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イプスール

 

 翌日、俺たちはワイバーンなどに襲われることなく無事イプスールに到着した。


 思わぬ再会はあったものの、それ以外はいたって平和な道中だった。


 イプスールは海に面したのどかな港町であり、街の入り口ですでに潮の香りが漂ってきている。


 夕暮れに赤く染まる街の頭上をカモメに似た鳥が黒いシルエットとなって飛んでいて、なんともノスタルジックな気持ちになる。


 現世のころから海沿いの街で暮らした経験はないのだが、この光景を眺めていると子供のころの記憶が呼思い起こされるのはなぜだろうか。


 遥か昔から海と共に暮らしてきた日本人にはなにかそういった遺伝子的な記憶として組み込まれているのかもしれない。


 海風で少し風化した入り口のアーチをくぐり抜け、俺たちは街へと足を踏み入れた。


 街に到着したはいいが、時間帯的にどのお店も店じまいの時間だ。


 イプスール観光は明日のお楽しみにしておくことにして、ひとまず宿を探すことにしよう。


 シマダ商会にはまだ明かりがついているが、挨拶も明日でいいか。


 閉店時で商会のみんなも疲れているだろうし、なにより俺が疲れている。


 やっぱり馬車旅は身体にくるなあ。


 この世界ももう少し交通の便が良くなればなあと常々思う。


 かといってドラゴン便は遠慮したいものだが。


 屋敷に帰っていくミレーヌたちと別れ、俺たちは宿を探す。


 今宵の宿はミレーヌがおすすめしていたシーステリアホテルに決めた。


 街の中心から少し離れた断崖絶壁にある高級ホテルである。


 イプスールの海岸を見下ろすようにして立つホテルからは素晴らしいオーシャンビューが楽しめるらしい。


 まったくいいところに建てたホテルだと思う。


 この街にシマダ商会がどれだけ良いホテルを建てたところで、あの立地には敵わないだろうなあと思えてしまうぐらいの絶景ポイントだ。


 ホテルにてチェックイン。


 高級ホテルなだけあって、やはりサービスは満点。


 受付のお姉さんはこんがり小麦肌の日焼け美人だった。


 よく浜辺で遊んでいるんだろうなあ。


 笑顔の時に覗く肌の色とは対照的な真っ白な歯がなんとも眩しいね。


 金はあるもんだからプレミアムスイートルームを即断。


 そこまで求めてないオプションも全部付けたが、合計して90万イェンにしかならなかった。


 デラリオのホテルの四分の一か。


 ほんと、どうやって減らしていけばいいのやら。


 〇


 大海原を一望できる風呂に浸かり旅の疲れを癒したら、次は食事だ。


 ホテル内のレストランで新鮮な魚介のフルコースを堪能する。


 アスクレイプフィッシュにホーンテールシャーク、ルビークラブにストライプオクトパスと高級な魔物の食材がずらりと並ぶ。


 うん、どれも美味い。


 美味いんだけど、魚介といったらドラファルさんが仕留めたリヴァイアサンの肉が忘れられないなあ。


 俺のそこまで肥えていない舌でも違いがわかる圧倒的美味さ。


 基本的に強ければ強いほど魔物の肉は旨味を増すらしいが、どういった理屈なのだろうか?


 内包する魔力が旨味に影響を与えていたりするのではと思ってたりするが、実際のところは不明だ。


 俺の推察が正しければ三柱様の肉は凄まじく美味いってことになるけど、人語を理解するだけでなく人の姿に変化できるあの人たちを食ってみたいとは思えないな。


 ファラにはトロピカルフルーツのアイスとフルーツぜんざいを別途注文した。


 料理のサイズ的にその身体に入りきらないんじゃないかと思っていたが、意外とペロリと食べていた。


 ぜんざいをお気に召したようで、さらにもう一皿追加で注文していたし。


 エマさんよろしくファラも大食感なのかもしれない。


 先に満腹になった男二人は底なしの胃袋で食べ続けるエマさんとファラの幸せそうな表情を肴に晩酌を始める。


 いっぱい食べる女性っていいよね。


 〇


 次の日、朝からオプションのアロマエステも受けて元気を取り戻した俺たちは、ひとまずシマダ商会イプスール支店に向かうことにする。


 相変わらずの無表情で迎えてくれたのは、シマダ商会幹部の一人でありここの支店長を務めるヌワさんだ。


 黒髪おかっぱ頭をした小柄な女性で、年齢は不明。


 氷のような無表情と相まってどこか座敷童に見えなくもない。


 ニュートラルにハイライトの消えた虚ろな目をしているので正直なにを考えているかわからないんだよな。


 これまで文句ひとつ言わずついてきてくれているし仕事もできるから信頼しているんだけど。


 ここからの流れはいつも通り。


 商会の一室で向かい合うように座り、俺は話し始める。


 ヌワさんは瞬きひとつすることなく、俺の話にじっと耳を傾ける。


 話していく中でその暗い瞳に俺が映っているのか少々不安になるのもなんだか懐かしい。


 話し終えると依然無表情のままのヌワさんの瞳からぽろりと一粒の涙がこぼれた。


「寂しい」


 彼女のその言葉はとても嬉しいものだったが、それよりもヌワさんが涙を見せたことに驚いていた。


 これはレアなものが見れたぞ、ほかの幹部にも教えてやろうだなんて感動もクソもないことを考えていたことは内緒である。

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