20話 後始末に奔走すれば
王都に入ったまでは良かったのですが、いろいろと無理をしたので後始末が……
王都クルゼナントに何とか潜り込めたケータ達は、まだ動き出せずにいた。
本当はこのクルゼナントに長期滞在するために職探しでも始めたいところであったのだが。
ケータはとにかく街に慣れるのが先決ということで、呑気にぶらついていた。
だが、リレイアとクリスクロスには街に入った時のもろもろについての後始末が残っていた。
潜入の時に利用していたあのパン屋の老夫妻についてである。
それが、どうもうまく行っていなかった。
―― どうしましょう。
―― ほっとけば良いだろ? もう関係ねーじゃねーか。
―― そうは行きませんの。あの老夫婦が体を壊したりしたら、絶対ケータは気にしますもの。それにあれだけ元気になった老夫婦がいきなり体を壊したら、そこから街に入った仕掛けがバレるかも知れません。それはまずいですわ。
ここはケータが泊まっている宿の部屋だ。
ケータは出かけていてここにはいない。
2人が話している間に、仲居が入って掃除をしたりしている。
しかし、誰が入ろうが出ようがこの2人は気にしていない。
話は念話で行われているし、普通の人には姿は見えないようにしているからだ。
仲居は2人がいることには全く気付かず、仕事が終わると出ていった。
夕方になるとケータが帰ってきた。
入室してドアを閉めるとクリスクロスが部屋に遮音と認識阻害の魔法をかけた。
さらに仲居の意識を散らせる操作もしている。
これで夕食で呼びに来るまで仲居が部屋に入ってくることはない。
そういう気にならないようにしているのだ。
魔法の展開を確認するとリレイアとクリスクロスが姿を現した。
二人は腕を組み、難しい顔をしている。
「ただいまー」
「お帰りなさい」
「どうしたんだ? 何か困り事?」
そう尋ねるとクリスクロスがまた、呆れた顔で言った。
「呑気に散歩とはいいご身分だねー。こっちは後始末が大変だって言うのによー」
帰ってきていきなり随分なご挨拶だな。
しかし、この二人が悩むなんて何があったんだろう?
「ケータは気にすることありませんわ。クリスクロス、いい加減になさい!」
「なんだよ。おいらが悪いのかよ」
僕はそこで、まあまあ、二人を宥めて事情を聞いた。
内容は街に入るために利用したエルトレモ・パン店のその後についてであった。
当初、後始末として計画していたのは大きく分けて二つ。
一つ目は、治療方法が少々強引であったので、後遺症が残らないように夫妻の体調のメンテナンスをすること。
二つ目は、パン屋の継続的な営業のために仕入れ先を決めること。
それが、安くてうまいパンを売る店として大好評になってしまい、当初の予定が狂っているらしい。
まず、まず3日間店を営業した後に様子を見たのだが、エルトレモ・パン店に定休日を示す張り紙が出てないことに気がついた。
そこで、老夫妻の脳内を再スキャンしたところ、次の休みを考えていない。
これでは、老夫妻の体調のメンテナンスができない。
夜の眠っている間に本格的な治療や突貫で無理させた体のメンテナンスはできるものの、終わった後丸1日は休ませておきたいのである。
もう一つ、仕入れ先については2年前に仕入れ先との関係がなくなっているのだが、それにも気づいていないようだ。
小麦の在庫は一週間ぐらいは保つように開店の際、用意していたのだが、大好評でかなり使ってしまい既に5日分以上を使用していた。
このままでは、明日にも昔の仕入れ先に連絡を入れて、小麦を頼むことになる。
当然、仕入れ先はとうに切れたこんな小さな店など得意先とは思っていない。
話が食い違えばいろいろボロが出る。
ケータ達が街に入る時に使った仕掛けがバレては大変である。
材料の仕入れ先についてはいずれ考えらければいけないと思っていたものの、少なくとももう二、三日の猶予があると思っていたのでかなりの誤算である。
「どうするよ」
「うーん、臨時休業とでもして強制的に休んでもらいますか」
「張り紙はどうすんだ」
ん? 告知? 『強制的に休んでもらう』と言うのはわかる。
無理させた老夫婦の体を薬か魔法で眠らせて、一日メンテナンスするつもりなんだろう。
でも、張り紙ってのがわからない。
「臨時休業の札を出せば良いんじゃないか?」
ケータはそう言ったのだが。
「今回だけならまあ、それでもいいのですけれど……」
「次からは定休日にメンテナンスすれば?」
「それが、エルトレモ夫妻は、長い人生の間、休みなくパン職人として働いていて週休を取る気がないようですの」
なんというブラック。
「今回は、とりあえず体については良好な状態に戻してありますけど、さすがに寄る年並みでだんだん体調維持が難しくなってます。
ですから、体をメンテナンスしても定期的に休むようにしないと、寿命を縮めることになってしまいますの」
「56世期の技術でなんとかならない?」
「まあ、ならなくはないですが調整が難しすぎます。下手をすると老夫婦なのに『毎日休みなしで普通の店の二倍のパンを焼く鉄人パン職人』になってしまいます」
厄介な。
「面倒クセーな、ったくよー。仕方ねー。やるか」
「そうですわね」
リレイアとクリスクロスには何か対策があるようだが、ケータにはさっぱりわからない。
「ん? 何かいい方法があるの?」
「あの老夫妻には定期的に休む習慣を脳内にねじ込みます。過去の記憶にも、週に一回は休む習慣だったという偽りの記憶を入れておかないといけないので面倒ですが」
ふーん、とケータは思う。
今ひとつ何が大変なのかがわかっていない。
「まー、それでいいんじゃねーの。休み重要。体調管理重要。チャチャっとやって、あの老夫妻を元気にしてやってくれよー」
ケータは賛成したが。
「簡単に言うな!」
「簡単に言わないで下さい!」
ステレオで怒られるケータ。
つい、異世界の街並みを見るのが楽しくて、まだ浮かれ気分でいたようだ。
これはいけない。
それからケータは2人のやっていることをじっと見ていることにした。
まあ、見ると言ってもクリスクロスの見せてくれる魔法の映像とリレイアが放ったボットとナノマシンのモニター画像を覗いているだけだったが。
やっている内容については、まあこの2人がやることなら安心だし、下手に口を出してこれ以上怒られるのも御免だ。
手始めに、クリスクロスは隠蔽の魔法と結界を貼り、パン店の外を歩く人に気づかれないように週に一回定休日があるという札を下げた。
この夫婦は働き者で休みもなく働き続けてしまうので、強制的に休みを作ったのである。
ただ、いきなり札だけを下げると『なぜ急に定休日を作った?』と言うことになる。
そこで辻褄合わせのために、この定休日の札が再開店した3日前からあったように暗示をかける魔法をこのパン店の周囲半径1kmの範囲に掛けた。
どうせ2年前から閉めていた店なので、3日前に再開店した時に週一で休みを取るようにしたと近隣に思わせられれば十分である。
1kmより遠い範囲の客が首を捻るかもしれないが、近所の連中に『週一で休み』の共通認識があれば揉み消せる。
もしその件で客が騒ぐようなら、その客だけ個別に認識を変えさせれば良い。
まあ、しばらくは監視を怠らず、それをいちいちやらないと行けないのが面倒の種ではある。
これは隠密性の高い魔法であるのでバレる心配は少ないものの、逆にバレた場合は何倍もまずい。
『こんな高等魔法を使ったのは誰だ!』と言うことになるからである。
従って、他の魔法使いに気づかれないように、また気づかれたかどうかを確認しながら恐る恐る進める必要があった。
作業自体より、その確認しながらの気を使いながらすすめることが本当に大変だったらしい。
リレイアは一度ため息を吐くだけだったが、クリスクロスは後々までぶちぶち文句を言っていた。
しかし、これで少なくとも週一回休むことができて、長くパン屋を続けていくことができるだろう。
一番やっかいな部分は済んだものの、リレイアにはまだ三つの仕事がある。
まず、老夫婦を眠らせること。
薬を使う方法とナノマシンを使う方法があるのだがナノマシンを使う。
その理由は、老夫婦はパンの仕込みのため、かなり夜遅くになるまで起きている。
それをずっと待っているわけにはいかないので強制的に眠らせるのだが、体勢が悪い時にいきなり眠ってしまうと倒れた時にどこかにぶつけて体を痛めてしまうかもしれないからだ。
今回はボットとナノマシンを連動されて、眠ったときに怪我をしない瞬間を選んだ。
そして、眠りにつくとナノマシンはもう一仕事する。
クリスクロスが店に貼り付けた定休日と記憶の連動だ。
この老夫婦に、定休日は昔から必ず休んでいたという記憶を植え付ける。
こうしないとこのまじめな老夫婦は、起きてから定休日の張り紙を引っぺがしてしまいそうだからだ。
次は、無理させた老夫婦の体調のメンテナンス。
単に乳酸を分解して疲労を取るといった単純なことだけではなく、急場凌ぎで強化したカール・エストレモ爺さんの骨組織の再調整を行う。
最初に注入した56世期の樹脂は、強度は十分だが新陳代謝はしないので数年すると筋肉との間で免疫障害が発生する可能性があった。
それだけでなく、もし優秀な魔法医師に掛かったりするとこの未知の物質が見つかってしまう可能性がある。
ケータの身バレの危険を考えるとこちらの方がまずい。
リレイアは樹脂を溶かしながら強度が落ちないように骨組織の再生を行っていった。
骨自体も強化されているが、劣化しても樹脂が自動的に補う。
元の骨よりは丈夫にする。
年齢の割には丈夫にする。
ただし、二十代の骨というような強度にはしない。
最後は仕入れだ。
リレイアは、これだけはすぐに全面的な解決ができない、という。
「このパン屋の仕入れについてなのですが、もしかしたらケータにもこの街で一仕事してもらなければならないかもしれません」
「えっ、ああ、やるやる。何をすればいい?」
ケータは2人に任せっぱなしで悪いと思っていたので即座にそう答えた。
「いえ、今すぐと言うわけではありません。多分ケータに動いてもらうのはこの街で半年は過ぎた後になると思います。それまではとりあえず、昔の仕入れ先を使います」
「あー、そう」
ケータは『なーんだ』と思った。
そして『半年後に何をやらされるのだろう』とも思う。
それはさておき、リレイアが解決できていないと言うパン屋の仕入れ先の確保については何が問題なのだろうか。
まず、エルトレモ・パン店はもう2年も営業していなかったので、当然元の仕入れ先との関係も切れている。
幸いにして、その仕入先は現存しているので、そのまま関係を復活させるる方法も考えたのだが、調べてみるとかなりの難ありだった。
その仕入れ先はラテラル小麦商といい、この街では質も量も多くの小麦を扱う問屋であった。
ただ、よくある『長いモノには巻かれろ』をとことん実践し、『人の足元を見る』商売をする意地汚い店であり、大店や後ろ盾のある店には安く融通するが小さな店や弱い店には厳しい。
特に、儲かっているところには安定した小麦の仕入れを約束する代わり、かなり法外な単価を要求した。
エルトレモ・パン店の人気が上がったとなれば、この問屋は昔付き合いがあったことを盾に確実に擦り寄ってくる。
他の問屋を寄せ付けないようにした後、小麦の継続的な仕入れを約束する替わりに単価の引き上げを迫るに違いない。
リレイアは仕入れ先の調査で既にわかっていたので、本当はこの関係を清算して代わりになる別の仕入先を見つけたかったのだ。
しかし、散々考えた挙句、この仕入れ先ラテラル小麦商との関係を一時的に復活させることにした。
その理由は、さしものリレイアでもこの王都の小麦商の動向については流石に掴めなかったからである。
そこそこの品質の小麦の安定した仕入れが期待できて、安価であり小規模な店にも対応する問屋などそう簡単に見つかるはずがない。
かといって、お得意の意識誘導は、人と会う可能性の高い商人には、バレる心配を考えると使いづらかったのだ。
仕方なく、ラテラル小麦商の仕入れをそのまま継続したのは、この問屋では小さな店専用の下っ端担当者がいたからである。
この下っ端とその直属の上司は単細胞で、意識操作がしやすくバレる心配が少ない。
とりあえず、この2年間エストレモパン店に小麦粉をずっと卸し続けていたと言う偽の記憶を差し込んだ。
さらに、この下っ端担当者を引っ掛けてちょっと脅しをかけることにした。
まず、下っ端担当者にラテラル小麦商の仕入れ値を少し上げて、差分を自分の懐に入れるような思いつきをさせるように誘導した。
次に、その仕入れ値の値上げ交渉で、エルトレモパン店が困っているところに常連の客がきて、『このパン屋のパンが安く食べられなくなったらわかっているだろうな』と凄まれてしまい、仕入の質と量を保ち、仕入れ値をあげないように約束させられる、という単純なものである。
この三文芝居は、下っ端担当者が実際に経験したわけではなく眠っている間に『一連の出来事があった』という記憶があるだけなので、しばらくは、仕入れの小麦の品質が下げられる心配、仕入れ値を上げられる心配がなくなった。
「この方法は使いたくなかったですわ」
リレイアはそう言った。
「なんでさ」
ケータは答える。
「下っ端の担当の意識から小麦を値上げすること自体を頭から追い出せたとしても、しつこく上から言われれば、また小麦の値上げをエストレモ・パン店に迫ることになりますわ。もし、嘘の記憶に怯えて担当本人が拒めば、あの小麦商をいつクビになってもおかしくありませんし。結局のところ、この仕入れが現状のまま続くかずっと目を光らしておかなくてはならなくなりました」
「大変なのか?」
「いえ、手間はともかくこんな小物にずっと気を使うことになると思うと滅入りますの」
リレイアは結構辛辣だ。
クリスクロスだけでなく、リレイアにも相当ストレスがたまる後始末だったらしい。
ケータは2人の機嫌がいつ直るかと思うといささかうんざりしていたが、翌朝声をかけると。
「おはようございます、ケータ」
「おう、ケータ」
どうやら機嫌は直っているようだ。
後始末はとりあえず済んだ。
いよいよ、この街で暮らしていくために何かを始める段階になったようだ。
いよいよ、王都で暮らすために職探しです。
と言ってもタイトルでバレバレですが……
次回は、『21話 冒険者を始めてみれば』 6/17投稿予定です。




