26話 お節介な小貴族の忠告を聞いたならば
黒幕カリオン・サカモトを影から追っている男がいます。
その男、切れ者の貴族ですが怪しい感じで。
ケータに謎の助言をします。
カリオン・サカモト。
日本から来た転生者。
ケータたちに敵対し、追ってくるケータたちを返り討ちにしようと企む者。
だが、カリオンを追っているのは、実はケータたちだけではなかった。
カリオンも元々はケータたちと同じく、ルルカに異世界に送られアルーダに魔法という力を与えられ、この世界の魔法文明を守る目的で送られた。
だが、最早そんなことは覚えてすらいない。
自分のやりたいように自分のやり方で人を陥れることも厭わず、と言うよりむしろ率先して関わった人間を利用し葬っていった。
自分より魔法力が強い相手であっても、怯むこともなければ不利だと思ったことはなく、特に転生者が相手の場合は、同じ日本人であるだけ与し易いとすら考えていた。
但し、少しでも危険を感じる相手であるならば、たとえ損をしようともあっさり退く潔さも持ち合わせている。
そして、その意味を知り密かにカリオンを危険視しているものがいたのである。
だが、カリオンはそれには気づいていなかった。
知る必要を感じなかったと言うほうが正しいかも知れない。
彼は敵視するものは常にいたからだ。
カリオンはケータ・リーフォンだけを警戒していた。
騙すことも比較的簡単なはずの転生者で日本人であることも見破っていた。
魔法力もさほど強い方だとは思わない。
それでも今までとは違う何かを感じている。
本来なら、ヤバイ相手と思ったならば、やり合わないのが彼の流儀。
取るに足らない相手であっても何かあると感じた時は、その距離の取り方を間違えないことが一番重要。
逆に家ば、それさえ間違えなければ大丈夫だと思っている。
今回はジョアンに任せて、貴族どもからある程度の金が巻き上げられればそれでよし。
成果があろうがなかろうが、潮時を見て自分は隣国へでも逃亡するつもりでいたのだ。
それがあまりにも意外なタイミングで、あまりにもあっさり失敗した。
ジョアンがしくじったのならそれまでであるし、どんな仕掛けも突発的な理由でしくじる時はある。
だが、今回はどうだ?
手のこんだ方法で誘拐したはずのアリエッタ救出の手際が鮮やかすぎる。
敵の力を見誤ったのか?
そうだとすると、危険だ。
どこからか尻尾を掴まれて追いかけられてはたまらない。
とにかく、相手の能力も正体もわからないのだ。
逃げるにしても、最低限の情報を掴んでおいたほうが良くはないか?
うむ、そのほうが良さそうだ。
もし今後、追われるようなことがあったなら、ここで得た情報は役に立つはずだ。
だが、本当にそれだけが理由か?
明らかに能力で劣る相手に尻尾を巻いて逃げるのが、癪に触るからではないか?
あまりにも易々と仕掛けを見破られたのが悔しいからではないか?
危険はある……が …………ケータとやらの顔だけは拝んでやろう、か。
そうとなったら現状を整理しよう。
まずは、ケータのやったことからだ。
確かにアリエッタの誘拐場所を暴くことができる冒険者はいるかもしれなかった。
だが、この短期間でいくつか仕掛けた罠やニセの犯人にも目を向けず、令嬢だけを真っ直ぐに救い出されるとは考えられない。
絶対辿り着けない複雑な迷路を作ったのに、まるで毎日通う道であるかのように簡単に乗り越えられてしまった。
なぜ、そんなことができたのか。
そこだけは見抜いておかないと。
危険を冒してでも自分で足を運んで確かめる。
そうしてひと目だけでも相手の顔を見るだけで、わかることは存外に多いのだ。
それ以上は踏み込まなければ良い。
そのためにはどうする?
手駒として便利に使っていたジョアンを切り捨てることは既定路線ではあるが如何に効果的に切り捨てるか。
対決する気があるように見せて反応だけを知れば良い。
本当に対決することはないのだ。
敵を見定めて手を出さない。
ただし、敵の姿を確実に見極めてから引く。
この判断は間違っていなかったろう。
カリオンを危険視しているもう一人。
カリオンが取るに足らない相手であると考えているお節介な貴族がケータの前に現れるまでは。
◇
ケータは街を歩いていた。
誘拐されたアリエッタ嬢のお見舞いという名目でパルマント子爵家を訪ねた帰りである。
そこで、ケータは姿を消しているリレイアとクリスクロスと念話で会話をしていた。
歩きながら誘拐犯を捉える計画を練っていたのだ。
──クローネ子爵の意識が戻ってからが問題だな。
──どうでしょうか? あの油断ならないやり方からすると、クローネ子爵から話を聞いても有益な情報は得られそうもないと思いますわ。
そうなのか? 意外だ。
リレイアはどう思っているのか。
──大事な情報を握っているから消されそうになったんじゃないのか?
──いえ、単なる時間稼ぎなのではないか、と思いますの。
リレイアはどうしてそういう思うんだろう。
──根拠は?
──あれだけ周到な用意をする相手が、もしクローネ子爵から情報が漏れるのを警戒するなら、死体の確認をしているはずですわ。それなのに、そういう形跡はありませんでしたし、クローネ子爵の奪還を図る動きもありませんの。
なるほど、確かにそうだ。
クローネ子爵は殺されそうになったが、その結果は気にしていない感じはするな。
──おいらはあの子爵の横にいた用心棒が仕掛けてくると思う。
──あいつ、確かジョアンとか言ったか。令嬢を救出した時の爆発で死んだんじゃないのか?
あれだけデカい魔法に巻き込まれて助かるものだろうか?
──いや。おいらは怪我はしてても助かって逃げ延びてると思う。
──そうですわね。死体は確認していませんし、助かっていると見るべきですの。
リレイアもクリスクロスも生き延びていると踏んでいるらしい。
──でも、逃げられたんじゃ追うこともできないし、仕方ないだろ? 居場所も突き止めていないし。
──いいえ、あの手合いは必ず復讐するために、こちらに関わってきます。
こっちが見つけなくても向こうから絡んでくるわけか。
──でもなんでさ。味方が仕掛けた爆発で死にそうになったんだろ? こちらに向かってくるとは限らないんじゃないか?
──完全ではないですが、心の中が読めたんですの。今回は56世期の技術じゃなくて、クリスクロスの放った探知魔法でですが。
──そうそう。絶対仕返しする、っていう激情の波動を感じたぜ。
二人ともある程度あの用心棒の心のうちが垣間見えたようだ。
──なるほどねー。でも、あいつが黒幕ってわけじゃないんだろ?
──それなんですの。そのクリスクロスの探知魔法の返りの波動の中にもう一人の人物の陰が見えたのですが、とにかくはっきりしないんです。
──あれかあ。おいらも必死に感覚を研ぎ澄まして何とか見抜いてやろうと思ったんだけど……
いることはわかっているにせよ、見抜けなかったと。
……厄介だな。
──きっとあの用心棒の感情の陰にうっすらとしか見えない誰かが、黒幕ではないか、と思いますの。ただ、その黒幕が復讐しにくるかどうかは、わかりませんわ。
──そうか。まあジョアンが単独で来るか、黒幕と両方で来るかは今考えても仕方ないな。
そこで、話は一段落した。
今までのやり方ならば、こんなやり取りも自分の部屋で行っていた。
リレイアもクリスクロスも姿を現せるし、実際に声を出して話し合う方がケータにとって自然だからである。
しかし、今日は違った。
これは、気分転換を兼ねて散歩しながらにしよう、というリレイアの意見に従ったのだ。
なんでも、部屋の中が一番安全ではあってもいつもそこで計画を立てているとどこか独善的になる、というのがリレイアの持論だそうだ。
話が終わっても、ケータの部屋まではもう少しかかる。
ケータの住んでいるところは首都クルゼナントでは一等地というわけではない。
今日は話し合いのために、さらに商店が立ち並ぶ賑やかな場所からグルぐっと回り道をしていたので、さらに時間がかかっていた。
その代わり、随分ゆっくりできた。
緑に溢れる小さな林がそこかしこに散在していてケータは気に入っている。
最も、街の住人からしたら『あんな寂れたところに住むのは、よほどお金に困っている』と考えるような僻地である。
いざ暮らそうと思うものがいても『誰に襲われるか分からない人けのない場所なんてお断り』と二の舞を踏むような一角なのだ。
案の定、そんな人気のない寂しい通りに怪しい男が立っていた。
見た瞬間、ケータは警戒した。
男の出立ちは、色使いは地味で装飾品も質素だが確実に金が掛かっている。
華美ではないにしてもどこか奇抜な洒落者を気取ったスーツを着ていた。
一言で言うと胡散臭い。
これでは流石にケータでなくとも警戒するだろう。
すると、いきなり声をかけてきた。
「いや、驚かせて申し訳ない。お連れの方に一言申し上げたい」
「どちら様でしょうか? 見ての通り、連れなどいないのですが」
リレイアもクリスクロスも見えないはずである。
ケータが一人で活動しているというのを疑うものも少なからずいるので、カマを掛けられていると想定しての対応だ。
「そのようですな。では、伝言を。『見えているものだけを信用して失敗することへの対策を。できないのなら、見えているものに騙された場合の対策を』。そんなところですな。お伝えいただけるとありがたい」
「僕に連れなどいませんが、心してお聞きしておきます。あなたのお名前は」
「通常は名乗らないのですがあなたは興味深い。私はクルーズ・ロブナント。片田舎の子爵です」
男は貴族であるにも関わらず自己紹介で『フォン』をつけなかった。
こういう名乗りをする人間にはふた通りいる。
一つは貴族でありながら貴族を憎んでいる場合。
もう一つは貴族にそんな価値を見出していない場合である。
彼はどうも後者であるらしい。
「貴族のロブナント様がどうして僕なんかに助言をくれるんですか? それに失敗とか、僕がどんな依頼をこれから受けると思っておられるんです?」
「いえ、まあ、一般的な話としてですよ。まあ依頼自体ではなくとも、依頼の後始末とかでも気をつけることを多いのではないですかな」
「それはご忠告どうもありがとうございます。では」
ケータは何となく見透かされているような気分になり、会話を折りとるように終えてその男から離れた。
──リレイア、さっきの男。何か知っているのかな。なんか意味深なだけでもあるし、ズバリと言い当てられてしまったようでもあるんだけど。
──油断ならない気もしますが……まあ、大丈夫ですわ。きっと敵ではありませんから。
──おいらもそう思う。
随分と楽観的だな、リレイアにしては。
──なんだよ! 『リレイアにしては』ってのは! おいらはどうなんだよ!
いつも通り?
──んだとぉ!
──まあまあ。私にしても確証があってのことではありませんわ……まあ、勘のようなものです。
勘って、リレイア……前々から思っていたけど、お前ほんとにAIなのか?
リレイアはそれには応えず、今度はケータにも聞こえないように心の中で男の言った言葉を反芻していた。
──『見えているものだけを信用して失敗することへの対策を。できないのなら、見えているものに騙された場合の対策を』ですか、確かに意味深なだけなようにも感じますが、何か引っ掛かります。心に留めておくとしましょう。
怪しい忠告をしてくる胡散臭い男。
しかし、その男の言うことをリレイアは気に留めています。
そんなケータ達に敵も備えをしているようで。
次回は、『27話 隠れ家の対決準備をするならば』 7/8投稿予定です。




