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仕事のあとのビール

 

 少し話が逸れてしまったが、チリッチ君のスライム研究に話題を戻そう。


 そんな場合かと思われるかもしれないが、俺は所詮は商人だ。


 国や貴族のごたごたにわざわざ顔を突っ込むつもりはない。


 商人の領分を超えているからな。


 動くのは向こうさんが商会に手を出してきてからだ。


 暗殺かどうかの確証もない。


 まあ、十中八九デュパーノとかその周辺の仕業だろうけど。


 それにしても先ほどの俺の発言からドラファルさんとエマさん以外のみんながどこかよそよそしいな。


 緊張しているような、なにかに脅えているような……


 やっぱり俺のせいかな?


 いつごろから俺に攻撃的な感情が芽生えると、一部の関係者以外誰もが怯んでしまうのだ。


 それが盗賊であれ、魔物であれだ。


 俺はそんなに怖い顔をしているのだろうか?


 昔から覇気のない顔だとか、寝ぼけたような顔と揶揄されてきた俺の顔。


 色々と苦労してここまで生きてきたはずなんだが、元の顔立ちと髭の薄さも相まってかあんまり貫禄のある顔になれていないように思う。


 そんな俺の顔が凄んで見せたところで大した効果はないと思うのだけど。


「そうだな……

 じゃあ、とりあえず100億イェンほど置いていけばいいかな?

 足りなくなったらイプスール支店のヌワさんに連絡してくれ。

 返す必要はまったくないから、領主としての活動に支障がない程度に動いてくれればいい。

 それとこうして融資はするけど、そのことに責任は感じなくていいからね。

 これまで通りに自分のペースでやってくれればいいさ」


「あ、ありがとうございます。

 これほど支援、どうお礼申し上げればいいか……」


 深々と頭を下げるチリッチ君。


 ミレーヌも俺に対し深く頭を下げる。


 その所作はいつものギャルミレーヌではなく、貴婦人らしい優雅かつ見事なものであった。


「そうかしこまらないでくれ二人とも。

 さっきまでフランクに会話してた相手にそんな態度取られると気味が悪くて仕方がない。

 ミレーヌは特に」


「あら、なぜでしょう?」


「……マジで勘弁してくれ。

 友人から急にそんな態度取られると居心地が悪くてしょうがない」


 そう言うと、ミレーヌは硬い貴族モードの表情を崩してにかっと笑った。


「そだね。

 ウチらダチだしね」


「そうさ。

 だからまったく恩に感じる必要はないし、俺たちへの態度も変えないでくれよ。

 友人の研究が魅力的だったから手伝った。

 チリッチ君もそのぐらいのスタンスで頼むよ。

 俺の心の平穏のためにも」


「ふふ、わかったわ。

 コウタロウはそういう人だから、ね?」


 ミレーヌはそう言ってチリッチ君の背をポンと叩くと、彼も俺を見てゆっくりと頷いてくれた。


「さて、融資の件は決まったな。

 しかし、いきなり派手に動いたらほかの貴族に資金の出所を怪しまれるか。

 痛くない腹を探られるのもストレスだしな。

 融資元の名義はどうしよう?

 商会だとマズいし、身元の割れていない俺だと説得力ないしなあ……」


「私の名義を使っていただいてもかまいせんよ。

 こう言ってはなんですが、そこそこ名は知れているので」


「それは助かるよ。

 エマさんの名前を出せば大抵のことはとんとん拍子に進むしね。

 他の貴族からの横やりも入りづらくなるはずだ。

 ありがたく使わせてもらうよ」


「どうぞご随意に。

 資金面はこれでいいとして、次は人手問題ですね。

 チリッチ卿の研究にはどのような人材が必要なのでしょう?

 優秀な魔導士であれば色々と伝手がございますよ」


「そ、そうですね……

 魔導士の方がいてくだされば頼もしいです。

 あとは魔物の生態に詳しい人物、薬学に精通した人物とかですかね……

 すいません、あまりに急なことで今はこれぐらいしか思いつきません」


「ははっ。

 それもそうか。

 まあ、その手の人物はシマダ商会で見繕ってくるさ。

 エマさんの名義ってことで商会が動けるだけの大義名分も出来たからなあ。

 いいね、どんどん話が進みだした」


 とまあ、こんな感じでどんどん計画を練り上げていった。


 やっぱりビジネスはこの段階が一番楽しいね。


 昔ならばそこに失敗への不安が入り混じっていたものだが、今となっては潤沢過ぎる資金があるもんだから失敗したところでなんともない。


 それはそれで張り合いがない気もするけど。


 〇


 融資の話がある程度まとまったので、俺たちは屋敷を出た。


 ヌワさんのところによって少々雑談。


 チリッチ君の研究に融資することにしたから色々とサポートしてあげて欲しいことを伝える。


 もしエマさんの名前をもってしても邪魔してくる馬鹿な貴族が場合にはその排除もお願いしておこう。


 その見た目からはあまり想像がつかないが彼女はこう見えて暗殺ギルド出身だからな。


 しかもその闇の世界でも名が知れているような凄腕だ。


 依頼主に裏切られ、瀕死のところをたまたま助けたのが商会入社のきっかけ。


 思えば彼女とも長い付き合いだなあ。


 そんな彼女の感情を未だに読めないのは俺の理解力不足なのか、それとも彼女の暗殺者としての防衛本能なのか……


 なんにせよ元気にやってくれているならそれでいいんだけど。


 それからホテルに戻ってひとっ風呂浴びた。


 さっぱりした後は食事だ。


 今日も今日とて新鮮な海鮮のフルコース。


 二日連続で海鮮だが、調理方法が異なるのでまた違う魚介の味の側面を楽しめる。


 昨日は刺身料理がメインだったが、今日のメインは鍋料理。


 ぐつぐつ煮立つ鍋の音は聞いてるだけでなんとも心落ち着かせてくれる。


 魚介の旨味がたっぷりしみ込んだスープを啜っていると、隣に座るエマさんが空になったグラスにお酌してくれていた。


 浴衣姿も相まってなんとも絵になるなあ。


 視界に入れまいと抵抗はしているものの、浴衣から覗く白い谷間の破壊力たるや。


 日本人の血なのだろうか、ビキニアーマーなんかよりよっぽどエロスを感じてしまう。


 どうしても谷間に視線が吸い込まれてしまいそうになるので、俺はファラへと視線を移す。


 ファラは昨日と同じくフルーツぜんざい。


 ヌワさんほどではないがファラもあまり感情が顔に出ないタイプである。


 しかしながら一口食べるごとに足をパタパタ動かしているので今日の食事にも満足いただけているようである。


 よっぽどフルーツぜんざいがお気に召したんだなあ。


 翠狼の森の妖精たちにお土産で持って行ってあげるのもいいかもしれない。


 忌み子と呼ばれて追放されたファラに対してどんな態度を取るかは気掛かりだが、それは会わせてみないとわからないしな。


 馴染めなさそうであれば、ファラの意見も聞きながらどうするか考えるとしよう。


 それにしてもビールが美味い。


 やっぱりひと仕事終えたあとのビールは格別だね。


 とても仕事とはいえないぐらいのことだけど、ただ観光を楽しんだだけの日と比べると全然違うなあ。


 その日の終わりの一杯のためにも、旅の中でちょこちょこ仕事になりそうなことを探していこうかなと独り思う俺であった。

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