11話 隣は何をする人なのか聞いてみれば
11話です。
未来の隣人はどんな感じなのでしょうか?
悪い人ではなさそうですが、結局のところ本当に打ち解けることは難しいのかも……
お楽しみ下さい。
暇だ。
生活が保証された未来では、基本的にすることがない。
そりゃやろうと思えば何でも始められる。
働くのも趣味に生きるのも自由。
でもあれだな。
『必要は発明の母』というけれど、逆もまた真なり。
何もかもやる必要性がなければ、やる気も起きないわけだ。
「働きたいんですか?」
「んー、働きたいと言うより、何かしたいって感じかなー」
「そうですかー」
リレイアはくるくると回って、ポンと手を叩く。
「趣味でも始めますか」
「いや、56世期で始める趣味ってわからないよ」
「別に21世紀のものでも良いんですよ」
「この進化した時代にバカバカしくない?」
「いえ、趣味は自分の好き好きで良いかと」
そうなんだよな。
でも、なんでそれもやる気が出ないんだろう。
まあ、仕事をしていて時間がない時ほど『趣味に費やす時間がない』と文句言いがちなんだし……でもそれだけでもないような。
「慶太の考えていること。わかりますよ」
「ん? 何だい?」
「きっと、何か始めるなら一緒にやる仲間がいるといいと思ってるんじゃないですか?」
ポン、今度は僕が手を叩く。
「うん。そうだ。趣味と言ってもストイックに誰にも拘らず黙々とやれる人なんて少ないんだよ。しかし、仲間……仲間ねぇ」
「最近、周遊コースでよく会う方がいるじゃないですか。あの方なんてどうでしょう」
周遊コースというのは、この住居はどこでも行けるので飽きないように定期的に地球のあちこちを動いているのだ。
まあ、景色が変わるだけで自室にいることは変わらないので、旅行気分にはならないんだけど。
あっ、でもその土地に根ざす人というのも、やっぱりいるにはいてその地方でしか食べられないものとか体験できないものもそれなりにある。
温泉なんかがそれだ。
この未来、温泉の湯でさえ、即日取り寄せができるんだけど、湯だけもらっても嬉しくないもんな。
効能はあるかもしれないけど。
話がそれた。
僕のいる部屋が定期的な周遊コースで回っている時によく会う人がいるのだ。
ああ、なんと言ったっけな。ハルトさんか。
「リレイア。あの人何してる人なの?」
「ええと、多分何もしていないと思います」
そうだった。
この未来においては、何かしている人の方が珍しい。
僕がこの未来で最初にあった人が、政府の役人2人であったから21世紀と同様みんな何かの職に付いてるような気がしていたけれど、そうじゃあない。
じゃあ、と言いかけて思いとどまる。
一応確認する。
「リレイア、あの人は人間だよな?」
一応確認しておかないと。
リレイアは10cmの妖精のような姿ではあるけれど、普通の人と見分けがつかないAIも存在している。
そういう場合、騙されたら絶対にわからないから。
「はい。人間ですよ。3人家族ですわね。慶太がよくお話されるのが、主人のフェイタソン・ハルトさん。奥さんがバンテリーナ・ハルトさんで、長男がサーロンパーシル・ハルトくんですの」
うーむ。腰の痛みによく効きそうな名前だな。
「僕、音楽やって見たかったんだよ。この時代ピアノってあるの?」
「ありますわ。まあ、メーカーが変わってますし多様化してますので、最新の機種は慶太に合わないと思いますけど」
そうかあ。
ちょっと尻込みしていたが……
「初めてみたらどうですの? ハルトさんも誘って。きっと喜ぶと思いますわ。知識については最低限は覚醒学習に入れておきますので、明日誘うのに困ることはないと思いますよ」
「それなら、話してみようかな」
「はい。あちらに連絡していいお返事がいただけたら、周遊コースのランデブーを掛けることにしますわ」
◇
翌朝、起きると部屋にグランドピアノがあった。
なんとベーゼンドル○ァー・イン○リアルと書いてある。
「これどうしたの? 僕の時代のピアノじゃないか。昔とメーカー変わっている、って言ってたよね?」
「はい。これは私が設計図と歴史的な博物館を参照して、再構成して組み上げた物です。21世紀にしては設計が細かく残っていたものですから、慶太の時代の同機種と寸分違わないと思いますよ。あっ、出来としては、その型番のピアノの中でも出色なものか、と」
おーい。
これすっごい名機だよ?
その中でとびきりの一台なの?
僕、今からピアノ始める初心者なんだけど……
猫に小判どころか、アメーバにダイヤモンドだよ。
そこに、住居がランデブーコースに乗りハルトさん一家の家が向こうに見えてきた。
「おはようございます。慶太さん。家族で音楽が始められると聞いてワクワクしてきたんですよ。学習の方もかなり昨日のうちに詰め込んでおきました。いやー、興奮しますな」
昨日から覚醒学習をしてきたらしい。
主人のフェイタソン・ハルトさんの鼻息は荒い。
奥さんのバンテリーナさんが顔を出す。
「主人が入れ込んでましてすいません。慶太さんに迷惑をかかけなければ良いんですが……」
「いえ、僕自身が始めたかったことですし、気持ちが昂ってこちらがご迷惑をかけるかも知れません」
などと、会話ばかりでなかなか進まないのを見かねて、リレイアとハルト家のAIが共同で練習できるようにセッティングを進めていく。
ハルト家のAIは『5ρ7padd-Z9@978111』というらしい。最初が5なので、ロールアウトがリレイアより少しあとの機体だ。
『ρ』と言うのは、ジェンダー関係のAIらしいのだが、人間の男とか女とかそうでない人の話だけでなく、AI自身のジェンダーについても取り扱うらしい。
ちなみにAIの性別やジェンダー問題とはどう言うものか、リレイアに聞こうとしたら。
「本当に聞きます? 後悔しますよ」
と言われて、即座に辞めた。『君子危うきに近寄らず』だ。
◇
最初の数日はうまく行った。
連日の覚醒学習によって音楽理論は21世紀で言うと音楽大学の教授並みになっていたので完全に頭でっかちなのだが、演奏の方も画期的に進んでいる。
それは、覚醒学習の中に超速弾運指理論や音楽演奏用筋力論という謎学問があり、それが頭にあるだけで指の運びも音のタイミングの取り方も弾くときの姿勢もあっという間に身についてしまう。
すなわち、弾くたびに格段に上手くなってしまうのである。
ところが。
ハルト家の3人は、最初の一週間で息子のサーロンパーシルくんが挫折した。
その次の週には、奥さんがお茶には付き合ってくれるものの演奏に加わることは無くなった。
「どうしたんです? バンテリーナさんもサーロンパーシルくんも音楽やめてしまったようですけど……」
「ええ……そのう、サーロンパーシルは、35世紀から44世紀までの復古型新鋭ロックムーブメントの一つであるハザロフ派に興味を持っていたのですが、歴史的に評価されていないことに腹を立てて、もう音楽など嫌だと」
うーん。
音楽の歴史と自分の演奏をごっちゃにして考える必要はないように感じるが、この時代の人独特の考え方なのかなあ?
「妻はかなり上達したところで、全く新しい未知の楽器を考えていて試作までしていたのですが、ことごとく歴史上に類似機種が存在いたしておりまして……」
ダメだ。
この時代の人の音楽に対する情熱が明後日すぎる!
どうして楽器を始めてすぐに未知の新しい楽器を作ろうとするかなあ。
結局、フェイタソンさん自身もその後一週間で挫折してしまった。
「あれほどの時間を音楽に打ち込んだのに、システムの声がかからないとは、私は失望しましたよ」
後で、リレイアにフェイタソンさんが音楽に費やした総時間数を聞いてみたが、120時間だったそうだ。
3週間で120時間だから1日6時間弱か。
確かに多いかもしれないが、そうは言っても始めてまだ120時間だろ?
結局、ハルトさん一家は音楽から離れて、その後2週間は会うこともなくなってしまった。
まあ、その後は何もなかったように会話をするようになったのだが……
僕はその後ずっと練習を続けている。
今日練習を終わってから、リレイアに尋ねた。
「リレイア。そういえば、フェイタソンさんが言っていた『システムの声がかからない』とは何だったんだろう?」
「ああ、それですか。フェイタソンさんは、自分の演奏の独創性を極めようとしていたようですわ。それに、随分と作曲もされていたようですの。この56世期ではAIによってたとえ練習中でも全ての演奏が録音されています。もし、その中でAIが音楽として価値を見いだした場合は、本人に打診がされますの。本人が望めばそれが世界中に公開され、大抵の場合、AIの見立てがあると大きくシステムに注目され、音楽家としての富と栄誉が得られるのですわ」
そりゃ、凄いな。
21世紀では、普段の演奏をネットに流すユーチュー○ーみたいな連中はいたけれど、全ての練習や思いついた曲のフレーズ一つ一つを拾ってくれて、その才能をAIが見出してくれるなんて、最高の世の中じゃないか!
……そこで、僕は一つ、リレイア聞こうかどうか迷ったことがある。
で、結局聞いてみた。
「リレイア。……あのー……なあ?」
「なんです?」
「僕、ずっと演奏していて、曲も作ったりしてたんだけど……」
そこで、リレイアが一瞬固まった。
「いや、『私は』いいと思うんですのよ! あの……システムに推薦するのにも後少しというか、個性自体は……慶太らしいというか……」
「わかった……もう寝る」
どうも僕の演奏も作った曲も大したことはなかったようだ。
あーあと思いながらふて寝しようと思ったところで、リレイアがもう一言言った。
「慶太。一つだけ今回のことで覚えておいて欲しいことがありますの。この56世期では、人はAIに対して劣等感を持っています。それは38世期から歴史的に刷り込まれてしまった人類の負の記憶なのです。慶太のような21世紀の人間にとっては、何もかもすぐに辞めてしまう飽きっぽい人たちに見えるかも知れません。ですから、ハルト一家が音楽を始めた時も『何かに、世の中に、システムに認められたい』という承認欲求が強く働いたんだと思います。そこは……この時代の人たちのことをわかってあげて欲しいですわ」
「ああ、そうだな」
意外な最後のリレイアの話で56世紀の人たちのことをちょっとだけ理解した。
そして『くっそー、いつかリレイアが世界に推薦したくなる曲を書いてやる』とも思った。
どうでしたでしょうか?
このお話の未来人類は鬱屈しています。
それは「所詮AIには敵わない」という人類全種族的な劣等感が数世紀にわたって植え付けられているからなのです。
それを植え付けたのは、AIではありません。
人類は自らその劣等感を育ててしまったのでした。
次回は、そんな人類の歴史に触れる外伝を一つ挟みます。
『外伝1 [リレイアの手記] 人類敗北宣言』 5/15 投稿予定です。
本編は、『12話 神とAIが不思議な邂逅をしたならば』 5/17 投稿予定です。
気に入っていただけたら嬉しいです。




