融資の話
屋敷に戻ると全員揃っていた。
どうやら長いこと研究所で話し込んでいたらしい。
一人孤独な研究を続けていたチリッチ君は俺にその胸の内を話せたことで満足げだ。
しかし、ここで満足されてしまっては困る。
これからさらにその研究を加速させて貰わなきゃいけないからな。
まあ、いまのチリッチ君はそんなこと想像もしてはいないだろうが。
屋敷の広間には俺たち六人と一羽のほかに護衛兵が一名とメイドさんが二名控えている。
俺はミレーヌに彼らを退室させるようお願いする。
警戒しすぎかもしれないが、なんにせよ俺たちの正体を知る人間は少なければ少ないほどいい。
ミレーヌはこちらの意図を察してくれたようで、なにも訊くことなく俺の要求に応じてくれた。
退室する護衛兵とメイドさんを不思議そうな顔で見送るチリッチ君。
チリッチ君にはまだ俺たちの正体を明かしていないからな。
正体を明かさず金だけ渡せばいいかとも思ったが、そうなってくるとシマダ商会としてはなにかとサポートし辛いし、まあミレーヌの旦那である彼になら明かしてもいいかと思った次第である。
エマさんとドラファルさんも側近の顔になっている。
さて、舞台は整った。
融資の話といこうじゃないか。
〇
「……な、なんですって?」
改めて俺たちの自己紹介を終えると、チリッチ君は驚きのあまり思考が停止してしまったようだ。
驚愕に目を見開いたまま石造のように固まってしまっている。
アンスリアさんの時と一緒だな。
そういえばアンスリアさんには俺がシマダ商会のトップである証明をしなかったが、信じてくれているのだろうか?
しかし、トップの証明といってもどうすればいいのだろう?
札束キューブでもポンポン出せばいいのか?
「ミ、ミレーヌ……コウタロウさんが言っていることは本当なのか?」
「本当だよ。
エマさんとドラファルさんが正真正銘の本物であることは私もアンスリアも確認済み」
「シマダ商会のトップはエドワードなる青年ではなかっただろうか?」
「聞けばそれは表向きのトップらしいよ。
コウタロウは臆病だから裏に引っ込んでいるんだって」
「公言しておいてなんだけど、人からそう説明されるとちょっと胸にグサッとくるなあ。
ま、事実なんだからしょうがないけど。
ミレーヌは俺が本当にシマダ商会のトップであるかどうか疑わないのか?」
「ま、神域の魔女と生ける伝説を引き連れている時点でとんでもない立場の人間ってのは確実っしょ。
それがシマダ商会のトップなら納得って感じ。
それに戦いでしか交流のない三国を股にかけて商売しようなんて考える変わり者は私の知る中ではコウタロウぐらいだしね。
やっぱりそうだったかーって思ったよ」
「そうか。
まあ、そういうわけだチリッチ君。
特に身分を証明するものはないが、信じてもらえればと思う。
そうだな、なんならイプスール支店の代表であるヌワを呼び出してもいいが……」
「い、いえ。
それには及びません。
妻が信じているのです。
それに僕の研究を理解してくれるような人だからこそ、あれほどの規模の商会を築き上げることができたのではないかと……
自分の研究への理解とシマダ商会の発展を結びつけるのはいささか思い上がりが過ぎるかもしれませんが」
「いや、そんなことはないよ。
チリッチ君の研究は実に先進的だし、その研究を応用すればこの世界をより良いものにできるものだと思うんだ。
一例を挙げるとトイレ問題とかね」
そう、俺がこの研究に興味を引かれたのはその点である。
もちろん海の環境を保護するのは重要なことであるが、俺はそれよりなによりこの世界のトイレをどうにかできないかずっと考えていたのだ。
世界一清潔との呼び名も高い日本のトイレに慣れてしまっている俺は、いまだ汲み取り式のこの世界のトイレ事情が不満でしょうがない。
下水道を作れたらとは思うがそんな大規模な工事を勝手にやるわけにはいかないし、第一ただのビジネスマンだった俺には下水工事のノウハウがない。
この世界にきた当初、石ころから魔物の死骸までなんでも食べるスライムがこの問題を解決してくれないかなと思って便槽に放り込んでみたことはあったが、糞の上でプルプル震えるだけでなんの成果もなかった。
それ以来、清潔なトイレというものをすっかり諦めていたのだが、ここにきてほんの少しの光明が見えたわけである。
個体によって食性が変わるというのであれば、きっと人間の糞尿だけを食べる個体もいないことはないと思いたい。
その個体を量産できればこの世界のトイレに革命が起きることになる。
俺はそれを狙っているわけだ。
「なんにせよ、俺はチリッチ君の研究に関心があるんだ。
なので君さえよければ融資したいのだが、どうだろう?
もちろん返す必要はない金だ。
資金はどれぐらい必要かも聞きたい」
「それは願ってもないお話ですが……
すみません、あまりに突然のことで僕の理解が追いついていないようで……」
「それもそうか。
とりあえずシマダ商会からの融資だと貴族の立場的に困るよなあ。
俺のポケットマネーから出すとして……これぐらいあれば足りるかな?」
俺は札束キューブをテーブルに一つ出す。
突如現れた大金にギョッとするローデンブルク家の三人。
「どう思うドラファルさん?
これで足りそうかな?」
「100兆イェンはさすがに多すぎるかもしれませんな。
ひとまず100億ほどでよろしいのではないでしょうか?」
「そうか。
次に人手の問題だけど……
エマさんからはなにか案があるかな?」
「やはり商会の優秀な人間に任せたいですが、そのままローデンブルク家に派遣するとなると少し問題がありますね。
私としてはいっそシマダ商会でスライム研究部門を立ち上げて、チリッチ様をアドバイザーという形で据えるのが得策かと思います。
報酬の出ないアドバイザーであれば、ほかの貴族からの反感を買うこともないでしょうし」
「なるほどなあ。
貴族のしがらみを考えると悪くない案だと思うけど、そうなるとチリッチ君のこれまでの研究を横取りするような形になって気が引けるな。
ほかに上手い抜け道があればいいんだが……
チリッチ君はどう思う?」
そう問いかけてすぐに扉が強くノックされた。
ノックの音の強さから緊急事態であることがうかがえる。
すっかり放心状態だったチリッチ君が我に返り、扉の向こうの人間に何事か問うととんでもない言葉が返ってきた。
「アルマシア王が崩御されました」




