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青空市場

仕事の都合でだいぶ期間が空いてしまいました。

また完結まで頑張っていきます。

 

 暗殺ギルド長との面会を終えた俺たちは、スコット君を置いて再び地上に出てきた。


 地下の空気はどんよりとした湿っていたので外の空気がより気持ちよく感じる。


 アイリーンがスパスパ甘いお香のような煙草を吸ってたしな。


 この世界ではまだ受動喫煙なんて考えはないので、小さな部屋だというのにお構いなしだった。


 かつて飛行機や電車の中で喫煙できた時代もあんな感じだったのかもしれない。


 二重の意味で息の詰まる空間だった。


 大きく深呼吸すると夜の王都の涼しく乾いた空気が肺に流れ込む。


 深呼吸で人心地ついた俺は思う。


 ……いやあ、めちゃくちゃ怖かった。


 会談中、何度安易に会いに行くのを了承した過去の自分を殴りたいと思ったことか。


 彼女につけ込まれないようどうにかいつも通りの自分を演じていたが、内心では逃げ出したい衝動を抑えるのに必死だった。


 シマダ商会という看板を背負ってなかったらまともに正視することすらできなかっただろうな。


 なんというか、こう、殺されるだけならまだしも、なにをされるかわからないというねっとりへばりつくような威圧感とでも言おうか。


 世界中を飛び回り、自らより格上の様々な強い魔物や、それこそ三柱といった絶対的存在とも対峙してきたが、俺としてはアイリーンさんからの威圧が一番嫌な感じに思えた。


 そりゃ戦闘になればドラファルさんやエマさん、スコット君の方が強いのだろうけど、相手は人殺しの専門家だ。


 纏っている空気というか雰囲気というか、なんというか単純に強さで推し量れない恐怖感があるのだ。


 そんな相手に素性を探られていたと思うとゾッとする。


 正直、あまり関わり合いになりたくないものである。


 とりあえずは顔合わせはできたことだし、これ以上向こうから探ってくることはないと思いたい。


 アイリーンさんのただの知的好奇心が理由だったわけだし。


 ……信じていいよな?


 まあこれから暗殺ギルドの件はスコット君に丸投げするとしよう。


 スコット君ほどの実力者ならアイリーンさんと対峙しても問題ないとは思うのだけど、実際どうなのだろうか?


 如何せん商会の幹部たちは小心者の俺と違って、やたらと肝が据わっているもんだから、俺の要求に涼しい顔して応えてくれちゃうんだよなあ。


 頼もしく思うし、いつものことながらなんで俺の下についてくれているのか不思議に思う。


 そりゃ金払いはいい経営者だとは思っているけど。


 ドラファルさんやエマさんと雑談しながら、人気のない夜の王都を歩く。


 ファラは宿でおねんねしているはず。


 魔物とはいえファラはまだ子供だ。


 さすがに暗殺ギルドに連れていきたくはなかったので、スコット君とのバトンタッチの際にマルギットさんにお願いして宿に運んでもらっている。


 ファラ自身は俺から離れたくなかったみたいだが、精神衛生上良くないと判断した。


 たぶん宿でむくれていることだろう。


 ご機嫌を取るためにもなにか埋め合わせしなければ。


 〇


 次の日も王都観光だ。


 俺からしたら正直そこまで見るものもないので、さっさと次の街に向かってもいいのだが、ひとまず暗殺ギルドとの契約が確定するのを見届けてから出発することに決めた。


 とはいえスコット君曰く、明日中には決まるとのことであるが。


 アルマシア王が亡くなったことが伝えられているのは貴族や高司祭、大商人といった上流階級の人間のみだ。


 おそらく混乱を避けるためであろう。


 なので、王都は未だ変わらない賑わいをみせている。


 人の行き交う王都の街を眺めながら、俺はどこか嵐の前の静けさのようなものを感じていた。


 この街で多くの血が流れるようなそんな予感も。


 そんなことを考えていたとき、俺の頬がつんつん押された。


「コウタロウ、どうしたの?」


 俺の右肩の腰掛けているファラである。


 ファラは黄緑色のフルーツスティックを頬張りながら、俺の顔を心配そうに覗き込んでいる。


 昨夜、ホテルに帰ってみると、やはりファラはむくれていた。


 ファラは相変わらずの無表情であったが、そのいつもと違う態度から不機嫌になっていることは明白であった。


 宥めたり、髪の毛を櫛で梳いてあげたり、甘いものを食べさせたりして、先ほどようやく機嫌を直してくれたところであった。


 いかんいかん。


 せっかく機嫌を直してくれた矢先にぼーっと呆けてたらまた拗ねられてしまう。


「いや、なんでもないよ。

 それより次はどこに行きたい?」


「また違った甘いもの食べたい」


「そうか。

 とはいっても昨日今日で甘味の名店は粗方巡ったからなあ。

 趣向を変えて青空市の屋台で探してみるか?」


「行く。

 美味しくて甘いもの見つける。

 ファラに任せて」


「ははは。

 頼りにしてるよ。

 でも、食べ過ぎてお腹壊さないようにね」


「わかった」


 〇


 というわけで、俺たちは青空市場にやってきた。


 青空市場は王都の中心街から離れた場所にある。


 そこまで裕福ではない庶民が主に使う市場だ。


 街の広場を埋め尽くすように屋台が並んでいて、毎日多くの人で賑わっている。


 ファラがご所望の甘味の屋台もあれば、色とりどりの野菜を取り揃えた八百屋に、イプスールから運ばれてきた新鮮な魚がマジックアイテムであろう宙に浮かぶ水槽で泳いでいるような魚屋もある。


 どこか埃っぽい感じのする古着屋もあるし、アクセサリーや食器を扱う雑貨屋もある。


 ねじり鉢巻きの似合うおっちゃんが包丁研ぎをしてくれる店もあれば、中学生ぐらいの少年が靴磨きをしてくれる店もある。


 怪しげな占いの屋台、オリエンタルな香りのする薬草屋、冒険者らしきグループが興味深げな様子で商品を眺めているなにかの道具屋……


 とにかく雑多で飽きのこない庶民の生活に根付いた市場。


 それが青空市場である。


 シマダ商会もここの小さな一角から始まったので俺にとっても思い入れの深い場所である。


 地べたに広げた布の上に僅かな商品を並べて一人で売っていた時代が懐かしい。


 最初の一週間は俺のところだけ閑古鳥が鳴いていて、市場の熱気を恨めしく思ったものだ。


 あの頃の俺はまだ日本人的感覚が抜けておらず、色々と危機管理が足りていなかったものだから反省の毎日だった。


 妨害、窃盗、恐喝、模倣、詐欺。


 この世界で商人をやっていく上での様々な洗礼のようなものを受け、毎夜重い足取りで宿に帰ったものである。


 そんな日々を思い出していると、ふと昨日見かけた少女のことを思い出した。


 どうも商売が上手くいった様子に見えなかったからな。


 今日は予定もないしちょっと覗いてみてもいいかもしれない。


 ファラが興味を持った屋台であれこれ覗き、時に買い食いしながら俺はあの少女の屋台を探してみることにした。

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