2話 時ならぬ夢を見てみれば
2話目になります。
主人公が登場します。
一人称視点です。
夢の中で神に会い、よくわからないことを尋ねられます。
この神様、主人公をあまり良く思ってはいなさそう。
主人公は、過去の古傷のような思いに触れられて動揺します。
そして……
夢を見た。
荒唐無稽な夢だった。
来栖川慶太40歳。
中年になってこんな厨二病のような夢を見るのはどうしたものかと思う。
その夢の中で僕は女神にあった。
「わたくし、属神ルーラウと申します。あなたはどなたか信仰している神はおられますか?」
「いいえ」
はい、と答えた方がよかったかな? 何せ神様だからな。
あまりに神々しいから初見で信じてしまったけれど、いきなり神様は現れないだろうし。
となると新興宗教の勧誘かしら、とも思ったがそうだとしても女神とは名乗らないだろうな。
「まあ、神は人が信仰していてもしていなくとも気にしません。神が人間を救うことは、まるでないわけでもないのです。ですが、かなり迂遠な方法ですので救われた人間も神の御技とは気づかないでしょう」
「はあ、そうですか」
それ以外に答えようなんてないじゃないか。
何が言いたいんだろう?
「今、この世界コモンにて私がお使えしている主神ルルカ様は、あなたを救おうとしております」
「この世界コモン? 主神ルルカ……様?」
一応、怒られると困るので「様」を付けてみた。
「ルルカ様を知らない? この世界の主神であらせられるのに? ああ、そうでしたね。ルルカ様はこの世界に顕現しない神ですので、誰にも認識されず人知れず存在する神なのです。ですので、数ある宗教の中にもルルカ様を祀ったものはありません」
「はあ、さいですか」
「でも大丈夫ですよ。主神はそんなことを気にしておられないのです。気にすると言えば、ルルカ様は今、あなたを大変気にかけておられます。それがわたくしには少々歯痒く感じられるのです。神が、しかもこの世界を統べる主神であるルルカ様が、たった一人の地球人にかかずらわっているのですから」
なんて、答えればいいんだろう。
「通常、神は人の暮らしについて頓着しません。生きようが死のうが、自分に対して信仰しようが蔑もうが何とも思わないのです。何せ地球を含め、半径300億光年のに広大な宇宙領域、その中の全ての銀河にある数多の文明を統べる神なのですから、そんな細かいことに拘ってはいられません。もし神が気にするとしたら、高度な文明が失われるような場合です。核戦争のようなもので、その星の文明がなくなるような場合には、神は干渉することがあります。ですが地球の文明は高度というほどではありません。むしろレベルが低く、星単位でなくなったとしてもそれほど惜しい文明ではありません」
まあ、エライ神様なんだろうけど、それにしても地球の扱い悪いな。
「ですから、今回のような一個人を神が気にするのは大変稀なケースです。まあ、神が地上に手を差し伸べる基準は物事の大きい小さいではなく『気になるかどうか』という部分が重要なので、それも宜なるかなとは思いますが。ええ、神は存外、気まぐれなんですよ」
「そうなんですか」
そろそろ本当に応えようがなくなってきた。
要件はなんだろう。
「その神の気まぐれで、もしあなたが別の世界に行けるとしたらどうしますか? 今のあなたの暮らしはとても恵まれているとは言えないでしょう?」
あー、異世界転生ね。
そうか、やっと気がついたよ。これは夢だね。
こんな夢を見るなんてね。
まあ、恵まれていないと言われると確かにそうかも知れない。
でも、それは自分のせいなんだから仕方がない、と思ってる。
「ルルカ様が気遣っているのは、あなたは変わってしまったことです。あなたの4つ年上の姉、来栖川玲子が亡くなってしまった時に。まだ高校3年生だったのですね。あの事故は不幸でした」
いきなり冷や水をかけられたような一言だった。
姉の名前を言われたことに。
そして、あの事故のことを言われた途端に、僕の心はざわめきだしていた。
「やめて下さい!! 姉のことだけは……」
僕は冷静さを失いつつあった。
忘れようとしていたことが蘇ってきたからだ。
そう。
姉が死んでから人生が変わってしまった。
僕のことを気にかけてくれた姉。
家はさほど裕福でなかったから、端切れや手直しなど繕い物をよくしていた。
高価な服など買えないはずなのにとても洗練されていてカッコよく、周りにも慕われていた姉。
勉強もできたので高校を出たら、優秀な大学のある都会に行くと思われていたらしい。
だが、周りの評価と違い姉は卒業後も家に残ることを決めていた。
炊事や洗濯、料理など意外に家庭的であった姉は、そのこと自体を残る理由にしていたが、実際は家にそんな余裕がないことを知っていたからだ。
きっと僕のこともあったに違いない。
僕が進学する金銭的な面倒まで見るつもりだったんだと思う。
僕は姉に負担を掛けるのが嫌で「都会へ行くべきだ」とは言ったが、本心は誰よりも近くにずっと居てもらいたかった。
玲子姉さんは、いつも僕が落ち込んでいる時に元気づけてくれた。
それは小さな出来事の時も、大きな出来事の時も姉さんが励ましてくれる。
それがとにかく嬉しくてどんなことも翌日にはケロッと忘れて、また、前を向けたのだ。
そのことを知らない両親や友人、学校の先生などは、僕が少々のことはめげない強い人間だと思っていたらしい。
流石は『あの来栖川玲子の弟』だと。
それが……
僕がまだ14歳。
それは、故郷の北海道北士牧市の暑い夏の日に起きた。
車の少ない田舎道。
普段なら荷物が満載でスピードを出すことのない車。
普段なら安全運転を心がけているはずのドライバー。
それがなぜか、車は空荷、先を急くようにアクセルを踏み込み、いつもの前方確認を怠った。
そして姉は突然、事故に遭い、あっけなく死んだ。
僕は塞ぎ込んだ。
中学を二週間休み、やっと学校に復帰した時にはもう周りの雰囲気にも勉強にもついて行けなくなっていた。
しかし、僕はそれを無視し平気なふりをした。
憐れまれるのが嫌で、自分を押し殺した。
誰にも「辛いのはわかる」なんて言われたくなかった。
だから、自分を偽る術を身につけるしかなかったのだ。
また、僕に何かあっても気にしないように見えるように。
成績が落ちたのもショックなことがあった直後だから仕方がないと勘違いされたままだが放っておいた。
そのまま成績は元に戻らなかったし、なぜかうまくいかないことも増えた。
だが周りからは、姉の死の直後に憔悴しきっていた僕がその後何があっても平気な面をしていので、立ち直ったように見えたのだろう。
成績の事ぐらいは仕方がないと。
運が悪いのは元々で、以前は玲子さんが庇ってくれていたのだろうと。
「そうですね。そのことは知っています。うまくいかない事、暗い事柄が起きても心を無にして過ごしていることを」
心を読んだらしい。
口にしていないが思っていたことを答えてくる。
もういい、全部吐き出そう。
取り繕っても意味がない。
「しょうがなかったんです。いじめられようと、理不尽な目に遭おうと、もうそこには気持ちがなかったので。あの時の僕は、とにかく大人になったらこの土地を離れて東京にでも行って、今の暮らしを断ち切ることしか考えてませんでした」
「でも、心を無にしていても、少しずつ何かが削られていったんじゃありませんか?」
「……」
それこそ、しょうがない。
玲子姉さんが生き返って元気付けてくれるわけでもないのに……
「私たち神でも死んだものを生き返らせる力はありません。無理に使えばこの世界が壊れてしまいます」
そんなことは知らない。
神の都合なんて。
僕はそれでも姉に帰って来て欲しいと思ったのだ。
……まあ、望んでも叶わない願いだとは知っていたけれど。
「ですが、それでもあなたは、その後に降りかかる不幸にも耐えて自分一人で生きてきました」
「それは違います。何があっても関係ないと思っただけで、耐えたわけじゃないんです。どうなってもいいと思ったから気にしなかっただけです」
「それでも悔しいと思ったことはありませんか?」
「そりゃあ、少しは」
悔しくなんてない、と言おうと思ったがやめた。
悔しいことはあったから。
悲しいことがあったから。
一度だけ異性に告白をして、きっと心を通わせることができると思える人が一人だけいた。
だけど、彼女の発した一言になぜか僕は答えることができなかった。
そんな『言えなかった一言』で別れることになった人がいたから。
でも、考えてみるとなぜなんだろう?
自分でもあの時、彼女に答えられなかった理由がわからない。
けれど。
できれば、もう一度会って謝りたい気持ちは本当だ。
今更遅いが、本当の気持ちをもう一度伝えたい。
「それが叶えられるとしたら? 運命も少しずつ良い方に変わるとしたら?」
「今さら、彼女になんか逢えませんよ! 逢ったとして、ここまできた僕の人生がどう変わると言うんです! 未来や別の世界に行っても僕の後悔は変わりません」
そりゃ、悔しいさ。
別の世界に行ったって、言えなかった一言を言えるわけではない。
もう一度謝ることもできない。
僕の後悔は晴れるはずがない。
やり直せるはずもない。
第一、そんな意味のない仮定の話をされても答えられないじゃないか。
「もう一度聞きます。もしあなたが別の世界に行けるとしたらどうしますか? 遠い未来だとか、全く別の世界だとか」
それでもしつこく聞いてくる。
しかし、僕の気持ちは変わらない。
「考えて見たこともありませんね。でも断ると思います。もし行くとなっても、どうすれば良いかもわかりませんし。しんどい人生ですけれど、お世話になった方もたくさんいます。もしその人達と別れるなら挨拶ぐらいしたいです。でも『未来に行くのでさようなら。今までお世話になりました』なんて言えないでしょう?」
「最もらしい答えですが本心は違いますね?」
「……」
そう、本当の気持ちは違う。
地元を捨てて東京に出てきたけれど、ここでも僕はうまく行っていない。
未来や別世界に行っても、僕の気持ちは晴れないだろう。
そして、それを取り返そうとも思わない。
うまく行ったからどうだと言うんだろう?
うまく行ったら何が変わるんだろう?
うまく行くことに意味なんてない!
……でも、このまま朽ち果てるのは悔しい。
「まあ、そういう答えになるでしょうね」
僕が声を出さずとも、やはり心の中は読まれている。
意味がないと言いつつ、揺れ動いている気持ちは見透かされている。
「でも、そんなことを聞いてどうするんです? どこかへ連れて行ってくれるんですか? 神様が気まぐれをおこしているんですか? 第一、そんなことをしてくれる理由がわかりません!」
そういうと、目の前の女神はちょっと言いずらそうにしていたが……
「……今回ルルカ様が気にしてる理由は、あなたに対する後ろめたさと同情です」
後ろめたさ、その一言がなぜか気になった。
「後ろめたさ、って僕、神様に何かされたんですか?」
「ええ、いえ……それはそのうち……」
「何なんです! 神様が僕に何をしたんですか!」
そこで、目の前のルーラウと名乗る神は首を左右に振り。
「……ここまでですね。これ以上、この者の心を乱しては問題があるようですし……いいえ、すでにこの者は……」
そう、言ったところで意識が途切れた。
それから後のことは覚えていない。
何か言い淀んでいたが、何だったんだろう?
朝が来て、僕は目覚めた。
来栖川慶太は幸薄い日常に戻っていった。
どうでしたでしょうか?
次からは生活パートになりますが、長くは続きません。
とは言っても現代編はあと数話あります。
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