叩きます。軽症者はすぐに職場復帰できるように計らいますので、思惑が外れて相手は焦ると思います。これから反撃開始ですわ。
──リレイア、ほんとその通りだよ。
今まではやられっぱなしだったからな。今回はやり返してやろう、とケータは思った。
カリオンとの対決準備も必要ですが、王都に蔓延する魔素病の解決・治療も急務です。
次回は、そのきっかけになる農作物が見つかります。
次回は、『36話 失敗作物にヒントを見つけたならば』 8/9投稿予定です




