少女の屋台
二時間も市場を練り歩いてようやく彼女の姿を見つけた。
青空市場の端っこも端っこ。
ギリギリ市場内といったところに彼女の屋台がポツンとあった。
そんなところに店を開いている理由は簡単に想像がつく。
青空市場に屋台を出すには出店料なるものを商業ギルドに支払わなければならないのだ。
出店する場所によってその料金は変動する。
賑やかで人通りの多い市場の中心は当然高い。
誰の目にも留まらぬようなこんな場所は安い。
つまりはそういうことである。
閑古鳥鳴く屋台の奥で少女は静かに俯いていた。
その様子から察するに今日も売り上げはよろしくないようだ。
もしかしたら俺たちが初めての客かもしれない。
「コウタロウ、あそこの屋台からは甘い匂いしないよ」
「そうだろうけど、ちょっと気になってね。
立ち寄ってもいいかい?」
「それはもちろん構いませんけど、なにが気になっているのですか?」
そう言うのはエマさんだ。
エマさんもファラと同じく市場の甘味を満喫していて、つい先ほども見るからに甘ったるそうなミルクセーキを飲んでいた。
女性二人(片方はメス?)の甘味巡りは見ている側からすると壮絶の一言であった。
ちょっとでも甘いものを売っている屋台があれば必ず赴いて食べていた。
見た目はまったく同じ甘味も、店によって味が違うからといって食べていた。
三連続でドーナツの屋台に遭遇したとしても、飽きたような感じもなくなんとも幸せそうに食べていた。
正直、後半には俺とドラファルさんは引き攣った笑みを浮かべながらそんな彼女たちを眺めていた。
際限のない甘味のラッシュは見ているだけで胸やけしそうだった。
いや、実際胸やけしている気がする。
二人して3万キロカロリーはいっているのではなかろうか。
エマさんはその大きな胸やお尻に栄養を補充できるのだとしても、ファラに関してはその小さな身体のどこにあれだけの甘味が詰め込まれているのか不思議である。
マジックバッグといいファラの胃袋といい、この世界の質量保存の法則は本当に仕事をしないように思う。
「うーん、ちょっとした商人の勘ってやつかね。
俺にもよくわからないけど、なんか気になる」
「ほう。
それは絶対に確かめねばなりませんな。
コウタロウ様の直感はいつも商会に大きな恵みをもたらしますからな」
「それは言い過ぎだよ。
俺の勘だってちょくちょく外れるさ。
たまに引いた当たりの印象が強いだけだと思うけどね」
「でも、私たち商会の幹部からしたらコウタロウ様の勘は無視するわけにはいかない事案ですよ。
果たしてあの少女の屋台にいったいなにがあるのでしょうか?
すごく気になりますね」
「所詮は勘なんだからあんまり期待しないで欲しいもんだね。
……やあ、ちょっと失礼するよ」
そう声を掛けると、俯いていた少女はひゃんっと飛び上がった。
どうやら俺たちが近づいてきていることにすら気付いていなかったみたいである。
「えっ?
は、はいっ!
なんでしょう?」
屋台の少女は見たところ小学四年生ぐらいの年齢に見えた。
三つ編みにした癖のある赤毛とそばかすから童話の「赤毛のアン」を連想させる。
王都にしては少し薄汚れた服装をしていることと、大人の同伴なく屋台を出していることから貧しい家庭であることが容易に想像できた。
「ここも屋台だよね?
何を売っているんだい?」
「え、えっと、パンです。
でも、全然大したものじゃないですよ。
安いことだけが取り柄ですから」
そう言って屋台の下から取り出したのは彼女の言う通りなんの変哲もないパンだった。
バターロールのような形をしたパン。
見るからにぼそぼそしてそうで、それに硬そうなパンである。
「確かにパンだ。
それで値段はいくらだい?」
「1個60イェンです」
「なるほど。
確かに安めではあるね。
ひとまず4個買わせてもらおうかな」
「はい!
ありがとうございます!」
金を払い、ほんのり温かいパンを受け取った俺は一口食べてみる。
うん、見た目通りの味だ。
お世辞にも美味しいとは言えない値段相応のクオリティーである。
三人にも食べてもらったが、やはり俺と同じ感想のようで特に魅力を感じるような屋台ではないようだった。
60イェンという金額は確かに安いが、80イェン出せばもう少しマシなパンが市場に出回っているもんだから、安さという点もあまり強い利点とはいえない。
彼女には悪いが誰も人が寄り付かないのも納得の屋台であった。
「どうやら今回は勘が外れたようですな」
彼女の屋台を後にした俺たちは近くにあったベンチに腰掛けてもそもそパンをかじっていた。
「みたいだなあ。
会長職を退いたから勘も鈍くなっているのかもしれんな」
「さすがにそんなことはないと思いますけど。
先日だってチリッチ卿の研究に目を付けていたではありませんか。
後から理由を聞かされて、私もなるほどと思いましたよ」
「そうですな。
スライム研究を汚物処理に活用するなどといった発想はそう思い至るものではありません。
さすがはコウタロウ様と思ったものです」
「スライム研究に関しては勘じゃなくて俺も昔にちょっと考えてたことだからなあ。
ま、所詮は勘だよ。
今回は外れ……といったらあの少女が可哀そうだな。
とりあえずちょっと安めのパンを食べたってことで」
「ですね」
「ファラ、喉乾いた。
コウタロウ、お水ちょうだい」
「はは。
確かにこのパンは口の中の水分持ってかれるもんなあ。
エマさん、俺にも水を一杯お願いしていいかい?」
「お安い御用ですよ。
ドラファル翁もいかがですか?」
「ありがたく」
エマさんがウォーターの魔法を唱えるの見ながら俺はふと違和感に気付いた。
あの屋台で少女が最初に見せてくれたパン。
あれは見るからに常温だった。
あの屋台で火を使った気配はないし、それらしいマジックアイテムもなかった。
だというのに、彼女のくれたパンはほんのりと温かかった。
温められているとはっきりと感じられるぐらいに。
あれ?
あの娘、しれっと魔法使ってないか?




