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34話 王都を陰で蝕むものは

ふたたび王宮から指名依頼です。

 王国からケータに指名依頼が出た。

 冒険者ギルドに呼び出されたケータとマルキャルトは応接室で依頼主を待っていた。


「久しぶりだな、冒険者ケータ殿。マルキャルトも随分活躍しているようじゃないか」

「お久しぶりです。ブルム子爵」


 部屋に入ってきたのは、パルマント子爵令嬢の件で依頼を持ってきた王国のブルム子爵。

 ケータは挨拶を交わしたが、マルキャルトはぺこんと礼をする。

 現状を知っているのはおそらくギルド職員サフールから連絡が行っているのであろう。

 

「また、ちょっと厄介な案件があるのだ。其方(そなた)にお願いしたい」

「はあ、それにしてもまた私にですか? 前回も過分な報酬を頂きましたが、内容的には失敗だったんですけど……」


 この前の依頼は危機一髪でやられるところだった。

 この先、荒事は避けられないだろうけれど、戦うことがあるならせめてもう少し実力を付けてからにしたい。


「階級も少し上がったとはいえまだCランクの冒険者ですよ。腕っ節もこの前からほとんど上がってませんし……」

「そんなこともないだろう。ギルド長から聞いておるぞ。討伐依頼もバンバンこなしているとな」


 そこで剣を振るマネまでするブルム子爵。


「いえ、最近の討伐で活躍してるのはマルキャルトですから」

「なっ! ケータ殿! 私はそんな!」


 マルキャルトは真っ赤になって否定する。

 しかし、最近のマルキャルトは本当に剣の腕を上げているのは確かだ。


 そこで、なぜかニヤッと笑うブルム子爵。

 企んだのか何なのかちょっと悪い感じで。


「騙されんぞ。だいたい最初の猫探しが簡単な依頼でないことは、ギルド長との付き合いが長い私が知らないとでも? それに、パルマント令嬢の救出でクローネ子爵邸を特定したのは、実は得意の似顔絵で見つけたわけではないだろう?」

「いえいえ、本当ですよ。あの似顔絵でクローネ子爵邸の周囲に目撃談が集中しなければ分かりませんでしたよ」

「ほう。では、あの似顔絵をそっくりに描くことができた理由は何なのだ? その後の調査で子爵令嬢に関わりのあった人物には全て認識誤認の魔法がかけられていたことがわかっておるのに」

「あの誤認の魔法が解けたことについては運に恵まれていた結果ですので……」


 そこまで話したところで。


「なるほど。ではそういうことにしておくか。今回はとりあえず荒事ではなくてな。依頼したいのは街の調査なんだ」

「僕とマルキャルトにですか?」


 ケータはこの街ではまだ新参者だし、マルキャルトもあまり調査に向いてはいない。

 ブルム子爵は、王宮の調査を専門に行う部署の長であるのだから、ケータ達などに頼む理由がわからない。

 パーティーは二人きりなので大規模の調査には一番向かないのだ……表向きは。


「私の部下にも調査させたのだが、結果が腑に落ちないものでな……これはケータ殿ならなんとかなるのではないかと、な」


 それだけ言うとまあもや、ニヤッと笑いこちらを見ている。


 こりゃ見透かされてるな、とケータは思う。

 もしかしてロブナント子爵、バラしてないだろうな?

 リレイアとクリスクロスのこと……


 とにかく何も聞かずに指名依頼を断るなんて出来ないのだから、と話を聞くことにした。


──聞いちゃったら断れないじゃねーのか?

──まあ、そうなんだけど! それこそ、仕方ないだろ? どうせ聞かないわけにもいかないし。


 クリスクロスの指摘には念話でそう返した。

 ブルム子爵にも話を聞くことにして返事を返す。


「わかりました。僕の実力については買いかぶりだとは思いますが、まずはお話をお聞きしましょう」


 依頼内容は王都から活力が失われているので調べて欲しいという漠然とした依頼だった。


 とにかく王都にいるすべてのものの気力が減退しているとのこと。

 まだまだ元気なものもいるのだが、街角に座り込む乞食の姿はかつてないほど多い。


 また人伝てに話を聞いても、勤勉な者が「今日はやる気が起きない」と言い出し滅多に休まないものが休みがちになっている。

 さらには、仕事を辞めた者が次の仕事を探していない。

 大通りから裏の小道まで、あらゆる商店に並ぶ品物は減る一方で、閉めている店も日に日に増えてきている。


 人は食べないと生きてはいけない。

 すでに、売りものが減り物価が上がってきている。

 大通りから一歩外れた裏道にゴザを引いて物乞いするものに対し、王宮からも人を出して炊き出しなどで支援しているがこれも無限に行うことはできない。


 これが、ブルム子爵の語った事件の概要だった。


 ケータ達はただその話を聞いているだけでなく、すでに行動を起こしていた。

 リレイアに命じてナノマシンを町中のあちらこちらに飛ばして、いち早く様子を探って回ったのだ。


 すると。


──まずいです。とりあえず、適当に子爵の話にある程度合わせておいて、渋々といった感じでこの仕事を受けて下さい。

──なんか、焦っているな。そんなにこの街の状態は悪いのか?

──詳しい説明は帰ってからにいたしましょう。とにかく不自然にならないように子爵の話をある程度引き出したら、この仕事は受けないと今後の展開が厳しくなります。少し、相手の思う壺であるのが忌々しいですが、今回は仕方ありませんの。

──わかった。


 ケータは受ける心算(こころづもり)ではいる。

 だが、安易には引き受けられない。

 慎重に条件を聞くことにする。


「……そんなわけで、この街の調査をお願いしたのだが、どうだろうか?」

「確かに大変そうですね。しかし、本当に私で良いのでしょうか。失敗した場合とかも気になりますし。依頼の終了条件がわからないのですが」

「いや、大丈夫だ。この件に関して失敗条件はない。もともと何を調べれば正解かもわからない依頼だからな。とりあえず2週間の調査とその報告をお願いしたい。調査結果が芳しくなかったとしても成功報酬が支払われる。そして、その後継続して依頼するかは報告内容次第となる」


 そこで、最後に僕はマルキャルトに相談する。


「そうですか……わかりました。やらせて頂こうと思うけどマルキャルトはどう?」

「はっ、はい。私は……構いません」


 なぜか、マルキャルトはちょっと考えてからOKを出した。


 その後はちょっと揉めた。

 依頼を受けた後、子爵とギルド長から報酬額の話があったのだが、考えていたのよりふた桁も多い。

 これには流石に二の足を踏んだ。


 考えても見て欲しい。


 いつも5万円の仕事をしていたものが、いきなり500万円の提示を受けたらどうなるか。

 こいつは美味しいとホイホイ受けることができるだろうか?


 ケータは(しば)し悩んだだが、結局この依頼を受けた。


 と言うのもこのペースで貴族依頼を続けていくと、冒険者ランクが上がってしまう。

 ギルド報酬の多さは、貢献ポイントとして反映される。

 本当ならこれは喜ぶべきことなのだが、ケータ達の方針とは異なる。


 ケータとリレイアは異世界に来て初めて知ったこの街で、この国この世界全体をじっくり探るつもりでいたのだ。

 そのために冒険者になったわけだが、そのための地位として最早(もはや)Cランクでも十分すぎるのだ。


 一応、Bランクまではまだ貢献ポイントが達していない事を確認しておく。

 通常ならBランクになるには昇級試験があるのだが、貴族の指名依頼を受け続けていると、またしても推薦状により免除されるので『うっかりランクアップ』などという事態が発生しうるのである。


 その場合、一応形だけはテストを受けるのだが、Bランクに知識面で足りないところがあると講習を受けさせられることになる。

 どっちにしてもBランクは有無を言わさず確定してしまうのだ。


 しかし、こうなっては仕方がない。


 今回も貴族の指名依頼なので避けることはできないし、報酬が多すぎるからというのでは断る理由としても不自然だからである。

 そして何より、リレイアが切羽詰まって焦るほどの事件をそのままになどして置けないのだから。


 ◇


 ギルドを出た後は寄り道せずに自室に戻った。

 この依頼について話す必要があるのでマルキャルトも一緒だ。


 手前の玄関を入った部屋は本当のこのアパートの部屋だが、奥の部屋は違う。

 ケータはそのことをマルキャルトに話していないことをすっかり忘れていた。


 マルキャルトは、そこに入った途端ギョッとして周りを見渡す。


「広い! これはどうなっているのですか?」

「そうか、マルキャルトはこの部屋について話してなかったな」

「あちゃー、やっちゃったな」

「何も言わないから話すつもりだとてっきり……潮時ですの。説明したらいかがです? ケータ」


 マルキャルトの驚きに三者三様で返す僕ら。

 もう内輪の人間として、完全に油断して忘れていた。

 この部屋が亜空間拡張されていることを。


「これ、魔法じゃありませんよね?」

「…………」


 答えられない僕の代わりにリレイアが答えた。


「はい。これは亜空間拡張という技術です」

「『アクウカンカクチョウ』ですか? 聞いたことないのですが」


 当たり前である。あったら大変だ。

 この世界の人間はおろか、地球でも21世紀の人間にはあり得ない技術である。


「マルキャルトには順を追ってお話しします。いいですよね? ケータ」

「そうだな。パーティーになった以上、隠してはおかない方がいいだろう。マルキャルト。今まで隠していて済まなかった。僕らの事について話すよ。リレイア、説明をお願いできるかな?」

「はい」


 そして、リレイアは僕が地球からやってきた異世界転生者であることを説明した。

 まあ、正確に言えば転生者はケータであって、誰かと入れ替わったわけではないリレイアは転移者となるのだろうが。


 そして魔法について。

 地球では魔法はなく、この世界に来たときに与えられたこと。

 リレイアは妖精ではなく、AIと呼ばれる一種の人工的なものであること。


「リレイアは妖精ではないんですか? それって、あの屋敷にあった人形のような仮初めの命に近いのですか」

「そうですわね。まああの人形よりは私、もうちょっと出来がいいつもりですけど」


 リレイアの出来が、あの魔法でようやく動いていたホムンクルス人形より『もうちょっと良い』で済むはずがない。

 はっきり言って作戦の要は彼女の方で、僕の方が動かされているようなもんだ。


「ただ、この世界では妖精としての格を頂いています。クリスクロスもそうですわね」

「いや、おいらもう一段上なんだけど……」


 そうなのか?

 そういうとやれやれと言う感じでクリスクロスがぽつりぽつりと話し出す。

 クリスクロスの本当の位は『準天使』なのだそうだ。


 アルファニアの世界の天界では、神の下に天使がいる。

 その下に準天使がいるが、準天使は天界の住人ではない。


 地上のものが神に継ぐ地位を得たときに例外的にもらう地位であり、滅多にないとのこと。

 ちなみにクリスクロスの前に準天使になったのは、500年勤め上げた妖精一族の長だそうだ。


「意外と偉いんだな」

「意外ととは何だよ!」

「いい加減にして下さい。毎度毎度!」

「「すまん」」


 ケータとクリスクロスが、バカな言い合いをしているとリレイアに怒られた。


「話を戻しますわね。まず、話した通り私とケータは地球という異世界、いや正確に言えば地球は星で世界の名前はコモンというのですが……」

「???」

「あー、その辺の事情は面倒なので、とりあえず地球という全く違う世界から来たと言うことでお願いしますわ」

「……はい」

「それで、地球から転生してきた人間というのは他にもたくさんいまして、たぶんあのカリオンもそうなのではないか、と」

「ああ、それはロブナント子爵がおっしゃっていたことですね」


 そこで、ケータが目配せしてリレイアから話を引き継ぐ。


「転生者はこの世界に送られる時に、皆、目的としてこの世界を良くすることになってるんだ。主に魔法で。けれど、こちらに来て道を踏み外す者が出てきていてね」

「それが、話に出たカリオンだと」

「そう」


 そこまで、話を聞いていたマルキャルトは今ひとつ納得できない様子だ。


「でも、なんでカリオンが転生者だと判るんです? あと、カリオンが犯人だと言うのも分かりません。会ったこともないのに、ケータ殿は面識があるんですか」

「ないよ。でも、そのことを話すと二度手間になりそうだから、すでに調べた内容も含めてリレイア、説明してくれるかい? 実は僕も聞きたいことがあるんだ。さっきまずいと言っていたけどどういうこと? いつになく焦っていたみたいじゃないか」

「そうですね。先ほどのギルドでのお話し中にナノマシンを飛ばして状況を把握したのですが、おおよそのことがわかりました。その内容からいくつかのことが推測されます」


 そこまで言ったところでマルキャルトがまた、恐る恐る手をあげる。


「あのー『なのましん』と言うのがわからないんですが……」


 そりゃそうである。


「僕ら……というかリレイアは、ナノマシンという極小機械を使う。ほかにも、数センチから数メートルの規模のボットという機械もね」

「はあ」


 マルキャルトはさっぱりわからないという顔だ。


「うーん、何かやってみせることはできる?」

「そうですねー」


 百聞は一見にしかず。

 ケータはリレイアに頼んで、まずは見せることでマルキャルトに納得してもらうことにした。

 

 リレイアはまずナノマシンを散布する。

 一度、リレイアの周りにフワァッ、と霧のような物が湧き上がり窓の外へ流れて消えていく。

 本当は、こんな目立つことはしないのだが、非常に小さいものが撒き散らばっていくことをワザと可視化してみせた。


 そして、それが住むと今度はこの街のこの付近の見取り図を空中に表示させる。


「この見取り図がナノマシンなのですか?」

「いえ、これはナノマシンで調査した結果を表示させるために出したんです」


 そこで、見取り図のモードを変えて、ナノマシンが調査した対象が赤い点で表示されるようにした。

 いくつかは動いている。


「これは、先ほど蒔いたナノマシンが送ってくれる情報を元に、この辺り一帯にいる猫を赤い点で表示させましたの。

 今度はこの点の場所にいる猫の画像が見えるようにボットを使って見ましょうか」


 そう言って小さな蜂型のボットを20匹ばかり部屋の中に出現させる。


「うわっ、蜂が! これ、襲ってこない?」

「大丈夫ですわ。これは蜂に見える小さな機械。1台だけ、マルキャルトの真ん前に出します。驚かないで下さいね」


 そこでその蜂型ボットの1台がマルキャルトの前で空中静止している。

 羽根をばたつかせているので、本物の蜂がホバリングしているのと見分けがつかない。


「画像を表示して見ましょう」


 そういうと、見取り図の真ん中にウィンドウが開き、マルキャルトを正面から映した姿が見える。

 蜂が僕の方を向くと画像は僕を映した。


「はあぁぁぁ、凄いもんなんですね」

「これを外に出します」


 窓の外に20匹の蜂が飛び出していく。

 

 そして3分後……


「そろそろいいですわね」


 リレイアがそういうと、見取り図の赤の点から放射状にガイド線が出て、それぞにウィンドウが開き異なる猫の姿が映された。


「これで、先ほどの赤の点の場所にいた猫の画像が見えるように成りましたわ」

「すっ、凄い! ……あぁぁぁぁ、『猫探し』!!」


 マルキャルトは気づいたようだ。

 ケータ達がどうやってあの短時間で猫を探し出したのか。


「まあ、そういうことなんだ。今回は見せるために使ったけど、ナノマシンはともかく、ボットはあまり街に出したくないな。これは仕掛けが大きくて気づかれる可能性があるから。画像は劣るけどナノマシンだけでも概要はわかるのでね」


 ◇


 興奮するマルキャルトを(なだ)めて、お茶を入れた。

 やっと落ち着けたので再度、今回の依頼についての話に戻った。


 リレイアが説明する。


「まず、ケータが焦っている理由がわからないと言っていましたが、それにはいくつかの理由があります」

「よほどヤバイ依頼なのか?」

「そうですね。かなりまずい状況と言えます。動機については犯人を仮定するならば、限定的には予想できます」


 リレイアにしては歯切れが悪い言い方だ。

 一応、ロブナント子爵は犯人の目星をつけていて、名前も聞いている。

 一通りの調査が終わったと言っていたのだから、いつもならもっと断定しているだろう。

 まあ、まずは聞いてからと言うことで、さらに説明を促した。


「まずは現状を説明してくれるかい」

「かしこまりました。まず、第一にこの状況を引き起こしているのは、不可思議な麻薬ですの。おそらく、この状況を作り出すために新たに開発したんだと思われますわ。この国でも麻薬と認定した植物はいくつか存在し、栽培も流通も禁止されていますの」


 まあ、このアルファニアにも麻薬はあるだろう。


「ですが、今回使われていたのは王宮で麻薬と認定した植物から採取されたものではなく、普通の農作物に含まれる毒素を使っています。これは、普通の農作物に含まれているもので、通常は毒の部分を切りとれば問題ありませんの。まあ、食べてもそんなに重症化はせず、お腹を下す程度です」


 つまり、じゃがいもの芽みたいなものである。

 まあ、あれも酷い時には重症化するのだが。


「しかし、この毒素に魔法師の手をちょっと加えますと不思議なことに毒性はほぼなくなり、代わりに作物自体の魔素の代謝性を下げるように成ります」

「その結果どうなるんだ?」

「これ自体は、効果が弱すぎて暗殺にも服毒にも使われることはないでしょう。これを普通の作物に添加しますとこの”魔薬”を介して、魔法が使いにくく成りますの。そうすると行き場のなくなった魔素が、人体に過剰に蓄積されるようになり、いつの間にか気力が失われます」


 すぐには効果が現れないのが逆に厄介である。


「はい。いつの間に服用が進んで徐々に人体を蝕むこの新しいこの物質を私は”魔薬”と名付けました。ケータの言う通り、末期になるまでは、体力や体調には大きな変化がないため原因は見つけにくいのが難点です」

「それだと、おいらにも見つけられないだろうな」


 クリスクロスも首を振る。

 ケータは、まずは”魔薬”を広げないことが先決じゃないかと思う。


「流通経路は? その”魔薬”が出回らなければ、これ以上悪化しないだろう?」

「当初は市場に汚染された野菜が売られているのが主でした。次に小麦にその薬が混ぜられていたようです。現在は、流通している形としては多種多様になり、飲み物など、あと一部風邪などの薬にも混入されているようです。この場合、風邪が治った数週間後に気力がなくなっているので、薬が原因だと気づかないのです。このような形で、この”魔薬”は、街中に静かに確実に広がっています」


 ケータとマルキャルトはリレイアの話を聞き、事の大きさに驚いていた。

 このままでいけば、王都の労働力は果てしなく衰退し、街の機能を失ってしまうのだ。


「……知りませんでした。このクルゼナントがそんなことになっていたなんて……」


 マルキャルトがそう言った。


 でも。


「それなら、王宮の調査で判明しなかったのは何故だ?」

「それが、この状況の厄介なところです。まず、患者についても体のどこを調べても直接悪いところが見つけられません。食べ物だと当たりをつけても、対象の野菜や小麦を調べたところでその”魔薬”を抽出するだけの技術がこの国にはないので、この状況をひき起こした原因だと特定できないでしょう。さらに、犯人たちは汚染された食物を売る場所を次々と変えているようです。体調が悪くなり、そこの野菜を食べたものが怪しいと目星をつけたとしても、すでにその場所で売っている野菜は正常に戻っているのです」

 

 困ったことになったものである。

 容易に敵は尻尾を掴ませないように立ち回っている。


 ついに王宮の機関でも見つかるほどに酷くなっていると言うことは、もう見つかってもいいと考えているのかもしれない。

 すなわち、もう対策は間に合わないと踏んでいるのではないか……


「幸いなのは、表立っての死者はギリギリ出ていないことですが、このままでは時間の問題だと思いますわ」

「早くしないと手遅れになるな」

「はい。早急に治療法の確立が必要です」


 リレイアも時間の猶予はないと思っている。


「おいらもなんか街の連中の中に死ぬ前の匂いっていうか、物凄く悪い気を感じる。最悪、街全体が滅んじまうような……」


 クリスクロスも街の変化に危機感を持っているようだ。

  

「でも、そこまで酷くなるまで街の人たちが気づかないのはなぜだ?」

「それは、人為的なものかそうでないものかがわからないようにコントールされているのですわ」

「ああ、流行病とか季節病とか」


 この世界にも普通に風邪やインフルエンザのように特定の病気が流行ることはある。

 ましてや、今回の症状は無気力であるので病気とは尚更認識されにくい。


「これが人為的に行われていることに気付くためには、統計学的または確率論的な偏りについての知識がないと証明できないでしょう。ただの調査ではわからないのです」

「『トウケイガク』?、『カクリツロン』?」


 マルキャルトは聞いたことのない用語の連続で理解できない。


 これはマルキャルトがバカなのではなく、この世界ではそういった学問が王立大学の一部で議論される程度で一般には広まっていないのだ。

 かといって、全く説明しなくてはこの依頼の調査結果が理解できない。


 なるべく平易な言葉で最低限の理屈だけは知ってもらわないと。

 ケータはリレイアに一旦、”魔薬” の話を中断してもらって、マルキャルトににわか講座を開くことにする。


「えーと、僕もちゃんと説明できるかどうかわからないだけど、例えばたくさんの人にりんごとみかんのどちらが好きか聞くとするでしょう?」

「ええ」

「それで、りんごが多いとかみかんが多いとか結果が出るんだけど、それはたまたま聞いた人が偏っているかも知れない」

「そうですね」

「もっとたくさんの人に聞いたら、違う結果になるかもしれない」

「確かに」

「ものすごく大規模に調べて国中で調査したら、傾向が出たりする」

「傾向……ですか?」

「北の人はりんごが好きだとか、南の人はみかんが好きな人が多いとか」

「ああ、なるほど。そういうことはありそうですね」

「でも、その調査結果はたまたまかも知れない」

「…………」


 そんなこと言ったら、何もわからないじゃないか、マルキャルトは思っているのだろう。


「で、それを数字の散らばり方から、たまたまであるか本当に偏っているのかを見抜くことが統計学とか確率論で可能になる」

「はあぁぁぁあ……わからないけど、わかりました」


 どう言う理屈かまではわからないが、ケータ達にはそれで見抜くことができるとわかったらしい。


 実はケータにもちゃんとはわかっていない。

 標準偏差がどーのとか、偶然か必然かを論ずることとかは解っちゃいないのだ。

 ケータは元々文系の人間で、量子力学を(かじ)っていたのは会社の営業で必要だっただけである。


 それはともかく、ようやく”魔薬”の話に戻れる。


「で、統計学と確率論まで持ち出さないと判明しないのは分かったけど、それが厄介である理由になるのか?」

「はい。見つけにくいこと自体も面倒ではありますが、一番の問題はそこではありません」


 そこで、リレイアはエア眼鏡をかけ直す仕草をする。

 ウザい。


「今回の麻薬汚染は確実に首都クルゼナントに広がる頻度であることから、悪意を持って実行されています。しかも単純な集計では有意の汚染状況を見つけられません。特に麻薬の調査官としての役人のクセを盗まれていて、見落としや過小申告をしてしまいそうなところに汚染が起きています。これだけ心理的な穴を付くことができて、統計学的な分析をしないと見つからないような手法が取れるのは……」

「わかったよ。そうだね。そんなアプローチを取れるのは、アルファニアの人間ではないな。つまりは日本からの転移者または転生者なのか。なるほど、それが厄介と言っていた本当の理由だな」


 おお、目を見開くマルキャルト。

 今度は本当にわかったようだ。


「そうです。そこまでのことができる相手と戦うのは、かなり危険を伴います。ロブナント子爵は犯人をカリオン・サカモトを疑っていましたが、私は転移者の仕業であることに同意しますがカリオンであることについては断定を避けました」

「他の可能性もあると」

「はい」

 

 まあ、そうか。


「例えば?」

「他国からの弱体化を狙った干渉とかですね。しかし、おそらくそれはないと結論付けました」


「なんでだい? それも十分可能性があるんじゃないか? 他国の要人になってる転生者もいるだろうし、手先として使われている場合もあるように思えるが」

「そこは最後まで疑いました。しかし、あまりにも非効率な点がいくつかあり国の指令による方策としては、のんびりしすぎています。例えば、クルゼ王国の弱体化を狙うとするならばかなり気長に待たなければなりません。それと隣国の状況です。このクルゼ王国はそれなりの歴史ある国ではありますが列強と比べれば小国の部類です。そこまでする価値が感じられません」


 そこまでわかるのか。

 そういう動機付けの根拠までいくと僕にもお手上げだな。


「ああ、おいらも気づいてたよ。これは多分この国のこの街だけだと思う」

「なぜさ」

「おいら準天使だけど、一応妖精としての存在でもあるんだ。この世界の妖精だけが使える一種の共感でいろんな国の雰囲気がわかるのさ。今、この国のこの街だけがちょっとおかしいんだ。もし、そんなことをするなら、どこか別の場所で試しをするんじゃないか?」


 なるほど、クリスクロスにも何かこの街の異変起こっていることを実感していたようだ。

 そして、それはこの世界の他のどこの街でも試されていない。

 あくまでもこの街がターゲットにされている。


「それなら、言ってくれたらよかったのに」

「いや、悔しいことに何かおかしいと思っても具体的に何かがわからなかったんだ」


 そう言うことか。

 ただ『最近何かおかしい』だけでは、『何がだよ?』、『わからないけど』で話は終わっちゃうな。


「しかし、リレイア。焦ってたのはそれだけじゃないんだろう? もったいぶらずに最後の結論を言えよ」

「結局、私もロブナント子爵と同じくカリオン・サカモトが犯人だという結論に至りました。問題は理由です。この街を選んだ理由。こんなやり方を選んだ理由。……と、ここまで言えばケータも薄々感じているんでしょう?」

「復讐か」

「はい」


 うん、とうなづく。


「おそらくケータは狙われています。ケータだけでなく、私やマルキャルトも含めてですが」

「犯人は効率を度外視してまで執着しているわけか」

「はい」


 だが。


「カリオンか……僕らを追い詰めた令嬢誘拐の一連の事件の黒幕。だが、まだ会ったこともないんだよな。それより、もう一人。手練れの ”裏刺し” はどうなんだ?」

「主犯とは違うか、と。ただ……」

「ただ?」

「確実に出てくるとは思いますわ」


 ただの調査だと思っていた今回の依頼が、実は僕ら自身が付け狙われているものだと結論づけた。

 そして、あの三人の手練れの中で一人だけ生き残ったあいつも出てくる。


「今度は逃がしません」


 マルキャルトは剣を握りそう言った。

またしても事件に絡んでくるのはカリオンのようです。

ケータたちに対し恨み骨髄に徹す、と言うことなのでしょう。


次回は、『35話 反撃準備を茶店ですれば』 8/5投稿予定です。

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