1st Trackless Region“hard-boild cliff”
不毛の荒野の一角に、海の見える崖があった
そこには岩が転がるばかりで草木一つない
吹き抜ける風は冷たく、生命の顕現さえも赦さない
風が支配するこの荒れ狂う大地
かつての領主がこの地を冷徹な崖と名付けたのも遥か昔…
ある日崖に一人の男が現れた
左肩には赤みを帯びたスカーフを巻き
手には煌めく弓を携えていた
男は崖の端まで歩き海を眺める
風は拒絶するかの如く、男を叩きつけた
しかし、男はそこにいることが当然であるかのように
全く微動だにせず海を見つめ続けた
やがて風は力を失い吹き止んだ
「凪いだみたいだね」男は柔らかな口調で呟いた
そして、身を翻して去っていった
翌日、男はまた現れた
風は今度は追い返すのではなく
男を包み込んで優しく迎え入れた
柔らかな風を纏い、男は海を見つめて
「探し物があるんだよ」と呟いた
果たしてそれは自分への言葉なのか
それとも風への言葉なのか
風には知る術がなかった
数日が経ち、その間に男はいろいろ呟いた
風は囁き掛けたが、男に届いたかは分からない
時には強く、時には凪いで
陽の光すら射し込まない崖で
灰色の風に包まれた男は
「この場所こそが貴女の求める秘境でしょうか…」
そう呟くと、煌めく弓に矢を番えて
天に向かって矢を放つ
「貴女に矢を向けるとは失礼ですが…」
風には男がそう呟いたように思えた
男の放った矢は風を切り雲に穴を空け
崖に陽の光を取り戻した
「…ありがとう」
男がそう呟いた
瞬間…
風が凪いだ
男は海に軽く手を挙げて颯爽とその場を去っていった
あとに遺されたのは
力強くも寂しげな崖と
風に押されてしぶきを上げる灰色の海
そして崖の端に突き刺さった矢が
朽ちるに任せてその場に佇んでいた