28話 マルキャルトが一人で戦うならば
ジョアン・ザーグの待つ隠れ家に向かうのはマルキャルト。
しかし、彼女の戦場は屋敷の外にいる大勢のゴロツキです。
マルキャルトは騎士だ。
その剣技だけなら王都クルゼナントにいる騎士の中でも有数だろう。
しかし、そんな優れた騎士であるはずの彼女の立場は、恵まれているとは言えない。
後ろ盾がなく伯爵以上の貴族に仕えることができなかったこと。
女性蔑視がまだまだ残る騎士団という組織で重用されることがない。
だが、マルキャルト自身はそれについての不満を持っていない。
表向きは。
彼女が気にしているのは、剣の強さ、そして心の強さ。
それさえしっかりしていれば、それ以外の条件は自然についてくると思っている。
しかし、それは間違いだった。
マルキャルトは本当は強い。
ただ、正統な騎士以外の戦い方を下に見るという考え方に問題があるのだ。
今回でいえば、盗賊や冒険者崩れ。
彼らは決して正面から戦いはしない。
敵が強ければ、切ると見せかけて片手で握った砂を目潰しに使う。
足癖が悪く、引っ掛ける、蹴り上げる。
そこまでは対処できるとしても、靴にナイフまで仕込ませるとなると経験がなければ防ぐことは難しいだろう。
ところが、彼女は『戦いはこうあるべき』という自分の中のルールにこだわりすぎる。
そして、敵の攻撃や罠を卑怯と誹り、腹を立ててしまう。
剣筋は乱れ、思わぬ敵に敗北を喫する。
そんなマルキャルトがケータに会うことで、変わりつつあった。
誘拐犯を憎むあまり救出ができない自分に変わり、似顔絵一つでアリエッタを救った。
今回の主犯の隠れ家の特定もゴロツキの裏切り者に金を払ってまで突き止めた。
こんなやり方もあるのかと思うようになった。
以前の自分なら卑怯だと思う戦法も目的によっては『あり』だと思えるようになったのだ。
そんなことを考えながら、マルキャルトは屋敷に近づいていった。
王都の一番寂れた区域に入っていく。
どこに行くかは既にケータから聞いているので迷いはない。
この一角は王都の中ではあるものの農地があり、それほど深くはないが森もある。
一軒一軒の間隔は開いていて、道も舗装されていない。
目的の森の木々が途切れたところでは、焚き火が燃えている。
狩人と2人の農夫が談笑している。
だがそれはもちろん偽装である。
確かに狩人の持つ斧が鋭い刃を持つのは当たり前だ。
だが、農夫の持っている鍬は畑を耕すには研ぎ澄まされすぎてはいないか。
薄くて鋭い歯は、畑より人を切り裂くのに向いていそうだ。
そして、もう1人が後ろ手に持っているのは、農夫には似つかわしくないショートソードである。
マルキャルトはそれに気づいてはいたが、いきなり斬りかかることはせず、まずはたまたま立ち寄った風を装い声をかけるつもりだった。
つまりまずは様子見のつもりでだったのだが、逆に狩人の方から話しかけてきた。
「騎士様がこんなところに何のようですかい」
「街を出る貴族の見送りと護衛の帰りだ。それより、こんなところで焚き火か。何か獲れたのか?」
マルキャルトは警戒を解いて、そう狩人に答えた。
「いや、大物はからっけつですわ。ですが野ウサギが数羽狩れたんで、これから鍋をかけて食事の用意をするんですが、とにかく寒い。まずは暖を取ってるんでさあ」
狩人はにこやかにそれに応じながら、マルキャルトにわからないように周りに目配せをしてゴロツキを集めるよう指示を送った。
マルキャルトは……もちろん、それに気づいている。
「仲間もたくさんいるようじゃないか。村に帰ってからうまい料理でも作れば良いだろうに」
マルキャルトはそう言って気配が増えていることに気付かぬふりで飄々と立ち、おもむろに右手に持っている小瓶の中身を周りに振り撒いた。
「ちょっと遅いでしょうか」
「何が遅いんですかい? それに今、撒いたのは何なんです?」
マルキャルトはケータからもらった小瓶の中身を開けると空中に振り撒いたが、それはゴロツキとやり合う少し前に撒けと言われていたものだ。
しかし、もう周りの悪意の気配は膨れ上がっていた。
「お前らが料理をすると言っていたからな。香り付けだ。これを撒いておけば料理も一味違うぞ」
「そいつはありがたい。いえね、料理の材料はウサギだけじゃないんですよ。これから大物を獲るつもりなんで……おい! おまえら! この女騎士を殺れ!」
焚き火を消すと、夜の闇を纏い周りからゴロツキたちが襲いかかってきた。
キン、と剣が打ち合わされた。
回り込まれたマルキャルトはピンチになったように見えた瞬間、襲い掛かった斧を持つ狩人を弾き飛ばしていた。
「うぐぅ……」
マルキャルトに切り掛かったはずなのに、農夫はは木に激突した。
そのまま気を失ってしまう。
あまりの早業に訳がわからなかったのあろう。
そのまま体を捻り、ショートソードを隠し持っていた男の腕を剣の腹で叩く。
「痛ってぇぇぇ」
意気地が無い男のようだ。
それだけで戦意をなくし、そのまま蹲ってしまう。
剣速と太刀筋。
腕力に劣る女性でありながらその二つがずば抜けているマルキャルトは、ちょっと小遣い稼ぎに女を襲うような小物には逆立ちしても敵わない相手だ。
これで2人。
あっという間に無力化されたが、まだまだ敵は多い。
「うりゃああああ」
彼女は、正面から声を上げて斬りかかる冒険者崩れ風の男の槍を剣で弾いてから横に受け流し、そのまま横に振るい側面の敵を叩いた。
その勢いでもんどり打って倒れた先に森の大木がありそのまま気絶した。
後ろ手に剣を持った農夫はわずかな時間差で剣を突き刺してきたが、剣の鍔で受けるとそのまま体を回転させて、もう1人の敵の振り上げた鍬の邪魔になる位置に素早く体を躍らせる。
その結果、側面の男は味方であるはずの男の振り上げた鍬の真ん前だった。
だが、構わず男は鍬を振り下ろす。側面にいた男は切られる恐怖から悲鳴を上げた。
「ヒィィィィ、やめ、やめろーーーー」
だが、頭に血が上りさらに元もと周りの人間など虫ケラとしか思っていない正面の男は、味方ごと剣を突き刺した。
ザクッ、と肉を切る音。骨も砕けているだろう。
マルキャルトは眉をひそめ、味方に刺された鍬を持つ農夫が倒れるのを横に避け、剣を持つ男に突進しその神速の剣を振るった。
「グェェェェ」
正面の男は袈裟斬りにされ絶命した。
普段なら寸止めしていただろう。
手傷を負わせることはあっても、マルキャルトが命を切り取ることはなかったはずだ。
その彼女が躊躇なく斬った相手は、味方も平気で殺すを凶剣を振るったからだ。
だが、またやってしまった。
マルキャルトはそれに腹を立てたのだが、それ故にわずかに隙を生み精神的な視野を狭めていた。
それが故に、本当なら気づいたであろう4人目の男を見落とした。
静かに近づきマルキャルトを襲うショートソードの男がいたのに気が付かなかった。
それでも最後に振りかぶる瞬間、ギリギリで危険を察知して身を捻り心臓を狙った一振りを逸らせたのは彼女の非凡さゆえであったが、左腕に傷を負ってしまう。
味方を斬る行為に腹を立て判断力を失い傷を負った。
「クッ、隠蔽の魔法か。だが浅傷だ。何ということはない」
そんな言葉で強がってみたが、マルキャルトは内心まずいことになったと感じていた。
そして反省する。
またしても、心の乱れで不利な状況に追い込まれている。
それは命取りだ。
ただでさえ、夕闇が深くなり暗がりでは相手の姿がぼんやりとしか見えなくなっているのに。
戦い慣れていないこの暗さ。
つまらないことに腹を立て、傷を負った後悔により狭くなった視野。
斬り込んでくる相手に集中できず彼女の剣の力も半減していた。
さらに、相手も有利と悟り、精神的に追い込むためにマルキャルトを挑発する。
「強がりがいつまで続くやら。その手傷、この闇と、この人数相手に果たしてどこまでやれるかな。女騎士さんよ」
そのままならどこから飛んでくるかわからない不意打ちに敗れていたかも知れなかった。
しかし、空気がわずかに変わる。
ケータのくれた小瓶の中身が効果を表し始め周囲の何かを変えた。
「見える! これならば!」
暗闇で潜んでいる相手がどんな剣を持っているのかがわかる。
木の影に隠れている男に気づくことができる。
それがわかった彼女は心の余裕も取り戻していた。
「私に運が向いてきたようだ。これなら戦えるな」
「何を……強がってんじゃねーぞ! このアマ!」
「いや、これで貴様ら程度に負けるなら私もそれまでということだ」
「ぬかせぇ」
頭に血が上った男が斬りかかるも、あっさりかわし首筋を峰打ちする。
さらに、草むらに伏せている敵に気づき、駆け寄ると今までとは比べ物にならない速度でゴロツキたちを倒していく。
とって返して、焚き火の反対で剣を振るう。
「ぐえぇぇぇ」
次の男は太刀筋を読み、マルキャルトの一刀目を受けたが、ニノ太刀の速さが違う。
「ぎゃあああ、きっ、斬られたあ。痛え。痛えよぅ」
情けない声を上げる農夫姿の冒険者くずれ。
すでに襲ってきた者達が、逆に追い詰められていた。
「なぜだ? 見えないはずだ。くそう、うっ、グェェ」
そして隠蔽の魔法に紛れて手傷を負わされた相手を一刀両断すると形勢は一気に逆転した。
小瓶の中身はほとんどの魔法の効果を中和し弱める効果があったのだ。
彼女は斬り合う前にばら撒くつもりだったが、遅れたせいで効果の発揮に時間がかかり窮地に立たされた。
しかし、間に合って隠蔽の魔法は破れて仕舞えば、ゴロツキに遅れを取ることはなかった。
「こ、この女。急に動きが良くなったぞ。だ、ダメだ。ずらかるぜ」
戦いは終わった。
深追いはしなかった。
すでにゴロツキを引きつけ、ケータの隠れ家突入の援護は完了したのだ。
「ケータ殿には助けられたな。隠蔽の魔法が破れなければ負けていたかも知れない」
確かに小瓶の効果が精神的な安定をももたらし、手傷を負ったことにも卑怯な手段にも動じず戦うことができた。
マルキャルトは思う。
自分はまだまだだ。
しかし、こうして生き残れば、やがて心の問題を克服し成長できるかも知れない。
その事が実感できた。
今までは『女騎士』として周りから見られていることに不満はなかった。
いや、無かったと言うのは嘘だったかも知れない。
不満を持ちながら甘んじてきた、と言うのが本当のところだ。
アリエッタは気の置けない友達で、それを知るパルマント子爵が取り立ててくれていているから士官できているのだ。
けれど、彼女の護衛は騎士の実力を認められたものではなく『男性騎士ではいつもアリエッタの側で警護することができない』という事情があることを知っている。
ところがケータはどうだろう?
もっと強く汚く凶悪な敵に1人で立ち向かっている。
それに対して、マルキャルトはゴロツキ相手しかできないのか、と思う気持ちもあった。
確かに一番危険なところについては行けないことには蟠りがあった。
しかし、夜盗の狡賢さ、夜戦の不利を知らない自分は窮地に立った。
そこで、自分の思い上がりを知った。
今ならわかる。
あの小瓶を渡して援助はしてくれたものの、一人で戦わせてくれたのは信頼だ、と。
どうしても勝たなければいけないのならどうすべきか、を学んだ。
そして、マルキャルトは思う。
願わくば、この一件が終わってもケータと共に生きることはできないか、と。
騎士をやめて冒険者になってもいい。
自分の思っていたことだけが、強さを得る方法じゃないとわかったのだ。
そんなことを思いながら、今の自分ができる精一杯を尽くしてケータの援護をしようと、隠れ家に向かっていった。
マルキャルトは、自分の殻を一つ破って大きく進歩したようです。
次のケータたちの番になります。
次回は、『29話 眠りの館で激闘が続けば』 7/15投稿予定です。




