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チリッチ

 

「それでですね、僕はスライムに可能性を見出したわけです!

 スライムは雑食でありつつ、気に入ったものがあればそれしか食べないという特性があるのがわかったのですよ。

 それまた個体によって違うわけなんですが、姿形は同じようにしか見えない魔物にもやはり個性というものがあるのですね。

 その中で僕は海藻を好む個体を見つけたのです!

 それでですね……」


 自身の研究を矢継ぎ早にまくし立てるのはローデンブルク家当主チリッチ様である。


 結論から言うと、彼と俺は馬が合ったらしい。


 というよりも、彼が俺に懐いたという方が正しいか。


 年下ということもあるし、ここからはチリッチ君と呼ばせてもらうことにする。


 チリッチ君は童顔ではあるが今年で二十九歳。


 そんなおっさんに懐かれても嬉しくはないんだがな。


 食事のテーブルにミレーヌに抱えられるように嫌々連行されてきたチリッチ君だが、いまではこうして満面の笑みで自身の研究を話している。


 隣に座るミレーヌも若干引き気味だ。


 ことの発端は俺が彼の研究にかなりの理解を示してしまったことにある。


 チリッチ君の研究の目的は海洋環境の保護だった。


 環境保護は現世では誰もが一度は耳にする事案だが、文化の進んでいないこの世界ではどうやら先進的すぎる内容のようだ。


 イプスールの誇る美しい海が徐々にかつての輝きを失いつつあることに気付いたチリッチ君は誰の理解も助けも得られぬまま、一人この問題に取り組んでいた。


 俺からしたらまだまだ美しいように見えるイプスールの海だが、チリッチ君曰く昔の海と比べると景観も環境も徐々におかしくなり始めているらしい。


 原因は海藻の増殖。


 海藻が増殖したことにより、それを食べる海の魔物も増加。


 海の魔物は基本的に魔法による攻撃で討伐することになるため、魔物を討伐しに来た冒険者による魔法が海に放たれることで海中のマナが増加。


 そのマナを栄養にする海藻がまた増加と、まさに負のループになっているのがイプスールの海の現状だそうだ。


 これをどうにかしなければとチリッチ君は独自の調査と研究を重ね、その活路をスライムに見出した。


 と、ここまではそういった流れである。


 食事はとっくに終わり、いまは食後のコーヒーも二杯目を飲み終えるところだが初めての理解者を得たチリッチ君は止まらない。


 肩の上のファラも退屈のあまり船を漕いでいるし、食事を共にしたアンスリアさんも欠伸を必死に嚙み殺しているのがわかった。


 エマさんとドラファルさんは無礼のないようになんとか耐えているようだが、チリッチ君の話にはさして興味がないであろうことがなんとなく伝わってくる。


 かくいう俺はチリッチ君の話に興味があるのでこうしてちゃんと聞けているわけだが。


「なるほど。

 しかし、海にそのスライムを解き放ち海藻を減らせたとして、今度はそのスライムを捕食する魔物が増えるだけではないのですか?

 チリッチ卿はそのあたりをどうお考えで?」


「よくぞ聞いてくれましたコウタロウさん。

 その点につきましては僕の研究所でお話ししたいと思っております。

 よろしければご一緒にどうでしょうか?」


「ありがたいお誘いです。

 是非とも」


「それでは研究所へ参りましょう。

 それと僕のことは敬称ではなく気軽にチリッチと呼んでいただけると嬉しいです。

 僕の研究を理解してくれるコウタロウさんとは立場を超えた間柄になりたいものですから」


 気持ちのいい笑顔を見せるチリッチ君。


 いやあ、なんとも懐かれてしまったなあ。


 困ったように笑う俺をミレーヌはニマニマしながら見ているが、喜ぶ旦那の姿を見てどこか嬉しそうでもある。


 意気揚々と席を立ったチリッチ君と共に俺は研究所へと向かうことにする。


 同行するのは俺一人。


 退屈そうなほかのみんなは居残りだ。


 ドラファルさんたちはきっと訓練の続きでもするのだろう。


 エマさんとファラは街を散策してくるらしい。


 どこか脳筋っぽさがあるアンスリアさんやミレーヌはまだしも、ドラファルさんとエマさんまでこの研究の可能性に気付かないとはなあ。


 やはり何事においても先駆者というものはなかなか理解されないものだろうか。


 この先、スライム研究の第一人者となるであろう男の小さな背中を見ながら俺は思った。


 〇


 研究所は屋敷の別邸にあった。


 中に入ってすぐに巨大な水槽の中をぽよぽよ跳ねるスライムたちに目を奪われる。


 中央の巨大スライム水槽のほかにも、スライム一匹だけが入った小さな水槽が部屋の至るところに置かれてある。


 どことなく危ない研究をしているように見えなくもない。


 問題の海藻も箱一杯に詰め込まれているな。


 デスクに散乱しているメモ書きには、スライム個体ごとの特徴や食性の変化などがこと細かにびっしり記されていた。


「このスライムたちはご自身で捕まえてきたのですか?」


「ええ。

 非力な僕でもなんとか捕まえられるぐらい弱い魔物ですからね。

 本当は冒険者に依頼するのが一番効率がいいのでしょうが、お恥ずかしい話あまり資金がないものですから。

 削れるところは削って地道に進めているところです。

 それで先ほどの質問ですが……」


 チリッチ君の説明によるとスライムを捕食する魔物は少なく、海に解き放ったとしても問題はないだろうとのことだった。


 互いに椅子に腰掛け、スライム研究談義を続ける俺とチリッチ君。


 研究資料に目を通しつつ俺はそのほかにも疑問をぶつけていく。


 スライムが増殖して海を荒らす心配はないのか?


 海水浴客への被害は?


 逆に海藻が減り過ぎたりすることはないのか?


 その一つ一つに丁寧な解答を用意しているチリッチ君。


 そうして話を進めていくにつれて、この海洋環境問題の解決策はまさにスライムがうってつけであると俺も結論付けるに至った。


 こうなってくると残る問題は海藻を好むスライムの繁殖方法のみだ。


 俺はチリッチ君に最後の質問をぶつけることにする。


「どうしてチリッチ君は身銭を切ってまで綺麗な海を守りたいんだい?」


 そう訊ねるとチリッチ君はおもむろに椅子から立ち上がると「こちらへ」と俺を手招きする。


 研究所を出て、海が見えるちょっとした高台まで歩いていく。


 無言のまま二人でしばらく海を眺めていると、チリッチ君が切り出した。


「正直な話、僕の研究はもしかしたら生きているうちに完成しない可能性が高いでしょう。

 特定個体の繁殖方法については完全に行き詰っている現状ですし、この問題に取り組む人間は僕一人だけ。

 資金もまったく足りていません。

 無駄な努力とはまさにこのことを言うのかもしれませんね。

 さらに言えば、むしろ魔物が増えた方が経済的にこの街は潤うことでしょう。

 魔物が増えれば増えるほどそれだけ冒険者が足を運ぶことになりますからね。

 しかし、僕はこのままの海を残したいのです。

 魔物の狩場としての海ではなく、ただそこにある美しく静かな海を。

 そんな海を子供たちに見せたい。

 つまりは僕のただのわがままなのです」


 そう言い終えたチリッチ君。


 なるほどなあ。


 これはあのミレーヌが惚れるのも頷けるか。


 一見頼りなさそうだが、なかなかに一本芯が通った貴族様である。


 金は腐るほどあれど無駄遣いする気はさらさらない俺であるが、成果度外視で協力したくなるような、そんな魅力を感じられる男であった。


 これは融資決定だな。

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