野営の準備
貴族様の馬車を追いかけるように走ること約三時間。
前方の馬車はゆるやかに減速していき、やがて停車した。
どうやら今日はここまでのようだ。
女騎士のアンスリアさんが馬から降りたのを見計らい、俺たちも外に出た。
ぐーっと伸びをすると身体中の骨がぽきぽき鳴った。
いやー、長旅はやっぱり疲れるな。
この世界の馬車の乗り心地の悪さに慣れてきていたはずではあるのだが、長時間乗っているとやはり慣れだけではどうしようもない疲労や節々の痛みが出てくる。
サスペンションを改良するのが異世界ものの定番ではあるが、俺にそんな機械知識はない。
農耕の知識もなければ、土木の知識もない。
そんな文系人間の俺がどうやってシマダ商会を大きくしたのか。
理由は様々であるが最初の起爆剤になったのは、やはりあの娘との出会いだろう。
たった一日の出会いだったが、彼女が俺にもたらしてくれた気付きは大きい。
名前も知らぬままに別れた彼女。
どこかで元気にやっているだろうか?
そんな懐かしい記憶に思いを馳せていると、ドラファルさんがどこか神妙な面持ちで近づいてきた。
「コウタロウ様、野営の準備ですが少々問題がございます」
「ん?
どうしたんだい?
野営用のアイテムをすべて忘れちゃったとか?」
「そうではないのですが……いや、そういっても過言ではないかもしれません。
我々の野営の魔道具なのですが……さすがに貴族様の目の前で展開するのはマズいかと」
「……あっ」
それは盲点だった。
これまで貴族様と共に行動するなんてことなかったし避けてきていたものだから、俺たちが使っている魔道具のヤバさのことをすっかり失念していた。
これはまいったなあ。
俺は完全に風呂に入るつもりでいたが、あの魔道具が使えないとなると風呂は当然のこと柔らかいベッドで寝ることもできない。
あれはさすがに貴族様の前で出せないよなあ。
俺はともかくエマさんやドラファルさんが正体を明かせばどうとでもなるだろうけど、そんなことしたら逆に向こうが気を遣う羽目になって申し訳ないからなあ。
仕方ない、今夜は地面の上でごろ寝だな。
「私がいらぬ発言をしたばっかりに……
大変申し訳ございませぬ。
執事失格の醜態でございます」
「いやいやドラファルさんだけのせいじゃないって。
俺もすっかり忘れてたんだから。
でも、まあいいじゃないか。
焚火の温もりだけ感じながら身一つで朝を待つなんて、まさに冒険者って感じがするしね。
申し訳ないけどエマさんもそれでいいかい?」
「もちろん構いませんよ。
寒くなったらコウタロウさんに抱きついて暖を取らせてもらいますんで」
「そ、それはちょっと問題があるかな。
ほら、貴族様もいることだし」
「ふふふ。
冗談ですよ。
私もまだ人前でいちゃつくのは抵抗がありますので」
なにを想像したのかぽっと顔を赤らめるエマさん。
「ま、まあ、夜冷えるようであれば馬車の中で寝ていいからね。
ファラはどうする?」
「ファラはコウタロウと一緒に寝る」
「了解。
じゃあ、とりあえず焚火の用意だけしちゃおっか。
手分けして動こう。
俺とドラファルさんはあそこの林から燃料の枝と焚火を囲う石とか探しに行こう。
エマさんには魔法で着火を任せるから、ちょっとファラとお留守番しててよ」
「かしこまりました」
「お願いします。
それじゃあファラちゃんお預かりしますね」
「エマ、ファラをぽよんぽよんで潰したりしない?」
ファラの謎の心配はスルーさせてもらって、俺とドラファルさんは林に向かった。
〇
林から戻るころにはすっかり辺りが暗くなっていた。
貴族様の方はすでに野営の準備が整ったらしい。
ここからでもパチパチと燃え上がる焚火の炎が周囲をほんのり照らしているのが見える。
サイズからして貴族様専用のものであろうテントも組み立て終わっているようだった。
予想通り、貴族様であってもテントは組み立て式か。
やっぱり三柱様がくれる魔道具はそうそうお目にかかれないレアアイテムなんだなと実感する。
エマさんはアンスリアさんと話に花を咲かせているようだ。
どうやらアンスリアさんの方が妖精のファラに興味深々みたいである。
触れていいものかどうか迷っているのか、なんだかそわそわしているな。
こうした素の姿を見ると騎士とはいえやはり女の子なんだなと思う。
肝心のファラはというと、エマさんの胸の上で足を伸ばして座っていた。
てか、胸の上に座れるってよくよく考えるとすごいな。
ん?
アンスリアさんの陰になってて気づかなかったが、もう一人いるな。
ドレスっぽいシルエットから女性だろう。
貴族様だろうか?
あ、どうしよう。
貴族様を前にしたときの礼儀作法がわからん。
とりあえずドラファルさんの真似をすればいいかな。
エマさんとも歓談しているみたいだし、そこまで礼儀に厳しそうな人ではなさそうだけど。
俺たちが近づいていくにつれ、段々と鮮明になる貴族様の姿。
焚火に照らされた貴族様の顔を見て、俺は思わず足を止めた。
向こうも俺に気付いたようで、驚きに大きく目を見開いた。
「コ、コウタロウじゃん!」
俺にこの世界でのビジネスの道を示した名も知らぬ女性がそこにいたのだった。




