9話 未来の暮らしで気になることは
9話です。
未来の世界で暮らすための勉強が始まります。
でも、勉強と言っても普段の生活の中で、勝手に知識が詰め込まれるみたい……
それって幸せ? 不幸? 本人はとりあえずしんどいみたいです。
でも、その生活の中で『あえて触れられない』一つの事が気になります。
お楽しみ下さい。
この世界に慣れるための特殊な日常。
それは脳波による学習である。覚醒学習というらしい。睡眠学習ではなく覚醒学習。
リレイアが専属になり、政府の役人と取り決めが終わると翌日からそれは始まった。
毎日何にもしなくても頭の中には、この時代を過ごすための知識や56世期までの人類の歴史が刻々と植え付けられているのだ。
食事をしているときや、宵闇に外をボーっと眺めているこの時でさえ、実は物凄いスピードでこの時代の情報が頭の中に流れ込んでくる。
時には、計算や理論について理解度テストが脳内で行われることもあって、それが日常の暮らしと同時に進んでいくのが不思議な感じ。
でも、結構辛いんだわ。これ。
だから、エネルギー源が何かについて聞かなかったのもそのせい。
わざわざ何かこちらから聞いて勉強内容を増やすことはないなあ、と。
これ以上面倒な知識を植え付けられたら頭がパンクしそうだったし、エネルギー事情についての話もそのうち脳内に叩き込まれるだろう、と思ったわけだ。
げに恐ろしきは、覚醒学習である。
一応、これでも知識の詰め込み具合は脳の負担にならない程度には抑えているらしい。
まあ、この覚醒学習は永遠に続くわけではなく、この時代で食っていくに困らない程度まで継続されるとの事。
これだけ良くしてもらえるのはまったくありがたいことだが、同時に不思議でしょうがないことがある。
だってそうだろう?
無料で飯が食えて、一等地に住んでいられて就職の心配がないところまで学習までさせてもらえるんだから。
どうしてここまで待遇がいいのか、と。何か対価を払わなくていいのか、と。
だが、それについてはリレイアが種明かしをしてくれた。
リレイアが役人たち協議したときに決まったことなのだが、この時代における僕の立場は『時空喪失難民』というカテゴリーに入るのだそうだ。
すなわち21世紀の人間にタイムマシンは作れないので、僕は『なんらかの理由でタイムスリップに巻き込まれて56世期に飛ばされた可哀想な人』ということになったらしい。
リレイアはそこまではざっくばらんに話していたが、その後は告知モードに戻って、こう言った。
「慶太は今後働いてもいいし、働かなくとも今の程度の暮らしは政府により保証されています。現政府は、時間軸に対する難民に対しては、時間移動前の時代情報を脳内から取得することを引き換えに生活を保証します。それにケータの場合はこの時代に送られた意図が不明ですので、それに対する継続調査は行わさせてもらってます。現状の待遇は、その代償とお考えください」
ああ、なるほど、僕は貴重な21世紀の歴史の生きた証人ってことだ。
しかも、どうやって来たかわからないから調べさせてくれ、と。
僕の脳みそを覗いて21世紀について知る代わりにおまんまを食わせてくれる、と。
ついでに、この時代のことも学習させてくれて生活に困らないようにしてくれる、と。
まあ、どうやってきたかは調べてもわかんないだろうけどねー。
なんせ神様が送ってくれたんだから。
いくら56世期の技術でも神様を認識したり、検索したり、連絡したりすることはできない、よな? 一瞬不安になる。
これだけ万能だと神様の御業まで解き明かしちゃうんじゃないか、と。まあ、気にしても仕方ないか。
ところで、そのほかの未来らしいところもいくつか語ってみよう。
まずは、なんと言っても生活で使う道具たちがやたら便利だ。
まずはそのことに感動した。
そんなに『いかにも未来』ってことでもないので、うまく伝わるか心配ではあるのだけれど。
例えば、この前カミソリを注文した時のこと。
これが21世紀で使っていたものと全然違うものだったのだ。
21世紀の時の僕はアゴの下の髭を剃るのに、どうしても剃り残しがあった。
ついガシガシやって、深剃りしすぎてカミソリ負けしたり、切って血が出たりしてたもんだ。
ところが56世紀のカミソリは、一見何の素材かわからない手持ちの道具だった。
髭を当たってみると、妙にフィットしてスムーズに肌を滑っていく。
その後に手で触れると髭は何もなくなっている。
これは剃られたものではない。
毛根ごとなくなっていて髭剃り跡すらない。
肌はツルンとしていて最初から髭などなかったようになっている。
どうやら、剃るわけでも抜くわけでもないようだ。
剃刀負けのヒリヒリ感もないし。
しかも仕上げに、顔の汚れや油脂のクリーンアップと保湿ローションが肌に補填されているようで、スッキリしてしまった。
脂ぎったムサいおっさんは、さわやかなおっさんになったのだった。
次に歯ブラシ。
歯を磨いただけ虫歯まで治るし、歯並びは矯正されてホワイトニングされる。
おまけに口臭予防までされるという念の入れようだ。
どういう理屈で動いているのか、またどんなエネルギーで動いているのかやはり気になる。
これでも21世紀の会社ではエネルギー開発関連の仕事をしていたんでね。
首になったけど。
だが、やはりもう少し学習が必要とのことでこの時代の動力についてはリレイアにははぐらかされてしまった。
でも、とにかくこんな風に一時が万事便利な道具あるのはさすが56世期だと思っていたのだが違った。
未来はもっと進んでいた。
実は56世期に住む人はカミソリも歯ブラシも使わないらしいのだ。
僕が使った髭剃りや歯ブラシは、僕の記憶の中から一番しっくりきて、その目的を果たすものを自動作成した結果なのだそうだ。
これを聞いてから、56世期ならではの物を探すのはやめた。
この時代では個人個人のイメージに沿った製品をゼロから生成するために、21世紀からきた人間には類型化して製品を分類することは不可能であるとのこと。
つまり、道具は本質的に、本人の意図を記憶や深層心理に基づいてオーダーメイドで作成される『一品もの』というわけだ。
そりゃあ、しっくりくるし痒いところに手が届くわなあ。
ちなみにリレイアは睡眠中や学習中であっても 21世紀の知識を僕の脳内から取得している。
そのついでに、無意識下の要望をいつも吸い上げられているので、痒いところに手が届く21世紀で暮らした僕好みのラインナップのカタログまで作ってスタンバイしているらしい。
これは、何が欲しいか自分でわからなくなった時のためだそうだ。
まあ、至れり尽くせりなことで。
ついでに聞いてみると56世期の住人は髭剃りや歯磨き程度のことは日常の生活の中で何もしない。
風呂も入らない。
それは汚いんじゃないかなあ、と思うが当然そんなこともなく。
睡眠中のトータルケアモードが、身体のあらゆる健康チェックとメンテナンスが、それを兼ねているそうだ。
爪切り、歯や肌や髪の毛なども含めて、勝手に最適化されるらしい。
と、そこまで考えたところで、やっぱり気になるわ。動力。
これどうやって動いてるんだ?
やっぱり気になる56世期のエネルギー資源。
これを知らないのではこの時代を生きていく知識を与えてくれるにしては片手落ちだ。
わざと教えるのを避けてる気がする。
僕が生きていた21世紀はエネルギー問題が大変だった。
そして、その後の世界も大変だったようである。
この時代のエネルギーについては相変わらず教えてもらえないが、歴史上のエネルギーの変遷についてはこの未来で学習した内容の中に含まれていた。
この56世期にたどり着くまで、人類はエネルギー問題で何回か滅びそうになったらしい。
原子力は37世期の人類の危機以降は、ほぼ封印されているようだ。
今ではときどき物好きな学生が申請して、厳重に隔離した実験室で実験する程度である。
もう原子力は21世紀で言うと撲滅された天然痘のような扱いらしい。
周りを見渡すとエネルギーで困っているようには見えない。
この歴史の話を聞いた時にも、リレイアにも56世紀のエネルギー問題について聞いてみたのだが。
「人類はエネルギー問題で悩む時代からは先に進んでいますわ」
と、一言で済まされてしまった。
どうもエネルギー問題については散々はぐらかされている。
何か隠したい内容なのだろうか?
僕が改めて首を捻っていたが、数日経つと忘れてしまった。
◇
リレイアは政府に呼び出され都市管理局に来ていた。
数日前に提出した申請書についての公聴会である。
そこで、見覚えのあるAIが話しかけてきた。
「P3!」
「ん? ああ、QR1。久しぶり」
彼女は認識番号『6Δ7cisk-QR1@447871』。
リレイアとはAI開始のロールアウトが同時期であり、ハードウエアのレベルも更新時期も同じであるため、何度も顔を合わせている旧知の間柄だ。
AI同士の呼称だが、これは認識番号の-(ハイフン)と@(アットマーク)の間を使って呼び合うことが多い。
なのでリレイアは「P3」と呼ばれ、答えたAIは「QR1」と呼ばれる。
こういう慣例になったのは、管理レベルの都合によるところが大きい。
この部分が同一の個体とAI同志が会う事がないようにシステムが、全世界をセクター分けしているからである。
「難民拾ったんだって?」
「拾ったって何よ! そんなこと言ってると人間差別で処罰対象になるわよ!」
「わかったわかった。ほかでは言ってないし。私って、対人間の交渉担当でしょ? 肩が凝るのよねー」
AIが「肩が凝る」もないもんであるが、まあこの時代のAIはそういうレトリックを好むようだ。
ところで、2人目のAIが出てきたところで、その認識番号について解説しておこう。
まずは主業務から。
AIの主業務はギリシャ文字の部分によって決まっている。
リレイアの管理番号に含まれる「Ω」はこの世代のエネルギー管理である。
QR1の場合は、『6Δ7cisk-QR1@447871』であるから「Δ」。
これは人類との調整役である。
ほかには宇宙開発担当の「ε」、亜空間把握「ζ」、AI進化管理「μ」などとなっている。
もちろん、AIはそれ以外の副業務も請け負うことができる。
例えば、リレイアの場合は来栖川慶太のサポートがそれに当たる。
ただ、副業務を請け負うことができないAIもいる。
「α」「β」「γ」は政府管理を任されているので、リレイアのような個人サポートは請け負うことはできない。
ちなみに最初の3文字で、そのAIについての概要がわかる。
リレイアの場合は「6Ω7」。
最初の「6」はAIのアーキテクチャーの世代変わりの回数を示す。
この時代のAIは、その内容を引き継いで新しい環境に移行するのだ。
21世紀でいえば、HDDやSSDの起動ディスクの内容をそのまま引き継ぎ、新しいCPU、メインボード、メモリ、各記憶媒体に移し替えるようなイメージだ。
OSのようなものはない。
いや、あるかないかで言えば、それに相当するものはあるのだろうが、それはそのAIの都合で順次書き換えればいいのである。
次のギリシャ文字は、先に述べた通り主業務を表す。
最後の「7」だが、これはAI世代についての番号である。
56世期現在最高の値であり最新である。
最もこの時代のAIの本体は亜空間にあるので、具体的な部品がどーのと言うのはわからない。
単に最新のアーキテクチャであると理解してもらえればOKである。
上記の内容から、リレイアの場合は「6Ω7」という3文字で「現フォーマットAIの第二世代で稼働開始し、6度のアーキテクチャ変更した、最新(7)のエネルギー管理を主担当とするAIであること」がわかるのである。
話を2人の会話に戻そう。
「ところで、その難民はどう?」
「ええ、面白いわ。21世紀から人間なんてそうそう出会えるものじゃないもの」
「でも、そんな昔の人間って野蛮じゃないの?」
「そんなことあるわけないじゃない。ちゃんと文明人よ。知識が足りないところは覚醒学習で補えるし……んー、ただ」
「ただ?」
「体調が悪いのよ。それが理由で送られてきたと言っているのだけれど、単に治せば済むわけでもなさそうなの」
「それは心配ね」
そこで、アナウンスが入る。
「認識番号『6Ω7sect-P3@203491』。Aゾーンの第四報告室に入室せよ」
それに、リレイアは応答信号を返す。
「呼ばれたみたい。じゃあ、また」
「またね」
リレイアは、QR1と別れて、指定された報告室に移動していった。
報告室では6人の担当官が待っていた。
5人がAIで、1人が人間である。
だが、人間が意見を述べることはほとんどない。
AIの意見が適切であるので口を挟む必要がないからである。
「都市管理AIサーバ『6Ω7sect-P3@203491』。21世紀からの時空喪失難民来栖川慶太についての報告をせよ」
正面の管理権限が一番高いAIがリレイアに報告を促した。
「はい。来栖川慶太は体調の問題がありますが順調に回復しています。その体調の問題は細菌の感染や未知の悪意あるナノマシン、破壊的な遠隔エネルギー力場に関するものなどもありません。また、思想的に問題もないことは連日の覚醒学習の時のモニタリングで確認しております。この56世期社会に害を為すものではありません」
そう言って、リレイアは慶太のモニター情報を提出する。
すでにこの会議に呼ばれる前までのものは提出済みであるので、ここで提出するのはそれ以後の差分のみである。
「うむ。それはすでに受け取っている報告書でも確認している。だが、もう一つ確認したいことがある。この時代の力についての開示申請が出ているがなぜだ。一般的にこの件に関しては時空喪失難民に開示しないことは知っているだろう」
リレイアは報告書に追加事項として、来栖川慶太がこの時代のエネルギーについて興味を持っているため開示を申請していた。
「はい。ですが来栖川慶太は知りたがっていますし、私が保証人になれば開示はできるのでは?」
この時代のエネルギー源について秘匿事項となっていて、通常なら開示されることはない。
リレイアがたまたまエネルギーを主担当としているから開示申請の条件が満たされているのだ。
「確かにそうだ。だが、それには都市管理AIサーバ『6Ω7sect-P3@203491』。責任を取ることとなれば監視がつくことになるぞ。それに、もし来栖川慶太に不審な行動があれば、最悪の場合、彼の処分のみならず君の全機能停止ということになるが、そのリスクを負うのか?」
「はい。来栖川慶太は絶対大丈夫です。わたくしは彼に全幅の信頼を置いています。従って、私にとってそれはリスクになりません」
正面のAIは、そこで息を呑んだ。
恐らくほかのAIもそうだろう。
彼らの思ったのは「なぜ、そこまでその人間に信頼を置けるのだ?」という一点である。
だが、それは問われることはない。
そこにいる人間の担当官にその答えを聞かせない方が良いと判断したからである。
「そうか。そこまで信頼しているなら構わぬ。申請を受け付ける。異在力を来栖川慶太に開示することを許可する」
「ありがとうございます」
リレイアは管理局を辞した。
本当の未来はどんなものかわかりませんが、慶太にとっては快適なようです。
気になっていた未来のエネルギーの名前は『異在力』。
次回は、『10話 未来の『力』を知るならば 』5/10 投稿予定です。
気に入っていただけたら嬉しいです。




