24話 不可解な食い違いを調べてみれば
攫われた令嬢を救出するため、証言を集めますが聞けば聞くほど食い違いが発生します。
一筋縄ではいかないこの状況をどう解決するか?
来客が帰った後に、僕らは令嬢の救出について話しあっていた。
奥の部屋に移動する。
亜空間領域になっている広い部屋だ。
来客中は姿を消していたリレイアとクリスクロスも姿を見せて普通に声を出して会話している。
やはり、この方が落ち着く。
「まず、パルマント家の令嬢の話をどうして王宮のブルム子爵が持ってきたんだろう?」
「それはまだ何とも……。とりあえず、令嬢の犯行に直接関与しているところを重点的に調査しておりましたので、その他のことについてはまだ手が回っておりませんの……でも、言われてみると確かに気になりますね。調べておきますわ」
「お前にしては、手回しが悪いんじゃねーか?」
クリスクロスが突っ込む。
「仕方がありませんわ。実際かなりおかしな事件ですの」
うーむ、事件の解決方法を考えるだけで手一杯、ってことか。
それからリレイアが話してくれた調査内容は、本当に『おかしな』ことになっていた。
話がとにかくつながらない。
不可解な食い違いだらけなのだ。
「昨日、訪ねてきた3人から帰り際に、いなくなった時の様子や令嬢の特徴なども聞いたよな?」
「はい」
「確か、いなくなったのは4日前の夕方だとか」
「はい。そういうお話でしたが調査してみると5日前の昼ですね」
最後に確認が取れた時間がずれているのか? それとも勘違い?
「拐われた令嬢の容姿については、髪がブルーネット、緑の瞳で童顔。少し病弱で、性格はもの静かであると」
「その話も違いますの。髪はダークブラウン、深い青の瞳で大人っぽい美人。体は丈夫で、活発な性格です」
なるほど、聞いた話と本人の特徴がまるで違う。
「どういうことなんだろうね? リレイア」
「今のところわかりません。全く不可解ですの。でも、多分それこそが、この依頼の一番の鍵ですね。印象が操作されているのは間違いありませんわ。ただ、純粋に魔法による幻惑や認識異常だけではないと思われますの」
となると、問題はどうやってそれを実現しているかだな。
「ああ、おいらもそう思うな。魔法を飛ばして、屋敷の人間の意識を見たんだよ」
「いきなり魔法なんか飛ばして気づかれないか?」
「それは、大丈夫だ。うまく説明できねぇが」
へぇー、魔法ってまだよくわからないな。
探知魔法に逆探知の危険があるのかないのかは、リレイアやクリスクロスに頼るしかないな。
「令嬢と親しいごく身近な使用人連中でさえ、自分で頭にある令嬢と違うイメージを証言していることに気がついてねぇんだ」
「これも魔法の力なのでしょうか? だとすると魔法というのは随分と高度で応用が効くのですね。認識を改めなければなりません」
うーん、魔法なのかなあ?
確かに魔法は使っていると思うけど、それだけではないように思う。
どうなんだろう?
「仮に犯人と対決することになった場合、リレイアの技術力なら力押しで勝てるかい?」
「そうですわね。多分、純粋に力勝負になったとしたら負けはしません。けれど力押しという方法自体が危険だと思います。まずはそれなりに準備が必要ですわ」
そこで、ちょっと考え込んでいる様子だったが、なんらかの方策を持っているようだった。
「確かに魔法の範疇ではあるようですが、とにかく初めてのことですのでいろいろ調べてみますわ。まず、この誤認識の呪縛に反することを片っぱしからやります。それについては、心配ありません」
「そうだな、おそらく、おいら達が動けば魔法は解除できるぜ。呪いのようなもんじゃねーからな」
クリスクロスも同意する。
「この魔法を破ったことで令嬢に術をかけた者が、害を受けることもない代わりにこちらから犯人をたどる手立てが阻害されています。つまり、こちらが調べた内容が犯人に伝わることはありませんが、逆に魔法を使った者の情報もこちらに漏れないようにしています」
「随分、用意周到な犯人だな。足が着くのを何より警戒してるってわけだ」
ただの人探しだと思ったのに、意外な難敵であることに僕も驚く。
けれど、今日はこれ以上どうしようもない。
調査内容について一通り聞いたので、その日は早めに休むことにした。
◇
翌日、朝飯が終わった頃にマルキャルトさんがやってきた。
まだ、ずいぶん早い時間だ。
「おはようございます。マルキャルト様」
「先日も言った通り敬称は不要ですよ。マルキャルトとお呼び下さい」
貴族を呼び捨てするのは緊張するなあ。
まあ、本人の希望だし仕方ないか。
「では、マルキャルト」
「はい」
「改めてアリエッタ様の特徴と事件当日の様子を詳しく教えて下さい」
ここからが作戦開始だ。
まずは話を聞くフリをして捜査を進める。
僕はアリエッタ嬢に関するマルキャルトの語る特徴を似顔絵に反映していった。
但し、マルキャルトの言う通りではなく、リレイアに聞いた本当の姿を。
『猫探し』で使ったのと同じやり方だ。
リレイアはマルキャルトが喋る内容と頭の中にイメージしている姿の違いを補正していく。
「お嬢様は切長の瞳で」
僕が紙に描く顔が、大きな目で目尻だけ少し垂れた優しい目になるようにリレイアは僕の手首を操作する。
「ブルーネットの髪が大変綺麗で」
リレイアは、僕にダークブラウンの絵の具を選ばせ、髪の部分を塗っていく。
「お嬢様は町で買い物をなさっていて護衛していたのですが、いきなり消えるように見失いました」
似顔絵の隅に『懇意にしているレーベン伯爵邸に馬車で行く途中で襲われた』とメモを書き込んだ。
「童顔で」「攫われた時は空色のドレスで」「右手の甲には黒子があって」
マルキャルトの語るアリエッタの姿はことごとく本人とは異なるものだったが、僕の描いた(というかリレイアが僕の手首を操った)紙の上には、マルキャルトの潜在意識下にある真実を現した似顔絵と事件当時の本当のメモが書かれていた。
そして、描きあげた似顔絵をマルキャルトに見せた瞬間。
まるで空間に張り巡らされた無数の薄いガラスが同時にキンと音を立てて砕けたようだった。
──な、なんだ?
──おそらく、術が破れたんだと思いますわ。
マルキャルト以外の3人は何かが砕けたような音にならない音を聞いた。そんな感覚だった。
認識を偽る魔法は破れたのだ。
「これです! 服装もあの攫われた時に着ていたものです。今まで何人もの絵師に特徴を伝えてもまるで別人だったのに、これはお嬢様に生き写しです。流石はケータ殿です」
「いえ、マルキャルトの説明が適切だっただけですよ」
そう返したのだが、マルキャルトは僕を褒めちぎる。
これでは居心地が悪くてたまらいので話を調査の方に戻そう。
「そろそろ調査の方針などを検討したいのですが……」
「それは……失礼しました。そうです! 早く、お嬢様を見つけなくては! これだけ似ているお嬢様の似顔絵があるのです。まずは、貴族街を含め街の至る所にポスターを貼って回り、目撃者がいないかを探しましょう。貴族街で張り紙をするなら許可が必要ですが、すでに私の方で許可を取り付けています」
マルキャルトは準備がいい。
それに、やっと話が進みだしたのでホッとする。
平民の申し出ではなかなか許可が降りない貴族街のポスターの貼り付け許可をもらってくれていたのはありがたい。
「そうですか。では、ポスターを貼りながら貴族街を訪ねて回りましょうか。この似顔絵はアリエッタ様の捜査の役に立てば良いのですが」
「はい! この絵があれば目撃者がいれば、必ずわかると思います!」
マルキャルトは嬉しそうだ。
すぐにも部屋を飛び出して行きたそうにしているが、まずは落ち着かせる。
実のところ、アリエッタ嬢が捉えられている場所はすでにわかっている。
レーベン伯爵邸に向かう途中にあるクローネ子爵邸の中だ。
犯人もクローネ子爵自身とその家に雇われた冒険者崩れのゴロツキだ。
だが、一直線で子爵邸に乗り込んでもうまくはいかないだろう。
第一どうやってクローネ子爵が怪しいと特定できたかが説明できない。
解決にはちょっとした細工と小芝居が必要だ。
もし、何も作戦を立てずに歩き回ったら、広い貴族街のことだ。
時間ばかり経過してしまう。
今回の鍵は騎士のマルキャルトが同行することだ。
そこで、申し訳ないが彼女を出汁に使わせていただく。
自然にクローネ子爵邸を怪しんで調査するように仕向けることにする。
「まずは攫われた日に向かうはずだったレーベン伯爵邸に行ってみましょう。不思議なことに、その日パルマント家の誰も何の用事でレーベン伯爵家に向かっていたのかわかっていません。その辺の所をまずはレーベン伯爵様に聞いてみませんか?」
「そうですね。でも、何でそこに思い至らなかったのでしょう? 本当に不思議です」
認識を偽る魔法が破れたと行っても容姿と拐われた日についての様子だけのようだ。
まだ、別の呪縛の魔法が障害になって犯人には辿り着けないらしい。
『拐われ』たことを『居なくなった』と勘違いさせられていることにも気づけていない。
彼女の中では居なくなった後に、誰かに捉われたことになっている。
目の前で拐われたと言うのに。
その呪縛を破るためにも、もう一段階、聞き込みと調査が必要だった。
パルマント子爵に馬車と御者を用意してもらい、レーベン子爵邸に向かって出発した。
だが、本当の目的地はその途中にあるクローネ子爵家である。
そこでこちらから幻を見せて、マルキャルトをクローネ子爵邸に乗り込ませれば、相手も動か座ろう得ない。
そこで僕らも一芝居打ち、マルキャルトにアリエッタ嬢をそのまま救出してもらう予定である。
「もうすぐ、貴族街です」
マルキャルトはそう言って、馬車を貴族街に入ってすぐにある街頭地図の横に停める。
これで、近隣の貴族の家についての場所がわかるのだが、実はこの地図は貴族のためではなく平民のためのものだ。
有力であろうと弱小であろうと貴族は貴族。
平民がうっかりこの区画に入ると斬り捨てられる可能性がある。
もちろん、そんな兇状持ちの貴族はほとんどいないが、気の荒い貴族はそれなりに存在する。
商人などはそういう貴族邸には近づかないようにするためにも、こういうものが必要だったりするのだ。
この該当地図は、空きエリアがあって貴族からの告知などがある場合には案内板としても機能する。
貴族の冠婚葬祭だとか、昇進などの情報も張り出されるのだ。
商人などはそれが商売のチャンスにも成り得るので、見逃すわけにはいかない。
「ケータ殿。ここにポスターを貼りましょう」
「僕がやりますよ、マルキャルト」
「いえ、許可証に名前を記した者しか掲示板に貼る権利がないのです。なので、普通は貴族の使用人の名前で許可証を取るのですが、今回はアリエッタお嬢様のことなので私が自分で貼りたいのです。なので許可証も私の名前になっています」
「わかりました。お任せします」
マルキャルトはこの該当地図の空きエリアに令嬢の探し人ポスターを貼っていった。
僕たちは貴族街を探し回り、場合によっては貴族邸を訪ね似顔絵を見せて話を聞きながら進んでいった。
しばらくして、僕は立ち並ぶ貴族邸の一つを見て叫ぶ。
もちろん、それはクローネ子爵家だ。
「窓にアリエッタ様の姿が」
「何っ! どこです! あっ、本当です! 馬車を止めて下さい」
マルキャルトは気色ばみ、すぐに馬車を降りて貴族邸に向かって走っていく。
僕は諌めようと声をかけるが本当に諌めるつもりなどない。
おっとり刀で彼女の後を走っていった。
「パルマント家の者だ。当家のアリエッタ様がこちらにいるようなので、会わせて欲しい」
「いきなり何だ! それにお前は誰なんだ!」
「騎士マルキャルト・ルーエン。ブルム子爵からの捜査依頼書もある」
「子爵本人ならともかく女騎士風情など通せるか。それにお前の探している者などいない。帰れ帰れ」
「いや、そんなはずはない。私は確かにアリエッタ様が二階のベランダにいるのを見たのだ」
押し問答が始まっている。
──計算通りだな。リレイア。
──はい。マルキャルト様には一瞬だけアリエッタ嬢の幻を見せました。あたかも、クローネ子爵邸の二階のベランダにいるように。
しかし、そんなブラフ噛ませて大丈夫だろうか。
──本当にここにアリエッタ嬢は捕まってるのか?
──います。ですが、彼女はベランダではなく地下の部屋に監禁されてますの。
マルキャルトは門番と押し問答をしている。
──マルキャルトは表門でやり合っているが入れるのか?
──無理でしょうね。マルキャルト様は騎士爵です。いくら入れ込んでいても、子爵邸に押し入るほどの無茶はできませんわ。
それではダメなんじゃないだろうか。
──門前払いで終わるんじゃないのか?
──いいえ、クローネ子爵は小物ですから平静ではいられないようですの。すでに令嬢を地下から移動中です。裏手から運び出す算段でしょう。この邸宅には隠し通せる部屋などありません。
──子爵のくせに騎士に対してどうしてそんなに怯えるんだ?
──それは王宮のブルム子爵の名前が入った捜査依頼書があるからです。王宮がこの件を探っていると分かったので、他所に令嬢を移そうとしているのです。ケータには他者からの認識阻害をかけておきますので、周りの目を気にせず馬車を降りて全速で裏門へ回ってください。
なるほど、そういうことなら。
──了解。
そう答えて僕は急いでクローネ子爵家の裏門へ向かった。
程なく、裏門が少し開くと子爵邸の中から怪しい人影が現れ、周りをキョロキョロ見渡している。
だが、リレイアがかけた認識阻害のせいで、僕が裏門から10mしか離れていない位置にいるのに気づかないようだ。
出てきた男たちは、アリエッタ嬢を馬車で運び出すつもりだ。
「今のうちですぜ。今なら運び出せやす」
「よし。裏門を急いで開けろ」
裏門が全開し、馬車が走り出そうとする瞬間に僕は声を出す。
「そんなに急いでどこに行かれるのですか」
「オワッッ! お前、いつからそこにいた。さっきまで誰もいなかったぞ」
「ほう。誰もいないか気にしてコソコソとどこに行こうとしていたんですか? 馬車の中にはどなたがいるんでしょうかねえ?」
「何を知っている? まあ、何も知っていても同じだ。面倒になる前にこいつを始末しろ」
わらわらとゴロツキどもが裏門から出てくる。一斉にかかってくる気だろう。
先手を打って、僕はこのところ練習を積んでいた土属性の改良版中級魔法をぶっ放した。
「グラウンド・ボム」
ズガアァァァン
凄まじい音響と共に、地面が派手に捲れ上がる。
アルファニアに最初に来た時の修行で失敗した時から毎日練習していた複合属性魔法。
元の土属性魔法に少しだけ火属性を加えると特性は変質し威力も跳ね上がるのだ。
ゴロツキどものうち、近くにいたものは吹っ飛び、それ以外はすくんだり逃げ出すものまで出ている。
馬車を引いていた馬も怯えている。
普通なら馬は御者を振り切って逃げ出すだろうが、地面に空いた大穴のせいでそれもできないでいる。
僕は、第一の目的である足止めがうまく行ったので満足だが、実はもう一つの目的がある。
わざわざ派手に音が響く魔法を選択したのだ。
「何だ! 何が起こったーー!」
表門で押し問答していたはずのマルキャルトが、轟音を聞いて駆けつけてきたのだ。
「あの馬車の中だ!」
僕は叫ぶとマルキャルトはゴロツキを押し退けて馬車の扉を開ける。
「お嬢様!」
アリエッタを見つけたマルキャルトは連れ出そうとするが、ゴロツキが背後から迫る。
そこに今度はクリスクロスが魔法をお見舞いする。
──サンダー・アロー
ザザザザーーーーーー
雷状の矢がゴロツキを突き刺していく。
「ギェェェェ。どこから魔法を打ちやがった?」
クリスクロスは姿を見せていないので、あり得ない角度からの魔法攻撃にゴロツキたちは誰が唱えたのかも魔法の出どころでさえわからず大混乱している。
再度、僕は今度は純粋に土属性の魔法で、マルキャルトに襲い掛かろうとしたゴロツキの顎にアッパーカットのような土塁を競上がらせて失神させた。
今度の魔法は無詠唱であり、クリスクロスの雷の矢と僕の土の魔法のコンビネーションにどう対処していいかわからず、他の者は一歩も動けない。
「何をしとるかぁ!」
そこに、おそらく当主と思われる男と眼光の鋭い男の2人が現れ、ゴロツキどもを一括した。
その隙にマルキャルトがアリエッタ嬢を抱えて僕の隣へ戻る。
──誰だろう? 大物か?
──クローネ子爵です。隣は用心棒でしょうね。かなりの使い手を雇い入れてますね。ですが、この場は手を出してこないでしょう。事情を説明してアリエッタ嬢を引き取ってください。少し脅しを入れても構いません。
「クローネ子爵様ですね。僕はケータ・リーフォン。冒険者です。こちらは騎士のマルキャルト・ルーエン様です」
すると不機嫌な顔でその貴族はこちらを向いた。
平民の冒険者と騎士風情が、とでも思っているのだろう。
「パルマント子爵令嬢のアリエッタ様が行方不明となり探しておりましたが、こちらの館の2階のベランダにいらしたので、表門でマルキャルト様がお尋ねしたのですが、門前払いされましてね。僕は、裏門から馬車が出るので、こちらも中の方は誰かをお聞きしたところ、こちらの方々に襲われまして仕方なく対処させていただきました。そして、馬車の中にはアリエッタ様が気を失っていらしたのですが、これはどういうことか説明していただけますか」
腹に何かあるような言い方をワザとしたので、クローネ子爵は一瞬、何か言いかけたが、やめた。
おそらく腹を立ててゴロツキ達を嗾けようと思ったのだろうが、状況を判断してやめたらしい。
「いや、これは……アリエッタ嬢はレーベン伯爵を訪ねる途中で体調を崩されましてな。当家でお預かりしていたのですよ。門番の対応は、知らぬ者を通すなという私の命を守っておったのですが、行き違いがあったようです。非礼はお詫びする」
下手に出た方が得とみていきなり態度を変えた。
「馬車の件は、どうもアリエッタ様の回復がままならないようなので、医者に連れて行くところだったのですよ。急いでいたので、暴漢に襲われたと勘違いしてケータ殿には手荒な扱いをすることになってしまったようです。ですが、これもアリエッタ様の容態を思ってのこと。平にご容赦願えませんでしょうか。改めて、パルマント子爵家にも、お詫びを致しますので」
──慇懃無礼を絵に描いたような男ですわね。
──おいらこいつ気に食わねぇ。
リレイアもクリスクロスもクローネ子爵の物言いが癇に障るようだ。
──僕もだよ。
心の中で二人に同意する。
「具合が優れなかったアリエッタ様もだいぶ、落ち着いているようです。パルマント子爵も心配なされているでしょう。そのままお連れください」
いけしゃあしゃあと、としか言えない言い草だがこちらもそれに乗っておくことにする。
とにかく令嬢の確保が急務だ。
そして、用心棒である隣の危ない男は終始ニヤニヤしている。
──その男は危険な感じがしますの。戦って負けるとは思いませんが、不意を突かれて令嬢に何かあると困りますわね。
僕もそう思う。
この用心棒が暴れ出したら、どれほど危険になるかまだ計り知れないのだ。
「そうでしたか。アリエッタ様をお預かりして頂いてありがとうございました。ただ、パルマント子爵様には先に一報を入れて頂きたかったですな。それと、そちらの家人の方々とちょっとした諍いがありまして、お怪我についてはこちらで治療させていただきますが」
僕がにこやかにそう言うと、魔法で倒れていたゴロツキどもはようやく起きだしてギロッと睨んできた。
相当頭にきているな。
まあ、あれだけ派手に魔法でぶっ飛ばしたからな。
「いえいえ、こちらに落ち度があったことは間違いありません。家の者の治療はこちらでしますので、そのままお帰り下さい」
丁寧にお辞儀をするクローネ子爵であったが、尊大な態度は変わらない。
ただ、汗を掻き目は泳いでいた。
余裕がないようだ。
僕らは一礼するとすぐにその場を離れ、僕は表門のところに止めてあった馬車にアリエッタ嬢を運び込んだ。
マルキャルトにはアリエッタ嬢についててもらい、僕が御者の隣に座った。
そこで馬車までついてきていたクローネ子爵に最後の挨拶をする。
「それではクローネ子爵。また、後からパルマント様と共に参ります。今は心配されているので、いち早くアリエッタ様を連れて帰らねばなりませんので」
「あ、あっ、そ、そうですな。またいつでもお越し下さい。パルマント子爵にもきちんと、お、お話ししなければなりませんね」
クローネ子爵は本当に余裕がなさそうだ。
何があるのか?
僕は帰り道、馬車の周りを用心しながらリレイアと話をする。
なあ、リレイア。あのクローネ子爵の余裕のなさはなんだと思う?
──消されますわね。クローネ子爵。
──何だって! 保護するか?
犯行の証人がいなくなるのはまずい。
──いいえ、敵の能力が掴みきれなので手が出せませんわ。こちらの手の内がバレる心配がありますの。一応、帰るまでは子爵が即死魔法で消されないように最低限の対策はしていますが、子爵の屋敷から離れると防ぎ切るのは無理ですわ。どうにか貴族街を出るまでは保持しますが。見張り端末を置きましたので、帰っても監視だけはできますけど。
救出後、クローネ子爵邸から離れ帰り道を急ごうとしたところで……
ズズズズ、ズガーン。
後方で重い地響きが起こり、その後で大規模な爆発音がした。
「きゃー〜」
「なっ、なんだ!」
アリエッタが悲鳴をあげ、マルキャルトが後ろを振り返る。
「とりあえず、アリエッタ様の安全が先です。ここから離れましょう」
「あっ……ああ、そうだな」
この状態で子爵邸に戻るのは危険だと思うので、令嬢を理由にして遠ざかるようマルキャルトに促した。
マルキャルトも後ろが気になるようではあったが、結局は令嬢の安全を優先した。
僕は念話でリレイアに訪ねた。
──どうなったんだ?
──やってくれましたわ。ある程度予想はしておりましたが屋敷ごと爆破されるとは思っておりませんでした。これでは物証はほとんど取れなくなりましたの。残念です。ですが、嫌な予感がしたので予定変更して対魔法処理したナノマシンを残しておきました。運よく中心部にいたクローネ子爵は爆死寸前で助けられましたわ。
──おいらは、あんなヤツ死んだ方がいいと思うけどな。
クリスクロス。まあ、そう言うな。
──即死級の魔法には対策してましたが完全には防ぎ切れませんでした。子爵はかなりの深傷を負っていますわ。二、三日は回復にかかりますの。今は不可視の隔離領域に寝かせてあります。
──いい気味だぜ。
リレイア、よく助けてくれたな。
クリスクロス……ブレないな。
──いえいえ、この子爵も殺されそうになったと分かれば捜査に協力的になると思いますので。
リレイア。怖いよ。
── ケータ。おいらよりリレイアの方が怖いんだぜ。
クリスクロス、僕もそう……いや、なんでもない。
リレイアが睨んでいたので、それ以上は言えない。
──それより気掛かりなのは周辺の探知装置ですの。屋敷中に張り巡らされておりましたが、技術レベルが転生前のコモン、しかも日本の21世紀のものなのです。
うーむ、探知装置自体は21世紀ではいくらでも買えるけど、このアルファニアに持ち込んで使いこなすとなると特殊な技能を持った転生者ってことになるなあ。
──はい。おそらく背後にかなり頭の切れる転生者がいますわ。また、爆発の瞬間には微弱な魔法の検知をしてます。一瞬だけかなり大きい魔力を感じましたが、そのあとすぐに微弱な魔力反応に戻っています。おそらく、21世紀の知識を持つものが爆薬を仕掛け、起爆にのみ魔法を使ったようです。
そういう特殊な技術なら、それこそ端末で検索でもできれば出どころを調べることはできるが、こちらに来てからじゃ無理だし。
日本から転生した魔力持ちというだけで厄介なのに、爆薬の作成などの科学知識もある敵をどうすれば追い込むことができるんだろう。
魔法と科学技術のハイブリッドは出てくるとは思ったが、こんなに早く相対することになるとは。
まあ、こちらにはリレイアというコモン世界の未来技術があるだけ有利には違いないが、まだアルファニアに来てから間もないので魔法については習熟が進んでいないという弱点がある。
僕はとりあえず令嬢を救えたことに安堵しながらも、思ったよりも複雑な背景を持つこの事件に頭を抱えていた。
◇
翌日、パラマント子爵家にケータは招待された。
一応、令嬢を探すという依頼はこれで一応達成したわけだが、事件としては終わったとは言えない。
令嬢が誘拐された以上、犯人を野放しにすることはできないからだ。
パラマント家の庭でアリエッタ嬢の元気な姿を見せるお茶会という体裁が取られていたものの、ケータとダラム・フォン・パラマント子爵、さらにはこの話を持ってきたブルム子爵は今後の対策に頭を悩ませていた。
「お父様、ブルム様、ケータ様。もう、難しい顔をしてばかりですのね。救った頂いたお礼のお茶会ですのよ。楽しんで頂きたいわ。ねぇ、キャル。キャル?」
「あぅ。アリエッタ様。……その……。ケータ様、私はアリエッタ様と親しくさせていただいていて、アリエッタ様からはキャルと呼ばれております。よろしければ、ケータ様にもそのように呼んでいただいても……」
なぜか赤くなるマルキャルト。
アリエッタにはキャルと呼ばれていて、それが随分と恥ずかしいらしい。
「まあ、キャル。もしかしてケータ様に御執心ですの?」
「ち、違う! ケータ殿には一角ならぬ恩義があるのだ!」
「へぇーーー、キャルが赤くなるのを初めて見ましたもの。てっきり」
「や、やめてください! いくらアリエッタ様でも怒りますよ」
「はいはい!」
パラマント子爵家でのマルキャルトは単なるアリエッタ嬢の護衛というわけではないらしい。
心のつながりのある友人なのであろう。
「……ところで、ケータ様。真面目な話。この事件はこれで終わりというわけにはいきませぬ。引き続き、犯人逮捕にご協力願えないだろうか」
あー、ついに来ちゃったかあ。
うん。まあ追加依頼されるとは思っていたけど、受けたくないから気がつかないふりをしていたんだ。
── でも、これで済むと思ってたんですの?
リレイア……それは、言わないでくれよ。
避けられないとわかってても受けたくない依頼はあるんだから。
この事件、これ以上深みにはまると絶対面倒なことになりそうだったから、考えたくなかったんだよ。
その後、パラマント子爵、ブルム子爵の話が続いた。
僕は断る口実を探して何のかんのと断ろうとしたが、話は思惑とは逆へ逆へと流れて行きどうしても断れない。
結局、この誘拐事件の犯人逮捕の依頼を引き受けることになった。
パラマント伯爵家令嬢アリエッタは救出できました。
ですが、背後にいる犯人をどうにかしないとこの事件は解決しないようです。
しかし、誘拐した犯人たちも黙って捕まる気でいるはずもなく、追うケータたちに備えて動き出します。
次回は、『25話 トリックスターが手ぐすね引けば』 7/1投稿予定です。




