孤児院
少女はゾラと名乗った。
ゾラがここで一人パンを売っているのには理由があった。
なんでも彼女は孤児院で暮らしているらしい。
シスターと呼ばれる老婆が一人で運営している孤児院は豊かとはいえない経済状況らしく、少しでも食費の足しになればと思ってこうしてパンを売っているらしい。
なんて健気な少女であろうか。
現状、まったく売れていないようではあるが。
そのことを訊いた俺たちは彼女の住む孤児院へと向かうことにした。
最初、ゾラは同行を渋った。
早々に仕事を切り上げるのは他の場所で働いている孤児たちに申し訳が立たないとのことだった。
なので俺はすべてのパンを買ってあげることにした。
あまり食べたいと思えないこのパンの使い道は後々考えることにしよう。
幸いにも俺のマジックバッグに保管しておけば腐ることはないからな。
使い道思いつけばいいけど。
〇
ゾラの暮らす孤児院は王都の貧民街の隅っこにあった。
スラム街一歩手前の立地でお世辞にも安全とは言い難い場所である。
貧民街ならまだしもスラム街となると犯罪者などが逃げ込むような場所になるからである。
王都の憲兵もさすがにスラム街までは調査をしにこない。
スラム街自体が犯罪の巣窟であり、そこを調査するとなるとスラム街すべてが敵に回るからだ。
もしスラム街を調査するということになれば、憲兵側もそこを更地にするぐらいの覚悟が必要になるわけである。
というわけでスラム街での犯罪は憲兵も黙認せざるを得ないというわけだ。
華やかな王都の影の側面といったところだな。
まあ、そんな危険な場所にある孤児院であるもんだから見た目はまあボロいの一言に尽きる。
教会ちっくな見た目のそこそこ大きな建物であるが、壁や屋根はいまにも崩れそうなほどボロボロでかろうじて雨風だけは凌げているといった具合であった。
「うおー、すげえ冒険者だ!
みんな、ゾラ姉ちゃんが冒険者連れてきた!」
「見て!
可愛い魔物が肩に乗ってるよ!
テイマーなのかな?」
「本物の魔法の杖だ!
お姉さん、ちょっと持ってみてもいい?」
「おじいさんも冒険者なの?
すっごい強そう!」
中に入るとすぐに子供たちの群れに囲まれてしまった。
みんな目をキラキラさせてこちらを見ている。
こんなところに住んでいるんだ。
きっと娯楽がないんだろうな。
「な、なんかごめんなさい……」
「いいっていいって。
子供ってのはこれぐらい元気じゃないと逆に心配になるってもんだ。
ゾラも俺たちに遠慮しなくていいんだからな」
そう言って思わずゾラの頭を撫でてしまったが、彼女は嫌がるような感じはなく受け入れてくれた。
弟分、妹分の手前であるからか少し恥ずかしそうではあったが。
そんなこんなで孤児たちの相手をしていると、建物の奥から一人老婆がやってきた。
「おや?
お客さんとは珍しいですね。
はじめまして、この孤児院を営んでおりますカタリナと申します」
シスターカタリナは確かに歳を召していたが、背中はしゃきっと伸びておりしっかりとした足取りで歩いていた。
立ち姿もどこかスマートで、長年のデスクワークのせいか猫背で歩き気味な俺よりもよっぽど肉体年齢が若そうに見える。
サングラスとスカーフが似合いそうなカッコいいタイプのおばあさんであった。
「これはご丁寧に。
私はコウタロウと申します。
突然の訪問申し訳ありません」
「いえいえ。
謝辞など不要ですよ。
むしろ子供たちの相手をしていただき感謝しております。
それで本日はどういった用件でしょうか?」
「実はですね……ん?」
足元を見ると、まだよちよち歩きの幼女が俺の足にしがみついてこちらを見上げていた。
だがその視線は俺へというより肩の上のファラに向けられているようである。
「……ヘレナ、いまはお話し中ですよ」
カタリナさんが注意するが、その声は幼女の耳に届いていないみたいで、ただじっとファラを見つめている。
ファラの方も幼女に興味があるようで、じっと幼女を見つめ返している。
無言で視線を交わす二人の幼女?
なんだか俺の肩と足元の間に不思議な空間が構築されているようだ。
「……ここでは子供たちの妨害が入ってしまいますね。
よろしければ別室でお話ししませんか?」
「ははは。
そうですね。
お言葉に甘えさせていただきます。
ファラはこの子と遊んでみるかい?」
「わかった。
ファラ、人間の子どもと遊ぶ」
「ありがとう。
あと申し訳ないんだけどドラファルさんも子どもたちの相手をしてもらっていいかな?
ファラのことを見守っていて欲しいし」
「ふぉっふぉっふぉ。
お任せあれ」
「すまん。
お願いするよ」
ゾラとエマさんと共に別室へと向かう途中、ちらりとファラの方を振り返ってみると、先ほどの幼女と無言で手を合わせているのが見えた。
なにか思念でも飛ばしているのだろうか?
よくわからないが、どことなくファラが微笑んでいるように見えたのは俺の気のせいではないだろう。
〇
「用件はおそらくザラの魔法の才についてですよね?」
さて、どう切り出したものかと言葉を選んでいる俺にそう言ったのはカタリナさんであった。
「ええ、まあ……そんなところです。
カタリナさんはご存知だったんですか?」
「それはもちろん。
ここの子供たちは皆家族ですから。
ザラが無詠唱の使い手と知ったときは私も驚きました」
そう言うとカタリナさんは深々と頭を下げた。
「貧乏な孤児院です。
なにもお礼はできませんが、どうかザラに魔法の教育の機会を与えていただけませんでしょうか?」
「えっ?
シ、シスター?」
唐突なカタリナさんのお願いに困惑するザラ。
「ザラ、私は知っていますよ。
あなたが魔法を学びたがっていることを。
月の僅かなお小遣いを魔法の教本を買うために貯めていることもね」
「シスター……」
「私はあなたに対しずっと申し訳なく思っていました。
稀有な才能があるというのにその才を伸ばせる環境に置いてあげられないことに。
あなたの才能を見抜いてくれるような場所に何通も手紙を送りましたが、私の身分が低いというだけでどこからも良い返事は貰えませんでした。
親として情けない思いです」
「そんなことない!
シスターは立派だもん!
世界一のママだもん!」
瞳をウルウルさせていまにも泣き出しそうなザラをカタリナさんは優しく抱きしめる。
顔を埋めて泣きじゃくるザラの頭を撫でながら、カタリナさんはこちらに向き直る。
「ザラは真面目で勤勉です。
それに熱意もあります。
きっとあなた方の期待に応えて成長してくれることでしょう。
なのでどうかお願い致します」
「元よりその相談のためにこちらを訪ねましたので、ザラの教育に関してはもちろん構いません。
ですが、よろしいのですか?
子どもを預ける相手をそう簡単に決めてしまって。
見ての通り、我々はただの冒険者風情なのですが」
「こんな孤児院にまでこうしてわざわざお伺いをしてくれるような方です。
信頼するに足りる人物であると思っております。
私もこんな土地で長く生きておりますので、人を見る目だけには自信を持っているのですよ」
「なるほど……わかりました。
では、最後に確認しなければならないことがあります」
俺がそう言うとカタリナさんは泣きじゃくるザラをぎゅっと抱きしめてから、彼女を俺の前に立たせた。
「ザラ、君はどうしたい?」
俺がそう問いかけると、彼女は涙で濡れた目元を袖でごしごし拭いて、真っすぐに俺を見据えた。
「私に魔法を教えてください!
お願いします!」
カタリナさんの瞳からポロリと一粒の涙がこぼれた。




