魔法の素質
魔法。
それはこの世界においてさして珍しくもない不思議な力である。
学び、訓練さえすれば大半の人間が使うことができる。
術式を理解し、魔力を込め、詠唱することで魔法は発動する。
そう、魔法が使えるということはなんら珍しいことではないのだ。
上記の過程を経て発動したものに関しては。
あの少女はおそらく魔法でパンを温めていた。
しかし、俺の見間違いでなければ詠唱をしていなかったように思う。
つまりは無詠唱での魔法の行使。
そうなってくると話は大きく違ってくる。
「なあ、エマさん。
さっきのパンだけどほんのりと温かかったよな?」
「ええ、温かかったように思いますけど……それがどうかしましたか?」
「俺の思い違いじゃなければあの娘、魔法で温めていたんじゃないかと思うんだけど。
それに関してどう思う?」
俺がそう訊ねると、エマさんは少し考え込む。
おそらく先ほどのやりとりを思い返しているのだろう。
それからハッとなにか気付いて、目を大きく見開いた。
「まさか、無詠唱……」
「俺もついさっき気付いたんだけどな」
「す、すぐに戻りましょう!
とんでもない金の卵です!」
そう言うな否やエマさんは俺たちを置いて駆け出していった。
俺は彼女の予想外の行動に呆気にとられてしまう。
いつも冷静なエマさんが衝動的に走り出すなんて姿は初めて見た気がする。
魔法に関しては素人同然の俺である。
碌に学んでいないものだから、無詠唱使いは珍しいものという程度の認識しかない。
しかし、エマさんの興奮っぷりを見るに無詠唱使いという存在は珍しいというだけでは済まされないものなのかもしれない。
現代最強の魔法使いがあそこまで取り乱すんだ。
きっとそうなのであろう。
置いていかれた俺たち三人も一呼吸おいてからエマさんの後を追った。
〇
「あ、あの……
いったいなんでしょう?
パンの味がお気に召しませんでしたか?」
少女の屋台に戻ってみると相変わらず客は一人もいなかった。
屋台の上に身を乗り出して少女を食い入るように見つめるエマさん。
いまにも飛びかからんとしているような巨乳美女の視線の圧を受けて、少女の方はどうしていいのかわからず脅えているように見える。
「エマさん、エマさん。
そうがっつかないで。
彼女が怖がっているじゃないか」
俺が少女に助け船を出すと、エマさんはハッと我に返ったようで「ごめんなさい」と少女に詫びて屋台から離れた。
巨乳美女の圧から解放された少女は助かったと言わんばかりにほっと息を吐く。
「で、エマさんはどうして彼女をじろじろ見ていたんだい?」
「あ、その……彼女のま、魔力とか、魔力回路とかを探っていました。
無詠唱使いは普通の魔導士のそれとは少し異なるものですから」
合流したエマさんに俺がそう訊くと、彼女は先ほどの痴態を恥ずかしく思ったのかちょっと顔を赤らめながらそう答えた。
「なるほど。
それで彼女はどうだったの?」
「ええ、コウタロウさんがお気付きになった通りでした。
彼女は無詠唱使い特有のものを持っています。
金の卵に違いありません」
「やっぱそうだったんだなあ。
それにしても無詠唱使いってそんな珍しいのか?
エマさんや他の魔導士から無詠唱使いの希少性ってのは聞き及んではいたけども、いつも冷静なエマさんがそこまで興奮してしまうほどのものなのか?
確かに詠唱なしで魔法が使えるってのはちょっと便利なように思うけど」
「無詠唱使いの希少性は魔法の行使に詠唱が不要という部分だけに留まらないんです。
先ほどもお話ししましたが、無詠唱使いは魔力や魔力回路が誰もが持っている通常のものと大きく違います。
それが意味することはその魔力と魔力回路を持つものにだけしか使えない独自の魔法が生まれる可能性を示唆します。
我々魔導士が『オリジン』と呼ぶ魔法のことです」
「へえ。
ということはエマさんもその『オリジン』っていう魔法を持っているんだよね。
独自の魔法というものはそんなにスゴいのかい?」
「無詠唱使いがどういった用途で魔法を作り上げるかにもよりますので、スゴいという表現は正しくないかもしれませんね」
「それもそうか」
「ただ確かなことは、無詠唱使いは魔法の、もっといえば世界になにかしらの新たな可能性を与えるような存在であるということです。
もちろん無詠唱使いの素質だけではなんの価値もありません。
魔法の研鑽を積み、一人前の魔導士になれて初めてその真価が問われるようなものではありますけどね」
「なるほどなあ」
彼女がいずれなんらかの可能性を世界にもたらしてくれるであろう魔導士の卵であることは理解した。
しかしながらその可能性とやらは現状未知。
ひとまずこの少女を一人前の魔導士にしないとなにも始まらないということである。
エマさんの弟子にするか?
シマダ商会お抱えの魔導士に預けて訓練してもらうか?
それとも魔法学院に通ってもらおうか?
しかし、それだけの支援をする価値がこの少女にあるのだろうか?
うーむうーむ。
俺が黙り込んで考え込んでいると、屋台の少女がおずおずと訊いてきた。
「あ、あのー、私のパンでなにかご迷惑をおかけしてしまったでしょうか?」
おっと、いけない。
肝心の少女の意思を無視して思考を巡らせてしまっていた。
先ほどまでの俺は子供の才能にだけ目を付けて損得勘定する汚い大人そのものである。
これはいかん、猛省せねば。
「ああ、これは申し訳ない。
キミは何にも悪くないさ。
いや、むしろこっちが謝罪しなければならないな。
すまなかった」
俺は先ほどのまでの邪な思考を反省し、少女に頭を下げた。
口に出していたわけじゃないから少女にはなんのこっちゃだろうけど。
「は、はあ……」
急に大人に頭を下げられて困惑する少女。
そういえば彼女の名前すらまだ知らないな。
色々と考える前にまずはこの少女について知ることが先だろう。
「俺の名前はコウタロウっていうんだが、良ければキミの名前を教えてくれないか?」




