31話 王宮で事件を報告すれば
事件は一応の決着を見ましたが、報告するために王宮に行くことになってしまいました。
まあ、厳密には王宮内の一組織であり、王宮そのものではないようですが。
冒険者ギルドで目立たない事件をひっそりとこなしていくつもりだったケータ。
どうしてこうなったのか……
屋敷を出るとうたた寝の迷宮は全壊した。
おそらくケータ達を巻き込むためではなく、証拠隠滅のため。
屋敷の周りには、マルキャルトが手に掛けた訳ではないゴロツキが何人か殺されていた。
「これもアイツだろうな」
「そうに違いありませんわ」
クリスクロスとリレイアは、その犯人をケータ達を追い詰めたあの男だと断定した。
ケータ達はこの屋敷や死体などをどうするか話し合っていたが、遠くから複数の馬の駆ける音が聞こえてきた。
やがて、遠くに姿が見えてきた。
全身武装の騎士のようだ。
「後でお話しします。黙っていてくださいね」
「あっ、……はい」
リレイアはそう言うと、マルキャルトの返事を待たずに姿を消した。
クリスクロスも同じく。
ようやく、顔が分かる範囲まで馬が近づいて、それが顔見知りだとわかる。
令嬢救出を最初に依頼してきたブルム子爵だった。
ケータの姿は、ブルム子爵たちが近づく前に日本人だとわからない姿に戻っている。
「ケータ殿! 無事でしたか!」
「はい。ですが、犯人は捕まえることができませんでした」
「……取り逃しましたか」
「いえ…………消されました」
そこで、ブルム子爵は目を大きく開く。
ケータは屋敷であったあらましを話し、最後に争った男の残した血に見せたインクで書いた紙を差し出した。
ブルム子爵は、それを受け取り従えている武装した男の一人にその紙を渡した。
「どう思う?」
「この屋敷の外の死体は5体のうち3体が背中から刺されています。しかもわざと急所のそばを刺してから、その刃物を捻っています。おそらく即死できずに相当の苦痛の末に悶死したものと思われます。この嗜虐的なやり口の傷跡と手紙の内容から考えて……犯人は ”裏刺し” ではないか、と」
「なんだと!」
周りの馬上の男たちにも動揺が走る。
ブルム子爵がケータをまじまじと見て言った。
「……ケータ殿。よく生き残られましたな……」
ケータはそれに答えられなかった。
リレイア達のことを明かすことはできなかったからだ。
ブルム子爵にしても、ケータの腕が単なる薬草採取中心の非討伐系のDランク冒険者ではないとは思っていたが、裏の世界の『二つ名』持ちの手練れとやりあえるほどであるとは思っていなかったのである。
全壊した屋敷もそれ以上崩れることはないと分かった時点で、武装したブルム子爵の部下たちは残骸となった邸内に入っていった。
しばらくして、部下たちは遺体や証拠になる可能性があるものを運び出していた。
そして、”裏刺し” のことを告げた男がブルム子爵に耳打ちする。
「何っ! “斬鬼” と ”凶魔” の死体まであるだと?……ケータ殿、あなたは一体……」
何者なのか、と問おうとしてブルム子爵は途中まで口に出たが、その先を思いとどまる。
「そうですね。ここでは」
「はあ……ええと……」
耳打ちした男がそう言うのにケータも返しようもなく、間抜けに答えた。
すると。
「あっ、ご紹介が遅れました。私、ブルム子爵の副官をしておりますクリストフ・フォン・ピボーテと申します」
爵位は男爵だそうだ。
「はい。僕は駆け出し冒険者のケータ・リーフォンと言います」
すると、ピボーテ男爵は唖然とした顔をして。
「あの手練れを仕留めたケータ殿が駆け出しだったら、王宮騎士は皆ギルドの冒険者に教えを請わねばなりませんよ」
そう言って屈託なく笑う。
悪い人ではなさそうだと、ケータは思ったがリレイアが念話で話してきた。
──ケータ。この男爵様は大変な切れ者ですわ。うっかりすると、私とクリスクロスのことが簡単にバレてしまいそうですの。気を引き締めてくださいませ!
──それよりリレイア。この人たちは何者なんだ? そもそも何も考えずに受けちゃったけど、この依頼はどうして王宮からだったんだ?
──そこからわかってなかったんですか? まあ、どういう理由で来た話だったとしても、貴族からの指名依頼でしたから、どうせ考えても受けるしかありませんでしたけど……
──しょうがない。このまま、もやもやした気持ちを引きづっても仕方がない。
ケータは、そもそもどうして王宮から伯爵令嬢の誘拐について冒険者に依頼したのを尋ねてみた。
「あのー、今さら何ですがなぜ、今回の依頼は王宮からだったのですか?」
「そうだな。ではその辺も含め、ケータ殿には本件の背景から話して置かないといけないな」
そこで、馬上の男たちが全員降りて整列。
ブルム子爵が命じると一斉に敬礼する。
「我々はクルゼ王国の陛下の直属の治安維持部隊だ。非公式であるので名前はないがね。本来、武骨者の集まりだが、宮廷では紳士で通るような物腰も備えている。必要とあらば商人や冒険者に紛れて諜報活動もこなす。そう言う者が集まっている。普段の仕事は主に王都の調査だな。表向きは騎士団の一つとなっていて、警備しながら街の様子に変わったことがないかを見て回っている」
ベルンハルト・フォン・ブルム子爵を長とする陛下直属の治安維持部隊。
王宮どころか陛下直属の部隊とは、随分上からの依頼であったことにケータは驚く。
「しかし、貴族の誘拐とはいえ、子爵の令嬢の救出に陛下直属の機関が介入したと言うのは……」
「それについては二つの理由がある。一つは、私的なことでマルキャルトが仕えている子爵家での事件であると言うことだ。クルゼ王国はこれでも他国と比べて自由闊達な国だが、それでも旧来の因習の影響はそれなりにある。もし、令嬢が見つからない場合、護衛のマルキャルトの立場が危うくなる。男尊女卑の風潮を払拭してもらうつもりで起用したのに、逆にその風潮が強まってしまうような事件だったのでな。なんとか、彼女の手で解決してもらいたかったのだ」
まあ、それは当然だろう。
今回の事件の依頼については、最初から王宮がらみでしかも冒険者ギルドを通して、騎士であるマルキャルトを伴って解決するという回りくどい手順を踏んでいる。
王宮が主導で動きたいのなら、王宮内にも調査するための機関はあるのだし、敵を特定できたのなら騎士団が出張って討伐すれば良い。
国が動けば、人数的には戦力的にも犯罪者集団の手には負えないだろう。
それを苦労させてまで僕を使ったのは『事件は組織的で犯罪集団は大きい』と言うことを冒険者の報告として上げさせること。
討伐についても冒険者と騎士の『たった2人で』やり遂げること。
これが、マルキャルトが名を上げることができる条件だったのだ。
「もう一つは理由とも言えないのだが、ロブナントの『勘』に寄るものだ。この件は当初、我々が動く予定にはなかったので、子爵が自分で冒険者ギルドに調査と救出の依頼をするはずであった。だが、ロブナントが内偵を進めていて、この件は軽々には扱えないことを私に告げていたのだ。これには苦労した。陛下に報告した際に、我々が動く根拠がロブナントの『勘』だけなのだからな。だが、陛下もロブナントがどういう男かを知っている。何も言わず、我々の介入を許可したのだ」
そこまでブルム子爵は一気に喋ると、口に手を当てて。
「この話は内密に頼む。それより、マルキャルト! 其方の報告を聞きたい」
「はい」
呼ばれたマルキャルトが駆け寄ってくる。
そこで、マルキャルトはブルム子爵に自分の働きについて報告した。
「うーむ、そうか。当初は、屋敷内でケータ殿の護衛を考えていたのだが、もし、それをしていたら其方の命はなかったであろう」
「……すいません。私が不甲斐ないばかりに……」
「いや、謝らずともよい。敵の力量を測れなかった私の責任だ。それに、よく思いとどまった。蛮勇や無謀は勇気とは違うからな」
自分の力量不足でケータと共に戦うことができなかったことを褒められても、どうしていいかわからないマルキャルト。
それだけに言いそびれていることがある。
それに気づいたケータが割り込んだ。
「ブルム子爵様。マルキャルトの働きで一件、大事な働きが抜けています」
「ん? それは何だ? 何かあるのか?」
「はい。僕が最後の広間で攻め込まれた時、絶体絶命のピンチに陥りました。その時にマルキャルトが飛び込んで僕が斬られる寸前で斬撃を弾いてくれたのです。それで、九死に一生を得た僕が立て直したのを見て、 ”裏刺し” は引いたのです」
「本当か!」
ブルム子爵はそれに驚き、マルキャルトに向き直る。
「そんな大事な報告を漏らすとは騎士として失格だな」
咎めるような言葉の内容とは裏腹にブルム子爵はなぜか嬉しそうな顔している。
「いえ、当然なことだったので……私は別に……」
マルキャルトは、無理やり笑おうとしたが少し強張ってしまった。
ブルム子爵は、それを見てフッと僅かに口元を緩めたが、それについては何も言わず部下たちに声をかけた。
「私とピボーテ、それにケータ殿は王宮に行く。マルキャルト、其方も同行しろ」
「私もですか?……わかりました」
ケータはそれを聞いて、顔はにこやかにしていたものの、内心は引き攣っていた。
そして心の中でくよくよと考えていた。
『自室に戻れないのかあ。僕は王宮に帰る訳じゃないだけどなあ』とか……
『どうやってあの手練れを倒したのか聞かれても困るなあ』とか……
『結局、犯人は殺されちゃったし、本当の黒幕は残っちゃったんだよなあ』とか……………………
◇
ケータは王宮に来るのは初めてだ。
ここに来るまでは、ブルム子爵の馬に同乗させてもらったのだが見事な腕前であったためか乗り心地も良かった。
クルゼ王国の王都クルゼナントの王宮は約1㎢、ケータの住んでいた日本でいえば皇居ぐらいの大きさである。
敷地全体は、南北に長い丸みを帯びたダイヤモンド型で東側は大きな池になっている。
南に正門があり、北に裏門がある。
ケータたちが向かっているのは王宮の西。
ここだけはちょっと特殊な形をしていて、王宮の塀が街中にポコンと四角く迫り出している。
建物も王宮の他の部分はいわゆる中世の城に近い作りであるが、この西の部分にあるのはちょっと不思議な建物である。
21世紀に本で見たことがある建築物に似ている。
随分の趣のある洋館だ。
確かイギリスの近世の片田舎にこんなものがあったような……
窓の桟が一定間隔ではなく、広い間隔から横に徐々に狭くなっていく独特のデザイン。
全体としては無骨に感じるはずのまっすぐな支柱とそれに絡むアーチ状の鉄枠に、不透明なガラスをあしらっていて、部屋の中の光の加減が絶妙に柔らかく感じられるように計算されていた。
ケータたちが戦ったうたた寝の迷宮も凝った建物ではあったが、あれはゴテゴテでわざとらしかった。
この瀟洒なモダンなセンスの良さが滲み出ている洋館とは比べるべくもない。
この西側の建物の部分は、王宮の壁が低くなっていて建物も見通せるようになっている。
中庭から王宮の中まで道がつながっていて、遮るものがない。
正門と裏門には頑丈な門と門番がいるが、ここが襲われたら城の中まで簡単に侵入されてしまいそうに見える。
ケータはこんな作りで城の警備は大丈夫なのか、と思った。
──大丈夫だぜ。ケータ。もしここに忍び込んだり、襲ったりするヤツがいたら、そいつは無事には帰れねーだろうな。見た目とは違ってやたら堅固な守りだな、これは。
クリスクロスはケータの顔を見て何を考えているかわかったらしく、そんなことを言ってきた。
ここの凄さがわかるんだろう。
ケータはうたた寝の迷宮で見破れなかったぐらいだから、ここにも見ただけではわからない謎セキュリティがあっちこっちにあるに違いない、と思った。
西側には馬が二頭並んで入るだけの広さの門があり、門番ではなく屋敷の執事のような者が2人出迎えていた。
「今、帰った」
「ご苦労様です。お部屋を用意してあります」
ブルム子爵は帰還を告げた。
ここの上位者であるはずだが、特に出迎えた2人は無闇に謙ることもなく、言葉のやりとりも軽い。
ここだけ王宮ではなく、上級の商家の屋敷のようだ。
「ここは、王宮の付帯施設ではありますが、王宮そのものではありません。この門とこの屋敷は限られた者だけが入れる場所なのです。まあ、限られたと言っても上位貴族であるという意味ではありません。まあ、この城の中では一番ざっくばらんに過ごせる場所なので、安心して下さい」
そうブルム子爵は言ったが、ケータとしては落ち着けるわけがない。
建物が多少違うと言っても王国の重要施設であることには違いがないのだ。
だが、マルキャルトもホッとした顔をしているのを見ると、それほど厳しいところではないのかな、とちょっと思えてくる。
馬を降りて、館のドアを開けると外から見るのと違い、構造は城以上にしっかりしているのがわかる。
だが、モダンな雰囲気は保ちつつ華美にすぎない内装が心地よい。
明かり取りのガラスも四角いだけでなく、すりガラスが全面にありながら一部だけ透明になっていたりする。
彩度の低い寒色系の色使いであるのにどこか暖かい感じにはとても好感をもった。
用意してあった瀟洒な部屋に通され、品のいいお茶と軽食が出された。
この館の会議室か応接室なのであろうが、雰囲気は優雅な喫茶室であった。
それから、ブルム子爵は人払いをした。
部屋にはブルム子爵、騎士のピボーテとマルキャルト、そしてケータだけが残った。
「ケータ殿。もう少し詳しい話をしていただけないだろうか。他には聞かれたくない話もあるだろうが、できるだけお願いしたい。秘密は守る。それと、その前に一人紹介したい者がいる……入ってくれ」
その部屋には小部屋が付いている。
そのドアを開けて男が1人入ってきた。
ケータは思わず立ち上がった。
「あっ、あなたは!」
「よぅ! この間はどーも。あの話は役に立ったかい?」
この軽口を叩くそこに現れた男は、犯人の屋敷に行く前に忠告してきたクルーズ・ロブナント子爵であった。
「おい! よぅ、じゃないだろ。よぅ、じゃ」
「いやあ、こいつは面白いヤツだよ。ベルンハルトもそう思うだろ?」
あっけにとられるケータとマルキャルト。
マルキャルトも初対面らしい。
ブルム子爵をベルンハルトと名前で呼ぶことからも随分と親しげに見えるが。
「すまん。ケータ殿、こういうヤツなんだ。すでに会っているだろうが、改めて紹介しよう。悪友のクルーズ・フォン・ロブナント。一応子爵だ」
「一応、って何だ! 一応って! これでもきちんと領地経営してるんだぞ」
「あー、そうだったかな? まあ、いい。話を進めるぞ」
それから、ケータたちは一連のこの犯人捕縛(失敗したが)の一部始終をあらためて順を追って話した。
まず、用心棒の似顔絵を描き ”ポスター” にして情報を募り屋敷を見つけたこと。
様子を探りマルキャルトにゴロツキを引きつけてもらうことを頼んだこと。
ケータ自身は正面から屋敷に入ったこと。
屋敷は外連味たっぷりの罠だらけだったこと。
2人の手練れが待ち構えていて苦戦したこと。
さらに不気味な人形に隙を突かれて、その後ピンチに陥ったこと。
そのピンチに乗じて、3人目の手練れ”裏刺し” に襲われマルキャルトの乱入で助かったこと。
“裏刺し” は2階に駆け上がり、誘拐の真犯人を殺害し、窓から逃げたこと。
その逃げる途中でさらに、真犯人の手下を嗜虐的に何人か殺して立ち去ったこと。
「聞きたいことがあるのだが……」
「ですよね……」
ブルム子爵は質問を切り出し、ケータはその質問がくることを予想していた。
だが、何と答えていいかわからない。
転移者であること、リレイアとクリスクロス、いずれも隠し通せるなら隠しておきたい。
「辛気臭ーな。どうしたよ? まあ、言えねぇこたー言えねぇーか」
「何がだ?」
ロブナント子爵の話に怪訝な顔をするブルム子爵。
「そうだな。んー、ベルンハルト。ここは、えー……なんだ。俺に任せてくれねーか?」
ロブナント子爵が自分が話を聞くという。
それを聞いて、ブルム子爵はちょっと考えこむようにしていたが、やがて。
「クルーズ。頼めるか?……ケータ殿。この男と話をして欲しい。私に話せないことも既に掴んでいることであれば話して欲しい」
そう言われてもケータは困る。後でブルム子爵がロブナント子爵から話を聞けば同じことだ。
だが。
「もちろん、どうしても話せないことは無理にとは言わない。私はその内容をクルーズから聞くこともしない」
「それで良いんですか?」
「ああ、それは私に話さなくとも良い。今から聴くことも含めてな。報告は『話は聞いた』という記録以外何も残さない」
「私は隣室にいる。ここからは声も聞こえないが、遮音の魔法をかけてくれても構わない。この屋敷内で魔法を使うと警備の者が駆け込んでくるが、この部屋だけはその対象外になるように手配する」
ブルム子爵はそう言って、部屋から出ていった。
「さて、そろそろ俺にも紹介してくれないかな? ケータ殿の相棒ってヤツをさ。いるんだろう? ここに」
ロブナント子爵はケータが姿が見えない誰かと仕事をしていることを確信している。
そして、その誰かはここにすでにいることも。
すると、スーっと影が形を取りリレイアが、次いでクリスクロスも姿を現した。
「仕方ありませんね。リレイアと申します」
「……ったくよぅ。クリスクロスだ」
「へぇー! こいつは驚いた! 妖精だったのか。しかも2人も」
2人の挨拶に、目を丸くするロブナント子爵。
そこで、マルキャルトをちらりと見やり。
「お前さんも知っていたのか?」
「いえ、”裏刺し” の斬撃を防いだ時に初めて会いました。ただ、口止めされていたので……」
「ああ、それはいいさ。別に咎めようってんじゃないんだ」
そのまま、口元に手をやり、生えてもいない顎髭をさするような仕草をすると。
「聞きたいことは大体済んじまったな。だが、一つだけ。俺の忠告は役に立ったのか」
尋ねた相手はケータだったが、答えたのはリレイアだった。
「はい。助かりましたわ。でもどうして?……あの罠をご存知だったので……」
「いや、知らない……っで、どんな罠だった?」
そこでケータとリレイアは状況を補完しつつ、ロブナント子爵に説明した。
「ふむ。やはりか。ケータは自分の大事な記憶の奥底にある誰かを見せられたんだな? だが、どうやって」
「僕にはわかりません」
ケータは、21世紀の知り合いの姿を模した人形がどうして現れたのか分からなかった。
ロブナント子爵が何気にケータを呼び捨てにしたのも気づかない。
「おいらにはわかる気がする」
「えっ?」
「ケータは人形を注意して見ていたけど、あれは見させられていたような感じだった」
「あっ!」
クリスクロスの指摘にケータが同時に声を出した。
「そう言うこったな」
「はい。私もわかりましたわ。あの罠はいろんな人形を無意味に並べたわけではなくて、ケータの注意を引く人形のタイプを絞り込んで行ったんではないかと思いますの」
ロブナント子爵は気付き、リレイアが補足した。
「なるほど。最初は見たこともない人形ばかりだったのに、だんだん見覚えのある顔立ちと衣装に変化したんだ」
「そうだ。そして、最後に見たのは自分の知り合いが殺されかけた姿だったんだろう?」
「はい。そこでいるはずのない知り合いの窮地に思わず罠の有無を考えることもできずに飛び込んでしまったんです」
ロブナント子爵は、そこで隣室に行き国の重要機密である冊子を持ってきた。
「それ、大事な本じゃありませんの? 私たちが見ても大丈夫なのですか?」
「さあな。俺は知らん。隣にベルンハルトがいたが、持って行く時も何も言わなかったから良いんじゃないか?」
「そんな適当な」
「あー、もう話が進まん。良いからこれを見てくれ」
ロブナント子爵が持ってきたのは、この国の重犯罪者リストだった。
ただし、このリストに載っている者達は指名手配されていない。
確実に『黒』だとはわかっているが、証拠を掴めていない、そんな者たちのリストだからだ。
そして、その中の一枚をケータたちに見せた。
「この人は?」
「初めてみる顔ですわ」
「おいらも……いや、なんかこいつの目を見た気がする。直接じゃないんだけど、この目で見られていた気がする」
ケータもリレイアも見たことがないと言う。
クリスクロスも見たことはないようだが、何か思い当たることがあるようだ。
「お前さんは、相当勘が鋭いタイプみたいだな」
「へへへ」
「こいつは、カリオン・サカモト。魔法師でありながら心理戦を得意とする。人の心情を掴むのがうまく、印象を操作してそちらに気を逸らした時に皆やられてる」
ケータとリレイアは目配せをする。
これは転生者だ。
このアルファニアという世界では西洋的な顔も多いが、日本人のようなアジア系の顔も少なくない。
だから顔で転生者を判断することはできないが、姓名のどちらに日本名が混じることがある。
これが判断材料になりやすいのだ。
ただし、ケータの場合はちょっと特殊だ。
実はこの星ランゾルテの多くの国でケータという名前は一般的なのである。
このクルぜ王国は転生者の存在自体が知られていない。
ケータもそれを明かすつもりはない。
だが……
「こいつもケータも転生者なのだろう?」
「「「!!」」」
「?」
ここで目を見開いたのは、ケータとリレイアとクリスクロス。
最後のハテナはマルキャルトである。
「転生者……とは?」
「……悪りい。嬢ちゃんには秘密だったか」
そこで、ロブナント子爵は片手を顔の前に出してスマンのポーズを取ったが後の祭りだ。
「いえ、仕方ありませんわ。それより何でそれを……」
「ああ、この国では一般的ではないな。だが、国によっては有名……と言うより悪名が広まっているがな」
「ですが、それだけで突き止めることは……」
「ああ、それか。お前らは何か違うんだよ。仕草とか、何かする時のやり口とか。そういう些細な違いでわかるもんにはわかる。特に、この建物と部署にいる奴にはな。ここクルゼの国の陰の心臓部でな。国を揺るがすような何かがないか、それを探って対策して……っとまあ、今回みたいなことにいつも首を突っ込んでるんだ」
ケータは次の言葉を待った。
マルキャルトは説明して欲しそうにしているがそれは後だ。
「ああ、転生者を手当たり次第どうかしよう、ってことはねーよ。ケータは大丈夫だ。ただ、このカリオンみたいなヤツは野放しに出来ねぇ。ケータと妖精の二人にはこのカリオンの名前と顔を覚えておいて欲しいのさ。今はそれ以上は何も言わねぇ」
コッ、コッ
ドアがノックされた。
「構わねぇよ。入ってくれ」
そうロブナント子爵が言うとブルム子爵が入ってくる。
そのタイミングでリレイアとクリスクロスは姿を隠す。
「話は終わったようだな。ケータには成功報酬として冒険者ギルドに約束の3倍の金額を渡してある。後で受け取るといい。本当はそんな金額では見合うような仕事ではなかったのだがな」
「はい。ケータ殿の働きは素晴らしいものでした。助ける立場の私が、逆に助けられてばかりでした。何なら私の分の報酬を削ってでも……」
ブルム子爵の話にマルキャルトが答える。
「いや、マルキャルト。そうではないんだ。其方の活躍は今回十分に認められている。ケータに報酬を渡せないと言うのは、あまりに多い報酬をギルド経由で渡してしまうとケータの貢献ポイントが急に上がり過ぎてしまう。それはケータの冒険者としての活動に支障があるだろう」
「はい。実は、今回いただける3倍と言うのも少し困るんです。慣れるまではランクDでやって行きたいと考えていたので。今回は貴族の指名依頼でしかも報酬が3倍になりましたから自動的にCランクまで上がってしまいます。この短期間でソロ冒険者がそこまで上がっては目立ってしょうがありません」
すると、ブルム子爵はマルキャルトとケータを交互に見やり。
「それなら問題ない。マルキャルト! 其方のパルマント令嬢の護衛の任を解く」
「そ、そんな!」
突然の解雇宣告に気色ばむマルキャルト。
「なお、この王宮から特別派遣先としてケータとの冒険者パーティに所属し、経過を報告すること。これを持って騎士爵継続とする」
「えっ、ええーー」
マルキャルトは目を白黒させていたが、その後泣き笑いの顔になった。
「いいんだ。マルキャルト。これまで辛い思いをしたのだろう?
本来なら騎士団に所属するか、法衣貴族の場合は伯爵家以上の護衛に限り許される騎士爵が、女性というだけで差別され士官先が見つからなかったのだから。
私の口利きで特例として子爵家の護衛として騎士爵を維持していたが、陰口は相当な物だったと思う」
「いえ、そんなことは気にしていません! それにアリエッタ様が」
「ああ、このことはパルマント子爵とも話し合い済みなのだ。アリエッタ嬢もマルキャルトを心配していた。仲の良いマルキャルトと離れるのは寂しいが、女性でありながら騎士の本分を全うしたいマルキャルトのことをな」
そこで、ブルム子爵はケータに向き直る。
「ケータ殿。マルキャルトと冒険者パーティを組んではもらえないだろうか。そうすれば騎士が入ったことによりCランクに上がるのだから、ケータ殿自身のことは誤魔化せると思う。マルキャルトについてはこの部署付きの騎士として正式に登録しているので地位は保証される」
そこで、僕は考える振りをして姿を消した2人に念話で話しかける。
僕は賛成なんだけど、どうだろう?
──私も賛成ですわ。
──おいらもいいと思うぜ。
「僕としては、マルキャルトに入ってもらえるのはとても嬉しいですが、その……よろしいのですか?」
僕は2人からは賛成を貰えたのだが、今一度マルキャルトの意志が知りたかった。
「私も今回、自分の力不足を感じました。ケータ殿と一緒に修行できるのなら、こんなありがたいことはありません!!」
マルキャルトがそう言って頭を下げたところで、意外なところから声がかかる。
「ちょっと待ってくれねーか」
声をかけてきたのはロブナント子爵だ。
「なんだ。クルーズ。反対なのか?」
「そうじゃねーよ。そうじゃなくて……俺も一枚噛ませろ、ってことだ」
唖然とする一同。だが、1人だけ首を振っている。
「お前はダメだろう。冒険者をやるつもりか? お前、土地持ちの領主なんだぞ」
「ああ、わかってるって。一緒にノコノコ冒険に行くわけじゃない。その情報屋兼連絡先として……な」
「おっ、そうか。それなら逆にこちらからお願いしたいくらいだ。やってくれるかクルーズ!」
勝手に進む話に慌てるケータ。
「すいません。ちょっとお話が見えないのですが……ロブナント様が情報屋やってくれるのは嬉しいですけど、連絡先というのは?」
「ああ、それか。ベルンハルトの奴にケータの秘密についてはまだ話す気には成らないだろ? だから俺に連絡をくれれば、何かあっても都合の悪いことは隠したままで、手を貸してもらえるわけさ。今回の事件だけでも王宮はケータ達には『大きな借り一つ』なんだからよ」
事件のあらましを話すはずのケータたちであったが、パーティメンバーの追加だとか、報酬の増加だとか、王宮に『貸し一つ』になったことなど、お腹一杯であった。
しかし、実際のお腹は食事をとっていなかったので、王宮を辞した後はすぐに飯屋に駆け込んだのである。
王宮での報告が済んだら、今度は冒険者ギルド。
採取系の仕事をちまちまとこなす下級冒険者だと思われていたケータが一躍Cランクになり、大金も手にしたと聞くとやっかむ輩も出てくるようです。
次回は、『32話 やっかむ輩に絡まれてみれば』 7/26投稿予定です。




