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毒牙のアイリーン

※アイリーン視点です

 

 暗殺ギルド創設以来、この隠し部屋には様々な大物が訪れている。


 王都オペラ座の売れっ子ディーヴァ、王都随一の奴隷商会の会長、王宮魔術師、王都近衛兵騎士団長、名門貴族、しまいには王族の類まで。


 その誰しもが秘密裏に誰かを殺す依頼のためにこの部屋の扉をくぐる。


 そんなろくでもない依頼を抱えた奴らってのは総じてろくでもなく、しょーもない奴らばかりだ。


 恐喝、脅迫なんて日常茶飯事だし、私を口説こうとする馬鹿までいる始末。


 生まれついての闇の住人である私にとっては、そんな奴らの脅しなんて欠伸が出るようなもので、相手するまでもないことだ。


 何人たりとも私を脅かすことはできない。


 これまでも、これからも。


 そのつもりだった。


 つい先ほどまでは。


 問題の客が去り、静かになった部屋で私はふうと脱力する。


 これまでになかったことだ。


 脱力するということはつまり、私は張りつめていたのだ。


 あの男のあの一言からずっと。


 気が付けば身体中に嫌な汗をかいている。


 汗ばんだ胸元が気持ち悪いったらありゃしない。


「ふふふ。

 百戦錬磨のアナタもさすがに堪えたようですね。

 どうでしたか我が主は?」


「あんたねえ……」


 そう声を掛けてきたのはあの男から依頼の残りの手続きを任され一人残った『霊炎』だった。


 冒険者時代には関わることがなかったが、奴が商売人となってからはすっかり顔を合わせる機会が増えたウチの上客。


 他の無礼な客とは違い、私ら闇の世界の住人にも敬意を持って接するものだから、依頼とは関係のない会話を興じる程度の仲にはなった唯一の客だった。


「なんだか随分と嬉しそうじゃないか。

 あたしの無様な姿がそんなに面白いかい?」


「いえいえ。

 むしろあの覇気を相手に表面上であれ態度を崩さなかったことに感心していますよ。

 流石は毒牙のアイリーンですね」


「五月蠅いよ。

 それにあんた、ちょっと説明不足なんじゃないのかい?

 生ける伝説と神域の魔女まで来るとは聞いてないよ」


「そうでしょうか?

 シマダ様と護衛二人の計三名と申したはずですよ」


「護衛として出てくるような二人じゃないんだよまったく。

 あんた、わざと教えなかったね?

 すまし顔で突っ立ってるあんたに思わず煙管を投げつけたくなったよ。

 どうせあたしの反応を面白可笑しく眺めてたんだろう?」


「まさか。

 そんな趣味はありませんよ」


「はん、どうだかね。

 それにしてもなんだったんだいあれは?

 あたしは幻覚でも見せられたのかい?」


 あの男が語気を強めたとき、私は見た。


 奴の背後からこちらを威圧する三つの強大な影を。


 紅き気を纏った龍、翠の気を纏った狼、蒼き気を纏った鯨。


 私がどれだけこの世界にとって矮小な存在であるかをまざまざと理解させられるような圧倒的力の権化の影。


「あなたほどの実力者であれば幻覚じゃないことはわかっているでしょう?

 あの御三方はシマダ様に害をなそうとするものには容赦しませんよ」


「……あの御三方ってのはまさか伝説の三柱じゃあるまいね?」


「そのまさかですよ。

 三柱様は皆、シマダ様のご友人です」


「友人?

 友人だって?

 まったくふざけてるねえ。

 そんな御伽噺を信じろってのかい?

 いくらなんでも無理があるよ」


「まあ、信じられないのも無理はありませんね。

 あなたが見たものが果たしてただの幻覚であったかどうかについて口出しはしませんのでご自身でじっくり判断されてください。

 しかしながら、敵対するのはおすすめしないとだけ言っておきましょう。

 これはちょっとしたおしゃべり相手への私からの助言です」


「ふん。

 助言されるまでもないことだよ。

 元よりあんたらとやり合う気はさらさらないよ。

 あんたらと戦うぐらいだったら、まだ国と戦った方がましさ。

 だが、これだけは言っておくよ。

 あたしらはこれからも誰の下にもつくつもりはないよ。

 たとえ相手が三柱様のお友達であってもね。

 あんたの主様にも重々伝えておきな」


「ふっ。

 まったく頑なですね。

 私としてはあなたたちほどの実力者は仲間にしておきたいのですが。

 シマダ様と顔合わせすれば少しは心揺らいでくれると思ったのですが、気持ちは変わらぬようで残念です」


「まだ諦めてなかったのかい?

 あんたも毎度毎度しつこいことだね。

 あんたのみならず生ける伝説に神域の魔女まで従えているってのに、これ以上戦力増やしてどうするのさ?

 世界征服でも企んでいるんじゃなかろうね?」


「さあ、どうでしょうね。

 ただ、シマダ様がそちらに舵を切った場合のためにも、私は出来うる限りの準備をしておくだけです。

 あなたたちの勧誘然りね」


「はん。

 まあ、好きにするがいいさ。

 あたしらには関係ないことだね」


 その件については終わりだといった具合に、私は煙管に先の煙草葉に魔法で火をつけた。


 その姿を見てスコットは肩をすくめる。


「はあ、どうやら今宵も勧誘は失敗のようだ。

 しかし、私にはまったく理解できませんね。

 この世界に身を置いていたらいつまでたってもあなたの恋路は進みませんよ。

 商会の獣人語学習のカリキュラムはとても優れていると思うのですが」


「余計なお世話だよ!

 ほっときな!」


 私が投げつけた煙管をひらりと躱しながら、霊炎はさも愉快そうに微笑む。


 私はちらりと背後の護衛に目をやり、再び霊炎へと視線を戻す。


 まったく、本当に厄介な男だよ。

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