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ローデンブルク家当主

 

「くっそー!

 かすりもしないじゃない!

 なんでー?」


 俺は屋敷の中庭の芝生に座ってドラファルさんの稽古を眺めていた。


 稽古内容は組み手。


 ミレーヌの凄まじいラッシュを涼しい顔して躱すドラファルさん。


「ちょっとコウタロウ!

 ぼーっと見てないでなにかアドバイスちょうだいよ!

 こうなったら意地でも一発当ててやるんだから!」


 アドバイスなんて求められても戦闘素人の俺からしたらなにが起こっているのかさっぱりだ。


 手足が消えているように見えるミレーヌの素早い打撃をドラファルさんはその場から一歩も動くことなく躱しているという状況はなんとなくわかるのだが、いかんせん動きが早過ぎてとても目で追えない。


 ドラファルさんが凄いことはわかりきっていたことだが、それにしてもまさかミレーヌがここまでとんでもなかったとは。


 貴婦人がしていい動きじゃない。


 アクロバットな動きはキレッキレだし、打撃を放つたびに空気が爆ぜるような音がしてるし。


 あのラッシュが俺に向けられたのなら、瞬きする間もなくミンチになってしまうだろう。


 アルマシア王国最強の将軍と魔族の女将軍の血筋とはいえ、それだけで片付けていいような強さじゃない気がする。


 おそらくミレーヌ自身の才能もあるのではなかろうか?


「ふぉっふぉっふぉ。

 実にいい動きですぞミレーヌ様。

 アルマシア軍式格闘術を完璧に体得しておられますな」


「パパに叩き込まれたからね!

 それにしてもどうしてこうも当たらないのよ!

 予知能力でもあるのかしら!」


「ふぉっふぉっふぉ。

 予知などではありませんよ。

 ただ単純にミレーヌ様が遅いだけです」


「むぅー!

 このこのこのこの!」


 さらに打撃の速度を上げるミレーヌ。


 いやあ、体力もお化けだな。


 よくもまあ、あのラッシュを継続できるものだと感心する。


 先に稽古を受けたアンスリアさんは芝生に転がされ苦しそうに息をしているが、その目は稽古中の二人に向けられている。


 ドラファルさんとの稽古で体力が底を尽きているだろうに、その瞳はトランペットを眺める少年のようにキラキラ輝いている。


 憧れの存在に指導してもらえたんだ。


 感無量とはこのことだな。


 その目を見てるとジャニーズの追っかけをやっていた同僚の佐藤さんを思い出すなあ。


 推しの握手会に行った次の日は求めてもいない感想を俺に熱く語ってたっけか。


 その時の佐藤さんもまさにあんな目をしてたな。


 彼女曰く推しは人生を豊かにするとのことだけど、まさにその通りなんじゃないかと思う。


 推しでもなんでも俺にも熱中できるなにかがあればなあと思ってはいるが、現世のみならず異世界にきてさえいまだ見つかっていない。


 我ながら呆れるほどの感受性の低さである。


 そんなこんなで稽古を眺めていると、ごとごとと音を立てて屋敷に向かってくる馬車が一つ。


 門をくぐり停車した馬車から一人の男が降りてきた。


 パーマのかかった栗色の髪、そばかす、大きな丸眼鏡をかけて猫背気味で歩くその姿はなんともいえない頼りなさを感じさせる。


「あっ!

 旦那が帰ってきた。

 おーい」


 そのまま屋敷に入っていこうとしたその男はミレーヌの呼びかけでこちらに気付いた。


 思わぬ客人の存在にその頼りない背中を一層縮こめておどおどと近づいてくる。


「お、お客様がいたのですね。

 これは失礼しました。

 僕はローデンブルク家五代目当主、チリッチ・ローデンブルクと申します。

 よ、ようこそいらっしゃいました」


 へこへこと頭を下げるその男はまさかのローデンブルク家当主様であったのである。


 〇


 軽く挨拶を済ませると、ミレーヌの旦那さんは逃げるように屋敷に引っ込んでいった。


「ははは。

 変わってるでしょウチの旦那。

 貴族様っぽくないよねー」


「そうだな。

 あまりの覇気のなさに驚いたよ。

 誰に対してもあんな感じなのか?」


「そだよ」


「それって大丈夫なのか?

 ローデンブルク領が心配になってくるぐらいの頼りなさだったぞ」


「あはは。

 旦那は仕事はちゃんとできる人だから統治には問題ないよ。

 人前だとちょっと緊張しちゃうだけで」


「そうか。

 それにしてもあんな貴族もいるんだな。

 貴族というものは基本威張り腐っている連中ばかりだから少しは身構えていたんだが……なんだか拍子抜けしちゃったよ」


「コウタロウは貴族に対して辛辣だねえ。

 過去になにかあったの?」


「そりゃあもう色々とあったさ」


「まあ、天下のシマダ商会だもんね。

 悪いこと考える貴族がわらわら寄ってくる様子が目に浮かぶよ。

 うげー、想像しただけで面倒くさそう」


「まったく骨が折れたよ。

 だからか、ミレーヌの旦那さんにはいまのところ好感度しかないな。

 ああいう貴族ばかりだといいんだけど」


「へへ、いいっしょ。

 自慢の旦那だよ。

 ああ見えていざという時は頼りになる旦那なんだ」


「おっ、ノロケか?」


「いいっしょ別に。

 それにたぶんコウタロウとも気が合うんじゃないかな?

 そろそろお昼時だし、ちょっと話してみてよ。

 お昼食べてくっしょ?」


「ああ、もちろん。

 ご一緒させてもらうよ」


「決まりだね。

 となると旦那捕まえてこなきゃ。

 屋敷に知らない人がいるとすぐ研究室に閉じこもっちゃうからなあ。

 ちょっと確保してくるねー」


 そう言い残し屋敷の中へ走り去っていくミレーヌ。


 閉じこもるって……旦那さん、どれほど人付き合い苦手なんだか。


 まあ、俺も知らない人といきなりご飯を一緒にするのは嫌だから気持ちはわからんでもないけど。


 ますます俺の中の好感度が上がっていく貴族様である。

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