世界銀行デラリオ
どうやら俺は金欠ではなかったらしい。
なんでもデラリオの街に俺の資産が預けられているようだ。
まったく知らなかった。
もしかしたら経理のナターシャさんがちゃんと報告していてくれたのかもしれないが、仕事のことならともかく自分のことに関しては大して気にも留めていなかったからなあ。
これからはちゃんと聞いておくことにしよう。
ちょうどいいことにガランを出て次の街がデラリオである。
俺たちはガランを出発することにした。
ターニャとティーナ、それぞれに強くハグをされてから馬車に乗り込む。
彼女たちは地平線のかなたに消えるまで大きく手を振って見送ってくれた。
「コウタロウ、どこへ行くの?」
そう聞くのは新しい旅の仲間であるファラだ。
ファラは俺の肩の上にちょこんと座っている。
馬車のソファの上がふかふかして座りやすいだろうに。
どうやら俺の肩の上が気に入ったみたいだ。
ファラはほとんど重さを感じないぐらいに軽いので別にいいけども。
「次はデラリオの街だね。
あの街はなにか見どころがあったっけ?」
「うーん、綺麗な街ですけど特に見るべきものはないかと思います。
あの街を訪れるのは基本的に資産を預けるときか引き出すときだけですので」
「富裕層が訪れる街ですので、宿やレストランは一流のお店ばかりですぞ。
湖に囲まれた雄大な自然の中でゆっくり羽を休めるのもいいでしょう。
まあ、宿やレストランに関してはアルファスの屋敷に劣りはしますがね」
「なるほど。
そういえばデラリオは湖に囲まれているんだったね。
途中で船に乗り換えなきゃいけないな」
デラリオは湖に浮かぶ小島に作られた街だ。
周囲を湖で囲まれていることから盗賊や魔物といった外敵から攻められづらく、街の上空にはガーディアンイーグルと呼ばれる強力な魔物が街を守るように旋回しているので空からの侵入も難しい天然の要塞都市である。
その安全性から世界中の富裕層がこぞって資産を保管する場所となっており、世界の銀行都市とも呼ばれている。
もちろんシマダ商会もあるぞ。
「コウタロウ、デラリオの次は?」
「デラリオの次は確かイプスールだね。
どうして?」
「コウタロウ、どこへ向かっているの?」
「そうか、ファラにはまだ伝えてなかったね。
俺たちはこれから世界中を周るんだ。
きっとファラも面白い体験がいっぱいできるよ」
「ファラはどうすればいい?」
「どうするか……
そうだなあ、ひとまず楽しめばいいんじゃないかな?
ファラはこれまで悲しいことばかりだったんだろうけど、それに勝る喜びをこの旅で感じてくれたらいいなとは思っているよ」
「わかった。
ファラ、喜び感じる」
「ははは。
そんな意識しなくていいよ。
あくまで自然体でね」
「ふふふ。
なんだかすっかり親子みたいになってますね。
二人とも可愛らしいです」
「ファラとコウタロウ、親子。
すごくいい。
コウタロウ、パパ」
「か、勘弁してくれ」
「コウタロウ、ファラのパパ、嫌?
ファラ、悲しい」
「い、嫌じゃないけどさ」
「じゃあ、パパ。
ファラのパパ」
「わ、わかったよ。
好きにしてくれ」
「ふふふ。
じゃあ、ファラちゃん。
私はママって呼んでくれてもいいんですよー」
「おいおい。
ファラに変なこと吹き込まないでくれよ。
これ以上ややこしくなるのはご免だ」
「ママはまだわかんない」
「あはは。
だってさ」
「そんなあ……
あっ、ドラファル翁まで笑わないでくださいよ!
そのうちファラちゃんにも認めさせてあげますからね!」
一羽が増えてさらに賑やかな旅になったなあ。
それにしても俺の資産か。
デラリオに預けるってよっぽどだぞ。
デラリオ支店を作るときに顔こそ出したものの、個人としてはまったく縁がなさそうな街だなあとその当時は思っていたのだが。
いったいどれだけあるのだろうか?
もしかしたら100億近くあったりして。
まさかな。
〇
「コウタロウ、すごい。
湖に人間の街が浮いてる」
俺たちはデラリオの街がある湖のほとりに立っている。
遠く湖の中心に見えるのがデラリオだ。
こうして離れて見ると自然の中の綺麗な田舎街にしか見えないが、その実態は巨万の富を隠す難攻不落の金庫なのである。
渡船場でチケットを購入しようとするが、その必要はなかった。
どうもターニャとティーナの二人があらかじめデラリオ支店に俺の来訪を伝えるメッセージを送ってくれていたらしく、シマダ商会専用の船がすでに待機していた。
いつから待ってくれていたことやら。
感謝である。
シマダ商会の船に近づくと、これまた懐かしい顔がお出迎えだ。
「お待ちしておりました。
そしてお久しぶりでございます。
コウタロウ様、ドラファル様、エマ様。
それと……」
「私はファラだよ」
「ファラ様ですね。
ようこそデラリオへ。
歓迎しますよ」
「うん、歓迎される。
パパ、この人間は?」
「えっ?
いま、パパと……
娘がいらっしゃったので?」
「ははは、妖精の冗談だよ。
久しぶりだねボリス君。
元気にやってたかい?」
「ええ、それはもうおかげさまで。
コウタロウ様もお元気そうでなによりです」
出迎えてくれたのはこれまたシマダ商会の古株であるボリス君だった。
デラリオ支店の副店長を務めてもらっているシマダ商会幹部補佐の一人である。
七三分けのオールバックで目元のほくろがどこかセクシーな長身のイケメン君である。
執事の時のドラファルさんに負けず劣らずきっちりスーツを着こなしている。
これで元盗賊団の副団長なんだから人は見かけによらないものだ。
まあ、彼に関しては俺が勧誘したんだけども。
「ボリス君がここにいるということは、ラシャール君は仕事中かな?」
「左様でございます。
本当であればラシャールもお迎えに上がりたかったのですが、生憎本日は兼ねてから予定されていた会談がありましたので、私のみ参った次第でございます」
「ありがとう。
それを聞けただけでデラリオ支店が安泰であることがわかったよ。
会談はいつごろ終わるんだい?」
「おそらくそろそろ終わるころかと」
「なら、早めに向かったほうがいいね。
ラシャール君のことだから、会談が終わったら真っ先にここまで泳いできちゃいそうだ」
「ははは。
まさしくおっしゃる通りで」
俺たちは船に乗り込んだ。
動力の魔石が淡く輝き、船は静かに水面を滑っていく。
果たして俺の資産とやらはどれだけあるのだろうか。
不安なのか期待なのか、ほんの少しドキドキしてきた俺であった。




