エマの条件
「どうやらお困りのようみたいですが、いかがされましたか?」
盗賊である疑いが晴れた俺は腰に剣を戻しながら女騎士にそう訊ねる。
「ああ、実は車輪の一つが壊れてしまってな。
直そうとしているのだが、なかなか思うようにいかぬのだ。
貴殿らであればどうにかならないだろうか?
おっと、自己紹介が遅れたな。
私はローデンブルク家護衛騎士のアンスリアだ。
先ほどの無礼は許していただきたい」
シルバーランク程度の商人相手になかなか丁寧な騎士様である。
騎士というのも基本的に高い身分の人物が多いからな。
貴族の護衛ともなるとなおさらその確率は高い。
人によってはあからさまにこちらを見下してきたり、高圧的な態度を取ったりするからあまり関わり合いになりたくないのだが、この状況を見過ごすわけにもいくまいと思い切って声を掛けてみたが、いい騎士様のようで俺は内心ほっとしていた。
「それが護衛騎士のお役目だとは理解しておりますから謝辞は不要です。
私はコウタロウと申します。
あちらがドラファルとエマ。
それと……」
俺が馬車に目を向けると、ちょうどタイミングよくファラが窓から顔を覗かせた。
「あちらがファラです」
「ほう、驚いたな。
貴殿らは妖精を取り扱うのか。
しかし、それにしては不用心ではないか?
あそこまで自由にさせておいてはいつ逃げ出してもおかしくないぞ」
「いえ、ファラは商品ではありませんよ。
我々の旅の仲間です」
「そうか。
貴殿はなかなかの変わり者だな。
売ればゴールドにランクアップするのも容易いだろうに」
「ははは。
よく言われます。
それで、こちらの車輪を直せばよろしいのですね」
問題の車輪を見てみると、どうやら一部が深くひび割れてしまっているようであった。
不運にも尖った石でもを踏んでしまったのだろう。
パテのようなもので埋めようと試みていた跡があるが、ひびを埋めたところで走行は難しいだろうな。
「……なんとかなると思いますよ」
「本当か?」
「ええ。
エマさんお願いできるかな?」
「わかりました。
それではちょっと失礼しますね」
そうお願いすると、エマさんは問題の車輪の足元に魔法陣を描く。
彼女レベルの魔導士であればこの程度に魔法陣は不要なのだろうが、いまは素性を隠している身だ。
わざわざ手間な魔法陣を描いて、コッパーランクの魔導士を演じてくれているようだ。
数分かけて魔法陣を描き終えると、地面を杖でとんと叩いた。
魔法を発動したのだろう。
魔法陣の青白い光がひび割れの中にみるみる吸い込まれていく。
光が収まったときには車輪のひび割れは跡形もなく塞がっていた。
「おおっ、車輪が元通りに!
感謝するぞ!」
「いえいえ。
お気になさらず」
「いや、そうはいくまい。
礼を返さぬは騎士の……いや、ローデンブルク家の恥となってしまう。
貴殿らは何を望む?
金銭が良ければそれで構わないが、これ見よがしにふっかけるのは勘弁願いたいところだがな」
「まさか、そんなことしませんよ。
しかし、そうだなあ……」
ぶっちゃけ望みなどなにもないし、金などむしろ欲しくないぐらいだ。
それこそ腐るほど金があるものだから、こちとら隙を見ては減らしていきたいのである。
どうしたもんかなあと考えていると、ドラファルさんが助け船を出した。
「それではイプスールまで同行を願えませんかな?
お恥ずかしい話、我々は護衛費用すらケチっておりますもので夜は盗賊が恐ろしくて寝るに寝られませぬ。
騎士様が一緒にいてくだされば、安心して目的地までたどり着けるかと」
「おお、そんなことであれば容易い御用だ。
しかし、それは私の一存では決めかねるな。
確認を取らねばならぬ。
しばし待て」
そう言い残して馬車の中へと消えていく女騎士。
「ナイスアシストだったよドラファルさん。
それにしても盗賊が恐ろしいだなんて……生ける伝説の男がよく言うよ」
「ふぉっふぉっふぉ。
たまには可憐な女騎士に守ってもらうのも良きかなと思いましてね」
「そうですね。
私たちは守ってばかりですものね。
誰かに守られるなんていつぶりでしょう?
最後に守られたのは私がまだ五歳だった時でしょうか」
「ははは。
まさに最強の二人ならではの悩みなことで。
てかエマさん、そんな幼い時から強かったんだなあ。
さすがは神域の魔女だ」
「私は普通の女の子でありたかったのですけどね。
……もしかしてコウタロウさんはか弱い女性の方が好みだったりしますか?」
不安そうに俺を見るエマさん。
あー、その上目遣いはやめてくれ。
エマさんの可愛さが爆発しちゃってるから。
まったくとんでもない女性だよなあ。
大人の女性としてのバラのような美しさに加えて、少女を思わせるタンポポのようなあどけない可愛らしさも兼ね備えているのだから。
これほどの女性に言い寄られるのは身に余る光栄なのだけど、こっちの心がめちゃくちゃにかき乱されるから勘弁して欲しい。
俺はまだ誰かを愛していい資格があるとは思えないんだよ。
「そんなことないさ」
「……本当ですね?
信じていいんですね?」
「本当に本当だ」
「……わかりました。
ひとまず自身の魔力回路を焼き切るプランは白紙にしておきます」
「そんなこと考えてたの?
怖いよ!
絶対にダメだからね!」
「私がか弱くなるにはそれしかありませんから。
かなりの痛みを伴いますが、コウタロウさんと結ばれるためでしたら手段を選びません。
覚悟はできています」
「覚悟しなくていいから!
……これは完全に俺の後悔との向き合い方の問題なんだ。
女性のタイプとかそんなのじゃなくてね」
「……スーラさんのことですね」
「そうだ。
だから俺のために自分を変える必要なんてないからな」
「……わかりました。
では私はコウタロウさんが過去と折り合いをつける日を待ってます」
「待ってても欲しくないな。
エマさんの幸せのために。
折り合いがつけられる保証もないし」
「待ってますから」
頑なに退かないエマさん。
金目当てでもないだろうに、どうしてこんなおっさんに執着するかね?
女性の気持ちはおっさんになってもわからないものだ。
いずれ理解できる日がくるのだろうか?
「……はあ、わかったよ。
でも、もしほかに好きな人ができたら迷わずそっちに行くんだ。
それが条件だ」
「わかりました。
ですが、コウタロウさんからの条件だけを飲むのはいささか不公平だと思います。
ですので私からも条件を出してもよろしいですか?」
「ん?
まあ、それは構わないけど」
「私はこれからも積極的にアプローチさせていただきますから。
過去との折り合い云々に関わらず。
それを許してもらうのが条件です」
「それにはほとほと困っているんだけどなあ。
勘弁してほしいところだが……でもまあ、わかったよ」
「ふぉっふぉっふぉ。
ずいぶんと困難な条件を飲まれましたなあ。
果たして抗えますかな?」
「まったくだ。
これからが恐ろしいったらありゃしないね。
全てがなあなあになってしまわないよう踏ん張らないとだな」
何気なく出発した旅だったが、いよいよ自身の過去を清算する旅に変わりつつあるなあ。
俺の後悔の終着点はいまだ深い霧に覆われていて現状では検討もつかないが、旅の中で少しずつ見えてくるものなのだろうか?
期待したいような、してはいけないような……
「待たせたな、貴殿ら。
許可をいただけたぞ。
すぐに出発しようではないか」
とりあえず旅を進めるか。
俺は馬車に乗り込んだ。




