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4話 神が人の死を見つめてみれば

第4話です。


主人公である来栖川慶太は死んでしまいます。

でも、それはコピーされた慶太の抜け殻。


慶太の過去が明らかにされます。

この話もちょっとだけ鬱です。

 2人の神が安アパートを(のぞ)いていた。

 そこに男が倒れている。

 意識を失っていて息遣(いきづか)いが極端(きょくたん)に弱い。


「ルルカ様、この来栖川慶太は死んでいるのですか?」

瀕死(ひんし)の状態じゃがまだ生きておる。だが、持ってあと数時間というところじゃろう」


 ルーラウは近づいて確認する。


「なるほど、まだ息はありますね。しかし(ひど)い状態です」

「そうじゃな……ワシのせいじゃ」

 

 ルルカは苦いものを含んだようにそう言うと安アパートに横たわる来栖川慶太を見た。

 ルーラウはそれを聞いていたが。


「この者を救うつもりですか?」

「そうじゃ」

「ですが、この者を救うのはもう無理です。我々神の力を持ってしてもここまで命運(めいうん)()きた人間を生きながらえさせることはできません。どんな手段を使っても一時凌(いちじしの)ぎにしかならないでしょう」


 このルーラウという神が言った言葉『命運』。

 これがこの世界で人間が生きていくために必要な力である。


 人間は死ぬ。

 事故で、病気で、殺されたり自殺することもあるが、そういう事柄で命が尽きるならわかる。

 ところが、見た目は普通であってもいきなり死ぬことがある。

 原因不明の突然死というやつだ。


 人が調べてもわからない。

 だが、目に見えない『人間が生きていく上で必要な何か』を失ったのだ。

 それが神には見える。

 今、来栖川慶太には命運がほとんど残っておらず、倒れた後、二度と起きることなく数時間で死ぬことがわかっている。


 ルルカはこの世界の主神である。

 しかし、今の来栖川慶太を直接救うことはできない。


 神は万能ではないのか?

 確かに神にはいかなることも行えるが、こと命に関しては制限があった。


 それはどのようなものか?

 神は直接、人間に運気を与えたり向上させたりすることはできない。

 もし、未来を変えたいなら『今より良い擬似(ぎじ)未来』を示す運命の変節点(へんせつてん)を設定する。

 いわゆる『人生のターニングポイント』を意図的(いとてき)(もう)けるのである。

 うまくいけば、その変節点に向けて運命は推移(すいい)し人生は好転し、命運は(たも)たれるのだ。


 ところが、慶太のように運気があまりにも悪い場合、変節点を設定しても運命はそれをトレースしない。

 まるで、速度と推力(すいりょく)を失った飛行機のようなものであり、操縦桿(そうじゅうかん)をいくら上げても墜落(ついらく)を食い止めることができない。

 今、ここに横たわっている来栖川慶太の人生を立ち直らせようとしても、命運の残りがあまりにも少なければ運気を上げることはできないのだ。


 人にはそれぞれの運命がある。

 どう足掻いても死ぬのならそれが来栖川慶太の運命である。

 そう、来栖川慶太の命運は尽きている。


 だが、神ルルカは言った。


「このままでは生きながらえることはできない。こやつが生きている21世紀ではな」


 属神ルーラウはそれにまた答える。


「未来へ転移しようというのですか? 確かに、時間移動により悪い人生の流れは一旦リセットされますので、彼を衰弱(すいじゃく)させた不幸の運命の輪もいくつか断ち切れると思います」


 ルーラウは何を言っているのか?

 それには、運命の持っている性質を知る必要がある。


 人が生きていくと色々なしがらみがあり、悪い命運は悪い過去に引きづられている。

 しかも、積み重なる不運はそれを加速する。

 運命はベクトルのような一面を持っているわけで、来栖川慶太の場合、人生の曲線の垂線(すいせん)の角度は完全に下向きでベクトルも非常に大きい。

 つまり猛スピードで真っ逆さまである。


 もし、未来を行けば21世紀のしがらみはなくなる。

 運命のしがらみから解放されると言うことは、命数(めいすう)()きるのを遠ざけることができる。

 例えて言うなら、墜落しそうな飛行機を高度数百mから突然、一万mまで引き上げるようなもので、それができるならば地面に落ちるまでの時間が(かせ)げるわけだ。

 絶対的な命運のなさは、相変わらず危機的ではあるが数時間で死ぬという状況からはひとまず脱却できる。


「確かに未来へ送れば、21世紀の人間をある程度延命(えんめい)できるでしょう。未来であれば科学も発達しています。身体的な治療だけでもある程度、この体を持たせることはできます」


 21世紀では原因不明の『突然死』。

 しかし、遠い未来においては21世紀では見つけることができない原因。

 体の危機のいくつかを見つけることができるので、その治療も可能だ。

 ただし「いくつかは」だ。


「しかし、それでもこの者には遅すぎます。しがらみを断つことである程度の運気が持ち直したとしても、魂の中の命運がすでに回復不能です。人生を挽回(ばんかい)することは出来ないでしょう。人間として恵まれた環境を与えたとしても数年のうちに緩慢(かんまん)な死を迎えるでしょう」


 そう。

 未来においても魂が傷ついて失いつつある命運については、その危機を(くつがえ)すことも、治療することもできない。


 神ルルカはルーラウの言う事をじっと聞いていたが。


其方(そなた)の言うことはわかる。じゃが、それほど反対するとは他にも理由があるのか?」


 その一言に明かにぎくっ、とするルーラウ。


「申してみよ」


「実は、来栖川慶太の夢の中で『未来や異世界に行く意志があるか』と聞きました」


 ルルカはやれやれという風に頭を()くと


「そんなことをしておったんか。じゃが、いい返事は帰ってこなかったじゃろう?」

「はい。どこに行っても無駄であると」


 ルルカはうなづくと。


「まあ、そう答えるじゃろうな。だが()()()救いたい……そうさな。まずは来栖川慶太を今の窮地(きゅうち)から救う。それから先のことは後で考えよう」


 何の解決にもならないその()(しの)ぎの先送りだが、主神の言うことは絶対である。


「まあ、ルルカ様がおっしゃるならば……」


 ルーラウはそう答えた。


「では、今なすべきことをしようかの」


 ルルカは、そう言うとアパートの内部を神域(しんいき)で包んだ。

 アパートの内部は二重化された。

 現世としてのアパートの内部と神域としての空間に。


 そして、ルルカは慶太の体を両手で指差すと左右に広げた。

 すると、来栖川慶太の体は二つになり、現世の慶太は右に、神域の慶太が左に配置された。


「この体は?」

「来栖川慶太の肉体を複製した。左の体は元の体。瀕死ではあるが、まだ息がある。右の体には魂がない。死体じゃ。神とて魂の複製はできんでのう」

「それはそうですが……」


 神にできることは多い。

 それでも全能ではないことはルーラウだってわかっている。


「21世紀には右の体を置いておく。この時代の慶太の人生は終わる。これから慶太の魂と会話をして今後の人生を決める」


 神域は縮小(しゅくしょう)され、右側の死体が 現世(うつしよ)のアパートに残された。

 ここに来栖川慶太は死んだのである。


 少なくとも21世紀においては。



 その頃。


 慶太のアパートから電車で一時間ちょっとのところに住んでいる上川ひとみは胸騒(むなさわ)ぎを(おぼ)え眠れない夜を過ごしていた。

 結局夜半には寝入ってしまったが、明け方に夢をみた。


「お主が上川ひとみか?」

「はい。あなたは……神様?……ですか?」


 彼女は初めて会ったその相手が神様だとすぐにわかった。

 神々(こうごう)しい姿であったからだ。


「そうじゃ。来栖川慶太を知っておるかの。お主と同郷(どうきょう)の者なのだが」

「はい! 知っています! 慶太がどうかしたんですか?」


 夢の中で彼女は(あわ)てていた。

 あまりに古い名前、けれど忘れられない名前だった。


「慶太は今、東京におる。だが、非常に(きび)しい状態にある。行ってやってくれるか?」

「えっ? えっ? 慶太が東京に……厳しい状態……って」


 それからルルカは来栖川慶太のアパートの場所をひとみに伝えた。

 心の中で『済まない』と謝りながら。

 その言葉には嘘があった。

 彼女が駆けつけた時、慶太はもう亡くなっているのだから……



 翌朝。

 ひとみは夢から覚めると半信半疑(はんしんはんぎ)ながら神から教わった住所へ急いだ。


 来栖川慶太、(なつ)かしい思い出と苦いものが()じる名前だ。

 けれど忘れたことはなかった。


 来栖川慶太とは高校の同期の友達であり、またそれ以上の関係になるはずであった。

 慶太はひとみに告白し、ひとみはそれを受けるつもりでいた。


 けれど慶太とひとみが恋人同士になることはなかった。


 付き合う前にどうしても聞いておきたい一言を慶太に(たず)ねたことで。

 

 それは、父の悪い思い出からだった。

 ひとみの父は別の女を作り母親を捨てて出ていった。

 父親に別の女がいたこともショックであった。

 だがそれ以上に、その女にも母にも都合(つごう)の良い嘘を言い続け、最後は逃亡(とうぼう)したことが(ゆる)せなかったのだ。


 それがわだかまりになって、それまで異性との距離を縮めることができずにいたのだ。

 父のような人は許せない。

 だから慶太に尋ねた。


 「この先、ずっと一緒にいたい。けど、何があってもお互いに正直でありたい。それだけは約束して欲しい」と。


 ひとみは答えを待った。

 慶太は答えを返すことができなかった。


 すると、その様子を影から見ていたクラスメートが何人か走ってきてひとみの腕を取り。


「最低の男!」


 と(ののし)った。


 ひとみは戸惑(とまど)っていたが、クラスメートはひとみを引きずるように連れて行ってしまった。


 ひとみは慶太が好きだった。

 もう少し、慶太の答えを待っていたかった。

 なぜ、答えてくれないのかわからなかったが、きっと理由があるはずだと思った。


 けれど、クラスメートに連れて行かれてからは話す機会(きかい)を得られず、それきりになってしまった。

 学生時代から大人になった今でも心残りであったのである。


 慶太は、ひとみに答えられなかったのは自分のせいだと思い込んでいた。

 本当は、告白した直後に神の干渉(かんしょう)があったからだが、その時の慶太は情けない自分を()めていた。

 意気地(いくじ)が無く(ひる)んでしまったのだと思い込んでいて、後々(あとあと)まで()やんでいたのであった。


 それは何か失敗があっても、(あきら)めと共にすぐに切り替える慶太にしては(めずら)しいことであった。


 思い出をひきづりながら、ひとみは電車を乗り継ぎ、神に()げられた場所に着いた。

 郵便受けには「203 来栖川」の文字。

 アパートは2階建で各階3部屋。

 つまり、慶太の部屋は階段を上がって一番奥にある。

 トントントンと階段を上がって奥まで進みブザーを鳴らす。

 朝から何度も鳴らすのは躊躇(ためら)われたが、それでも突き動かされるように2度3度と鳴らしたが返事がない。


 管理人の部屋に行った。

 同郷のものであることを告げ開けてもらうように頼んだ。

 最初は(いぶか)しがられたが、その必死な様子に203号室のドアを開けてくれた。

 果たして、来栖川慶太は死んでから数時間後、アパートに訪ねてきたひとみにより発見された。


 ひとみは故郷(こきょう)に電話をして人伝(ひとづ)てに来栖川の両親の家に慶太が死んだことを連絡してもらい、急遽(きゅうきょ)飛行機で来ることになった。

 アパートは一時騒然(そうぜん)とし、なぜ来栖川慶太が死んでいるのがわかったのかを(うたが)われたが、警察の取り調べと医師の死因調査から、病死であり事件性はないと判定されてひとみは解放された。


 野次馬(やじうま)のように集まった人々は()()りになり慶太の両親とひとみだけが残された。

 両親は最低限の、通夜と葬儀(そうぎ)をアパートからほど近い小さな葬儀屋で行うと言っていた。

 友人関係や会社関係もわからないので知らせる必要はないと言われたが、ひとみは部屋の中のポケットにあった名刺から、慶太の勤めていた会社に連絡をとり慶太がクビになっていたことを知った。

 たまたま、電話に出た人が慶太を知っている人であり、何人かが葬式に出たいと言っているので葬儀場の場所を伝えた。


 ◇


 葬儀の日。

 地元からは喪主(もしゅ)の両親のみで、慶太の親戚は来なかった。

 同郷の友人はたまたま東京にいた男女が3人。その1人がひとみだ。

 クビになった慶太の会社関係の人が意外に多かったが、すでに慶太の行っていた会社からは離れていた人が大半だった。


 だが、慶太の会社に現在いる人も数人いて慶太の死を(いた)んでいるのが印象的だった。


 その後、葬儀にきた誰かが慶太のいた会社に掛け合ったらしい。

 それに対し、会社側から少額の見舞金が出され、退職は解雇ではなく自主退社であると発表された。


 会社は不当解雇を誤魔化(ごまか)したのだ。

 そして、そのわずかな金の代償として、慶太の葬儀に出席した何人かには「来栖川慶太の退職理由及び経緯(いきさつ)については不問とする」という約束がさせられていた。

 その後、その会社では自主退職者が何人か出たらしい。


 すでに未来へ旅立った来栖川慶太は知らないお話だが、神ルルカは上川ひとみの名とこの事を心に(とど)めて置くことにした。

 どうだったでしょうか。


 21世紀における来栖川慶太は、これで死んだことになります。

 神様は第一発見者として慶太と恋人になるはずだった同級生上川ひとみを選びました。

 ちょっと悲しいですね。


 では、生き残った本物の慶太はどうなるのか?


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