25話 トリックスターが手ぐすね引けば
誘拐犯の黒幕のお話です。
カリオン・サカモトは転生者だ。
転生前の職業はマジシャンだった。
日本での名前は坂本清太。
もちろん21世紀の日本には魔法などはない。
彼の使うマジックとは魔法ではなくタネも仕掛けもある手品。
マジシャンとは奇術師・手品師という意味である。
いわゆる芸人だ。
彼は手品師・奇術師としての腕は良かったが話術は苦手だった。
いや、苦手というより気にもしていなかったというべきだろう。
彼にとって客とは金を落とす以外は何の意味のない人間。
手品師の腕など上手かろうが下手であろうがわかりもせず、派手な仕掛けと愛想の良さを喜ぶ無能の集まりに過ぎなかった。
それを取り繕うこともせず、目の前の客を小馬鹿にしたような態度をとる彼の評判は悪く、ひと月の公演の契約があってもだいたい10日ぐらいでクビになっていた。
酷い時は3日で来ないでくれと言われたこともあった。
芸人の世界には師弟制度があり、彼の師匠は坂本清太の行く末を心配していたのだが、声をかける前に本人はすでにやる気を無くしていた。
もはや取り返しがつかないところまで落ちた彼に、話をしに来た師匠を疎ましく思い、さっさと芸人世界に見切りを付けると生活は荒んでいった。
ただ、表向きは芸人の顔で寄席や出し物小屋に出入りは続けていた。
そして、手品師・奇術師から愉快犯・詐欺師・窃盗犯と転身し、楽屋で他の奇術師のタネに細工をしてわざと失敗させたり、人混みに混じって客席をうろついては財布を抜き取ったりしていた。
ほどなくバレて破門されたが、既にトンズラを決めた後であり、彼自信が破門されたことを知ったのは、どこの舞台裏にも入れないとわかった後だった。
その後、坂本清太は主神ルルカの目に止まり、カリオン・サカモトとして転生することになる。
なぜ、神ルルカは詐欺師なんかに身を落とした彼を転生させようと思ったのか?
それは、神にとって人の世界の犯罪などはあまり気にしてはいないからだ。
人として社会規範からはずれていることは、転生対象を選ぶ際の判断基準にはならない。
同調しすぎて一個人の感情について親身になった来栖川慶太だけが特殊ケースなのだ。
主神ルルカがこの坂本晴太を転生者として選んだのは、全く別の資質を持っているが故であった。
直近に転生した5人が、立て続けに心の弱さから失踪または死亡してしまい、逆境に強い心の強さを何より求めたからである。
滅多なことではめげず、手先が器用で飲み込みが早く新しいことを吸収する土壌がある人間を選んだ。
確かに性根が腐っていると思わないでもないが、神の威信に触れればそれも治るだろうと楽観していた。
大抵の者は神威に触れると心を入れ替える。
従って、元がどんな人間性であっても神威により修正されるとたかを括っているのである。
坂本誠太は神との約束として魔法を授ける代わりに、その魔法を使ってこのアルファニアを活性化すること。
彼はその条件に二つ返事で神ルルカと約束を交わしてアルファニアに転移した。
しかし、彼がやったことはアルファニアを活性化することではなく、魔法を使って自分の懐を ”活性化” することだった。
彼の言葉によれば金を稼ぐのに魔法を活性化して使ってやっていると嘯いていたがもちろん詭弁だ。
主神ルルカは騙されたわけではなく、元々彼を信用していなかった。
坂本清太だけでなく転生または転移でアルファイアに送った誰をも信用していなかったのである。
神からすれば人の心は移ろいやすい物だ。
裏切るかどうか、心変わりするかなどサイコロを振るようなものでどうなるかなどはわからない。
知ろうともしない。
一方、転生し坂本晴太から、カリオン・サカモトになった彼はどうしたか?
転生後に会ったのは、アルファニアの主神であるアルーダだ。
神に嘘など通常は付けないはずだが、彼はともすると屈してしまう理性を総動員して従うフリをしたのだ。
カリオンは賭けていた。
主神に嘘などつけば天罰が下るわけだが、それはあくまでコモンの中でのことだろうと。
異世界であるアルファニアにおいてはコモンでの約束など守らなくても行けると踏んだのだ。
もちろん、それとて神ルルカが坂本の心の中を少しでも覗いていれば嘘などすぐにバレたのだろうが、神もこの者の汚穢のような心根を覗きたいとは思わなかったので神の威信による人格の変化に期待して転移させてしまった。
そして、ルルカはアルファニアに彼を送るとほかの転移者と同じように興味をなくしてしまった。
アルファニアに転移したカリオンは結果を出した。
ただし、最初の一回だけ。
一応この世界の神アルーダの顔を立て、その実自分に都合のいいように。
最初のターゲットは神アルーダから聞いた悪徳商人だった。
魔法を悪用している商人を懲らしめる仕事である。
その商人が魔法師を大量に雇って悪事を働いているのは、その街にいるものなら誰でも知っていたが、同時に実力のある魔法師を多数抱えているせいで誰も手を出せなかった。
この商人のせいで魔法自体あるいは魔法師に対する評判も落としていたし、雇われていた魔法師も不要になった者や汚いことに手を染めさせてバレそうになった者はゴミのように切り捨てられていた。
神がこの商人を彼の第一のターゲットにしたのも当然である。
彼は日本で使っていた奇術や手品のトリックと魔法を組み合わせて、まず悪徳商人のお抱えの手下を屠った。
魔法力では劣っていても目の錯覚や薬物で誤魔化されては、格上の魔法師も次々と打ち取られていった。
強力な魔法師を破った後は、非常に厄介な罠を仕掛けて多くの金庫を破り商人にダメージを与え、その後に雇われた単純に能力では敵わないはずの冒険者や魔術師でさえも葬って言った。
最後に窮地に陥った悪徳商人の丸ごと奪った後、商人を家族ごと始末してこの一件は終わった。
神アルーダは、この解決方法を別段気にしていなかった。
まず、魔法を悪用している悪人を懲らしめるという仕事は成功していたからだ。
また、彼が嵌めた商人たちは魔法師を道具のように使い捨てていたので、その商人を懲らしめることはある意味神の意志に反してはいなかったのである。
最初の商人を仕留めた時、カリオンは独りごちた。
「神様よ。最初の約束は守ったぜ! だが、ここからは俺のやりたいことをやらしてもらう」
その後もカリオン自身は悪事を働いていたが、魔法ではなく奇術の要素が高いものがほとんどだ。
その後魔法力も魔法の腕も上がり悪事はエスカレートしていったのだが、それでも神からすれば取るに足らない小悪党である。
アルーダもまた汚穢のような悪人の心の中を覗こうとは思わない。
その後の様子で、これ以上魔法の地位を高めてくれそうにないことを残念には思いつつも、犯罪自体は魔法の地位を貶めるものでなかったので、次の仕事を出すこともなく他の転移者と同様、早々に興味を失ってしまったのだ。
その後カリオンは、最初の悪徳商人のやり口を一部踏襲した。
口八丁手八丁で大店を騙しては、金や魔術具をちょろまかしては逃げおおせるのも得意とした。
魔法よりも手品師の手段を使い、逃げるときは錯覚を利用した罠や変装などの技術で切り抜けた。
被害を受けた多くの商人が、子飼いの魔法使いを使って討伐しようとしてもみな失敗に終わる。
魔法と奇術師時代のトリックの組み合わせは、魔力を使った罠探知を巧妙に掻い潜ったのである。
その後の全ての犯罪において、姿や痕跡を巧妙に隠し続けた彼は、社会全体から認識されることもなく大物犯罪者として名前が上がることはなかった。
人知れず大きな被害・災害を引き起こしている厄介なトリックスターとなりつつあったにもかかわらず、である。
今回のアリエッタ嬢誘拐事件の影の主犯もこのカリオンだ。
手駒としてゴロツキとその目付けとして腕の立つジョアン・ザーグを使っていた。
ジョアンは金に汚い小貴族であるクローネ子爵に取り入り、カリオンの思惑通りの用心棒役となった。
裏の魔術店の店主を騙して認識阻害の水晶を作らせ、それを改造して認識異常に変更した。
その改造内容は劣悪で、魔力がないものでも認識異常を発動できるが、意識障害や精神異常を引き起こす邪悪な魔術具であった。
改造が知れると魔術店の店主は怯え始め、捕まるのを覚悟で訴えようとしたがカリオンに殺された。
バレようがどうしようと最初から口封じの予定だったのだ。
カリオンは水晶をジョアンに渡した。
ゴロツキに誘拐させて認識異常の水晶を起動させた。
その際、おかしくなったゴロツキは殺し、借金で首が回らなくなっていたクローネ子爵の金の肩代わりを条件にアリエッタ嬢の監禁をさせていた。
ジョアンはクローネ子爵との連絡・交渉役兼用心棒という役回りだった。
カリオンはこのジョアンも最後には殺す予定であったが、アリエッタが奪い返されたタイミングでさっさと切り捨てることにしたのだ。
とにかく足が付くのはマズい。
わずかな金で手足になるゴロツキはどこにでもいるのだ。
もっとも、そのわずかな金を渡すこともなくゴロツキは皆殺しだ。
◇
そのカリオンの部屋にジョアンがドアを蹴破るようにして帰ってきた。
腕は爆破の火傷の影響で爛れている。
闇医者にふんだくられた割には良い治療は受けられなかったようだ。
その痛む手を顧みずに机に叩きつけて、カリオンを怒鳴りつける。
「カリオン! どういうことだ! 俺まで爆破の巻き添いになる所だったぞ!」
「チッ、生き残りやがったか? 言ったはずだ。絶対見つかるな、と。見つかった場合は保証はしないと」
その一言にさらにジョアンは激昂する。
「それは、馬鹿なクローネの野郎のことだろ! 俺まで巻き込むとはどういうこった!」
「同じだよ。お前もしくじったんだ。本当は一緒に死んでもらいたかった。だが、生き残ったのならその運にかけて、もう一度仕事を与えてやってもいい。この前の仕事は完全な失敗だが約束の半分は出してやろう」
冷静なカリオン。
その態度には鼻白むジョアンだったが、金をくれるとなれば別だ。
たとえ、半分でも。
「けっ、なんて言い草だよ! ……わかったよ。この腕の治療費も必要だ。何をすればいいんだ」
「冒険者を嵌める。足がついてはたまらないからな。かなり腕が立つようだから、単純な戦闘では勝てないだろう。そこでこの魔道具を使う。これは魔法使いにだけ作用する爆弾のようなものだ。見た目は光るだけで魔法が使えない奴には影響がない。少し使える程度でも影響は少ないな。その場合はほんの2、3分痺れるだけだ。だが、中級以上の魔法が使える奴には大きな威力を発揮する。使い所を間違えるな」
カリオンはジョアンに魔道具を渡した。
「わかった。だが、今度は俺も一緒に嵌めたりはしないだろうな。そんなことをしたらただじゃおかねーぞ。お前のフルネームを聞いておこう」
「ほう。用心深いこった。俺のフルネームはヨーゼフ・マーシュだ」
カリオンはジョアンに嘘をついた。
クルゼ王国内で通用する国民の登録証を見せたが、これも偽造品である。
マーシュは二つ前の仕事で使った偽名だ。
何が足がつくヒントになるかわからない以上、過去に使った名前を再度使うのはあまり良くないが咄嗟に浮かんだ名前のうち使えるものを選んだのだ。
こればっかりは仕方がない。
懐にある偽造の登録証には限りがあるからだ。
その後、カリオンは追ってきた冒険者を葬るために用意した屋敷の説明をした。
罠の配置、屋敷の探知網、誘い込む手順。
いずれもジョアンに話したのは全部ではない。
だが、ジョアンの方でも自分を切り捨てたカリオンを全面的に信用などできるはずもない。
当然、カリオンの話には用心に用心を重ねていたはずなのだが、大事なことを確認するのを忘れた。
登録証にしても普段のジョアンなら、そう簡単に信用しないはずだった。
カリオンの準備はあまりにも用意周到であり、覚えなければならない手順も多い。
ジョアンは、その情報量に思考が飽和しており、さらにその部屋にかすかに香る芳香がその精神を鈍らしていたことには気が付かないままだった。
一筋縄ではいかない敵が出てきました。
ケータにとって初めての転生者の敵です。
しかし、味方もいないわけではありません。
次回は、『26話 お節介な小貴族の忠告を聞いたなら』 7/5投稿予定です。




