対面
「おやおや、これはずいぶんとぱっとしない男がきたもんだね」
長いテーブルを挟んで対峙するのは、予想と反して女性であった。
だが、女性だからといって油断などまったくできない。
血を思わせる真っ赤なルージュ、首から肩、服に隠れて見えないがおそらく腕にまで走っているであろう蛇の彫り物。
花魁のような着物をそのご立派な胸元を見せつけるかのように羽織っており、煙管で紫煙をくゆらせながら獲物を狙う蛇のような視線をこちらに向ける。
「ほう。
コウタロウ様に対しぱっとしないなどと申されるか。
我々の前でおくびもせず無礼を働くとは。
なかなか肝の据わったお嬢さんですな」
「癇に障っちまったかい?
率直な感想を述べさせてもらっただけさ。
あんたらと矛を交えるつもりはないし、そんなことは勘弁願いたいものだね。
『霊炎』だけでも面倒だってのに、『生ける伝説』に『神域の魔女』まで相手するとなるとこちらの命がいくらあっても足りゃあしないよ。
不愉快に感じたのなら謝らせてもらうさ」
そう言いつつももまったく反省の色を見せずに煙を吹かす女性。
彼女の吐いた煙が換気のない部屋でゆらゆらと泳ぐ。
彼女の背後には護衛が一人身動き一つせずに控えているが、フードを深くかぶっているせいで顔は見えない。
おそらく側近なのだろう。
しかも、珍しいことに獣人であるようだ。
フードから少し飛び出た鼻先から犬か狼系の獣人のようである。
言葉の通じないこの国でどうやって暗殺の依頼をこなしているか気になるところだ。
もしかして人族の言葉が通じたりするのかな?
「あたしの名前はアイリーン。
暗殺ギルドの長をやらせてもらっているよ。
シマダ商会の真のトップにお会いできて光栄だね」
「こちらこそ。
シマダ商会のシマダ・コウタロウだ。
お邪魔させてもらうよ。
それで?
やたらと俺のこと嗅ぎまわっていたみたいだけど、なにか理由があるのかい?
暗殺の依頼とかかな?」
「いやなに、単純な好奇心によるものさ。
個人的に天下のシマダ商会のトップがどんな面をしてるか拝んでみたくなってねえ。
まあ、ウチの情報網を駆使しても結局尻尾は掴めなかったんだけどね。
こうして会えたのはよかったけど、ちょっとばかり悔しいねえ」
あっさりそう白状するアイリーンさん。
好奇心だけで人様の秘密を覗いてやろうとした事実に対しこの悪びれのなさである。
まあ、暗殺を生業にしている組織だ。
そんなことにいちいち罪悪感を感じていたら、暗殺なんてできっこあるまい。
「そうか。
暗殺の依頼でもあったのかとひやひやしたよ」
「シマダ商会に対して暗殺の依頼をしてくるのは間抜けな客ばかりでねえ。
エドワードって男さえ潰せばいいと信じ切ってるよ。
あんたの存在を微塵も疑いもせずにね」
「へえ。
それじゃあ、エドワード君の暗殺依頼は受けたことがあるのかい?」
「そりゃあ依頼はくるさ。
あれだけの大商会だからねえ。
ま、そんな依頼は全てお断りさ。
ガードが固くてとても近付けたもんじゃない。
割に合わない仕事はしない主義なもんでね」
「なるほどね。
依頼主はどんな奴なんだ?」
「それを明かすわけないでしょうに。
口の軽い暗殺者に誰が依頼すると思うかい?
こちとら信用を無くしたら終わりなんだ。
どんな拷問にかけられようが依頼主の情報は墓場まで持っていくよ」
なるほど。
やはり暗殺ギルドというものは侮れないな。
大したプロ意識である。
権力者から依頼が舞い込むのも頷ける。
となるとアルマシア王の崩御が暗殺によるものかどうか問いただしたところで無駄だろうな。
決して口を割るようなことはしないだろう。
「そういえば、ウチの従業員も守ってくれていたみたいだな。
感謝するよ。
個人的になにかお礼がしたいところだが……」
「お礼を言われる筋合いはないよ。
ちゃんと対価は貰っているんだ。
それ以上はこちらの貰い過ぎになっちまうよ。
やめてくんな」
しっしと追い払うような仕草をしてみせるアイリーンさん。
その動作に連動して豊満な胸元が揺れる。
ファラの言葉を借りるならぽよんぽよんである。
しかし、どれだけスケベな男であったとしてもあれだけ血と死の気配を漂わせている女性の胸元に飛び込める命知らずはいないのではなかろうか?
見惚れてしまうだけで彼女の手中に落ちるかのようで、むしろ恐怖すら感じる蠱惑の胸元である。
「まあ、そうさね……
世界皇帝様にわざわざ足を運んで貰ったんだ。
なにか一つだけなら質問に答えてあげるよ。
もちろん依頼主の情報やその内容までは明かせないけどねえ」
ふむ。
ここに来た当初の目的としてはデュパーノかその周辺からシマダ商会に対して依頼があるか、それに対しどう動くかを知りたかったのだが、きっとそんな質問は適当にはぐらかされて終わりだろう。
しかし、今となってはそんな情報は必要ないことがわかった。
生ける伝説であるドラファルさんの前でさえぶれない彼女だ。
彼女はどんな権力者からの圧にも動じない。
相手が貴族や王族であろうとも不可能な依頼は引き受けないし、逆に可能であるならば引き受けるのだろう。
それがわかれば十分である。
暗殺ギルドはそれに見合った対価さえ貰えれば、きっと商会の従業員に対する無差別な攻撃を引き受ける。
スコット君が危惧していたように、現状では商会の従業員一人一人を守りきるのは厳しい。
つまりは彼女たちにとって、その依頼は可能ということになる。
良くも悪くも中立の組織なのだ。
であればこちらが攻撃の対価を超えて支払えばいいだけのこと。
簡単な話である。
さて、懸念は解決できたところでなにを聞こうか?
謎の多い暗殺ギルドだ。
色々と知りたいことはあるのだが、如何せん一つだけだからなあ。
中途半端に知ったところでなんの面白味もない。
ならばいっそいま目の前の興味をぶつけてみるとするか。
そう決めた俺はアイリーンさんの背後に立つ獣人に視線を向けて、獣人語で話しかけてみた。
『不当な扱いは受けていないか?』
唐突な獣人語による質問にピクッと反応を見せる獣人であろう殺し屋。
アイリーンさんは無反応を繕っているものの、驚きゆえに一瞬だけ感情を揺らめかせたのを俺は捉えていた。
獣人は少しの沈黙の後、質問に答える。
『否』
『ならいい』
「ふん、人族なのにやっぱり獣人語が使えるんだねえ。
聞けば魔族語も使えるらしいじゃないか」
「まあな。
商会の幹部であればみんな使えるさ。
まあ、俺ほど流暢ではないかもしれないけどね。
あなたも覚えることをおすすめするよ。
反応からして獣人語が使えないことはわかった。
彼も人族の言葉は使えないんだろうな。
どうやって指示を出してるのか気になるね」
「余計なお世話さ。
それで質問は終わりでいいかい?」
「ああ。
それと……」
俺はマジックバッグから札束キューブをドンと出す。
眉を吊り上げたアイリーンさんに俺は告げる。
「足りるかな?」
「なにがだい?
あたしたちを買い取ろうってなら無駄だよ。
そういうのは好きじゃないしねえ」
「別に買い取る気はないさ。
俺としてもあなたたちに深く関与する気はない。
対価で動くならば、こうでもした方が話が早いと思ったまでだ。
依頼は従業員の保護。
足りなければまた言ってくれ」
「強気だね。
あたしたちが金だけ奪ってとんずらする可能性は考えないのかい?
裏切らないとも限らないよ」
「あなたに関して言えばそんなリスクを冒す人物には思えないからね。
とは言っても、会ったばかりの人物に対してそこまで確証があるわけじゃないが。
まあ、裏切られたら裏切られたでしょうがない。
その時はその時だ。
ただ、一つだけ言っておこうか」
アイリーンさんに俺は静かに告げた。
「もしウチの従業員に傷でもつけてみなよ……
その時は容赦しないからね」




